市民の創造力を生かす・まちづくりの空間 文化交流施設 群馬県「太田市美術館・図書館」のデザインについて

川村 浩

図書館は、市民にとって日頃から自由に利用できる空間であり、中心市街地へ立地すれ
ば、コミュニティーの「シンボル的な役割」〔註〕が期待できる。また、美術館やカフェ
などの併設により、さらに人の流れを呼び込むことが可能になる。
太田市の太田駅北口に美術館と図書館の両機能を備えた施設が出現した。太田市は、人
口22万人都市で機械産業を中心とした創造性の豊かな企業城下町といわれる。しかし、
かつての駅北口は中心市街地として賑わったが、車生活の拡大と共に大型商業施設の郊外
進出などで人の流れは衰退して行った。市民が選んだ人を呼び込む新しい空間「太田市美
術館・図書館」のデザインがどの様なプロセスを経て開館したか、行政・市民・建築設計
者などの関わりを中心に考察した。〔註1〕

1.基本データ〔註2〕
・所在地:群馬県太田市東本町16番地30
・規 模:敷地面積 4,641.33㎡ 建築面積 1,496.87㎡
延床面積 3,152.85㎡
・構 造:鉄筋コンクリート造/鉄骨造(地上3階、地下1階)
・設 計:㈱平田晃久建築設計事務所
・施 設:美術館(各階に美術企画展示室)
図書館(各階に書架と閲覧場所)
イベントスペース、カフェ&売店(1階)
視聴覚ホール(3階)、屋上庭園
・駐車場:40台(うち身障者用3台)
・来館者:実績 2017(平成29)年度 303,468人
2018(平成30)年度 298,911人

2.「太田市美術館・図書館」開館の背景と経緯
1)太田市の前身、太田町は、古くから利根川と渡良瀬川によって育まれた肥沃な土地
が農業を支えて繁栄した。また、1920年代(大正期)中島飛行機の創業により、機械
産業が盛んとなり関東随一の物づくりのまちとして発展した。
太田町は1948(昭和23)年、市制施行で太田市となった。2005(平成17)
年に旧太田市、尾島町、新田町、藪塚本町の1市3町合併で新太田市が誕生した。これを
期に2007(平成19)年度から10年間の太田市総合計画〔註3〕が策定された。目
標は、市民重視「人と自然にやさしい、笑顔でくらせるまち太田」が将来の都市像として
掲げられた。
遡って、太田駅北口は1965(昭和40)年頃まで、バスなどの公共交通の利便性が
重宝され賑わっていた。その後、冒頭で述べた様に車生活の拡大と大型商業施設の郊外進
出などで寂れてしまい、民有地のバスロータリーなどは廃止のまま遊休地となっていた。
太田市総合計画の進捗で、北口駅前広場の有効活用の要望が強くなり、土地を市で取得
し「人と文化の交流施設を作り、中心市街地の賑わい復活と太田駅北口駅前広場の有効活
用を図る」という太田市長の決断で整備計画がスタートした。

2)開館までの5年間の主な経緯〔註4〕
・2013(平成25)年11月:基本方針を決めるため「太田駅北口の賑わい創出」
について市民アンケート調査の実施
・2014(平成26)年
1月:太田駅北口駅前文化交流施設整備にかかる基本方針の策定
3月:設計者選定プローポーザル公募実施 最優秀 ㈱平田晃久設計事務所
5月:市民ワークショップ(5月~9月まで5回)開催
9月:基本設計 完了
・2015(平成27)年
7月:実施設計を経て建設工事 着工
・2016(平成28)年
12月:建設工事完成
・2017(平成29)年
4月:グランドオープン(4月1日)

3.市民がもたらしたデザインの評価
太田市美術館・図書館のデザインは行政、市民、建築設計者、アート専門家・図書の専
門家などの協働で成し得た。以下、行政・市民・設計者に絞り込んで評価した。
1)市民の声を聴く:行政の最初の取り組みは、市民から要望が出ていた太田駅北口の
賑わい創出について、市民アンケートによる意識調査が行われた。
アンケートから「駅前で時間をつぶせるような施設、例えば図書館的なものでカフェが
併設していれば行きやすい」、小さい子どもの母親は「普段は、図書館で子どもが騒ぎだ
すので行きづらい、もう少し敷居が低いと利用し易い」「太田市には美術館がなく、東京
まで出掛けなければならない」などの声があった。〔註5〕
行政は、アンケート結果により、美術館の様な、そうして図書館の様な雰囲気を持った
複合施設を基本方針に折り込んだ。太田市図書館は1市3町の合併によって中央図書館と
各町に図書館があり、新施設を含めると5館となる。したがって今回の施設は、ひと味ち
がうコンパクトで多様性のあるデザインが求められたと考えられる。
2)市民参加の美術館・図書館づくり:基本設計のプローポーザルには「市民とのワー
クショップやフィールドワークを行うこと」と条件付で公募された。行政は、アンケート
後のフォローとして、基本設計段階から市民参加を企画した。この様な企画は太田市で初
の試みだそうで、市民重視の表れと評価できる。基本設計は『建築とは<からまりしろ>
を作ることである』〔註6〕を提唱する平田晃久設計事務所が選ばれた。
ワークショップは、設計者の平田晃久氏が主体で公募ボランティアの市民と美術・図書
専門家も交えて、半年で5回ほど開催し毎回30~50名が参加した。ワークショップの
ファシリテーターには、学びを通して前橋工科大学建築学科の学生が当たったという。
3)ワークショップの成果を踏まえて:①当初、美術館と図書館は敷地内へ別個に建て
る案であった。しかし、これを一体化し各階層に美術エリアと図書エリアを設け、美術館
展示室の隣にアートに関連した図書コーナーを配置し、相互連携できる構造とした。又、
②建築物の階層をゆるやかなスロープでつなぎ、窓越しに館内の人の動きや展示物が見え
る仕掛けで、入館したいという雰囲気を出させた。さらに、③1階入口にはカフェ、雑誌
が閲覧できる場所と子どもたちの絵本や読み聞かせコーナーも設けている。④屋上には土
を入れて小さな丘を造形し、植栽のある自然にやさしい庭園にした。まち中や駅舎乗降口
の延長線上で屋上の庭園までシームレスにつながった施設として、大人は元より親と小さ
い子ども連れで集える知的な空間ができた。
この様に各所でワークショップによる市民の声が生かされた。平田晃久氏は、行政・市
民または学生ボランティア・有識者などの思いを尊重しつつ、人と幾何学的な空間をシー
ムレスにいろんなものを絡ませて作る<からまりしろ>のコンセプトを駆使し、調和のと
れたトータルなデザインを完成させたと評価できる。

4.他の同様な施設の事例に比べて特筆すべきこと
太田市のような単一の公共事業体で「美術館・図書館」の施設は見当たらないが、事業
主体が異なる複合施設の事例がある。
①茨城県つくば市では「文化会館アルス」〔註7〕に、つくば市立中央図書館が開館、
同一建物内に茨城県立つくば美術館も開館し双方協力して企画展を開催している。
②富山市は西町南地区市街地再開発組合が主体の「TOYAMAキラリ」〔註8〕施設
内に「富山市立図書館本館」と売薬の薬瓶から派生した「富山市ガラス美術館」や銀行、
店舗など官民一体の複合施設として開館した。
太田市はこの2つの事例から比べると、コンパクトながら市民がワークショップを重ね
た調和のとれた施設になる。大家に気兼ねせず、思い切り創造性が発揮できる企画展の開
催などで文化の恩恵が受けられる。市民が作った、市民のための身近な、太田市美術館・
図書館に誇りが持てることこそ、特筆に値するのではないだろうか。

5.今後の展望について
この施設は開設後、まもなく3年目を迎えるが、来館者は基本データで示すように当初
の年間目標10万人に対し、約3倍に達して順調な滑り出しである。
図書館としての設備は充実している。図書検索機能もブース毎にパソコン端末から簡単
に検索できる。反面、小説ジャンルの図書がなく、工学・医学などの専門書は少ない。美
術館の常設展示は現在ない。展示室は企画展を年間4回ほど開催されるが、その他は関連
事業に活用されている。太田市美術館・図書館の持続と発展には、図書ジャンルの充実は
元より、美術館展示室の活用が問われる。3室ある展示室の1室だけでも市民に開放し、
本格的な「市民ギャラリー」などで常設展への道がひらけないだろうか。
『太田市美術館・図書館年報VOL1』〔註9〕の未来方針には「クリエィターと地元
企業のコラボレ―ション事業の展開」と表記されている。市民ワークショップで培った人
材パワーを活用し、例えばNPO法人などにより一部を市民に委託して、市直営から徐々
に公設民営への移行を視野に入れた展開も大事と考える。

  • 1_%e5%a4%aa%e7%94%b0%e5%b8%82%e7%be%8e%e8%a1%93%e9%a4%a8%e3%83%bb%e5%9b%b3%e6%9b%b8%e9%a4%a8%e3%80%80%e5%85%a8%e6%99%af 太田市美術館・図書館 全景 2019年11月8日 筆者撮影
    重厚・長大のイメージはなく、丸みを帯びたコンパクトで調和のとれた美術館・図書館
  • 2_%e5%a4%aa%e7%94%b0%e5%b8%82%e7%be%8e%e8%a1%93%e9%a4%a8%e3%83%bb%e5%9b%b3%e6%9b%b8%e9%a4%a8 太田市美術館・図書館 
    ① 屋上庭園から整備された太田駅北口の風景 2019年11月7日 筆者撮影
    ② 建屋壁面のロゴ看板           2019年11月8日 筆者撮影
      創造性豊かな風土を印象づけるめづらしい美術館・図書館のロゴ看板
    ③ 屋上植栽 紅葉を迎えた庭園       2019年11月8日 筆者撮影
  • 3_%e5%a4%aa%e7%94%b0%e5%b8%82%e7%be%8e%e8%a1%93%e9%a4%a8%e3%83%bb%e5%9b%b3%e6%9b%b8%e9%a4%a8 太田市美術館・図書館 2019年11月7日 筆者撮影
    ① 窓越しに館内の人の動きや見える仕掛け、入館したいという雰囲気をかもし出す。  
    ② 1階カフェ〔左・中〕&ショップ〔右端〕
      外から透明ガラスを通して丸見えのカフェ(ケーキとコーヒが主役)       
    ③ 子どもたちの絵本図書箱と奥に絵本読み聞かせのコーナーが設置されている。
    ④ 雑誌専用書棚コーナー(スポンサー名を掲示して購読料の一部を負担願う工夫あり)
  • 4_%e5%a4%aa%e7%94%b0%e5%b8%82%e7%be%8e%e8%a1%93%e9%a4%a8%e3%83%bb%e5%9b%b3%e6%9b%b8%e9%a4%a8 太田市美術館・図書館 2019年11月7日 筆者撮影
    ① 図書館ブース 図書「所在場所一覧」検索端末システム
    ② 階段壁面の書架
    ③ 壁面の天井までとどく書架
    ④ 落ち着いた雰囲気の図書閲覧室
  • 5_%e5%a4%aa%e7%94%b0%e5%b8%82%e7%be%8e%e8%a1%93%e9%a4%a8%e3%83%bb%e5%9b%b3%e6%9b%b8%e9%a4%a8-%ef%bd%87%ef%bc%91%e4%bc%81%e7%94%bb%e5%b1%95%e5%ae%a4 太田市美術館・図書館 G1企画展室 「2019イタリア・ボローニャ 国際絵本原画展」
    (企画展室入場口付近のみ撮影許可)   2020年1月16日 筆者撮影
    企画展室は、平日にもかかわらず多数の方が入場されていた。
  • 6_%e5%a4%aa%e7%94%b0%e5%b8%82%e7%be%8e%e8%a1%93%e9%a4%a8%e3%83%bb%e5%9b%b3%e6%9b%b8%e9%a4%a8%e3%80%80%ef%bd%87%ef%bc%91%e4%bc%81%e7%94%bb%e5%b1%95%e5%ae%a4%e3%80%80%e9%96%8b%e9%a4%a8%e8%a8%98%e5%bf%b5 太田市美術館・図書館 G1企画展室 開館記念展示風景 壁画:浅井祐介 氏 「ことばの先っぽで風と土が踊っている」この写真は、2020年1月16日 太田市美術館・図書館の星野真也 氏より提供していただいた。

参考文献

引用文献 
註.山崎 麻未 著 論文「複合施設と図書館」
         掲載誌 国文目白(50号)2011年 P82
         出版社 日本女子大学国語国文学会
参考文献
註1.この卒業研究は、京都造形芸術大学 通信教育部 芸術教養学科「芸術教養研究
   2」TR提出レポート(2019年1月)川村 浩(筆者)の『「群馬県太田市
   美術館・図書館」と「宮崎県都城市立図書館」について』及び、単位修得試験レ
   ポート(2019年3月)『太田市美術館・図書館の事例の決定プロセスについ
   て』を参考にした。
註2.太田市美術館・図書館2019年版(3版)編『太田市美術館・図書館 概要説
   明資料』P2、4(2019年11月7日 現地訪問時、受領した資料を参考にした。)
註3.太田市企画部企画政策課 編:『第2次太田市総合計画2017~2024年度』P8
   発行元:太田市(平成29年3月)
註4.太田市美術館・図書館2019年版(3版)編 『太田市美術館・図書館 概要
   説明資料』P1(2019年11月7日 原典は、註2と同じ)
註5.太田市美術館・図書館 富岡義雅氏へ筆者からのインタービューによる。
      (2019年11月7日pm 太田市美術館・図書館 応接室にて)
註6.平田晃久著『平田晃久 建築とは<からまりしろ>をつくることである』
   LIXIL出版(2017年10月)
註7.ウイキペディア「文化会館アルス」(2019年11月28日閲覧)
    https://ja.wikipedia.org/wiki/つくば文化会館アルス 
   ・つくば市 つくば市立中央図書館
    https://www.city.tsukuba.lg.jp/kankobunka/bunka/toshokan/index.html 
   ・茨城県立つくば美術館
    www.tsukuba.museum.ibk.ed.jp/ 茨城県立つくば美術館
註8. ウイキペディア「TOYAMAキラリ」(2019年11月28日閲覧)
    https://ja.wikipedia.org/wiki/TOYAMAキラリ
   ・富山市立図書館本館
    https://www.library.toyama.toyama.jp/info/city
   ・富山市ガラス美術館
    http://toyama-glass-art-museum.jp/
註9.太田市美術館・図書館 編集:『太田市美術館・図書館年報vol.1
    (12016年度-2017年度)』P1 
    発行元:太田市美術・図書館(平成31年2月1日)

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