五ふしの草のコミュニティデザイン
Ⅰ.はじめに
五ふしの草は奈良近郊の小規模有機農業の生産者グループである。自らで流通と販売を担い、それを食べ支える消費者と心の通う食料の流れ、つながりを育てている。
一つ目のつながりは五ふしの草という八百屋とCSAファームシェア(旬の野菜詰め合わせ定期便)、二つ目のつながりは奈良フードシェッドという市、三つ目のつながりはワークショップやイベントを通した学びと体験である。
作り手と買い手のつながりをどのようにデザインし、育てているのかをテーマに、五ふしの草の描くコミュニティデザインについて考察する。
Ⅱ.基本データ
五ふしの草〈八百屋〉 (2009年創業)
所在地:奈良県奈良市芝辻町880番地
奈良フードシェッド〈市〉 (2010年より開催)
開催地:JR奈良駅前広場 毎月最終日曜日(端境期は休み)
2020年11月と12月に五ふしの草と奈良フードシェッドにて聞き取り取材を行った(1)。
五ふしの草では、主要な農家グループの野菜に加えて、つながりのある農家の有機野菜や自然農法、自然栽培の野菜、無添加の加工食品を販売しており、CSAファームシェアは100セットほど(2)提供している。一人の男性が店を切り盛りしていて、他にはボランティアが各2名ほど五ふしの草と奈良フードシェッドに手伝いに来ている。
奈良フードシェッドはJR奈良駅前広場で開催されており、旬の野菜をはじめ、オーガニックな加工食品や製品、グルテンフリーのお菓子などを売る店が並んでいる。駅前のため、市を目的に来た人だけでなく、地元の人や仕事で来た人、観光客といった人びとが行き交い、中には興味深そうにブースを眺めたり、足を止めたりしている人たちもいる。親と一緒に来た子どもたちの遊び場にもなっており、お小遣いを片手に子どもだけで買い物ができる、親も安心できる場になっている。
ワークショップでは和歌山の有機農園主と発酵トーク付きの味噌仕込みを毎年行い、最近は行っていないが有機農業の体験なども企画している他、2019年には五ふしの草10周年記念として食や環境問題についての映画祭(3)をドネーション制(寄付)で開催している。
Ⅲ.評価している点について
五ふしの草が一般的な有機農業や小売店と大きく違うところはコミュニティを意識したでデザインを施している点にある。それについてCSAの採用、生産者のつながり、知恵と知識のめぐりの3点から詳しくみていく。
①CSAという生産者と消費者の新しいあり方
CSAとはCommunity Supported Agricultureの略で、日本語では、「地域が支える農業」や「コミュニティ支援型農業」などと訳されており、生産者と消費者が直接つながり、消費者が生産者に先払いをして定期的に新鮮な農作物を受け取ることを基本とし、継続的に買い支えることで持続的な農場経営を支える仕組みである。CSAは生産者と消費者の新しいあり方として欧米諸国を中心に広がっている。
五ふしの草を例にすると、消費者が3か月分のCSAファームシェア代を先払いし、生産者は作付けし、収穫した新鮮な野菜を定期便として消費者にファームシェアしている。この仕組みにより生産者は安定的に収入を得られる。
聞き取り取材では、生産者からは先払いによってモチベーションが上がること、消費者側も生産者とのつながりを感じていて、先払いに関して違和感がないとの意見だった。その話からは野菜に対しての安心感、五ふしの草に対する信頼感がうかがえた。
②生産者のつながり
グループで作付け計画を立てることで、ファームシェアできる野菜の数と量を安定的に出荷でき、流通と販売の労力もグループであることにより成り立っている。
さらに、他県の小規模有機農家とつながっていると、野菜を仕入れるだけでなく、災害といった非常事態においてカバーし合えることもできる(4)。
③知恵と知識のめぐり
私自身が五ふしの草で買い物をし始めた頃、人参がないので話を聞くと、長雨のために収穫が伸びて入荷はあと1か月先になると言われ、他にも、生姜を再び買いに行くとすでに販売が終わっていたことがあった。スーパーで買うことになれていたので、「ない」ことに驚いたが、改めて考えると収穫の時期がずれると「ない」ことは当然であることに気づいた。その時、日本の流通が優れていることに感心すると同時に「ある」ことの違和感も覚えた。何が良い悪いかではなく、気づきを得られることの大切さを感じた瞬間だった。
奈良フードシェッドでは、前回来場して農業に興味を持ったという子どもが農業体験をできないかどうか親と一緒に出店者を訪ねてきている場面に出会ったり、その出店者からは新規で有機農業を始めたいと希望する人たちがここに来て、出店者を介して就農したりしている話を聞いた。
2019年に「間違いだらけの有機農業を視座に地球を想う映画祭」と題して有機農業、社会問題、環境問題を取り上げた有機農業映画祭を開いたが、それ以外にネット配信も行っていて、こども園に卸している在来固定種の野菜を種から子どもが食べるまでをまとめた「たねのきゅうしょく」、畑やファームシェアの風景をまとめた「人と畑が助け合うカタチ」といった短編映像を公開している(5)。
「五ふしの草をめぐるコミュニティ」を図1にまとめてみた。オレンジ色の3つの場(八百屋兼CSA・奈良フードシェッド・イベント)を設けることでコミュニティに入る間口が広がり、八百屋だけを利用する人、八百屋を知ってからCSAファームシェアを利用する人、奈良フードシェッドから八百屋へ来る人と、その人なりの買い支え方、つながり方ができるようになっている。
そのことは、コミュニティを意識した他のCSAの事例をみるとよくわかる。日本国内にはまだ数は少ないが、「なないろ畑」や「つくば飯野農園」、単品のCSAでは「鳴子の米プロジェクト」など、それぞれ特色のあるコミュニティ支援型農業を行っている(6)。しかし、五ふしの草のようにいくつものつながる場と買い支え方を持っているところは今のところ見当たらなかった。
このコミュニティは閉鎖的でもなく、分散しすぎてもいない。場という拠点を設け、学びと体験を提供し、知恵と知識がめぐり、地域の生産者と共に在る暮らしがゆるやかに日常につながっている。そのようなデザインだといえる。
Ⅳ.今後の展望について
取材の中で、これまで培ってきた有機農業のノウハウや販売方法を活かして、新規就農者の指導や新しい販売拠点づくり、野菜以外の量り売り販売を考えていること、出店者と消費者と共に市をつくっていきたいと語っていた。
それには市に愛着を持つ人たちを増やし、コミュニティの一員であるという意識を芽生えさせる工夫が必要になってくるだろう。奈良フードシェッドが次に成長していく段階にきているといえる。
Ⅴ.まとめ
最後に、もう少し広い視野からこのデザインを見てみたい。
なだらかな山の裾野から広がる里山や山を切り開いてつくった棚田の風景、食文化は日本の原風景をつくってきた。
里山の農村では地縁ある者が支え合い、助け合いながら共同で生活してきた。社会の変化の中でそのかたちが姿を変えて、五ふしの草のような思想を同じくする者が支え合うコミュニティも生まれてきた。
その支え合いは食文化だけでなく、食がつくり出す風景も守っている。
令和元年度の日本の食料自給率(カロリーベース)は38%だった(7)。
飽食の日本で自給率が低いということは他国の土地で日本の食べ物を育ててもらっているということである。そのことで意図せずしてその土地の自然や生態系を変えてしまったかもしれない、余剰分でなかった場合は飢餓や貧困を助長させているかもしれない、手に取ったモノは強制労働によるものであるかもしれないのだ(8)。
つまり、日本の食の事情は世界にまで影響する問題でもあるといえる。
これから大切になってくるのは「想像力」ではないだろうか。
どこから来たものか、どのような人たちの手を経てここに来たのか。モノの持つストーリーに耳を傾け想像してみる。その姿勢が持続的社会、SDGsの達成へと向かう道につながっていると考える。
消費という言葉は「消える」「使い捨てる」という印象を持つが、先を見据えた消費は育み支える「投資」になると考える。
五ふしの草をめぐるコミュニティには、場とヒト、コトとモノを通した体験から自然と気づき、考えるきっかけが生まれてくる、そのデザインがこのコミュニティの中に含まれている。そのため、五ふしの草のデザインは優れているといえる。
参考文献
〈註釈〉
(1) 2020年11月24日、12月11日、14日に五ふしの草(八百屋)にて店主榊原一憲氏に聞き取り取材を行う。その内の11日、14日は消費者への聞き取り取材を、11日はボランティア体験もさせてもらう。奈良フードシェッドへは12月27日に現地取材を行う。
(2)11月24日現地取材において聞いた数字
(3) 2019年に「間違いだらけの有機農業を視座に地球を想う映画祭」と題して有機農業、社会問題、環境問題を取り上げた有機農業映画祭を開催、特別トークイベント「小規模農家の生産者会議」“有機農業再考―種から胃袋までの新しいかたち”も行っている。
11月30日(土)と12月1日(日)は奈良女子大学講堂で、
12月8日は、まめすず(お菓子屋)、ちちろ(奈良市にある古書喫茶)、五ふしの草(八百屋)にて上映する。
(4) 福岡の水害にあたって、五ふしの草から有機栽培の赤紫蘇を送ったりしている。
(5)「たねのきゅうしょく」
https://youtu.be/hqLkBuSUOKI (2021年1月21日閲覧)
「人と畑が助け合うカタチ」 (すべて2021年1月21日閲覧)
出店者編 https://youtu.be/kFGeARzrKuQ
お買い物編 https://youtu.be/H6YqiTfBhHI
生産者編 https://youtu.be/5OZQ9QFUe3g
ファームシェア編 https://youtu.be/gsj6zsJpx3Y
(6)CSAを行なう農園について
「なないろ畑」 https://nanairobatake.com/index.html (2021年1月21日閲覧)
片桐義春氏が2003年に神奈川県大和市の遊休農地を借地して有機農業をはじめた農場で、2006年からCSAを採用している。会員である消費者はお客様という関係ではなく、「仲間」として共に協働して農場を作り、運営している。農場運営にあたって会員会議も開いている。
農場の作業に対して労働時間券を発行していて、券の価格は剰余金の総計を労働時間の総和で割って決めている。
CSA会員は100世帯を上限とし、それ以上の会員希望者は空き待ちとなる。野菜は火・木・土曜日から曜日を選び、共同出荷場に取りに行くことを基本としている。2010年からはCSAで分配した余剰分を販売するための直売コーナーも始まっている。
このCSAは会員が農園に大きくかかわっていることが特徴的で、方向性としては「コミュニティファーム」を目指しており、そこが五ふしの草と異なるところといえる。
「つくば飯野農園」 http://www.tsukuba-iinonouen.com/ (2021年1月21日閲覧)
茨城県つくば市にあるCSA地域協働型の農園(CSAは2015年導入)で、固定種、在来種、エアルーム種などの野菜の種を自家採取し、無農薬、有機肥料、露地栽培で育てている。CSA定員の募集上限は計90名で、野菜の受取場所は農業作業場とつくば・市民ネットワーク事務所、そして東京都港区北青山でも受取場所を設けている。飲食店へ野菜を卸すことも可能。
農園から離れた場所にCSAの拠点を設けており、そこでどのようにコミュニティが広がっていくのか、これから楽しみなCSAのかたちといえる。
「鳴子の米プロジェクト」 http://www.komepro.org/ (2021年1月21日閲覧)
宮城県大崎市鳴子温泉地域の山間部は狭小な耕地と冷涼な気候という不利な条件の下、小規模農家は農業以外に畜産も行いながら暮らしてきたが、米価の下落と米づくりの大規模化政策によって農業が成り立たなくなり、田畑も景観も荒廃してくる。
2006年に鳴子の農業を守るために、地域で食と農を支える「鳴子の米プロジェクト」が農家、観光関係者、加工・直売所グループ、ものづくり工人の30人によって発足、
2008年にNPO法人となり、「鳴子の米販売ネットワーク事業」、「鳴子の食の開発・販売事業」、「農と食の人材育成・交流事業」を行なっている。
米の販売は支え手である消費者がNPO法人に先払いし、事務経費や若手就農支援などに使う資金を差し引き、農家に定額(安心して米作りができる金額)を支給している。
栽培する米の品種は鳴子の米プロジェクトから生まれた「ゆきむすび」。
ゆきむすびのおにぎりを販売する「むすびや」が2017年にクラウドファンディングを経て再オープンしている。(2009年にむすびやが開店、その後2011年東日本大震災で施設が壊れた)
2018年にはトヨタ財団から2年間の援助を受けてCSA塾を開き、2019年から野菜や加工品も加えたCSAを試みている。
支え手との田植えや稲刈り交流会も開催しており、作り手の指導のもと、手植えで田植えを行ったり、稲を刈って杭掛けを行なったりしている。杭掛けは、支え手と直接つながることで農家のやる気が引き出され、2008年から取り組んでいる。
このCSAは農作物が「米」の単品であること、NPO法人が作り手と支え手を取り持っているところ、農家の暮らしだけでなく、山間地域の暮らしや景観を守ろうと立ち上がって始まったところが他と異なる点といえる。
「むすびや」のクラウドファンディングについて
https://readyfor.jp/projects/musubiya (2021年1月21日閲覧)
(7)農林水産省 日本の食料自給率(令和元年度)
https://www.maff.go.jp/j/zyukyu/zikyu_ritu/012.html (2021年1月21日閲覧)
(8)2017年において世界の強制労働の被害者は2,490万人に上り、
その内、民間主体の経済活動における強制労搾取は1600万人で、さらにその内で業種がわかっている強制労働搾取は農林水産業で11%
現代奴隷制の世界推計:強制労働と強制結婚(日本語版)p.6-7
https://www.ilo.org/wcmsp5/groups/public/---asia/---ro-bangkok/---ilo-tokyo/documents/publication/wcms_615274.pdf (2021年1月21日閲覧)
〈参考文献〉
門田一徳『農業大国アメリカで広がる「小さな農業」進化する産直スタイル「CSA」』家の光協会、2019年
脇坂真吏『マルシェのつくり方、使い方』 学芸出版社、2019年
長岡淳一・阿部岳『農と食と地域をデザインする』 新泉社、2019年
辻村英之『農業を買い支える仕組み フェア・トレードと産消提携』 太田出版、2013年
五ふしの草
http://itsufushi.com/ (2021年1月21日閲覧)
唐崎卓也・福与徳文・坂根勇・石田憲治「CSAが地域に及ぼす多面的効果と定着の可能性」 『農村生活研究』、2012年
https://agriknowledge.affrc.go.jp/RN/2010892889.pdf (2021年1月21日閲覧)
桝潟俊子「アメリカ合衆国におけるCSA運動の展開と意義」 『淑徳大学総合福祉学部研究紀要第40号』、2006年 file:///C:/Users/sachiko/Downloads/KJ00004357549%20(1).pdf (2021年1月21日閲覧)
金川幸司「産消提携の位置づけとその組織について」 『生活経済学研究』、2003年
https://www.jstage.jst.go.jp/article/seikatsukeizaigaku/19/0/19_KJ00001051034/_pdf (2021年1月21日閲覧)