今も残る、ヒッピーコミューン ~クリスチャニアと獏原人村が生み出す物~

吉田佳代子

今も残る、ヒッピーコミューン
~クリスチャニアと獏原人村が生み出す物~

1、はじめに
今、アメリカではドナルド・トランプとヒラリー・クリントンの壮烈な大統領選挙の真っ只中である。大胆な発言で世間を騒がせるドナルドが仮に勝利すれば、世界は大きく変化する可能性がある。日本では舛添知事の政治資金問題があった。ヨーロッパでは難民問題が起こり、英国のEU離脱を問う国民投票では離脱票が半分以上を収め、今後EU分裂の危機がある[1]。戦争や内戦がいたる国で起きている。多くのルールや規則で縛られている社会。そんな世の中とは反して、ヒッピー達は今尚、「自由と平和」を目指し、生き続けている。

・ヒッピーの歴史
アメリカで1960年代に、人種差別問題やベトナム反戦などの社会運動として若者を中心に行われた。社会と価値観から離れ、脱社会運動をした人々をヒッピーと呼んだ。それは同様にイギリス、フランス、日本などの産業国にも波及した。彼らは自由、平和、愛を尊重し、生きるために原始的共同生活をした。70年代に入ると衰退したが、その思想は主流文化に浸透し、反核運動、エコロジー運動などに受け継がれた[2]。しかし、今でもその頃に出来たヒッピーコミューンが残っている場所があり、今回はそのうちの2つを事例とする。

2、クリスチャニア
先進国であり、幸福度1位のデンマーク[3]、首都コペンハーゲンのほぼ中心にヒッピーコミュニティー、クリスチャニア自治区がある。人口約1000人、面積約34ヘクタールで、小さな村のような場所である。入口は2つ、周りや中は独創的な落書き・アートが描かれている[資料1]。中には手作りのオブジェも多い。小さな湖の回りは自転車と歩道があり、散歩に適している。都心部とは異なり、のんびりした空間で、人々は好き勝手、自由気ままにそこで過ごす。デンマーク政府から独立し、独自の国旗や国歌、そしてルールがある。
元は軍の施設として利用されていたが、1971年に軍が移転し、政府がこの地を人々に開放すると、ヒッピーたちが自由を求めて住みついた。住人は独自のルールに基づいて自治を行い、中にはデンマークでは違法とされている大麻を吸う者も現れた。クリスチャニアのほんの一部の場所だが、マリファナが売られている場所がある。2004年まで、その地区内ではマリファナは合法であった。その後政府との衝突を幾度も繰り返し、マフィアの銃撃戦もあった。そこでルールが出来、近年は落ち着いた。国の規則とは関係なく、自治会が最低限のルールを定めたのだ。それは銃や暴力禁止、ハードドラッグ禁止、車の進入禁止、犬を繋ぐのは禁止、写真撮影禁止、落書きは自由と、数少ない。このルールから、自治区ではピースフルを保ち、写真を撮られる心配もなく、生き物全てが開放的に過ごせる空間造りを目指していることが解る。現在クリスチャニアは安全で、老若男女、家族連れと、誰もが自由に楽しめる場となり、コペンハーゲンで4番目に大きな観光地となっている[4]。地区には子供用の学校からカフェやレストラン、パブやライブハウス、家具工房やアトリエなど、ミュージシャンやアーティストなどが出会え、楽しめ、暮らしやすい場である。観光客用の宿などは無い。
夏の間は野外コンサート広場で毎日ライブが開かれ、夜、そして冬の期間は室内で音楽を聴いて楽しめる。毎日多くの観光客や地元の人で賑わっている[資料2]。そこから離れると、自然が溢れており、ランニングをしたり、水辺でピクニックをする人がいる。また全裸の人、馬に乗って移動する人、観光客、自由に走り回る犬、手作りの住宅[資料3]、気ままに自由に暮らす人々の姿があるのだ。

・クリスチャニアバイク
クリスチャニア内はエコロジーを考え車両進入禁止である。移動手段は徒歩か自転車がメインであり、小さな子供達とサイクリングが出来るようにと、1984年、古いベッドを素材に箱付き自転車が開発された[資料4]。そこから口コミで次々と注文が入り、クリスチャニア外でも話題となった。1990年からはバルト海、ボーンホルム島で製造され、世界に輸出している[5]。2010年のデンマークデザインアワードにも輝いた[6]。

3、獏原人村
福島県双葉郡川内村、国道399号沿いから山間の細い林道を約20分車で走ったところに獏原人村がある。福島第一原発から24km。4.4ヘクタールの土地に田畑を開墾し、また敷地内に、一泊1000円で宿泊も出来るドームハウスとコンサート・ステージがあり、エコロジーセミナーやライブが開かれている[資料5、6]。山を少し下ると川が流れており、震災前の祭り期間中は沢山の人が泳いでいて、また3世帯の住居があった。現在でもマサイさんと妻のボケさんは鶏を約500羽、放し飼いしその卵を売って暮らしている[6]。他にミュージシャンの男性の住居、大工と設計士とその子供達の住居がある。1977年にマサイさんがヒッピーコミューンを目指してこの生活を始めた。村では以前から反原発を訴え続けている。

・年に一度、8月の満月に開かれる祭り、「満月際」
「祭りは世の中を変える力がある。」そうマサイさんは話す。参加費は一人4000円で、約一週間の祭りを楽しめる。歌、ダンス、アートが広がり、参加者が一体となって祭りを作り上げるのだ。環境、自然、平和などの意識を高めあうワークショップや、子供が参加できるワークショップもある。月に一度のペースで祭りのミーティングが開かれ、スタッフでアイデアを出す。地図やポスター、WEBページも作られ、村で使える通貨を造って使ったり、また手伝ってくれた人々に配ったりした時期もあった。アイデアは何でも実行する。祭り期間中、勝手にお店を出して、儲けるのも自由である。ルールや規制を一切作らない。東日本大震災前は約3万人が祭りに集まって来ていたが、震災後は約300人まで減った。それでもこの規模が本来の理想だとマサイさんは話し、今も祭りを継続している。

・反原発運動
この村では40年近く電力会社と繋がっておらず、自家製ソーラーパネルを使用して暮らしている。祭りのワークショップでは、東北地方太平洋沖地震で福島第一原子力発電所事故前からそこで働いていた元職員が、原発の危険を話されていた。マサイさんの家には現在16枚のソーラーパネルがあり、それで出来る電気で暮らし、洗濯機、冷蔵庫、パソコン、照明、オーブン、冬はこたつなどを使用している。よって、全ての人が電機を自給自足すれば、電力会社も原発も不必要であり、環境汚染という過ちをチェルノブイリ、福島と、これ以上続くことを阻止したいと訴えている[7]。

・今の心境が込められたマサイさんの歌 「だまされるんじゃねえ」
「子供の頃から騙されてばかり、うそばかりつかれてきた。夢は叶う、やれば出来る、うそつくんじゃねえ。夢なんかかなわねえんだ。電力は、原発は、安全問題なんかじゃねえんだ。電気で人が人を支配して良いのか?騙されてたまるか。原発は、東電や政府だけが問われるんじゃねえんだ。本当に問われてるのは、俺達の心そのものなんだ!尖閣列島、竹島、地球は誰のものでもねえんだ!」

4、クリスチャニアと獏原人村の比較
クリスチャニアは都会の中心で自治区内には沢山の施設がある。観光地としても人気があり、毎日多くの人で賑わっている。獏原人村は山奥にひっそりとあり、普段は静かな場所だ。年に一度の祭りがあるのみ。どちらもルールや規則が無いに等しいが、クリスチャニアのほうが、多少ルールがある。両方共アーティスト性の高い場所であり、エコロジーを意識したもの、アート、音楽が作られている。原始的な暮らしを目指し、自給自足をしている。

5、おわりに
人、そして国は、より良い社会と経済を築くために、多くの規制、ルールを作っているが、それによって人々の自由が損なわれたりする。また国は常に科学を進歩させ、国内外で戦争をして物や価値を奪い合う。よって世界的な貧富の差が生まれる。社会の問題は数え切れない。そんな中、ヒッピーコミュニティーは常に、ルールや規制を作らなくても、世界の人々が平和に暮らせるということを実証し、私達に教えてくれているのだ。ヒッピーカルチャーは、まだ約50年しかたっていない。クリスチャニアバイクのような、環境を意識した物づくりで世界的に人気製品が生み出される可能性がこれかもあるし、獏原人村でのアート活動やワークショップも、目が離せない存在である。

  • 31486027_01 [資料1] クリスチャニア入口すぐ。自治区内はこのような幻想的な落書き・アートが多くの建物に描かれている。(2016年5月撮影)
  • 31486027_02 [資料2] 野外コンサート広場。奥にある3つの黄色の丸は、クリスチャニアの国旗である。多くの観客がライブで盛り上がっている様子。(2016年5月撮影)
  • 31486027_03 [資料3] 小さな湖の周りには、オリジナリティー溢れた手作りの家が並んでいる。(2016年5月撮影)
  • 31486027_04 [資料4] 1984年に作られた、古いベットを素材に作られた初期の自転車。(写真はクリスチャニアバイクのWEBサイト<http://www.christianiabikes.com/en/about-cb/history/>より)
  • 31486027_05 [資料5] 獏原人村、満月際で、福島第一原子力発電所の元社員・木村さん(写真左下)が行う、地球に優しい太陽光発電ワークショップの様子(2014年8月撮影)
  • 31486027_06 [資料6] 毎回メッセージ性のある歌を披露するマサイさん(写真右)。(2014年8月撮影)

参考文献

[1] The wall street journal 「英離脱で高まる「EU分裂」の恐怖」 http://jp.wsj.com/articles/SB11897586888049333566304582148210480883538
[2] 『日本大百科全書』 「ヒッピー」、小学館、2000
[3] Live door news (2016年3月16日) 「「国民の幸福度世界No.1」デンマークで見られる光景 (米『フォーチュン』誌電子版 2016年。) 
http://news.livedoor.com/article/detail/11314004/
[4] デンマーク新聞、オフィシャルWEBサイト 2013年12月25日
http://www.dagbladet.no/2013/12/25/tema/reise/ferie/europaferie/europa/30909554/
[5]クリスチャニアバイクの歴史(オフィシャルWEBサイト)
http://www.christianiabikes.com/en/about-cb/history/
[6] クリスチャニアバイクWEBページ・デザインアワード
http://www.christianiabikes.com/en/about-cb/dansk-design/
[7]獏原人村へようこそ(村長 マサイさんのホームページのトップ)
http://bakugenjin.seesaa.net/
[8]獏原人村へようこそ(村長 マサイさんのホームページ 2014年07月16日の記事)
http://mangetusai.seesaa.net/
・ライブドアニュース「福島第一原発事故20km地域の″LOVE & PEACE″ 幻のコミューン「獏原人村」の現在」 http://news.livedoor.com/article/detail/5663953/
・日本テレビ『金曜スーパープライム』「クリスチャニア」 、2010/10/01 放送
・ドキュメンタリー映画 『Christiania - 40 Years of Occupation』 Directors: Richard Jackman & Robert Lawson 、2014
・獏原人村WEBサイト
http://bakugenjin.seesaa.net/
・山田 塊也『アイ・アム・ヒッピー』第三書館、1990