駿府城公園 新たな営みを目指して

遠藤 加奈恵

1 はじめに
かつて徳川家康(1543年~1616年)が住んだといわれている駿府城は、静岡市の街なかに位置し、現在では「駿府城公園」という名称で市民や観光客から親しまれる場所となっている。火災や戦争の影響などにより天守は残っておらず、建てられている櫓(やぐら)や門は復元されたものだが、堀や石垣などは築城当時のものであり、往時の駿府城の雰囲気や人々の暮らしぶりを感じ取ることができる貴重なスポットである。しかし、歴史的な価値をもつとともに、公園として現代の人々に親しまれていくにはどうしたらよいかが課題である。
本稿では、駿府城の歴史を振り返りその魅力を探るとともに、似た事例と比較していくことで、駿府城公園の公園としてのあり方やその可能性について評価していく。

2 基本データ〔註1〕
所在地:〒420-0855 静岡県静岡市葵区駿府城公園1-1
面積:180,940.00㎡
主な施設:巽櫓〔図1〕・坤櫓・東御門〔図2〕・紅葉山庭園・茶室(雲海・静月庵)・家康公銅像・家康公お手植えみかん〔図3〕・車椅子対応トイレ・児童遊園
駿府城跡天守台発掘調査について:静岡市では、天守台跡地の整備方針を決定するため、事前に天守台の正確な位置や大きさ、石垣の残存状況などの学術的データを得ることを目的として、発掘調査を行うこととなった。発掘調査は、2016年8月から開始し、2020年2月までを計画している。〔図4〕

3 歴史的背景
駿府城は、静岡平野の中でも最も標高の高い場所に位置している。水害が比較的少ないこの土地は、弥生時代にも拠点的な集落が営まれていた跡が発見されるなど、古代から居住エリアとして安定した土地であったということがわかる。〔註2〕
このような拠点としての好適地にて、駿府城は徳川家康によって大きく2回築城されている。初めは、戦国時代末の天正期のことである。家康は、駿河・遠江・三河・甲斐・信濃の五カ国を治める居城として駿府城を築いた。天正16年(1588年)には天守が完成したが、その2年後に豊臣秀吉(1537年~1598年)の命により家康は江戸へ移ることになり、完成して間もない駿府城を手放すこととなる。この時、家康に代わって豊臣方の武将である中村一氏(不明 ~1600年)が駿府城に入城したが、発掘調査にて大量の金箔瓦や、家康が建てた駿府城とは異なる形状の天守台の石垣が見つかるなど、秀吉の命により築かれた新たな城の存在が発見されている。〔図5〕
2回目の築城は、江戸時代初頭の慶長期に、江戸幕府を開いて将軍職を退き、大御所となったときである。全国の大名に普請(土木工事)を命令する天下普請によって行われた駿府城の大修築では、城の範囲が拡大し、絢爛な天守も築かれた。しかし、その天守も造営からおよそ28年後の寛永12年(1635年)の火災で焼失してしまい、天守台だけが残る。
その後、明治時代に入ると城は不要になり、廃城となった駿府城の門や建物は払い下げ(売却)られ、取り壊しが進んだ。明治29年に陸軍歩兵第三十四連隊が置かれると、残されていた天守台も取り壊され、本丸堀は埋め立てられた。太平洋戦争が終わると、本丸、二ノ丸の範囲は公園となり、平成になってからは門や櫓が復元される。櫓の中は展示室になっていて、現在もさまざまな出土品や歴史、かつての駿府城の模型などをみることができる。〔図6〕

4 他の同様の事例(大分城址公園)との比較
大分県大分市荷揚町4にある大分城址公園には、かつて府内城と呼ばれる城があった。ここは、天守が火災により失われてしまったまま再建されていない点や、堀や櫓は残っている点、本丸周辺の堀を埋め公園として利用されている点など、現在の駿府城公園との共通点が多い場所である。
天守がないことから、ここでは府内城仮想天守イルミネーションというイベントが開催された。これは、府内城の天守の骨組みを金属製パイプで造り、約7万球のLED照明を張り巡らすことで、焼失した府内城天守を再現するというものである〔図7〕。この施策は、歴史と文化の観光拠点として公園を整備する目的で実施されたものであり、3万人を超える来場者があるなど好評を博した。天守がないというマイナスの面をプラスにし、且つ天守を復元するよりも低予算〔註3〕で行うことができた施策である。公園が市民の憩いの場として定着するきっかけになっていることや、市民の歴史文化への関心の高まりといった効果を生み出した。
駿府城公園も天守再建に向けての議論は尽きないが、人口減少や経済の停滞傾向の進行などの問題を抱える静岡市にとって、公園として目指すべき目標は単に歴史文化の再現ではなく、市民に親しんでもらうための公園づくりのはずである。大分城址公園の例をみるように、大きな予算をかけずとも、今までマイナスに考えられてきた部分をプラスに活かすことで、どこにもないような体験を作り出すことができるということがわかる。時代による需要の変化を考えていくなかで、単に「つくる」のではなく、「活かす」という発想から、市民への効果を第一に考えていくことが重要だろう。

5 今後の展望について
静岡市では、歴史的建造物などで会議やレセプションを開催することにより特別感や地域特性を演出することができる施設「ユニークベニュー」を推進しようとしている。駿府城公園はユニークベニューのモデルケースとし、堀の水辺をボートで楽しむイベントなどを計画し実施しているが、課題も多い。イベントの開催のために屋内空間を使いたいところだが、復元された櫓内は築城当時のかたちにできるだけ近づけており、階段が急こう配なため車椅子はもちろん高齢者にとっても厳しいつくりとなってしまっている。
また、静岡市は「まちは劇場」というテーマのもと、アーティストと市民が触れ合う機会を提供したり、駿府城公園内広場を劇団に貸し出すことで野外公演を実施したりといったイベントも行っている。駿府城公園の特性を活かし市民が公園に足を運ぶきっかけになっている点は評価できるが、1回行けば満足という、持続性に乏しい企画になってしまっていると感じる。
前述の大分城址公園の事例では、公園外からでも仮想天守イルミネーションが見えており、思わず覗きに行きたくなるようなインパクトがあった。一方、駿府城公園は、公園の周りがぐるりと二ノ丸堀に囲まれていることや、櫓や門がどっしりと構えられていることもあり、外からでは公園内に何があるのかわかりづらい構造となっている。また、公園内にある紅葉山庭園は入るのが有料なため、庭園外から庭園は見えないように門や建物、植木などで庭園を隠しており、入るのに非常に戸惑うようなつくりになってしまっている。〔図8〕
駿府城公園の今後を考えていくには、まず市民に駿府城公園の魅力を十分に知ってもらうことが重要ではないだろうか。「公園」と「街」といった考え方の境目をなくしていくことによって、より駿府城公園を身近に感じてもらえるはずである。そのためにはまず、駿府城公園自体が人々を受け入れる態勢をつくっていかなくてはならない。この基礎ができていてこそ、ユニークベニューの取り組みも活き、駿府城公園の今後が見えてくるのではないだろうか。

6 おわりに
駿府城公園は筆者にとって身近な観光スポットであったが、「復元された」建物であったり、「焼失した」天守であったりしたイメージが大きかったため、詳しく調べるまで三ノ丸堀などの多くの堀や石垣が現存していることを知らずにいた。また、天守台発掘調査を見学し、今まで何気なく歩いていた土地が実は戦争の影響により城を埋め立てたあとの土地だったということを実感し、往時の駿府城の雰囲気はもちろんだが、明治から平成にかけての人々の営みの重さも感じた。
このように、昔の人々の暮らしぶりがわかる面白さを、上手く現代的なイベントと組み合わせていくことができれば、ここだけにしかない駿府城公園のアイデンティティが生み出され、今に生きる人々ならではの営みが形成されていくであろう。

  • %e9%81%a0%e8%97%a41 【図1】巽櫓(たつみやぐら) 駿府城二ノ丸の東南角に設けられた三層二重の隅櫓で、十二支であらわした巽(辰巳)の方角に位置することから巽櫓と呼ばれる。櫓は戦闘時には戦闘の拠点となり、遠くへの見渡し、敵への攻撃、武器の保管などの役目をもっていた。巽櫓は寛永12年(1635年)に城下(茶町)から燃え広がった火災により焼失したが、東照大権現(家康)が住んだ城という威光もあり、幕府によって寛永15年(1638年)には再建された。しかし、幕末近くの安政の地震(1854年)によって櫓を含めたほとんどの建物が倒壊してしまう。現在見ることができる巽櫓は平成元年(1989年)に復元されたものであるが、天守がない駿府城公園にとって城を感じるための重要なシンボルになっている。(2018年12月6日筆者撮影)
  • %e9%81%a0%e8%97%a42 【図2】東御門(ひがしごもん) 駿府城二ノ丸の東に位置する、主に重臣に利用された出入口。この門は、二ノ丸堀に架かる東御門橋と高麗門(門の扉の両側に立つ太い柱の上に小さな屋根を架け、門扉の後ろに立つ柱にも別の小屋根を架けた門)、櫓門、南および西の多聞櫓(城壁上に長く続く櫓)で構成される桝形(ますがた)門である。桝形門は要所に石落とし、鉄砲狭間、矢狭間等をもつ堅固な守りの実践的な門で、戦国時代の面影を残している。慶長年間に築かれた東御門は寛永12年(1635年)に天守、本丸御殿、巽櫓などと共に焼失し、寛永15年(1638年)に再建されるが、安政の地震(1854年)により倒壊。平成8年(1996年)に復元される。東御門・巽櫓は、寛永年間再建時の姿を目指し、日本の伝統的な木造工法によって復元されている。(2018年12月6日筆者撮影)
  • %e9%81%a0%e8%97%a43 【図3】家康公お手植えみかん 鎌倉時代に中国から渡来したみかんの一種で、香りが強く種のある小形の実を結ぶ。家康在城時に紀州より贈られ、自ら天守台付近に移植したと伝えられている。静岡地方のみかんの起源を知るうえで貴重なもので、静岡県指定天然記念物となっている。周りを柵で囲まれているが、公園の中央付近に位置し、だれでも見ることができる。下図は天守台発掘調査現場内にある発掘情報館きゃっしるにて。(2018年12月6日筆者撮影)
  • %e9%81%a0%e8%97%a44 【図4】駿府城跡天守台発掘調査現場 駿府城や天守台を身近に感じられるよう、発掘調査現場を公開、「見える化」している。見学ゾーンでは発掘現場を間近に見られるほか、発掘情報館きゃっしるにて駿府城と発掘調査の基本情報や調査速報をチェックすることができる。見学ゾーンと発掘情報館きゃっしるともに年末年始の休場日を除き毎日見学可能であり、入場は無料。(2018年12月6日筆者撮影)
  • %e9%81%a0%e8%97%a45 【図5】豊臣方の天守台発掘 上図の右側に見える石垣が、豊臣秀吉の命令で築城したとみられる天守台の石垣。これまで詳細が謎に包まれていたが、今回の調査により存在が明らかとなった。家康・秀吉の2人の天下人がそれぞれ重要な戦略拠点として城を建てた場所ということになる。見学ゾーンでは、家康の石垣と豊臣方の石垣の特徴などを説明したパネルが設置してあり、実際に発掘された天守台とを見比べながら学ぶことができる。(2018年12月6日筆者撮影)
  • %e9%81%a0%e8%97%a46 【図6】巽櫓・東御門内部の展示室 (上)駿府城下町復元模型、(左下)駿府城復元模型、(右下)青銅製鯱。青銅製鯱は二ノ丸堀から発見されたものであり、静岡市指定文化財。このほかにも、竹千代(家康の幼名)の勉強部屋の復元である竹千代手習いの間の展示など、駿府城に関する歴史について多くみることができる。入場は有料。(2018年12月6日筆者撮影)
  • %e9%81%a0%e8%97%a47 【図7】府内城仮想天守イルミネーション 城の石垣部分には「大分府内城」の文字が飾られている。府内城は、慶長2年(1597年)に福原直高(不明 ~1600年)が築城に着手し、慶長7年(1602年)に竹中重利(1562年~1615年)が四層の天守と諸櫓・門・三ノ丸堀、三ノ丸入口などを完成させる。しかし、寛保3年(1743年)に城下町で大火があり、天守をはじめ諸櫓・門などが焼失した。(出典:大分市ウェブページ http://www.city.oita.oita.jp/o170/machizukuri/toshi/1510823732190.html)
  • %e9%81%a0%e8%97%a48 【図8】紅葉山庭園(もみじやまていえん) 駿府城公園内に整備された日本庭園「紅葉山庭園」は、かつて駿府城本丸内に存在した庭園の名称を使用している。江戸時代初頭は、二ノ丸御殿(家康の家族が生活した場)と中仕切り(石垣造りの土手)を挟んで南側に台所(調理場)があったことが発掘調査で確認された。現在見ることができる紅葉山庭園は、城郭の大名庭園に見られるような遊びと楽しさを基調とし創られた。駿河の国の名勝を織り込んだ4つの庭(里の庭・海の庭・山里の庭・山の庭)を中心に、四季折々の表情を味わうことができる。庭園内にある立礼席(りゅうれいせき)では呈茶サービスを行っており、来園者がひと息つくことができる空間が存在している。しかしながら、庭園外からは中に何があるのかわかりづらい構造となっているため、有料ということもあり入るのに戸惑ってしまう。ちなみに、上図に写っている門のような建物は庭園の入り口ではなく、実際の入り口はここから右手に少し歩いた先にある。(上:2018年12月6日筆者撮影、左下・右下出典:駿府城公園ウェブページ https://sumpu-castlepark.com/momijiyama/tearoom/#page)

参考文献

註釈
〔註1〕静岡市公園整備課ウェブページのデータに基づく
〔註2〕静岡市内の他の遺跡は時代によって集落の位置が移っているが、駿府城周辺の地では弥生時代中期中頃(紀元前2世紀頃)から古墳時代前期(紀元3~4世紀)の集落が見つかっており、長く営まれていたということがわかる。また、この地は室町時代の大名である今川義元(1519年~1560年)の館があったと推定される場所でもある。環境の面においても地域を治める面においても重要なエリアであったということがわかる。
〔註3〕大分市都市計画部まちなみ企画課によると、2017年12月23日から2018年2月14日までの点灯期間において、イルミネーション関連事業費は3,350万円。期間中の来場者は3万708人で、経済効果は約6,100万円と算出されている。ちなみに、駿府城の天守台復元には静岡市の試算で60億~100億円かかるとされている。



静岡市観光交流文化局歴史文化課編集・発行(2018) 『駿府城跡天守台まるごと発掘2―平成29年度発掘調査概報―』
静岡市観光交流文化局歴史文化課編集・発行(2018) 『駿府城ガイドブック 駿府城まるわかり』

一般社団法人 大分市観光協会 大分城址公園 仮想天守イルミネーション https://www.oishiimati-oita.jp/topics/detail/66 (2019/01/16参照)
イベントサービス 日本のユニークベニューを創造する http://www.eventservices.co.jp/company/doc/speech_media_38.pdf (2019/01/16参照)
大分経済新聞 大分市の府内城仮想天守 桜の季節にイルミネーション再び https://oita.keizai.biz/headline/935/ (2019/01/16参照)
大分経済新聞 大分の「府内城イルミネーション」 来場好調で新たな「市の顔」に、AR再現画像も https://oita.keizai.biz/headline/879/ (2019/01/16参照)
大分合同新聞 府内城、幻想的な姿再び 来年2月まで継続 https://www.oita-press.co.jp/1010000000/2018/03/28/134353621 (2019/01/16参照)
大分市 大分城址公園仮想天守イルミネーション設置状況レポート http://www.city.oita.oita.jp/o170/machizukuri/toshi/1510823732190.html (2019/01/16参照)
大分市 号外NET 【大分市】≪11/10開催≫城址公園仮想天守イルミネーションの開始から間もなく一年…城址公園で府内城の魅力を楽しむイベント「府内城 見聞食」が開催されます! https://ooita.goguynet.jp/2018/11/08/nisu0391kenbunshoku/ (2019/01/16参照)
大分市の歴史と文化〜府内に息づく魅惑の世界〜 府内城跡(大分城址公園) http://oitahistory.jp/funai.html (2019/01/16参照)
大分市 府内城 [県史跡および市史跡] http://www.city.oita.oita.jp/o204/bunkasports/shitebunkazai/1352943146749.html (2019/01/16参照)
国土交通省 観光庁 ユニークベニュー http://www.mlit.go.jp/kankocho/page07_000020.html (2019/01/16参照)
静岡市 公園整備課 駿府城公園 http://koen.city.shizuoka.jp/detail.php?id=123 (2019/01/16参照)
静岡市 「公的不動産の有効活用について」〜ユニークベニューの推進〜 〜駐車場・駐輪場への民間活力導入〜 答申書 http://www.city.shizuoka.jp/000744660.pdf (2019/01/16参照)
静岡市 静岡市の現状と課題 http://www.city.shizuoka.jp/000719816.pdf (2019/01/16参照)
静岡市 駿府城公園の現状について http://www.city.shizuoka.jp/000732045.pdf (2019/01/16参照)
静岡市 駿府城発掘現場で世紀の大発見! 概要 http://www.city.shizuoka.jp/000799425.pdf (2019/01/16参照)
静岡市 駿府城発掘現場で世紀の大発見! 専門家によるコメント http://www.city.shizuoka.jp/000799426.pdf (2019/01/16参照)
静岡市 駿府城独案内 http://www.city.shizuoka.jp/000786832.pdf (2019/01/16参照)
静岡市 発掘現場リーフレット 駿府城跡天守台発掘調査NAVI vol.3(表) http://www.city.shizuoka.jp/000787610.pdf (2019/01/16参照)
静岡市 発掘現場リーフレット 駿府城跡天守台発掘調査NAVI vol.3(裏) http://www.city.shizuoka.jp/000787611.pdf (2019/01/16参照)
静岡市 ユニークベニューの推進に関する工程表 http://www.city.shizuoka.jp/000757099.pdf (2019/01/16参照)
静岡市 「ユニークベニューの推進」について http://www.city.shizuoka.jp/000753432.pdf (2019/01/16参照)
静岡市 ユニークベニューの推進〜モデルケースとなる駿府城公園での取組事例〜 http://www.city.shizuoka.jp/000753433.pdf (2019/01/16参照)
静岡新聞アットエス 大量の金箔瓦、「秀吉の城」か 駿府城公園で発見 http://www.at-s.com/sp/news/article/culture/shizuoka/553844.html (2019/01/16参照)
静岡新聞アットエス 天守台復元か、遺構保存か 「秀吉の城」で駿府城脚光 http://www.at-s.com/sp/news/article/culture/shizuoka/557442.html (2019/01/16参照)
静岡新聞アットエス 「秀吉の城」発見→見学3倍に 駿府城、静岡県内外から注目 http://www.at-s.com/sp/news/article/culture/shizuoka/554557.html?news=557442 (2019/01/16参照)
駿府城公園 https://sumpu-castlepark.com (2019/01/16参照)
たびらい 大分城址公園 仮想天守イルミネーション|府内城の天守をLEDで約300年ぶりに再現/大分 http://www.tabirai.net/s/sightseeing/column/0009323.aspx (2019/01/16参照)
中日新聞 秀吉の駿府城 ファン熱視線 http://www.chunichi.co.jp/article/shizuoka/tokai-news/CK2018102002100022.html (2019/01/16参照)
トラベルボイス ユニークベニュー、世界の取組みと日本の課題 -世界のMICEトレンド(3) https://www.travelvoice.jp/20140424-20242 (2019/01/16参照)
歴史文化のまち静岡さきがけミュージアム 駿府城跡天守台発掘調査 発掘情報館 きゃっしる[別館] http://www.shizuoka-bunkazai.jp/castle-info/ (2019/01/16参照)

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