篠原風鈴本舗「江戸風鈴」 ―変化する風鈴の在り方―

ライト 文子

1.はじめに
 江戸風鈴とは、江戸時代から伝わる技法を受け継いで作られるガラス風鈴である。空中でガラスをふくらます宙吹き[1]で形を作り、内側から絵付けをするのが特徴である。東京・江戸川区にある江戸風鈴の工房、有限会社篠原風鈴本舗(以下「篠原風鈴本舗」)は、近年企業とコラボレーションした風鈴や夏以外も楽しめる風鈴を手掛け、今までにない江戸風鈴が注目されている[2]。そうした新しい江戸風鈴には、どのような意味があるのだろうか。
 本稿では、篠原風鈴本舗の江戸風鈴づくりに見られる新たな価値の創造と、継続的な学生との共創を評価すると共に、一般的なガラス風鈴との違いや今後の展望について考察する。

2.基本データ
 名称:有限会社篠原風鈴本舗 [写真1~3]
 所在地:東京都江戸川区南篠崎町4-22-5
 創業:大正4年(1915年)

 篠原風鈴本舗は、東京・台東区でガラス風鈴づくりの修行をした篠原又平氏が、大正4年(1915年)に創業した江戸風鈴の製造元である。「江戸風鈴」という名称は、先代から受け継いだガラス風鈴が、江戸時代と同じ技法で現代も東京(江戸)で受け継がれていることから、2代目の篠原儀治氏が昭和40年(1965年)頃に名付けたものである。現在江戸風鈴は「篠原風鈴本舗」と、儀治氏の息子である篠原正義氏が営む「篠原まるよし風鈴」の2ケ所でのみ製造されている。
 江戸風鈴の特徴は、①ガラス製で型を使わず宙吹きで作ること②音を良くするため風鈴の鳴り口をギザギザにしていること③ガラスの内側に絵付けをすることの3点である[資料①]。篠原風鈴本舗ではガラス吹きから絵付けまで、創業以来こうした技法を守りながら手作業で行い、現在4代目の篠原由香利氏を中心に、6名の従業員で一日およそ100~150個、年間3万~4万個製作している[3]。

3.歴史的背景
 風鈴は、竹林に下げて風の向きやその音色で吉凶を占う、中国の占風鐸という道具が起源とされている。飛鳥時代に僧侶が仏教と共に風鐸を日本へ持ち帰り、その音が邪気の侵入を防ぐ魔除けになると考えられて寺のお堂などに下げられた[写真4]。平安・鎌倉時代には貴族も魔除けとして縁側に吊るすようになったという。後に浄土宗の開祖・法然上人(1133-1212)がそれを「風鈴(ふうれい)」と名付け、後に「ふうりん」と呼ばれるようになった。
 それまでの風鈴は青銅製で、ガラス風鈴が作られるようになったのは江戸時代に入ってからのことである。室町時代、宣教師フランシスコ・ザビエル(Francisco de Xavier, 1506-1552)が来日したことによって長崎にガラス製品が伝わり、江戸時代の享保年間(1716~1736)に職人がガラス風鈴を作る実演をしたことが始まりだと言われている。江戸時代のガラス製品は高価なものだったが[4]、幕末から明治時代にかけてガラスの値段が下がるとようやく庶民の手に届くようになり、ガラス風鈴は明治の中頃に全盛期を迎えた。この時代も、庶民は風鈴を魔除けとして一年中吊るしていた。理由は明確にされていないが、夏に飾りとして楽しまれるようになったのは現代になってからである。

4.国内外の他の同様の事例と比較して何が特筆されるのか
 現在ガラス風鈴は、海外生産による安価な輸入品が多く見られる[5]。そこで、輸入されたガラス風鈴と江戸風鈴の違いを明らかにするため、両者を比較し考察した[表1]。
 雑貨店で入手した輸入品のガラス風鈴は、表面にシールが貼られている。時間をかけずに仕上げることができる反面、日差しによる色落ちや、摩擦による剥がれが生じ、耐久性が高いとは言えない。江戸風鈴を見ると、絵が長持ちするように内側から反転させて一筆ずつ絵付けしている。鳴り口部分に注目すると石で削られギザギザになっているが、これは音が鳴りやすくなるように考えて施された江戸風鈴の特徴である。雑貨店の風鈴は鳴り口部分がコップのようにツルツルに処理され音が出にくく、音の鳴り方の差も明らかになった。
 このように狭い鳴り口から筆を入れ、反転した状態で手早く絵付けしたり、鳴り口部分を加減しながら削って良い音を出すという江戸風鈴の高い技術力は、特筆すべき点であることがわかった。

5.事例のどんな点について積極的に評価しているのか
5-1.新たな意味づけ [資料②]
 一般的なガラス風鈴は雑貨店では季節商品として店頭に並び、夏が終わる頃には別の商品と入れ替えられる。ところが篠原風鈴本舗は、季節を問わずに江戸風鈴を楽しむことを提案している[6]。例えばクリスマス柄の江戸風鈴は、風鈴は夏に飾るという固定観念から解放された自由な発想を示している。
 さらに、令和2年(2020年)に新型コロナウイルスの感染が拡大すると、風鈴が魔除けの鈴だという古来の意味に再注目し、魔除けの意味を持つ絵柄の江戸風鈴を製作した。これは、同店が「夏に涼感を与えるアイテム」という風鈴の一極集中的な役割を否定し、「魔除けのアイテム」としての役割を再び現代にもたらす試みであると考える。
 早川克美『デザインへのまなざしー豊かに生きるための思考術』によれば、優れたデザインとは「『ひとを、くらしを、社会を、豊かにする』ために個別の目的を明確に打ち出し、モノやコトに新しい価値や意味を与える」ことである[7]。江戸風鈴に当てはめると、「日々の暮らしを豊かにする」という目的のため、「一年を通じた日常の楽しみ」と「魔除け」という新しい価値や意味を与えたと言える。この点を優れたデザインとして、積極的に評価したい。

5-2.継続的な学生との共創
 伝統工芸市場で大きく成長した企業は「核となる伝統を生かしながら、競争力を高めるために新しい領域での製品開発や販路の開発等に成功した」と井上一郎は述べたが[8]、新しい領域とは新しい価値を見つけた先にあるのではないか。
 篠原風鈴本舗は「えどがわ伝統工芸産学公プロジェクト[9]」に参加しているが、江戸風鈴の新しい価値や意味を積極的に探る活動だと言える[資料③]。このプロジェクトでは毎年美大生と新商品の開発に取り組み、最終的に商品化されたものは百貨店やオンラインショップなどで販売されているため、学生にとっても実践的な経験となる。
 こうした学生との継続的な共創により、時代変化に合わせた江戸風鈴の製作や新たな領域の開拓ができると考え、高く評価する。

6.今後の展望について
 篠原風鈴本舗では多くの人に江戸風鈴を知ってもらうため、ガラス吹きや絵付けの体験教室[資料③]を行っているが、令和2年(2020年)は感染症の拡大により長期的な中止が続いた。そこで体験教室をオンライン化し、動画で絵付けのコツを説明したり、オリジナルの江戸風鈴を見せ合うオンライン発表会を行うことを提案したい。近年はハンドメイドや製作体験が人気ということもあり[10]、在宅時間にものづくりを楽しんでもらうサービスが提供できる。体験教室では一般的なガラス風鈴との違いを知ってもらうと同時に、さまざまな人を巻き込んで、飾りでも魔除けでもない未来の江戸風鈴づくりができる機会だと考える。
 プロダクト面の課題としては、低価格のガラス風鈴との差別化が挙げられる。経済産業省が発表した消費者理解に関する報告書[11]によれば、近年は自分の好きなものは高価でも買うという消費者の増加が見られる。低価格のガラス風鈴には真似できない精細で高級な江戸風鈴を作り、差別化を図ることに期待する。

7.まとめ
 江戸風鈴はもともと魔除けの鈴から始まり、時代を経て夏の風物詩となり、今は再び魔除けの鈴としても見直され、その意味や在り方は時代と共に変化している。「時代に合わせて使い方も変わるとすれば、色んな風鈴があっていいと思う[12]。」と4代目の由香利氏が話すように、篠原風鈴本舗は頑なに伝統にこだわるのではなく、高度な技術を継承しながらも、同時代に生きる我々が楽しめる江戸風鈴を作ろうという姿勢が見て取れる。
 今後も新しい価値や意味を持つ江戸風鈴が、多くの人に楽しまれることを期待する。

  • 1 魔除けの意味を持つ絵柄の江戸風鈴で疫病退散を願う。(写真提供:篠原風鈴本舗)
  • (非公開)
    写真1-4 篠原風鈴本舗および風鐸
  • (非公開)
    資料①江戸風鈴の製造工程
  • 4_%e8%b3%87%e6%96%99%e2%91%a1%e7%af%a0%e5%8e%9f%e9%a2%a8%e9%88%b4%e6%9c%ac%e8%88%97%e3%81%ae%e3%81%95%e3%81%be%e3%81%96%e3%81%be%e3%81%aa%e6%b1%9f%e6%88%b8%e9%a2%a8%e9%88%b4_page-0001 資料②篠原風鈴本舗のさまざまな江戸風鈴
  • (非公開)
    資料③篠原風鈴本舗の取り組み
  • 6_%e8%a1%a8%ef%bc%91%e3%83%97%e3%83%ad%e3%83%80%e3%82%af%e3%83%88%e6%af%94%e8%bc%83_page-0001 表1プロダクト比較

参考文献

【註】
[1] ガラスの成形法のひとつ。吹き竿にガラスの種を巻き取って息を吹き込み成形する。中山公男監修『世界ガラス工芸史』美術出版社、2000年、P189
[2] 複数のメディアに紹介されている。TBS「マツコの知らない世界」2016年6月14日放送、テレビ朝日「日本の力」2018年8月11日放送、毎日新聞ウェブ版「メリー風鈴スマス」2019年12月19日掲載
https://mainichi.jp/articles/20191219/ddl/k13/040/002000c(2021年1月20日最終閲覧)、テレビ東京「出没!アド街ック天国」2020年5月2日放送、産経ニュース「妖怪アマビエに願う疫病退散 夏本番を前に江戸風鈴の制作」2020年5月13日掲載 https://www.youtube.com/watch?v=AvvPMR_Mnyk(2021年1月20日最終閲覧)、TBSラジオ「たまむすび」2020年7月10日放送等。筆者調べ。
[3] 篠原風鈴本舗メールインタビュー 2020年8月18日回答受信
[4] 現代の価値に換算しておよそ200万~300万円と言われている。
篠原風鈴本舗HP「江戸風鈴の歴史」https://www.edofurin.com/pages/3270623/page_201910031542(2021年1月17日最終閲覧)
[5] 篠原風鈴本舗メールインタビュー 2020年8月18日回答受信
[6] 江戸川区区政情報報道発表「サンタやベルなど冬でも『江戸風鈴』楽しんで」2019年12月10日掲載
https://www.city.edogawa.tokyo.jp/e004/kuseijoho/kohokocho/press/2019/12/1210.html(2021年1月17日最終閲覧)
[7] 早川克美『デザインへのまなざしー豊かに生きるための思考術』京都造形芸術大学 東北芸術工科大学 出版局 藝術学舎、2014年、P23
[8] 井上一郎「伝統工芸産業市場の課題解決に向けた一考察 ―市場の約80%が失われた平成の30年間にあっても成長した企業事例研究をもとに―」、『江戸川大学紀要』30巻、2020年、P4
https://core.ac.uk/download/pdf/327125753.pdf(2021年1月17日最終閲覧)
[9] 「えどがわ伝統工芸産学公プロジェクト」とは、「工芸者と美大生が江戸川からこれからの伝統をデザインする」をコンセプトに、江戸川区の伝統工芸者と女子美術大学とが連携し、新しい伝統工芸製品を創る事業である。伝統工芸を文化財保護的に捉えるだけでなく一つの産業として捉え、市場ニーズに合った商品を開発するところに特徴がある。
江戸川区HP「えどがわ伝統工芸産学公プロジェクト」概要
https://www.city.edogawa.tokyo.jp/e032/shigotosangyo/project/gaiyou/gaiyou.html(2021年1月17日最終閲覧)
[10] ①ベルメゾン生活スタイル研究所「20代で2人に一人。『自分の手作り作品をSNSに投稿』経験アリ。」2016年4月27日掲載https://www.b-desse.jp/report/1164/(2021年1月17日最終閲覧)②日本経済新聞HP「ブランドより自分らしさ センスに自信、ノリを形に」2019年9月27日掲載https://www.nikkei.com/article/DGXKZO49980380Z10C19A9H53A00(2021年1月17日最終閲覧)
[11] 経済産業省『「消費者理解に基づく消費経済市場の活性化」研究会(消費インテリジェンス研究会)報告書』2017年、P6「2. 消費経済市場の現状 2)消費者の変化」より。https://www.meti.go.jp/shingikai/shokeishin/tokutei_shotorihiki/pdf/h29_001_s00_00.pdf(2021年1月17日最終閲覧)
[12] アルバ(セイコーウォッチ株式会社)HP「Rikiインタビュー 私と時間、私と仕事 『篠原風鈴本舗』篠原由香利」インタビュー日2019年5月24日 https://www.alba.jp/rikiwatanabe/Interview/vol04.html(2021年1月17日最終閲覧)

【参考文献】
・中山公男監修『世界ガラス工芸史』美術出版社、2000年
・野村敬子『江戸風鈴―篠原儀治さんの口語り』瑞木書房、2014年
・野村朋弘『茶道教養講座①伝統文化』淡交社、2018年
・野村朋弘編『伝統文化の源流を探る』京都造形芸術大学 東北芸術工科大学 出版局 藝術学舎、2014年
・早川克美『デザインへのまなざしー豊かに生きるための思考術』京都造形芸術大学 東北芸術工科大学 出版局 藝術学舎、2014年
・一般社団法人日本硝子製品工業会
http://www.glassman.or.jp/know_02.html (2021年1月17日最終閲覧)
・井上一郎「伝統工芸産業市場の課題解決に向けた一考察 ―市場の約80%が失われた平成の30年間にあっても成長した企業事例研究をもとに―」、『江戸川大学紀要』30巻、1-16
https://core.ac.uk/download/pdf/327125753.pdf(2021年1月17日最終閲覧)
・江戸川区HP伝統工芸情報 https://www.city.edogawa.tokyo.jp/shigotosangyo/jigyosha_oen/dento/kougeisya/shinohara/index.html (2021年1月17日最終閲覧)
・江戸川区HP文化財・史跡 https://www.city.edogawa.tokyo.jp/e_bunkazai/index.html
(2021年1月17日最終閲覧)
・経済産業省『「消費者理解に基づく消費経済市場の活性化」研究会(消費インテリジェンス研究会)報告書』
https://www.meti.go.jp/shingikai/shokeishin/tokutei_shotorihiki/pdf/h29_001_s00_00.pdf(2021年1月17日最終閲覧)
・コトバンク https://kotobank.jp/ (2021年1月17日最終閲覧)
・篠原風鈴本舗HP  https://www.edofurin.com/ (2021年1月17日最終閲覧)
・篠原風鈴本舗Instagram
https://www.instagram.com/shinoharafuurinhonpo/ (2021年1月17日最終閲覧)

【取材協力】
篠原風鈴本舗会長(2代目)・篠原儀治氏、社長・篠原恵美氏、4代目・篠原由香利氏

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