「あじき路地」の景観とコミュニティが育む、暮らしを温かくするものづくり

岡田 昌之

はじめに
 京都には多くの路地がある。中でも庶民の生活空間である町家長屋の路地には、昔ながらの景観とコミュニティが存在する。五条坂の北、花街宮川町のほど近くにある「あじき路地」もその1つである。細い路地を進むと左右に町家長屋があり、若手作家が暮らしながら工房を営んでいる。
 決して快適とは言えない住環境の長屋に、創作活動を目指す若者は後を絶たない。あじき路地でのものづくりを、景観とコミュニティの視点で評価し、文化資産としての価値を考察する。

1 基本データ
名称:あじき路地
住所:京都市東山区大黒町通松原下る2丁目山城町284 
開業:2004年
大家:安食弘子
入居者:9人(2020年11月現在)

 町家長屋の所有者であった安食弘子氏が、結婚を機に諦めた彫金作家としての夢を託すべく、若手作家の入居を募集したのがあじき路地の始まりである。築100年を過ぎて空き家になっていた長屋は、第1期入居者も手伝って改装した。入居の条件は、創作活動をめざす若者であること。現在あじき路地を工房としているのは、切り絵作家、水彩画家、製本家、帽子職人、革職人、三味線職人、菓子職人など多彩な作家、職人である。
 路地の景観や若い世代の芸術活動を応援する取り組みは高く評価され、様々な賞を受賞している。〔1〕
2014年 「京都を彩る建物や庭園」に選定(2020年認定)
2015年 「京都景観賞(建築部門)」にて優秀賞を受賞
2016年 京都商工会議所より「京都創造者大賞(未来への飛翔部門)」を受賞

2 京都の路地、その歴史的背景
 京都での路地の発生は、平安京まで遡る。中世以降には、町家の家主が裏庭に貸長屋を建て、そのアプローチのために路地が作られた。他都市に比べて大きな街区寸法が、京都特有の鰻の寝床状敷地や路地を誘発した。近代では、1920年代に多くの老舗や巨商が倒産するに伴い、京都中に長屋が新たに建てられ、路地もまた数多く発生した。町家長屋は庶民の住居であり、路地には昔から路地単位のコミュニティが存在した。地蔵堂の祠などはその象徴である。〔2〕

3 あじき路地の景観とものづくり
3-1 あじき路地の景観
 あじき路地は、2階建てが10軒連なる北側の長屋と、平屋が数軒連なる南側の長屋、そして南北の長屋に挟まれた路地からなっている。入口には案内版が設置されているが、決して目立つものではない。路地を進むと、工房ごとに看板が掲げられ、営業中であっても多くの工房の扉は閉ざされている。〔資料2・3〕
 プライベート空間に入り込んだ居心地の悪さと、未知なる世界への不安と期待を感じながら工房の扉を開ける。室内は、昔ながらの構造がそのまま維持されており、土間に続く3畳ほどの部屋が、作品を展示した店舗スペースとなっている。〔資料4〕
3-2 「石塀小路」との比較
 京都を代表する路地に、八坂神社を南に下がった石塀小路がある。明治末期から大正初期にかけてお茶屋が軒を連ねていた路地で、今も祇園の奥座敷にあたる。路面には石畳が敷き詰められ、両側には旅館や料亭などの町屋が立ち並び、京都らしい風情を楽しむことができる。町屋の石垣がまるで石塀のように見えることから石塀小路と呼ばれ、観光客の人気スポットとなっている〔3〕。〔資料5〕
 あじき路地は、整備された石塀小路とは対照的に、昔ながらの生活感漂う路地の景観が古いまま保存されている点が特筆される。おもてなしの路地と生活の路地、あるいは裕福な町衆と庶民の対比といってもいい。
3-3 時代の空気を感じるものづくり
 水彩画「GAJUMARU」の北牧奈央子氏は、以前よりあじき路地の景観に憧れ入居を決めた。「明治時代末期から続く家のため、柱や梁や壁からその時代の空気感が感じられる。その中でものづくりや生活をすることで、家に馴染み味わい深いものになる。暮らしを温かくする作家こだわりのものづくりに触れてほしい」と語る〔4〕。北牧氏の水彩画は、日常の街並みを描いた風景やちょっとした小物の静物画など、どれも優しさで包まれた温かなタッチで彩られている〔資料1・6〕。あじき路地の昔ながらの景観が、ものづくりに独特の味わいを与えていると評価できる。

4 あじき路地のコミュニティとものづくり
4-1 あじき路地のコミュニティ
 あじき路地には、町家長屋ならではのコミュニティが存在する。北牧氏は、日常の交流を「ふらっと訪れてお話したり、あとは同じイベントに出店したり」と話す。また、「隣の住人の作業する音が聞こえたり、夜遅くまで明かりがついていたりすることが、日頃のモチベーションにつながる」と言う。
 革製品「MATSUSHIMA leather handmade」の松島健二氏は、「決まり事は、路地の掃除とお地蔵さんのお世話を当番制でしているくらい、あと仲良くすることかな」と話す。やはり、「他作家さんから受ける刺激」があじき路地のいい所と強調する〔5〕。
 あじき路地のコミュニティの特徴に、大家安食氏の存在がある。若手作家の成長を願う気持ちは熱く、さまざまな相談に乗ると共に、時には叱咤激励する。松島氏は、「大家さんからのニンジンケーキや、おにぎりの差し入れ」に、制作の合間のほっとするひとときを感じると語る。
4-2 「トキワ荘」との比較
 手塚治虫をはじめ多くの漫画家を輩出したトキワ荘は、制作場所と住まいが一緒、若手作家の集まりなどあじき路地との共通点がある。若手漫画家たちは、寝食を共にし、競争と共同作業の中で切磋琢磨したが、そのコミュニティはプライバシーもない濃厚なものであった。同じ漫画家を目指す同志でもありライバルでもあったのである。トキワ荘のコミュニティは、大家の関与はなく漫画家のみであったため、次世代に継承されることはなく7年ほどで消滅している。〔6〕
 あじき路地の新規入居者は、現入居者の意見も聞きその総意で決める。現在住んでいる作家と同じ職業の人は選ばない。競争ではなく良好な人間関係と家族的なつながりを大切にしている点が、あじき路地コミュニティの特徴である。
4-3 コミュニティが支えるものづくり
 松島氏は、革の品質と総手縫いにこだわる。シンプルでありながら丁寧に手作業で仕上げられた革製品は、彼の実直な性格が表れた、「丹精込めて作った」作品である〔資料7〕。
 創作活動を目指す若者は、将来の夢と漠然とした不安が同居しているのではないだろうか。大家と作家の適度な距離感と温かいコミュニティが、孤独になりがちな若手作家のものづくりを支えている点を積極的に評価したい。

5 今後の展望について  
5-1 京都市のアーティスト・イン・レジデンス
 旧明倫小学校をリノベーションして2000年に設立された京都芸術センターは、各教室を若手芸術家に貸し出し、演劇の練習や大型オブジェの制作などに利用されている。芸術家のコミュニティと、地域住民との交流を重視している。〔7〕
 京都文化芸術都市創生計画の一環として2011年に設立された「HAPS」は,若手芸術家などの居住・制作・発表の場づくり施策を実施している。〔8〕
5-2 「発表の場づくり」の提案
 あじき路地は、若手作家にとって居住・制作・発表の3要素を兼ね備えた工房である。住居は古民家ならではの苦労もあるようだが、安い家賃が若者を応援している。制作については、あじき路地の景観とコミュニティが後押ししてくれる。ただ発表の場である店舗については、「入りにくい印象」がある。雑誌などで紹介されあじき路地を訪れる人はいるが、実際に店舗に入って作品を見学する人は少ないのが現状だ〔4〕。
 店舗への来客を増やすためには、制作中心の日常の時間ではない、販売のための特別な時間を作ることも一つの方法ではないだろうか。西陣の「環の市」の取り組みが参考になる。個人で始めた市で、西陣の路地奥2軒続きの長屋の自宅を会場として年4回開催されている〔9〕。あじき路地は、奥に少し空間もあり小さな市を開くにはちょうどいい。地域の人との交流の機会ともなるのではないか。

まとめ
 あじき路地は、町家長屋の路地に従来から備わっている景観とコミュニティの特性に、若手作家の工房という「ものづくり」を組み合わせることで、新たな価値を創造し再生させた事例であり、文化資産活用のデザインとして極めて優れていると考える。路地の景観とコミュニティが、あじき路地ならではのものづくりを育んでいる。昔ながらの佇まいの中から、仲間との支え合い中から、暮らしに温かい作品が今後も制作されることを期待する。

  • 1 〔資料1〕北牧奈央子さんの「あじき路地」を描いた水彩画作品。工房「GAJUMARU」の入口の土間の壁に掛かっている。(筆者撮影、2020年11月14日)
  • 2_%e8%b3%87%e6%96%992_page-0001 〔資料2〕あじき路地の景観(筆者撮影、2020年3月3日、10月25日)
  • 3_%e8%b3%87%e6%96%993_page-0001 〔資料3〕あじき路地工房一覧(あじき路地HP・インタビュー等より筆者作成)
  • 4_%e8%b3%87%e6%96%994_page-0001 〔資料4〕水彩画「GAJUMARU」、革製品「MATSUSHIMA leather handmade」の入口と店内の様子(筆者撮影、2020年10月3日)
  • 5_%e8%b3%87%e6%96%995_page-0001 〔資料5〕石塀小路の景観。現在、石塀小路内は撮影禁止となっているため、入り口3か所のみを撮影した。(筆者撮影、2020年10月27日)
  • 6_%e8%b3%87%e6%96%996_page-0001 〔資料6〕北牧奈央子さんとその作品(筆者撮影、2020年11月14日)
  • 7_%e8%b3%87%e6%96%997_page-0001 〔資料7〕松島健二さんとその作品(筆者撮影2020年11月14日、制作中の写真のみ松島氏より提供)

参考文献

【注釈一覧】
〔1〕安食弘子『あじき路地で暮らす。』、㈱フィールド、2015年、及びあじき路地HPより
〔2〕柳沢究、魚谷繁礼、池井健編「特集京都絶対領域3:路地」『京都だより』京都府建築士会雑誌、2011年11月号、P8~9 
〔3〕「KYOTOdesign」HP、京都の観光スポット・石塀小路より。
〔4〕北牧奈央子氏インタビューより(2020年10月3日等数回)。
〔5〕松島健二氏インタビューより(2020年10月3日等数回)。
〔6〕中川右介『手塚治虫とトキワ荘』、集英社、2019年より。
〔7〕京都芸術センターHPより。明倫校は、明治期京都の文化資産である番組小学校の1つ。特に明倫校校舎は、戦前の京都を代表する校舎建築である。 
〔8〕「東山 アーティスツ・プレイスメント・サービス実行委員会」の略称。「HAPS」HPより。
〔9〕アネモメトリ特集#87「これからの経済と流通のかたち 市やマルシェ編1 京都・西陣 環の市」より

【参考文献】
・安食弘子『あじき路地で暮らす。』、㈱フィールド、2015年
・柏井壽『京都の路地裏』、幻冬舎新書、2014年
・路地裏研究所編『京都の路地裏図鑑』、㈱コトコト、2013年
・望月めぐみ『平安絵巻の素敵な切り絵~みやびなひととき~』、PHP研究所、2017年
・島村昇他著『京の町家』、鹿島出版会、1971年
・水野歌夕写真集『京都路地―迷宮の小道―』、光村推古書院、2016年
・中川右介『手塚治虫とトキワ荘』、集英社、2019年
・梶井純『トキワ荘の時代』、ちくま文庫、2020年
・京都市教育委員会京都市学校歴史博物館編、和崎光太郎、森光彦著『学びやタイムスリップ 近代京都の学校史・美術史』、京都新聞出版センター、2016年
・大場修『京都 学び舎の建築史 明治から昭和までの京都』、京都新聞出版センター、2019年
・柳沢究、魚谷繁礼、池井健編「特集京都絶対領域3:路地」『京都だより』、京都府建築士会雑誌、2011年11月号
・京都市文化市民局文化芸術都市推進室「第2期 京都文化芸術都市創生計画」、京都市、2017年策定・発行
・京都市都市計画局都市景観部「平成26年度京都景観賞 建築部門」、京都市、2015年

【HP】
・あじき路地HP 最終閲覧日 2021年1月9日 
 http://www.ajikiroji.com/
・とことこInstagram 最終閲覧日 2020年11月10日
 https://www.instagram.com/tokotoko2017.9/
・切り絵工房望月HP 最終閲覧日 2020年11月10日
 http://www.mochime.com/
・すずめやHP 最終閲覧日 2020年11月10日
 http://suzumeya.net/
・BEAR KNOT Instagram 最終閲覧日 2020年11月10日
 https://www.instagram.com/bearknot_in_kyoto/
・GAJUMARU Instagram 最終閲覧日 2020年11月10日
 https://www.instagram.com/kitamaki_comic
・越前良太デザイン事務所HP 最終閲覧日 2020年11月10日
 https://echizenryouta.com/
・「京都を彩る建物や庭園」HP 最終閲覧日 2020年11月10日
 http://kyoto-irodoru.com/list2.html#higasiyama
・「京都創造者大賞2016」HP 最終閲覧日 2020年11月10日
 https://www.kyo.or.jp/brand/award/winner/2016.html
・京都芸術センターHP 最終閲覧日 2020年11月10日
 https://www.kac.or.jp/
・「HAPS」HP 最終閲覧日 2020年11月10日
 http://haps-kyoto.com/
・「KYOTOdesign」HP・石塀小路 最終閲覧日 2020年11月10日
 https://kyoto-design.jp/spot/9896 
・アネモメトリ特集#87「これからの経済と流通のかたち 市やマルシェ編 1京都・西陣 環の市」 最終閲覧日 2020年11月10日
 https://magazine.air-u.kyoto-art.ac.jp/feature/8770/

【調査協力】
あじき路地大家 安食弘子氏 
工房「GAJUMARU」 北牧奈央子氏 
工房「MATSUSHIMA leather handmade」 松島健二氏 
工房「すずめや」 村松佳奈氏 

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