山口県防府市の地場産業である鋳造技術を活かした「鋳田籠(ちゅうたろう)」に関する取り組み

松井 宏樹

はじめに
鋳造とは、熱で溶かした金属を鋳型に流し込んで目的の形をつくることであり、鋳造によりできあがった物を鋳物と呼ぶ。鋳物づくりは、紀元前4000年ごろにメソポタミアで始まったとされ、日本では弥生時代前期ごろから行われだしたと考えられている[1]。鋳造技術は、現代でも自動車産業など幅広い分野で利用されており、日本は世界第4位の鋳物生産国である[2]。だが、平成2年以降、時代の変化[3]に伴う生産量の低下により鋳物工場は減少の一途をたどっている[図1][4]。
本稿では、山口県防府市の地場産業である鋳物の可能性を探るため、アボンコーポレーション株式会社(以下、アボン)の「鋳田籠」に関する取り組みを評価し、課題、展望と共に報告する。

1.基本データと歴史的背景
1-1.アボンコーポレーション株式会社
山口県防府市牟礼今宿1-18-14にある鋳物業の会社である。古代より県内で最も鋳物産業が盛んであった防府市では[5]、鎌倉時代から江戸時代にかけて、高い技術を持った防府鋳物師が集住して風呂釜や神社の梵鐘などを鋳造していた[図2]。アボンは、文政4年創業の防府鋳物師の流れをくむ。平成18年に産業機械部品などを鋳造していた前身の株式会社松鋳が鋳物産業衰退の影響[6]により事業休止となった後を引き継ぎ、平成19年3月に7代目となる松村憲吾によって設立された。地球環境保全・持続可能な社会づくりを経営理念とする[7]。
1-2.鋳田籠
縦50㎝×横100㎝×幅1.6㎝、重量21㎏のダクタイル鋳鉄[8]製パネルを、2mの枠に組み立てた枠体の名称である[図3][9]。枠内に砕石を中詰材として投入して、治水・治山工事などに使用する[図4]。伝統工法である木工沈床[10]の枠体に替わる新しい工法として、平成10年に株式会社松鋳によって開発された。当初、鋳田籠は鋳物の一製品に過ぎなかったが、実証実験[11]を重ねるうちに堅牢でありながら地球環境に優しい製品であることが判明し、アボンの主力商品となった。

2.特筆する点
2-1.特徴
鋳田籠の特徴は以下の5つである。
1)古代より鍋や釜などに使われてきた安全な素材である鋳鉄のみを使用[12]し、また鋳鉄から溶出する二価鉄イオンが藻や植物プランクトンの栄養分となり生態系に適した環境を創り出す[13]など、自然環境に配慮している。
2)耐久性に優れたダクタイル鋳鉄を用いており、転石が多く流速の早い急流河川でも施工が可能である[14]。
3)鋳鉄は鉄に比べて炭素を多く含むため耐食性に長けており、鋳田籠は海水における実験で耐食年数(製品寿命)132年が実証されている[15]。
4)鉄スクラップを再利用した100%のリサイクル原料を使用し、また鋳田籠自体も溶解すれば繰り返し製造が可能であるため、資源を無駄にしない[16]。
5)くさび連結方式によりパネル枠の組立が人力作業で容易に行えるため施工が早く、土砂災害などの急を要する工事にも適している。
2-2.他工法との比較
鋳田籠は、コンクリートブロックや金網かご[17]の他工法と比べて優位性をもつ[図5]。環境面では、素材である鋳鉄から溶出する二価鉄イオンが水生植物の栄養分になり[図6]、また中詰材が水中では魚巣空間となり地上では植生空間となるため、鋳田籠は他工法ではできない「多自然川づくり」[18]に適している[図7]。また、コスト面では、製品単価は高いものの他工法のような重機搬入のための仮設工が不要であり、短期工期で施工が可能なためイニシャルコストを抑えられる[19]。さらに、鋳田籠の耐食年数は132年とコンクリートブロックの60年、金網かごの15年に比べて際立って長いためライフサイクルコストに優れており、トータルコストの縮減が図れるのである。

3.評価と課題
3-1.評価
鋳造技術により開発された鋳田籠は、環境性、耐久・耐食性、リサイクル性、施工性、経済性に優れている。とくに他工法と比べて、自然環境の改善作用とコスト面での優位性は、昨今の自然災害などによる環境意識の高まりや、国や地方の財政問題が公共工事に与える影響が懸念されるなかで[20]、今日的意義があり、鋳田籠の担うべき役割は大きいと考える。
3-2.課題
平成25年5月、アボンは鋳田籠の事業拡大を目的として、全国の鋳造業者と商社で構成する一般社団法人 鋳田籠工法協会(以下、工法協会)[21]を立ち上げた。そして、公共機関への営業活動を地道に行い施工実績は400件を超えてきた。だが、河川工事などの公共工事では、建設省(現国土交通省)が昭和29年以来、コンクリートブロックを採用し続けており[22]、また伝統的工法である金網かごほどの知名度もないため、鋳鉄素材の鋳田籠は未だに営業で苦労が絶えない。よって、前例踏襲主義に陥りやすい行政側の意識変革のためにも、鋳田籠の認知度向上が課題となる。

4.提案と展望
4-1.株式会社モスフードサービスの事例
株式会社モスフードサービスは、昭和47年創業の日本発のハンバーガーチェーンである。創業当初より、地代の高い一等地を避け、厳選した素材で注文を受けてから作る「おいしい味」に拘り続け、また、利益率のよい直営店よりも地域密着のフランチャイズ(以下、FC)経営に重きを置いてきた。着目すべきは、FC加盟条件に資金や店舗物件の有無ではなく経営理念の共有を最も重要視している点である。そして、理念で固く結ばれた加盟店と結束して各地域でモスブランドを浸透させていくことにより、日本のハンバーガー業界で第2位のシェアを誇るまでになった[図8]。
4-2.鉄の環境利用の広がり
平成10年より、北海道増毛町では磯焼け[23]にあった藻場の再生プロジェクト[24]が始動しており、海岸に鉄分を補給する実験[25]で豊かな藻場が蘇った。これは、磯焼けの原因を近代的開発による鉄分供給不足とする立場[26]から改善を試みたものであり、現在、同様の実証事業が全国約40カ所で実施されており、各府県の水産試験場や水産庁との共同調査も行われている。
4-3.提案
鋳田籠の認知度向上のために工法協会と連携した周知活動を提案したい。現在、工法協会会員は設立当初の6社から1都10県にわたる15社にまで増えた[27]。日本各地の沿岸で磯焼けが深刻化するなかで、4-2で挙げたように鉄による環境改善効果が非常に注目されている。よって、工法協会で行ってきた公共機関への営業活動の他に、各地域で連動して鋳鉄製の鋳田籠の周知活動に注力することは時宜に適うと考える。重要な点は、これまでアボン一社が中心となって取り組んできた、大学などの研究機関や水産試験場、漁協などとの連携を工法協会で協同することで相乗効果を狙うことである。そのためには、会員企業同士の連携を高めるために定期的な情報交換や学習会の場を設ける[28]ことや、効率的な組織戦略を練るために然るべきコンサルタントの助言や指導[29]も検討すべきであろう。
4-4.展望
4-1の事例が示すように、経営理念を共にする会員企業と結束して鋳田籠の優位性を広める取り組みに邁進していくことが、着実な認知度向上に繋がると考えられる。そして、各地域で鋳田籠の支持者が増えていくことにより、市井の声に敏感な公共機関への営業にも有利に働くことが期待できるのだ。何より、他工法と比べ環境やコスト面などで優れる鋳田籠を採用することが、公共工事の受益者である市民・国民のためになることは、本稿で明らかにしてきたとおりであり、一層の普及が願われるのである。

おわりに
大化の改新以降、防府には周防国府が置かれた。文治2年、朝廷は兵火により焼失した東大寺再建のため周防国を造営料国として東大寺に寄進した。同年、東大寺再建の大観進であった重源上人は周防国務管理に任ぜられ[30]、宋の鋳物師・陳和卿などの技術者をひきいて防府へ下向した。このとき伝えられた最新技術は、防府の鋳造技術の画期的な革新となり、近世にかけて鋳物生産は隆盛を極めることになった。
環境破壊や自然災害が深刻化するなかで、アボンの地球環境保全・持続可能な社会づくりへの挑戦は、鎮護国家[31]を目指した聖武天皇により建立された東大寺、そしてその再建に尽力した重源上人らの国家安泰への想いと、相通じるものがあるように感じてならない。
古い歴史を有する鋳物産業の町で、防府鋳物師が生み出した「鋳田籠」の展開を今後も注目していきたい。

  • %e6%9d%be%e4%ba%951 [図1]
  • %e6%9d%be%e4%ba%952 [図2]
  • %e6%9d%be%e4%ba%953 [図3]
  • %e6%9d%be%e4%ba%954 [図4]
  • %e5%9b%b3%ef%bc%95%e3%80%80%e9%8b%b3%e7%94%b0%e7%b1%a0%e3%80%80%e4%bb%96%e5%b7%a5%e6%b3%95%e3%81%a8%e3%81%ae%e6%af%94%e8%bc%83%ef%bc%88%e5%b7%ae%e3%81%97%e6%9b%bf%e3%81%88%ef%bc%89 [図5]
  • %e6%9d%be%e4%ba%956 [図6]
  • %e6%9d%be%e4%ba%957 [図7]
  • %e6%9d%be%e4%ba%958 [図8]

参考文献

注釈
[1]石野亨「近代科学導入までの鋳物の歴史と技術」,『鋳物』67(2), p.118-123,公益社団法人 日本鋳造工学会 ,平成7年 頁120
[2]新鋳造産業ビジョン策定委員会 一般社団法人 日本鋳造協会「鋳造産業ビジョン2017」,<http://foundry.jp/foundry2018/wp-content/uploads/2011/10/2076b6a8cbfd2f3691f260728c9ee1c7.pdf>,(参照平成31年1月25日)
[3]安価な中国製鋳物の広がり、平成バブルの崩壊、少子高齢化による国内マーケットの縮小、3Dプリンターなどの新技術の発達により従来の鋳造製品が鋳造製品以外に代替していくことなど。同上「鋳造産業ビジョン2017」
[4]同上「鋳造産業ビジョン2017」
[5]古代より防府市で鋳物産業が盛んであった理由として、中国や朝鮮からの渡来人集団により先進技術がもたらされたことや防府平野を流れる佐波川から鋳型に用いる良質な砂が大量に採れたこと、また大化の改新以降に周防国府が置かれたため国造りに重要な鉄を鋳る必要があったことなどが考えられている。なお、現在でも鋳物師(いもじ)町という地名が残っている。
[6]防府市の鋳物産業は、昭和末ごろから中国製の安い鋳物製品に押され出し平成バブルの崩壊も加わって衰退していった。昭和20年代末には7社あったの鋳物メーカーは、現在アボンコーポレーション株式会社を含む3社のみとなっている。
[7]この経営理念は、松村憲吾が大学時代に大量廃棄や環境汚染の深刻な実態を目の当たりにしたことがきっかけとなっている。因みに、アボンコーポレーションの「アボン」とは、「 EARTH REBORN (地球再生)」の造語である。
[8]鋳鉄中の炭素の結晶が球状となっているために普通鋳鉄より強度と伸びが大幅に向上した鋳鉄。正式名称を球状黒鉛鋳鉄といいマンホールの蓋などに使用されている。なお、鋳鉄とは炭素を2%~4%含む鋳物用の鉄のことである。
[9]パネルの形状および根固・沈床の形が「田の字」をした枠体(籠)であるため、「鋳田籠」の名称が付けられた。
[10]明治中期に考案された河床の改修工法である。間伐材を格子状に組んだ枠体に自然石を敷き詰めた構造を持つ。天然素材により水生生物に良い棲息環境を与える反面、間伐材の耐久性が問題となる。なお、鋳田籠は開発当初「木工沈床」に対して「鋳鉄沈床」と呼ばれていた。
[11]岐阜大学工学部地盤工学八嶋沢田研究室による落石防護工実大規模衝撃実験(平成27年)、山口大学大学院理工学研究科・中田教授研究室とアボンコーポレーション株式会社の共同研究による鋳鉄製籠の有効性の確認(平成28年)、一般社団法人 水産土木建設技術センター 長崎支所による藻場礁・増殖礁研究レポート(平成29年)など。
[12]パネルを連結するくさびも同素材の鋳鉄である。
[13]「鉄イオン供給技術と藻場再生事例」(土木学会第67回年次学術講演会 平成24年9月),<http://library.jsce.or.jp/jsce/open/00035/2012/67-02/67-02-0116.pdf>,(参照平成31年1月25日)
[14]現在まで、全国400箇所を超える施工現場において災害などによる鋳田籠の崩壊は皆無である。
[15]平成10年に行った新日本製鉄株式会社(現新日鉄住金株式会社)と株式会社松鋳との共同研究による。
[16]金属のリサイクルは鋳造技術が始まって以来行われてきた。なお、平成24年に鋳田籠は「山口県認定リサイクル製品」の認定を受けている。
[17]メッキされた金網製のかごの内部に砕石を詰め込んで使用する。江戸時代には竹製のかごが用いられるなど、河川工事の伝統的工法である。日本じゃかご協会「じゃかごの歴史」,<http://jakago.jp/history.html>,(参照平成31年1月25日)
[18]河川が本来有している自然環境を保全・創出するための河川管理のことをいう。平成18年より国土交通省が全ての川づくりの基本に据えた。国土交通省「多自然川づくり」,<http://www.mlit.go.jp/river/kankyo/main/kankyou/tashizen/index.html>,(参照平成31年1月25日)
[19]鋳田籠は平成10年に国土交通省NETISにおいて86%の工期短縮との評価を受けている。
[20]過度な生産年齢人口の減少による税収不足と高齢者人口の増加による社会保障費の膨張がもたらす財政難により、インフラの維持管理が困難となる恐れがある。中原圭介『日本の国難-2020年からの賃金・雇用・企業』,講談社,平成30年 頁54-56
[21]鋳田籠の独占販売権の権利を付与するフランチャイズシステムをとる。鋳田籠工法の全国展開と鋳物業界全体の発展を目指している。
[22]河野清「コンクリート製品の歴史」,『土木学会論文集』1993(466), p.1-7, 社団法人 土木学会,平成5年 頁1
[23]沿岸海域の海藻類が失われ、それに伴って水生生物が減少して不毛の状態となる現象。海の砂漠化とも呼ばれ、日本各地の海岸約5,000kmにわたって起きている。
[24]増毛漁業協同組合が開始した磯焼け防止と海洋資源を豊かにする藻場再生事業。
[25]新日鉄住金株式会社の鉄鋼スラグと人工腐植土を混ぜ合わせたものを波打ち際に埋設する実験。
[26]磯焼けの発生にはさまざまな原因が考えられており、海岸線や河川の護岸工事やダム造成、森林伐採などによる腐葉物質や鉄分欠乏を主原因とする「栄養欠乏説」の他に「食害説」などがある。
[27]協会会員は、東京都、山口県、広島県、岡山県、島根県、鳥取県、福岡県、長崎県、沖縄県、兵庫県、埼玉県にわたる。
[28]現在、鋳田籠工法協会では定例会で年に1度集まる程度である。
[29]鋳田籠工法協会の立ち上げ時のみ大手建設コンサルタントの指導を受けていた。
[30]重源上人は、建久6年に周防国の材木を採用するなどして難事業であった東大寺再建を果たした後も、建永元年に入寂するまで国務管理として源平合戦の余波で荒廃した防府のために農業支援や松崎神社(防府天満宮)の造り替えを行うなど繁栄を図った。
[31]仏法によって国の災害や争乱を除き、平和と安定をはかること。WEB版 新纂浄土宗大辞典「鎮護国家」,<http://jodoshuzensho.jp/daijiten/index.php/%E9%8E%AE%E8%AD%B7%E5%9B%BD%E5%AE%B6>,(参照平成31年1月25日)

参考文献
全般に関し、アボンコーポレーション株式会社・代表取締役松村憲吾への取材により構成する。(平成30年7月7日、8月12日、10月24日)
鋳田籠の施工現場・島地川(山口県山口市徳地島地)、久兼川(山口県防府市久兼)の視察(平成30年8月12日)

畠山重篤『鉄が地球温暖化を防ぐ』,文藝春秋,平成20年
アボンコーポレーション株式会社 JICAコンサルマッチング提出資料,平成30年
勝間歴史同好会会誌『勝間』創刊号,勝間歴史同好会,平成14年
防府史談会会誌『佐波の里』第43号,防府史談会,平成27年
防府市立佐波中学校編『防府』臼杵華臣監修,防府市立佐波中学校,昭和60年

岡本佳那子「日本型フランチャイズシステムを支える制度的補完性 -モスフードサービスの事例を通して」, <http://www.waseda.jp/sem-inoue/file/archives/2012_sotsuron_mos.pdf>,(参照平成31年1月25日)
アボンコーポレーション株式会社,<http://abongcorp.jp/>,(参照平成31年1月25日)
一般社団法人 鋳田籠工法協会,<http://www.chutaro.info/>,(参照平成31年1月25日)
一般社団法人 鋳田籠工法協会 facebook,<https://www.facebook.com/一般社団法人-鋳田籠ちゅうたろう工法協会-1449658921968739/?__xts__[0]=68.ARCYcPPf0V_74UMaiO02lxOivytMH70puVmpV8J7kMPUev7JXxzQ8eeI2adToLbSoeTVbmwRR2DYjZUkPjhja0UzRzEI7sx-hdw6sUwWf3mNTFZdGvRmAeV3VVN1IJhdulvHQ9g>,(参照平成31年1月25日)
華厳宗大本山 東大寺「東大寺の歴史」,<http://www.todaiji.or.jp/contents/history/>,(参照平成31年1月25日)
中国経済産業局「自治体の製品認定を取得し、ダクタイル鋳鉄のパネル枠工法の普及拡大を実現」,<http://www.chugoku.meti.go.jp/research/kankyo/pdf/170530/15_abongcorp.pdf>,(参照平成31年1月25日)
ホウドウキョク「日本のセブンイレブンはすごい。モスバーガーがフランチャイズにこだわる理由」,<https://www.houdoukyoku.jp/posts/26980>,(参照平成31年1月25日)
防府市「防府の文化財一覧表」,<http://www.city.hofu.yamaguchi.jp/webhis/itiranhyo.html>,(参照平成31年1月25日)
MOBA.WS 藻場再生プロジェクト,<http://moba.ws/?page_id=2>,(参照平成31年1月25日)
MOS BURGER,<https://www.mos.co.jp/company/>,(参照平成31年1月25日)

年月と地域
タグ: