市民が中心となって立ち上げた地域発の文学賞 ー北海道・岩見沢「氷室冴子青春文学賞」ー

上仙 文江

はじめに

2018年、北海道・岩見沢で新しい文学賞が誕生した。岩見沢出身の小説家、故・氷室冴子(資1-1)の功績を称え、次世代の新たな才能を発掘し顕彰する「氷室冴子青春文学賞」である。岩見沢市民や有志が中心となって誕生した“手作り”の文学賞とは、そして周辺やまちの人々に与えた影響とはどんなものだったのだろうか。今後の展開も含めて考察する。

1. 基本データ

名称:氷室冴子青春文学賞
創設:2018年
主催:特定非営利活動法人氷室冴子青春文学賞(註1)
所在地:北海道岩見沢市有明町南1番地20 岩見沢市コミュニティプラザB1
事業内容:文学作品の募集及び優秀作品に対する氷室冴子青春文学賞の授与、故作家氷室冴子及び関連する作家の文学的業績の調査・研究社会教育、文学振興に資する講演会、研修会の企画及び実施、会報及び出版物の発行、まちづくりの推進、学術・文化・芸術等の振興

2. 歴史的背景

氷室冴子(本名 碓井小恵子)は1957年1月11日、岩見沢で生まれた。大学在学中の1977年に『さようならアルルカン』で第10回小説ジュニア青春小説新人賞佳作に入選し作家デビューを果たす。1980年代~1990年代の集英社コバルト文庫を代表する看板作家として、久美沙織、田中雅美、正本ノンとともに「コバルト四天王」と呼ばれた。また『ざ・ちぇんじ!』『なんて素敵にジャパネスク』などの作品において平安時代の物語に現代的なヒロインが登場するというスタイルを確立し、現在活躍する数多くの作家や文化人に大きな影響を与えた(註2)。
冴子が生まれた岩見沢市はかつて石炭輸送の中間地点として栄えた地方都市で、現在は稲作を中心とした農業がさかんであり、冬は豪雪地帯としても知られている(資1- 2・3)。冴子は22歳になる1979年までを岩見沢で過ごし、デビュー後は札幌や東京などに居をかまえ執筆活動を行った。1987年には作品の発行部数が900万部を超えその後も次々とヒット作を発表したが、2008年に肺がんのため51歳という若さで惜しまれつつこの世を去る(資2)。
冴子の逝去後、岩見沢のコミュニティFM開局に携わった法政大学大学院教授・増淵敏之氏(現顧問)は彼女の功績に注目し、岩見沢のまちづくりのための企画を提案した(註3)。関係者の間で幾度も協議が行われ、2017年に地元の有志が中心となり氷室冴子青春文学賞創設のための実行委員会がスタートする。翌年の2018年には第1回目の作品募集が行われ、同年7月には岩見沢市内で授賞式が開催された。続く2019年の第2回も活況のうちに実施されたが、2020年は新型コロナの流行により中止を余儀なくされる。しかし2021年には第3回目が開催され、2022年の第4回には受賞に合わせて3年ぶりの授賞式が行われた(資3)。

3. 氷室冴子青春文学賞を積極的に評価する点

氷室冴子青春文学賞を積極的に評価する点として以下の2点を挙げる。
まず1点目は、岩見沢市民が中心となって立ち上げた文学賞という点である。実行委員の各々が仕事や学業の傍ら、フライヤーやポスターを配って会員や協賛を募ったり(資4 -1・2)、図書館と連携して図書の展示や朗読を行うなど、自分たちが出来る範囲での活動と努力を着々と積み重ねた。その結果、実行委員会設立後わずか1年という期間で文学賞創設を果たす(資5)。限られた時間や人材、予算の中で目標を成し遂げようとする姿勢は積極的な評価に値する。
2点目は、岩見沢市民が忘れかけていた氷室冴子の価値を掘り起こし、地域の財産としてかたちにしたことである。氷室冴子青春文学賞実行委員会委員長の栗林千奈美氏によると、企画がもちあがった2016年当初、岩見沢市民の氷室冴子への関心は非常に薄かったという。しかし文学賞の創設は、岩見沢や周辺地域に住む人々、特に若い世代の中学生や高校生などが自分たちの住むまちから著名な小説家が生まれたことを認識するきっかけとなった。文学賞の連携事業である短編小説講座やトークショーには多くの市民が参加し、岩見沢緑陵高等学校情報コミュニケーション科では課題研究の制作として、少女時代の冴子の自伝的小説『いもうと物語』の舞台となった岩見沢市内の各所を生徒自身らが取材し、手描きのイラストマップとして完成させた(資6)。

4. 松山市「坊っちゃん文学賞」との比較を通して特筆できること

松山市の坊っちゃん文学賞は、夏目漱石の『坊っちゃん』の舞台となった松山市の文学的土壌を活かそうと1988年に創設された。近年ではショートショート文学賞としてリニューアルがなされるなど、時代に合わせた進化を遂げている。松山市の文化・ことば課が主体となって連携事業にも力をいれており、“ことば”を中心に据えたまちづくりを展開している(註4)。
これに対し氷室冴子青春文学賞は2023年に第5回を迎えるが、これまで行政の力に極力頼らず市民活動の範囲で行ってきたこと、そして短期間のうちに成果を出していることは特筆すべき点である。特に第1回の大賞を受賞した櫻井とりお氏の『虹いろ図書館のへびおとこ』が図書館員がえらぶ選書センター大賞2021 児童文学部門第1位(日販図書館選書センター調べ)となった点や、第2回の大賞を受賞した佐原ひかり氏の『ブラザーズ・ブラジャー』がSNSを中心に話題となっていることなどからは、“青春世代”ともいうべき若者たちの関心の高さをうかがうことができる(資7・資8)。

5. 今後の展望と課題

氷室冴子青春文学賞の創設をきっかけに、氷室作品の復刻版(註5)や関連本(註6)の出版、同志社大学でのイベント開催(註7)など、さまざまなフィールドで氷室冴子が再注目されている。文学賞においては第5回を迎える2023年が岩見沢市の市制140周年となり、授賞式の開催に合わせてトークショーや朗読劇などの企画が市との連携ですすめられている。
一方の現状として、岩見沢市内においては日常的に“氷室冴子”を目にする機会がまだまだ不足しているように感じる。市民がもっと氷室に慣れ親しむ工夫として、例えば「氷室冴子が生まれたまち岩見沢」と銘打ち市内各所に看板やのぼりを設置したり、氷室冴子ゆかりの地をめぐるツアーを実施するなど、今後は岩見沢市との連携を視野に入れた取り組みにも期待したい。そして何より市民全体が力を合わせ、氷室冴子青春文学賞を盛り上げ継続させていくことが必要不可欠であるといえる。

6. まとめ

文学賞の運営にあたる栗林氏は、全国からの反響や熱心なファンの存在などを通し、氷室冴子という存在の大きさを改めて感じるとともに、今後も新しい才能を見つけ出し可能性を広げる活動を続けていきたいとの想いを強くする。また「氷室冴子青春文学賞がテーマに掲げている“青春”とは、“今”このときを自分らしく表現すること」とし、文学賞と岩見沢のまちづくりの関係について「氷室冴子本人や彼女の小説を通して“自分自身”という物語を発見し、次第に他の人の物語を理解・尊重できるようになることが、人としての成長やコミュニティ醸成への一過程となるのではないか」と語る。
氷室冴子がそれまでにない新しい女性像をつくりあげ、文学の世界の新時代を切り拓いたように、彼女の名を冠した氷室冴子青春文学賞もまた新たな時代の才能を見出す扉を開いた。そして氷室文学が全国で再評価されるきっかけを作ったと同時に、岩見沢の新たな誇りを開拓したといえるだろう。地域発の文学賞の発展は文化的土壌の底上げに貢献し、次世代が引き継ぐ財産となってこの地に残る。そして新しい才能が再び“青春”の扉を開き、みずみずしい感性を持ってそれぞれの夢や未来のまちづくりを目指していくだろう。そのことに大いに胸を膨らませつつ、これからの氷室冴子青春文学賞のさらなる展開と可能性に期待してやまない。

  • 1 (資料1) 氷室冴子と現在の岩見沢市の様子

    (1)コバルト文庫時代の氷室冴子。
    (2)JR岩見沢駅前の様子。 冴子が岩見沢に住んでいた頃は木造の駅舎だったが、 2000年12月の火災により消失。 現在の駅舎はレンガ造りで、 鉄道とともに発展した岩見沢の歴史や文化が表現されている。(2023年1月21日 筆者撮影)
    (3)現在の岩見沢市内の様子。 昔ながらのアーケード街を冴子も歩いていたと思われる。(2023年1月21日 筆者撮影)

    氷室冴子写真資料提供:特定非営利活動法人氷室冴子青春文学賞
  • 2 (資料2)氷室冴子略歴

    氷室冴子青春文学賞実行委員会事務局発行「青春通信 Vol.1(2017.6.20付)」を参考に筆者作成
  • 3 (資料3) 氷室冴子青春文学賞の歩み

    特定非営利活動法人氷室冴子青春文学賞提供の資料を参考に筆者作成

    参照
    ※1 国内最大級の小説投稿サイト。 大手出版社との協業により新人作家を発掘・プロデュースしている。 http://estar.jp/(2023年1月25日アクセス)
    ※2 「内閣府NPOホームページ」 https://www.npo-homepage.go.jp/npoportal/detail/001001518(2023年1月25日アクセス)
    ※3 2023年1月28日現在
  • 4 (資料4) 制作物と授賞式の様子

    (1)会員や協賛を募集するフライヤーやポスターを地元の有志らが制作。 当初は「氷室冴子記念青春文学賞」という名称だった。
    (2)2017年に実行委員会が設立され、 情報発信ツールとして「青春通信」を発行。
    (3)氷室冴子青春文学賞のロゴマーク。 岩見沢市民でグラフィックデザイナーでもある筆者が実行委員会や関係者の協力を得て制作。 氷室作品や雪国である岩見沢市のイメージをもとに「雪のように儚い青春のひとしずく、 “今”このときを表現する才能がペン先からこぼれ落ちる瞬間」を表した。(しずくは米どころである岩見沢市※1の市章をモチーフとしている)
    (4)第1回「氷室冴子青春文学賞授賞式」開催のために制作したポスター。
    (5)大賞と準大賞には 岩見沢在住の天野澄子氏が制作したトロフィーが授与された。(写真は第2回授賞式のもの)
    (6)授賞式当日のユニフォームであるオリジナルTシャツも実行委員自らデザイン。
    (7)第1回授賞式(2018年7月13日 氷室冴子青春文学賞実行委員会撮影)と第2回授賞式(2019年12月1日 氷室冴子青春文学賞実行委員会撮影)の様子。

    写真および画像資料提供:特定非営利活動法人氷室冴子青春文学賞

    参照
    ※1 岩見沢市ホームページ https://www.city.iwamizawa.hokkaido.jp(2023年1月26日アクセス)
  • 5 (資料5) 氷室冴子青春文学賞発表と作品募集

    (1)第1回氷室冴子青春文学賞をマスコミ各社へ正式発表した時の様子。 2017年当初は実行委員会主催だった。写真は現・特定非営利活動法人氷室冴子青春文学賞代表理事の木村聡氏(左)と、 実行委員長の栗林千奈美氏(右)。(2017年12月 筆者撮影)
    (2)公式ホームページの第4回氷室冴子青春文学賞作品募集のバナー。※1

    画像資料提供:特定非営利活動法人氷室冴子青春文学賞

    参照
    ※1 氷室冴子青春文学賞 https://i-akariya.org/himuro-bungaku/(2023年1月26日アクセス)
  • 6 (資料6)文学賞のひろがり

    (1)氷室冴子青春文学賞の連携事業として、初心者向けの短編小説講座が岩見沢市内で開催された。 プロの編集者のレクチャーを受け、10名の市民が2ヶ月間5回にわたり受講した。
    (2)講座受講生の短編小説をまとめた作品集。 札幌市内で開催されたコミックマーケットで販売も行った。
    (3)岩見沢市立図書館で行われた「としょかんトーク」の様子。 文学賞の審査員であり氷室冴子とともに「コバルト四天王」と呼ばれた作家の久美沙織氏を招き、 地元の高校生たちとともに氷室冴子の思い出や文学賞への想いを語り合った。(2017年9月30日 氷室冴子青春文学賞実行委員会撮影)
    (4)岩見沢緑陵高等学校情報コミュニケーション科の生徒たちによる「HIMURO MAP」。岩見沢を舞台にした自伝的小説「いもうと物語」をピックアップし「いもうと物語めぐり」と題して岩見沢市内各所をイラストマップで紹介。

    写真および画像資料提供:特定非営利活動法人氷室冴子青春文学賞
  • 7 (資料7) 各回の応募作品数と受賞作データ

    特定非営利活動法人氷室冴子青春文学賞提供の資料を参考に筆者作成
  • 8 (資料8) 書籍化された大賞受賞作品

    (1)『虹いろ図書館のへびおとこ』櫻井とりお(河出書房新社※1)/第1回大賞受賞作「へびおとこ」からの改題、 2019年11月刊行。
    (2)『ブラザーズ・ブラジャー』佐原ひかり(河出書房新社※2)/第2回大賞受賞作「君のゆくえに愛を手を」からの改題、 2021年6月刊行。

    画像資料提供:特定非営利活動法人氷室冴子青春文学賞

    参照
    ※1・2 https://www.kawade.co.jp/np/index.htm(2023年1月26日アクセス)

参考文献

註釈

(註1)内閣府NPOホームページ NPO法人ポータルサイト 氷室冴子青春文学賞 https://www.npo-homepage.go.jp/npoportal/detail/001001518(2023年1月24日アクセス) 

(註2)岩﨑奈菜編 『文藝別冊 氷室冴子 私たちが愛した永遠の青春小説家』 河出書房新社 2018年 p3

(註3)氷室冴子青春文学賞  増淵先生のお部屋 北海道岩見沢市有明町南1番地20 岩見沢市コミュニティプラザB1 岩見沢あかり家内 https://i-akariya.org/himuro-bungaku/増淵先生のページ/(2023年1月27日アクセス)

(註4)松山市ホームページ 坊ちゃん文学賞(文化・ことば課) 愛媛県松山市二番町4丁目7-2  https://www.city.matsuyama.ehime.jp/shisei/machizukuri/kotoba/bocchan.html(2023年1月26日アクセス)

(註5)集英社 氷室冴子『なんて素敵にジャパネスク』復刻版登場!!https://cobalt.shueisha.co.jp/contents/japanesque/(2023年1月27日アクセス)

(註6)嵯峨景子著 『氷室冴子とその時代』 小鳥遊書房 2019年

(註7)同志社大学 プレスリリース 夢枕獏with小峯隆生トークショー「氷室冴子と平安物語を語る」2019年2月17日(日)https://www.doshisha.ac.jp/news/2019/0212/news-detail-6701.html(2023年1月27日アクセス)



参考文献

岩﨑奈菜編 『文藝別冊 氷室冴子 私たちが愛した永遠の青春小説家』 河出書房新社 2018年

藤沢チヒロ・栗林千奈美編 『君の青を、僕は知ってる ~初心者でも書ける短編小説講座作品集~』 特定非営利活動法人氷室冴子青春文学賞 2019年

嵯峨景子著『コバルト文庫で辿る少女小説変遷史』 彩流社 2016年

櫻井とりお著 『虹いろ図書館のへびおとこ』 河出書房新社 2019年

佐原ひかり著 『ブラザーズ・ブラジャー』 河出書房新社 2021年

氷室冴子責任編集 『氷室冴子読本』 徳間書店 1993年




参考Webサイト

岩見沢市ホームページ  北海道岩見沢市鳩が丘1丁目1番1 https://www.city.iwamizawa.hokkaido.jp

氷室冴子青春文学賞  北海道岩見沢市有明町南1番地20 岩見沢市コミュニティプラザB1 岩見沢あかり家内
https://i-akariya.org/himuro-bungaku/

岩見沢私立図書館 北海道岩見沢市春日町2丁目18番地1 https://lib.city.iwamizawa.hokkaido.jp/TOSHOW/html/event.html

北海道岩見沢緑陵高等学校 岩見沢市緑が丘74番地2 https://sites.google.com/iwamizawa-ryokuryo.ed.jp/web/top 

松山市ホームページ 愛媛県松山市二番町4丁目7-2 https://www.city.matsuyama.ehime.jp/index.html

エブリスタ 東京都千代田区一ツ橋1-1-1 https://everystar.jp

河出書房新社 東京都渋谷区千駄ヶ谷 2-32-2 https://www.kawade.co.jp/np/index.html

集英社WebマガジンCobalt (株式会社集英社 東京都千代田区一ツ橋2-5-10)https://cobalt.shueisha.co.jp

斎宮歴史博物館 三重県多気郡明和町竹川503 https://www.bunka.pref.mie.lg.jp/saiku/index.shtm

全国学校図書館協議会 東京都文京区春日2-2-7 https://www.j-sla.or.jp/recommend/

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