『湘南ひらつか七夕まつり』~伝統を継承する「市民飾り」の制作と発展の可能性~
はじめに
神奈川県平塚市の「湘南ひらつか七夕まつり」は、日本七夕三大まつりに数えられる。
湘南ひらつか七夕まつりになくてはならない、『市民飾り』を実際に制作し、伝統を体験することで、制作方法を記し、更に、三大まつりの主催者へ聴きこみ調査(資料7-4)を実施した上で、今後継承し続ける課題や展望について述べる。
1.基本データ
湘南ひらつか七夕まつりは、紆余曲折を繰り返しながらも時代の変性を乗り越え、2023年の71回は、来場者115万人であった。前年より回復したが、直近10回の平均は150万人を記録している。コロナの影響と考える。
飾は、豪華絢爛な飾りを含め3,000本あり、その中で、「市民飾り」が今回は33本、「こ
ども飾り」が50本、掲出された。
市民飾りの基本形は、「くす玉」「行燈」「吹き流し」といった部品からなり、1本の孟
宗竹に4つの飾りを吊るす。
1つの飾りの「くす玉」は直径55㎝、竹で編んだ球形の籠である。そこへ花飾り135個~160個付ける。その下の「行燈」は、幅60㎝×奥行60㎝×高さ70㎝の木枠に、雨に強い和紙を貼付する。「吹き流し」は木枠外周と梁の部分に132本貼る。飾りの高さにより1.1m・1.4m・1.7m・2.0mが必要となる。末端は、地上から2.5m以上揚げ、安心・安全が図られている。
2. 歴史的背景
1945年7月16日、平塚空襲により平塚市域の約70%は焦土と化した。「復興五か年計画」最終年、今後の平塚市の発展を願い1950年7月5日から7日間、市をあげて「復興まつり」を開催した。
次の年より、「七夕まつり」として、商店街が中心となり実施し続けてきた。
1993年の第43回に「湘南ひらつか七夕まつり」と名称を変更し、一大イベントとなり約361万人余の来場があった。しかし、バブル崩壊後の景気低迷や大型商業施設の進出、1つの飾りに何百万円も掛かるため、商店の負担になり、2000年の第50回を節目に、商店街の掲出数が減少した。このことを危惧した「湘南七夕の会」が主催者の市と連携し、翌年の第51回より「市民飾り」を公募し、掲出することになった。市内の子ども会などが作製する「こども飾り」も加わり、「商店街のまつり」から「平塚市のまつり」へ移行されてきた。
3.『市民飾り』参加について
筆者は、広報で募集を知り、4月に応募した。行政の担当者と話合い参加が決定した。チーム名は、「Yasuと愉快な仲間たち」(Yasuは筆者)とした。東洋哲学に基づき五行論と宇宙観で健康と平和を祈り、老若男女問わず愉快な仲間たちと楽しく参加できるというコンセプトにした。
参加理由は3点ある。第1に、伝統文化や芸術に触れ、地域性や社会資源を理解する。第2に、コミュニティー形成が難しい現在、作製を通じ、顔の見える関係づくりが可能になる。第3に、幼少期に観に来た思い出から、参加する思い出になる。
4.『市民飾り』制作過程(資料1-4参照)
まず、くす玉を作製する。くす玉の竹籠は、七夕の会の方が2月より仙台市より仕入れ、鳶職の方が電灯や雨対策を行い制作する。その後、筆者たちは竹籠に付ける花飾りを作る。ビニール製シート(11㎝×18㎝)を三枚重ねて蛇腹に折る。その中心を針金で結ぶ、その時に針金(36㎝)の1/3のみ使用し、残り2/3は、バラ状に開いた後籠へ巻き付ける。灯りを透すよう花の間を少し空かす。花づくりには約100名以上の方が参加し700個以上制作した。
次に、行燈を制作する。行燈の木枠は、鳶職人の方々が制作し、周りは雨にも強い和紙を使用する。裁断した紙には、四神・宇宙・子供たちの自由な絵をかいてもらった。
Yasuと愉快な仲間たちの絵は、参加者の好きな動物を描いた。紙は、枠へ両面テープやホチキスで固定し、さらに枠には安全対策のためフックを付け、行灯をひもで固定できるようにした。長年の独自の固定道具にも感銘を受けた。
吹き流し制作は、まず木枠に吹き流を貼る。最後に、吹き流しと行灯をビス固定する。雨天や風揺れ対策、見物客が接触しない工夫等、安心・安全にするための智慧の結集であった。
掲出するための抽選会や研修会も行われた。(資料5-6)
歩道には孟宗竹を受け入れる升、竹の固定、吊るす滑車の仕組み、櫓の組み方等伝統の技はすべて鳶職人の御義口伝によるものだという。(資料6)
5.他の事例との比較(資料7-4)
5-1 神奈川県平塚市『湘南ひらつか七夕まつり』
七夕まつりは商店街の発展のみならず、平塚市の一大イベントとして市民が参加し、持続可能なまつりを目指すことである。
は、第1に、各掲出者の発想で自由に制作できることである。七夕飾りは大きく「くす玉」「行燈」「吹き流し」という基本形はあるが、くす玉を星型や動物顔などにする。行燈を巨大
化したり、飾りにギミックを加え動かすことも出来る。第2に、昼夜の時間帯で開催のため、くす玉、行燈に電灯を灯し、ライトアップも行い、飾の鮮やかさを演出している。第3に、開催時期が7月上旬の梅雨にあたり、雨に強い素材を用いている。市民飾りの費用は、平塚市が負担している。
5-2 宮城県仙台市『仙台七夕まつり』(資料7-4)
起源は、伊達政宗公時代より400年続いている。特色は、第1に「七つの飾り」(資料7-2)が一緒に飾られる。『くす玉』『首』『吹き流し』の基本形に、商売繁盛や無病息災などの願いが込められている。第2に、梅雨を避けた8月に実施しするため、材料は和紙を使用する。第3に、仙台市全域でまつりを支えている。中心のアーケードは6つあり、企業や商店により300本掲出される。1つの飾りは、長さ7mあり、12~13mの孟宗竹やアーケードの屋根より吊るす。制作費用は、1本約60~70万円掛かる。仙台全域の商店街等には、小竹飾り・ミニ七夕・ミニプランターが市民や子供会などにより手作りされ、仙台市全域に3,000本掲出される。その材料費は、全て個人や団体が負担している。
5-3 愛知県一宮市『おりもの感謝祭 一宮七夕まつり』(資料7-4)
目的は、真清田神社への奉献である。特色は、真清田神社の神事である意味合いが残り、企業参加はなく奉献として、会場内に飾られる。飾りは、大型飾り1基・特別奉献20本・一環奉献28本・団体竹飾り146本・団体付け飾658本となる。古くから一宮市民の守り神として崇敬されている真清田神社の祭神「天火明命」の母神「萬幡豊秋津師比売命」は、太古から織物の神様として知られ、その加護により当地方の織物業が発達したと言われている。織物と縁の深い牽牛と織女にちなんだ、おりもの感謝祭一宮七夕まつりである。7月の最終日曜日をフィナーレとする。木曜日から4日間で100万人が訪れる。
使用材料は、ビニールやプラスティックであり、費用は奉納とされている。
6.問題点と今後の展望
制作を指導される方は高齢者のため、伝承をどう伝えていくか、若手の伝承者育成が必要と考える。材料についてもくす玉や行灯の枠は、再生可能や軽量化などの材料を選出せることや電球からLEDに変えるなどの工夫が必要だと考える。また、市民飾りについて、市民のみが対象であるが、平塚市以外の希望者は有料にして、募集する方法も考えられる。他には、掲出団体に対して、商店街の割引等のインセンティブ等含め、工夫が必要ではないか。
一方で、ゴミや騒音などへの苦情が出ているが、それにもボランティアをお願いするなど対応しているが、更に充実していく必要がある。(資料6)
十八代目中村勘三郎丈は、「型があるから型破り」と古典を大事に重んじながら、新たな挑戦をすることが、伝統を守ることになると果敢に挑戦していたことを思い出した。
正に、七夕まつりも職人技を継承しつつも、新たな挑戦が伝統を守ることになると考える。
平塚市は、小学校の中に七夕飾りについて授業を導入しているが、全校ではないようだ。できれば全校で取り組んではどうだろうか。成人になっても「心の故郷」として生まれ育った場所への愛着が生まれ、市民飾りを制作し伝統を守るという行動に繋がると良いと思う。
また、4つの飾りを制作するのは結構な時間と労力を要する。そこで、市内の介護施設などで花飾りや行燈の絵などを制作してもらい、中学生や高校生が組み立てることで地域の交流の場にもなる。
改善の余地はあると考えるが、制作を通し伝統を引き継ぐ重要性を確認することができた。
参考文献
1. 宮川重信著『新・東海道五十三次~平成から江戸を見る~』、東洋出版、2000年
2. 平塚市博物館編集『よみがえる少年の日々 佐草健ボールペン画展』、平塚市博物館、2020年
3. 平塚市博物館編集『平塚のお祭りーその伝統と創造―』、平塚市博物館、2005年
4. 星まつりを調べる会制作『里に降りた星たちを訪ねてー星まつりを調べる会記録文集』平塚市博物館、2017年
5. 今泉義廣監修『図説・平塚の歴史<下巻>』郷土出版、1994年
6. 金原左門監修『保存版 ふるさと平塚』郷土出版、2012年
7. しなのき書房編集『写真アルバム 平塚・茅ヶ崎の昭和』いき出版、2019年
8. 平塚市企画部広報課『ひらつか グッド・デイズ 平塚市民生活ガイドブック2004』平塚市、2004
9. 平塚市企画部広報課「キラめく海 平塚 ‘92平塚市勢要覧/市制60周年」平塚市、1992年
10.塚田健・福田麻友子図録執筆『星になった民具たち』平塚市博物館、2022年
11.湘南ひらつか七夕まつり実行委員会『湘南ひらつか七夕まつり70回記念誌』湘南ひらつか七夕まつり実行委員会、2023年
12.一宮七夕まつり協進会事務所『一宮七夕まつり40年のあゆみ』一宮市、1996年
13.昼間たかし、鈴木士郎編者『日本の特別地域 特別編集○76これでいいのか神奈川』マイクロマガジン、2017年