熊本城復興に見るデザイン的意義と問題点

大倉 美和

2016年4月14日21時26分、マグニチュード6,5、1日空けて4月16日1時25分、マグニチュード7,3の2回の地震 が熊本地方を襲った。死者272名、建物被害21万棟、県民の約1割が避難生活を余儀なくされた。その中でも最も大きくニュースで報じられたのは熊本城の被害であった。被災から6年熊本城の復旧の歩みを検証する。(注2)

特別史跡熊本城は熊本市中央区本丸1-1、二の丸広場、県立美術館、加藤神社、監物台樹木園などを有す公園施敷地内にあり、管理するのは文化財保護法に基づき熊本市となっている。
熊本城は平山城で「武者返し」と言われる石垣に代表されるように ,その景観は豪壮雄大である。城域は98ヘクタール、周囲5,3キロメートルに及び、大小天守閣はじめ、櫓、城門など国、県指定重要文化財建造物14棟、再建復元建造物20棟の見どころの多い歴史建造物である。(注4)

加藤清正以前の城は「隈本城」と呼ばれ、文献に現れるのは1377年である。加藤清正が城主となったのは豊臣秀吉の九州出兵後の1587年であった。
加藤清正は1607年茶臼山に7年の歳月をかけて新城、熊本城を完成し「隈本」を「熊本」に改称した。この後熊本城は加藤家2代1632年から細川家11代の居城となる。
藩廃置県後、熊本城は鎮西鎮台が置かれ、二の丸へ兵舎等の建築が進められた。1877年西南戦争開戦直前の2月9日、不審火により天守・本丸御殿一帯を焼失した。1933年熊本城の石垣や堀が史跡に、建築物が国宝に指定され、1955年特別史跡に指定された。1960年総工費1億8000万円をかけ、大小天守が鉄筋工ンクリートで外観復元された。(注1)

2016年の熊本地震による被害は国・県指定の重要文化財14棟全部、再現復元建築物20棟全てが被災し、その内容は倒壊、一部損壊、壁・屋根損壊であった。最も被害を受けたのが石垣で、973面の内229面が崩落、ゆるみや膨らみのため積み直しを必要とするものは517面全体の3割に及んだ。被害総額は634億円で石垣が425億円、重要文化財建造物が(国指定)が約72億、再建復元建造物、その他の公園施設が約137億円に上った。(注2)
熊本市は2016年に熊本城復旧基本方針を決定し、それに基づき2018年熊本城復旧基本計画を制定した。その内容は 普及の期間を20年と定め、被災した石垣・建造物の保全、復興のシンボル天守閣の早期復旧、石垣建造物等の文化財的価値保存と計画復旧、復旧過程の段階的公開と活用、最新技術を活用した安全対策、100年先を見据えた復元への礎創り(注5)などである。

地震直後から段階的に公開されていた熊本城ではあったが、5年後 の2021年6月28日、ついに展示スペースと天守閣が全面リニューアルし公開された。地下1階地上6階、総工費72億円で、クロスダンバーという最新式の耐震装置を導入し、バリアフリーのトイレ、3機のエレベーターなどが設置され、フリーWi-Fi、音声ガイドアプリの導入、多言語の復旧掲示板21機が設置されている。(注3)(注4)(注6)
熊本城の復興は復旧基本計画に基づき、がれきの撤去、安全確保、被災の原因の究明、歴史的遺産としての調査発掘研究と同時に、工事施工が進められ、県、国、各種関係団体の協力を得、予定どうり5年で天守閣再建を果たした。災害の甚大さにおいて異例の速さと言えるが、それらが可能になった理由は何だったのか? また再建の中でも特記すべきこととは何なのかを検証してみる。

まず、5年で天守閣公開が実現したことの要因の一つとして、「熊本城を復旧のシンボルとした」事が挙げられる。熊本城は市内の中心部に位置する。震災からの復旧を可視化することにより県民の心を鼓舞し経済的復旧支援のシンボルにもなったのである。
また、熊本市内観光施設入場者数一位の熊本城は、観光事業の拠点であり、熊本の経済復興という理由からも早期復旧が急がれた。(注9)
さらに、熊本城早期復旧の要因の一つに天守閣が再建建造物であった事が挙げられる。熊本城は1960年に鉄筋コンクリートで再建されており倒壊を免れ、鉄筋コンクリート工法の杭が残っていたため、その杭を利用して早期に復元が可能になったのである。自然災害による復旧工事の場合、基本地震直前の姿に戻すのが原則とされている。城が歴史的に重要な石垣の上に建造されており、もしも倒壊していたら、損壊した部材を回収し積み直しその上に建設しなければならず、5年の復元は不可能であったであろう。(注11)
また、耐震化という点でも、日本で一番で災害が多い熊本において、熊本城には長い普請の歴史があり、迷うことなく最新式の耐震化を目指すことが出来た。(注10)

同じ日本の3代名城の復興計画の中の1つ名古屋城の再建計画のように、全木造建築にこだわるあまり石垣の調査が不十分で、文化庁から再建計画案が差し戻され、計画自体が長期に頓挫している例を見た時、工学的な部分と考古学的な部分とのバランスがうまく取れず段取りの悪さが目立つ。
熊本城の場合は、復旧全体の段取りとして重要文化財建造物と建造物下の石垣などを短期おおよそ2022年度までとし、再建・復元建造物やその他の石垣などを後期2023年から2037年までとして歴史的価値の高いものを優先したことにより、文化庁の理解を得ることが出来、スムーズに工事が可能となった。(注5)バリアフリーという点から見ても、エレベーターについては、「歴史的建造物に対して是か非か」と頻繁に問われる中、エレベーターを階に分け設置し、「思いやりエレベーター」として身障者への配慮を強調するなどし、専門家からの批判も出なかった点は評価できる。(注8)

ここで優れた事例として特記すべきは、北口見学コースの特別見学通路である。
特別見学通路は高さ6メートル、長さ35メートルの空中回廊で復興中の熊本城をまじかに見学するために設けられた通路である。床は県産財の檜が使用されており、日本財団の援助の元、総工費17億円をかけて建設された。施工は株式会社日本設計で、2020年グッドデザイン賞を受賞している。受賞の理由としては日本初特別史跡内の建築物の実現、被災した熊本城の復旧工事の見学実現、.熊本城の景観と調和したデザイン、既存樹の保存、遺構に配慮した見学通路の実現などである。(注7)
驚くべきことに特別見学通路の設置については 2018年確認調査を着手し早い段階から計画されていた。「復興途中の今しか見られない熊本城」を間近に見る期間限定の仮設の見学通路は新しい視点を持つ「創造的な復興の例」として県内外からも高い評価を得ており、今や熊本城見学に欠かせない存在となっている。(注7)(注13)

とはいえ、完全普及までは後14年と長い道のりである、現在復旧した重要文化財は3割で、他は全て調査してからでないと工法も決定できず、資金面合わせ計画どおりに進むのか否かも未定である。
石垣においてはもっと困難を予想され、約2万3600平方メートルの石垣が被災し、このうち8200平方メートルで石垣が崩落し、積み直した石垣は740平方メートルにすぎない。積み直しが必要な石は10万個を超え、石工が1人1日に詰める石垣は5~6個であり、今後文化財補修経験のある大工・石工の確保がカギを握るとみられる。
また、補修を待つ石垣の保管のための城域内の区画や道路の封鎖による交通の利便性の回復なども新たな課題である。

熊本地震で甚大な被害を受けた熊本城は創造的復旧の姿を見せてくれる半面、現在も修復途中という矛盾も抱えている。完全普及という命題を全うできるよう 、技術面・資金面両面での県民の理解と支えが、今後ますます必要となっていくと思われる。

  • 81191_011_31986101_1_1_p1110881 1, 全面リニューアル公開の熊本城、  2022年5月21日、 筆者撮影
  • 81191_011_31986101_1_2_p1110901 2, 熊本城天守閣6階展望フロア、   2022年5月21日、筆者撮影
  • 81191_011_31986101_1_3_p1110909 3,クロスダンバー、         2022年5月21日、筆者撮影
  • 81191_011_31986101_1_4_p1110890 4,思いやりエレベター、       2022年5月21日、筆者撮影
  • 81191_011_31986101_1_5_p1110870 5,特別見学通路Ⅰ史跡に配慮した置き型の支柱、  2022年5月21日、筆者撮影
  • 81191_011_31986101_1_7_p1110868 6,特別見学通路Ⅱ 見学通路からみる熊本城、 2022年5月21日、筆者撮影
  • 81191_011_31986101_1_8_p1110872 7,特別見学通路Ⅲ 見学通路から見る被災のままのがれき、2022年5月21日、筆者撮影
  • 81191_011_31986101_1_8_p1110856 8,石垣保護の様子、2022年5月21日、筆者撮影

参考文献

(注1)熊本市・熊本日日新聞社 2017年 『復興 熊本城』熊本日出版 P8~9
(注2)熊本市・熊本日日新聞社 2017年 『復興 熊本城』熊本日出版 P18~19
(注3)熊本市・熊本日日新聞社 2017年 『復興 熊本城』熊本日出版 P60~61
(注4)熊本市・熊本日日新聞社 2017年 『復興 熊本城』熊本日出版 P6~7
(注5)熊本城普及基本計画 熊本市民局 熊本城総合事務所
https://www.city.kumamoto.jp/hpkiji/pub/detail.aspx?c_id=5&id=18946
https://www.city.kumamoto.jp/common/UploadFileDsp.aspx?c_id=5&id=18946&sub_id=1&flid=133297  2022年5月27日

(注6)熊本城総合事務所・熊本城調査研究センター2021年『熊本城天守閣 常設展示図録』
    熊本市・熊本日日新聞社
(注7)熊本市・熊本日日新聞社 2017年 『復興 熊本城 主な出来事』熊本日出版 P48
(注8)熊本城総合事務所 総務企画班 2021年『熊本城天守閣内部公開パンフレット』熊本城総合事務所
(注9)伊東維年・鈴木康夫 2020年 『熊本地震と熊本県の観光』株式会社成文堂 P122
(注10)インズウェブ火災保険  日本で一番災害の多い県 https://www.google.com/search?q 2022年5月23日
熊本県 「新しいくまもと創造に向けた基本方針制定について」https://www.pref.kumamoto.jp/soshiki/18/85748.html    2022年5月27日
(注11)大石 恭正NetlB-News by データマックス  
 https://www.data-max.co.jp/article/41390    2022年5月27日
(注12)大石 恭正「実現するのか?名古屋城の木造復元プロジェクト 前
NetlB-News by データマックス  https://www.data-max.co.jp/article/35100 2022年5月27日
大石 恭正「実現するのか?名古屋城の木造復元プロジェクト 中
NetlB-News by データマックス  https://www.data-max.co.jp/article/35142 2022年5月27日
大石 恭正「実現するのか?名古屋城の木造復元プロジェクト 後
NetlB-News by データマックス https://www.data-max.co.jp/article/35166  2022年5月27日
(13)NIHON SEKKEI https://www.nihonsekkei.co.jp/projects/10984/
読売新聞 https://www.yomiuri.co.jp/column/japanesehistory/20210419-OYT8T50056/2022年5月27日
朝日新聞 https://www.asahi.com/articles/ASMBP52S7MBPTLVB016.html  2022年5月27日

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