NISSHA本館 ―明治期煉瓦造建築の保存と活用-

福田 陽子

はじめに
明治期の京都では、近代化を目指していくつかの紡績工場がつくられた。[註1]「京都綿ネル株式会社」(以下、京都綿ネル)の煉瓦造建築群は、現在NISSHA株式会社(旧日本写真印刷株式会社、以下、NISSHA)が引き継いでおり、NISSHA本館(旧京都綿ネル本社事務所)は、現在NISSHA印刷歴史館として活用されている。
歴史的建造物の保存や修復、管理運営の継続が問題になる中で、NISSHA本館がどのように守られ、活用されているかを調査し考察する。

1.NISSHAに残る煉瓦造建築群の歴史
NISSHAは京都市中京区にあり、この地は平安京大内裏に通じる朱雀大路に面し四条大路と交わったところにあった朱雀院跡であることがわかっている。[資料2-図1]
京都綿ネルは1895年(明治28年)に五二会京都綿ネル株式会社として設立された。[註2]1898年(明治31年)この地で操業を開始し、翌1899年(明治32年)京都綿ネルに名称変更している。当時の様子がわかる鳥瞰図が[資料2-図2]である。NISSHA本館建設前だが、のこぎり屋根の煉瓦造工場が多くあることがわかる。
NISSHA本館は、京都綿ネルの本社事務所として1906年(明治39年)に建設され、NISSHAが土地と建物を購入した1948年(昭和23年)以降も本社棟として使われた。2003年(平成15年)から本格的な構造調査を実施し、2008年(平成20年)に耐震補強を含む保存修理工事が完成、翌年には館内に「NISSHA印刷歴史館」を開設し、事前申込制で平日に一般公開されている。
その他の建築群は2014-2018年(平成26-30年)の再開発まで工場などとして使われていた。[註3]現存の煉瓦造建築を[資料1-②]に示す。NISSHA本館が本社棟として使われていた当時の空中写真から現在の様子を作図したものが[資料3]である。

2.NISSHA本館の活用
NISSHA本館は、建物をNISSHAが所有し、その管理は総務部が担っている。
1階を「NISSHA印刷歴史館」として運営しているのが「一般財団法人NISSHA財団」である。[註4]
3つの展示室では、古代から近代にかけての印刷の歴史、NISSHA構内の建築遺構、タイプライターのコレクションなど創業の技術である紙の印刷文化を伝えている。[資料4]に各展示室の様子を示す。
コロナ禍で減少はあったが開館以来、来館者は年平均800名である。学外学習や生涯学習の場としても活用され、通常の見学以外に印刷文化セミナーやコンサートなどが2階のレセプションホールで行われている。[註5]

3.NISSHA本館の評価
3-1 煉瓦造建築としての美しさ
NISSHAの正門がある四条通から見ると、広い敷地にフランス風スタッコ塗りで水平目地がデザインされた洋館は、緑青色に変化した銅板葺の屋根や屋上のフランス風バラストレード(手すり壁)が美しい横顔をみせている。正面は柱頭にアカンサス装飾のある石柱が配された車寄せで、その上にバルコニーがある。アーチ窓には御影石が要石として使われており、明治期の煉瓦造建築に特徴的な様式が美しく保たれている。
内部に入ると踊り場にステンドグラスのある階段や廊下に見られるアーチ型の装飾も美しいものである。天井にはレリーフされた装飾鉄板をイギリスから輸入し、左官職人によって細かな漆喰塗りが施された贅沢な技術をみることができる。[資料5]

3-2 継続した活用
明治期の建築以来いくつかの企業の手に渡ったが、継続して本社事務所として使われてきた。所有者の変遷を[資料6]に示す。
1980年(昭和55年)にNISSHA第一本社棟が竣工して本社機能が移ったあと、NISSHA本館は研修施設としての活用を経て、前述した2003年以降の経過をたどっている。適切な調査や補修工事がなされたことは大きいが、建造物は継続した活用が存続の鍵となることから大きな評価点といえる。

3-3 財団の運営と活動
文化庁のデータベースによれば、京都市で産業2次建造物の登録有形文化財は17件、そのほとんどが工芸や酒造に関するもので、工業系の企業が管理するのはNISSHA本館のみである。[註6]
管理運営が継続している背景には、NISSHAの事業活動とは一線を画し、一般財団法人として独立した運営と活動がある。
川島智生の調査報告書には鈴木順也社長の当時の言葉が残されている。調査で得られたものは「染織・紡績業を中心に産業都市を目指した京都の近代化の歴史そのもの」で、今後とるべき指針は「構内に残る歴史的価値の高い建造物についてはその時々の合理的判断に基づき保存・耐震工事を行い、保存と活用に努めること。(中略)この地に根付いたものづくりの精神を引き継いでいくこと」としている。[註7]
ここに書かれた「その時々の合理的判断に基づき」という点に関しては、小西館長も「営利を目的とする企業である以上、社会の景気変動や土地の有効活用などによって現状の存続が困難になる可能性もある」と話されていた。これは現実的な事実である。
しかし、財団としての活動から文化・芸術への社会貢献が世の中に認められ、NISSHAの企業イメージ向上につながり、また市民にNISSHA本館という煉瓦造建築が認識されることによる存続への効果は期待できると考える。

4.ユニチカ記念館との比較と特筆点
ユニチカ記念館は1889年(明治22年)創業の尼崎紡績本社事務所として1900年(明治33年)に建設され、1959年(昭和34年)より尼崎紡績以来の歴史を伝える「日紡記念館」として一般公開が始まった。[註8]NISSHA本館との比較を[資料6]に示す。
建物の老朽化で2019年に閉館し、2020年に所有者であるユニチカ株式会社(以下、ユニチカ)が解体を検討しているとの報道があったことで、市民や日本建築学会から保存活用を要望する声が高まり、協議が続けられていた。[註9]
その結果、尼崎市とユニチカは2022年11月に「ユニチカ記念館の保存に向けた覚書」を締結した。[註10]2023年3月にユニチカが建物を尼崎市に寄付し、尼崎市は土地をユニチカから購入することで尼崎市の所有となった。それと同時に管理運営を担っていた「一般財団法人ユニチカ修斉会」が解散し、修斉会からの寄付を基金として、管理運営は尼崎市立歴史博物館が担っている。現在の様子を[資料7]に示す。
建物の老朽化が激しく常時公開には多くの補修が必要であるため、しばらくは人数を限定した安全な公開を重ねながら、今後の保存活用を検討していく予定である。[註11]
[資料6]から見ると、建築年、建築の経緯、煉瓦造建築であるということ、建物の規模、時代とともに所有者の変遷があったことなどNISSHA本館とユニチカ記念館は似ている部分が多いといえる。
現在の活用においてNISSHA本館はすでに大規模な補修工事を完了しており、NISSHA財団による運営が安定していることが特筆点として評価できる。

5.今後の展望について
NISSHA本館は、企業の発展を支えた歴史ある建造物の調査を積極的に行い、保存や修復そして管理運営に力を注ぐことで守られてきた。
ユニチカ記念館の再生に向けた取り組みをみていくと、歴史的建造物の保存には、建物の歴史的価値だけでなく市民の愛着や理解が大きな力になることがわかる。
明治期の煉瓦造建築は解体してしまうと再生が不可能である。NISSHA財団の活動が今後ますます市民に認知され広がっていくことで、NISSHA本館と煉瓦造建築群が長く市民に愛され、活用されていくことに期待したい。

6.まとめ
建築家の高岡伸一は「ヘリテージマネジメント(文化遺産経営)は、保存のためのマネジメントではなく、変化を適切に管理するためのマネジメントと捉えられる」という。[註12]建造物の経年変化、所有者の変化、環境の変化などを私たち市民がどう考え向き合っていくかが、あらゆる文化遺産の保存と活用に重要なのではないか。
明治期の煉瓦造建築の歴史を調査していく中で、当時の人々の近代化に向けたエネルギーを生き生きと感じることができた。その後の歴史への反省も含め、これらの建造物は私たちが歴史を知る機会として大きな役割を持っている。
NISSHA本館とユニチカ記念館をはじめ多くの歴史的建造物の保存と活用のために、より広く市民に価値を発信し、「そこに在り続けてほしいもの」として関心を高めていくことが大切であると考える。

  • 81191_011_32183286_1_1_卒業研究 資料1京都市に残る明治期の紡績工場の煉瓦造建築_page-0001
  • 81191_011_32183286_1_1_卒業研究 資料1京都市に残る明治期の紡績工場の煉瓦造建築_page-0002 [資料1]京都市に残る明治期の紡績工場の煉瓦造建築
  • 81191_011_32183286_1_2_卒業研究 資料2 朱雀院と京都綿ネル鳥瞰図 _page-0001 [資料2]朱雀院と京都綿ネル鳥瞰図
  • 卒業研究 資料3NISSHAの全景を空中写真で見る_page-0001
  • 卒業研究 資料3NISSHAの全景を空中写真で見る_page-0002 [資料3]NISSHAの全景を空中写真で見る
    出典:国土地理院ウェブサイト『地理院地図』より航空写真(1975年撮影)
  • 81191_011_32183286_1_4_卒業研究 資料4NISSHA印刷歴史館の展示_page-0001
  • 81191_011_32183286_1_4_卒業研究 資料4NISSHA印刷歴史館の展示_page-0002 [資料4]NISSHA印刷歴史館の展示
  • 81191_011_32183286_1_5_卒業研究 資料5NISSHA本館の建築の特徴_page-0001 [資料5]NISSHA本館の建築の特徴
  • 81191_011_32183286_1_6_卒業研究 資料6NISSHA本館とユニチカ記念館_page-0001 [資料6]NISSHA本館とユニチカ記念館の比較
  • 81191_011_32183286_1_7_卒業研究 資料7ユニチカ記念館 _page-0001 [資料7]ユニチカ記念館の現在と尼崎市立歴史博物館

参考文献

<註および引用文献>
[註1]京都市内にあった明治期の紡績工場の遺構として、現在も残る煉瓦造建築は3か所ある。1889年(明治22年)に竣工した「京都織物」の事務所棟は、現在、京都大学東南アジア地域研究研究所図書室として活用されている。また1907年(明治40年)完成の「鐘淵紡績京都工場」は、ボイラー室が残っており東大路高野第三住宅の集会所として活用されている。(鐘淵紡績はのちのカネボウであり、現クラシエである)上記はどちらも1棟のみの現存である。[資料1-①]
それに対しNISSHAが引き継いでいる「京都綿ネル」の煉瓦造建築は現在も6棟あり、建築年の詳細が不明のものもあるが1898-1910年(明治31-43年)頃の建築であると考えられている。[資料1-②]
川島智生著『NISSHA本社工場の淵源 1898-1948 明治期煉瓦造の工場建築史』、NISSHA株式会社発行、2021年、P10
[註2]五二会とは1894年(明治27年)に織物・陶磁器・金属器・製紙器・雑貨類の品評会である五品会に、敷物類と彫刻の2品が加わったもので、製造販売の奨励のために全国主要な府県に本部が設置された。京都綿ネルの設立は上京区であったが、工場が建設された1898年(明治31年)から現在の中京区の地で操業が始まっている。1901年(明治34年)には北側にあった京都紡績と合併し2,000人近い人々が働いていたという。
川島智生著『NISSHA本社工場の淵源 1898-1948 明治期煉瓦造の工場建築史』、NISSHA株式会社発行、2021年、P13-14
 綿ネルとは、表面を起毛加工した綿布で防寒性がありパジャマなどに使用する。イギリスで生まれたとされるウールの起毛加工がフランネルと呼ばれ重宝されていたが、日本でフランネルを真似て綿での製造が始まったものである。
[註3]NISSHAは2014-2018年にかけて大規模な構内再開発に伴い、社の発展を支えた歴史でもある煉瓦造建築に関して京都華頂大学・川島智生教授(現・神戸情報大学院大学客員教授)に調査を依頼している。その結果は、川島智生著『NISSHA本社工場の淵源 1898-1948 明治期煉瓦造の工場建築史』、NISSHA株式会社発行、2021年に詳しく報告されている。
[註4]多角化した事業のなかで創業の技術である紙の印刷文化を後世に残したいという2代目鈴木正三社長の強い思いから、私費を投じて開館と同じ2009年に「一般財団法人ニッシャ印刷文化振興財団」を設立した。その後2022年に、さらに広く文化・芸術の継承、振興の活動を行うため現在の「一般財団法人NISSHA財団に」名称変更している。
 日本写真印刷株式会社は美術全集や図録などの高級美術印刷で評価を得て成長してきた。創業以来培ってきた印刷技術に様々な技術要素を融合させながら、製品と市場の多様化、グローバル市場への進出が進められ、現在では車の内・外装、家電製品などの加飾やサステナブル資材、さらにはタッチセンサーや医療機器、医薬品など事業領域を拡大している。そのため2017年に社名をNISSHA株式会社に変更した。
[註5]2023年10月20日、NISSHA印刷歴史館小西均館長にインタビュー調査を実施した。その際に館長より「NISSHA印刷歴史館の利用状況」とこれまでに行われた「印刷文化セミナー」の内容と参加者数の資料提供を受けた。開館から2022年までの利用者総数は11,920名。印刷文化セミナーは「はじめての○○」と題した様々なものづくりをテーマに37回を数え、各回30名前後の参加がある。そのほかにもコンサート、朗読会などのイベントが10回あり各回200名前後の参加があったことがわかった。レセプションホールは財団ではなくNISSHAの所有であるため、毎回使用料を支払い、会計を明確に分けている。セミナーはコロナ禍で一旦中止しており、今後はより若い世代に向けたテーマを検討中である。このほか財団として、版画に特化したトリエンナーレ「PAT㏌Kyoto」の開催、Webマガジン「AmeeT」やYouTubeの発信、若手芸術家への助成など、未来を担う若い芸術家や子どもたちに向けての活動が広がっている。
[註6]文化庁ホームページ 国指定文化財等データベース、
https://kunishitei.bunka.go.jp/bsys/searchlist、(2023.11.25最終閲覧)
筆者作成「衣笠会館 ―旧藤村岩次郎邸洋館― その保存と活用」2023年、芸術教養演習2レポートより一部引用。
[註7]川島智生著『NISSHA本社工場の淵源 1898-1948 明治期煉瓦造の工場建築史』NISSHA株式会社発行、2021年、P2~3
[註8]設計者、施工者ともに不詳とされているが、尼崎紡績の工場が当時の工場建築を多く手掛けていた茂庄五郎による設計であることが判明しているため、本社事務所であるユニチカ記念館も茂庄五郎の可能性が高いとされている。また京都綿ネルの顧問的建築技師が茂庄五郎であったことから、NISSHA本館の設計にも関わっている可能性は高いと考えられるが、意匠面では異なる部分が多く未だ判明していない。
[註9]笠原一人著「ユニチカ記念館の建物の歴史的価値について」、『ヒストリア283号』、大阪歴史学会、2020年12月発行、P85-88によれば、2020年9月に日本建築学会近畿支部からユニチカ宛に「ユニチカ記念館の保存と活用に関する要望書」が提出されている。
[註10]尼崎市ホームページ、ユニチカ記念館の保存に向けた覚書の締結について、
https://www.city.amagasaki.hyogo.jp/_res/projects/default_project/_page_/001/032/442/221125-02.pdf、(2023.12.14最終閲覧)
[註11]2023年12月6日、尼崎市立歴史博物館の桃谷和則学芸員に電話調査を実施した。市民に向けたイベントが工夫されており、2023年11月にはユニチカ記念館中庭でのスケッチ会、12月には「ユニチカ記念館大掃除」と題して市民参加による館内の大掃除を計画し締め切り前に定員に達する人気であった。それぞれ参加者には学芸員による解説や館内見学会も企画され、市民がユニチカ記念館の現状を理解する良い機会となっている。
尼崎市ホームページ、ユニチカ記念館の大掃除、
https://www.city.amagasaki.hyogo.jp/kurashi/siminsanka/1001859/1035347.html
、(2023.12.14最終閲覧)
 また、修斉会からの寄付をもとに「尼崎市文化財保存活用基金」を創設し、基金の積み増しを目指して、ふるさと納税のPRも始まっている。
尼崎市ホームページ、ふるさと納税「あまがさき“未来へつなぐまちづくり”応援寄附金」、
https://www.city.amagasaki.hyogo.jp/shisei/sogo_annai/hurusato/index.html
、(2023.12.14最終閲覧)
[註12]松本茂章編著『ヘリテージマネジメント-地域を変える文化遺産の活かし方-』、学芸出版社、2022年、P37

<参考文献>
川島智生著『NISSHA本社工場の淵源 1898-1948 明治期煉瓦造の工場建築史』NISSHA株式会社発行、2021年
笠原一人著「ユニチカ記念館の建物の歴史的価値について」、『ヒストリア283号』、大阪歴史学会、2020年12月発行、P85-88
松本茂章編著『ヘリテージマネジメント-地域を変える文化遺産の活かし方-』、学芸出版社、2022年
一般財団法人NISSHA財団ホームページ、
https://www.nissha-foundation.org/history_museum/、(2023.12.15最終閲覧)
NISSHA株式会社ホームページ、https://www.nissha.com/index.html
、(2023.12.14最終閲覧)
桃谷和則著「旧尼崎紡績本社事務所(前ユニチカ記念館)の保存経緯について」、令和5年(第24回)全国近代化遺産活用連絡協議会 奈良・王寺町大会 事例報告・ディスカッション「近年の近代化遺産の保存・活用」、2023.7.25開催(レジュメを桃谷氏より提供受ける)
ユニチカ株式会社ホームページ、https://www.unitika.co.jp/、(2023.12.12最終閲覧)
尼崎市ホームページ、 https://www.city.amagasaki.hyogo.jp/
、(2023.12.12最終閲覧)
尼崎市ホームページ 旧尼崎紡績本社事務所
https://www.city.amagasaki.hyogo.jp/manabu/bunkazai_0/1028308/1028344/1034106.html 、(2023.12.12最終閲覧)
クラシエホームページ、会社の歴史
https://www.kracie.co.jp/company/info/history/period1.html

<取材協力>
小西均氏 一般財団法人NISSHA財団 専務理事・NISSHA印刷歴史館 館長
2023.10.20インタビュー調査を実施
桃谷和則氏 尼崎市立歴史博物館学芸員 2023.12.6インタビュー調査を電話にて実施

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