横浜にひっそりと提供されているバンメンを探る 〜県内実地調査とヒアリングからの考察〜

金子 可奈子

1.はじめに
日本の麺類はうどんやそば切以外すべて中国がルーツである[*1]。しかし日本において独自の発展を遂げた麺類は数多くある。
横浜の一部の中華店には「バンメン」[写真1]という商品が存在する。筆者はウミガメ食堂で出会い、初めて食した際、過去に食べたことがないスープの量に興味が湧いた。本稿では神奈川県内の実地調査とヒアリングをもとに、その生い立ちや定義を探り、食文化としての評価及び文化資産価値を考察する。

2.基本データ

2-1.表記
「バンメン」はカタカナまたは「弁麺」「辨麵」である(以下総称してバンメンとする)。

2-2.商品スタイル
醤油ベースのスープに五目や海鮮の入ったあんかけ麺である[写真1]。
あたま(具材と餡の総称を指す)は焼きそばや中華丼と同じ店が多く、炒めた後に軽く煮込んでとろみをつけたものである。
多数の具材が使われているが、全部に共通する食材はない。ただし、叉焼または豚肉のどちらか、または両方が必ず入っている。
スープ量に違いがあり、一般的な汁麺が12店舗、少なめは7店舗だった。

2-3.提供店舗数
現在2-2に当てはまるバンメンが食べられるお店[資料1-1] は県内19店舗・県外10店舗で、うち15店舗が横浜市内にある[*2]。
過去提供されていたお店[資料1-2]はもう少し多かったようだが、ここ数年で減少している[*3]。

2-4.値段
神奈川県内のお店では600〜1,150円。平均820円程度である[*4][*5]。

3.歴史的背景
始まりを聞くと多くの店が「わからない」といい、定義もレシピもなく「こういうものだと教わってきた」という。口頭伝承という形で各店舗に残ってきたようだ。

現在提供されている店舗を地図上に並べる[資料2-1]と、横浜市内に多いことがわかる。横浜は開港後、欧米人が多数の中国人使用人やコック、荷役労働者らを連れてきた。その後定住した旧華僑が中華街を作ったが、その7割が広東出身者であった[*6]。また、市内の店舗だけをみると中区に多く[資料2-2]、本牧通り沿いに立ち並んでいることがわかった[資料2-3]。ここは1866年に完成した外国人遊歩道[*7]の外周道路にあたる場所と重なる。その他は外国人居留地[*8]周辺であることや、色街[*9]やチャブヤ街[*10]エリア周辺に当てはまるところが多い。各店舗の情報を集めた際にメニューの補足にchop sueyと英語表記があったことから、エリア的にもアメリカンチャイニーズの代表的な料理「チャプスイ[*11]」が汁そばの上にのせられたもの=バンメンの始まりと仮説を立ててみた。しかし、材料は一緒だけどチャプスイとは切り方が違うという話だった[*4]。

そもそも広東において「ばんめん(ぱんめん)」と言われている料理は「拌麺」と書き、汁麺ではない[*12]。「拌」は和えるという調理法のことを指す[*13]ので和え麺である。横浜におけるバンメンは、汁麺の好きな日本人向けに中国の拌麺をスープ仕立てにアレンジしたものではないかという推測があり、賛同する声もあり納得は出来た。一方で、スープの量と器のスタイル[写真2]が2パターン存在することが非常に引っかかった。人間の心理として、ものが増えることに喜びを感じることはあっても、減ることには抵抗があることの方が多い。つまり少ないお店がある=元々は少なかったのではないかと考える。

また、「日本にはない“ばん”という漢字表記で、綾織りのように沢山の具材が入れられている」という話[*14]や、拌(バン)という音からの当て字という話ではないかという推測も幾つかの店で出た。しかし弁の旧字体である辨には「分ける」という意味がある。その意味はどこにあるのだろうか。それとも本当に当て字なのだろうか。榮濵樓において「麺と具とスープが同量で分けられたものが辨麺である。だから具にボリュームがあり、スープが少ない」[*15]という最も納得の出来る話を聞くことができた。カタカナ表記も漢字表記も本来同じものであるとするならば、バンメンは「五目や海鮮など各店舗オリジナルのあたま、醤油ベースのスープ、中華麺を同量で仕上げる日本生まれの麺料理」となる。

4.評価と展望
名前や定義を知ることができたとしても、それを食べようと思う人はどれくらいいるだろうか。筆者は名前を知ってから実際にオーダーするまで実に3年かかった。食文化の多くがその地で根付き、発展するには共通認識の確立とオリジナリティーが必要だと考える。この2点を評価軸とし、横浜発祥のご当地麺であるサンマーメン、日本生まれの広東麺[*12,16]と比較することで、減少傾向にあるバンメンの位置付けを確立させたい。

4-1.共通認識の確立
横浜でご当地麺として有名なサンマーメン(生嗎麺)は賄い料理だったが、日本に現存する最古の中国料理店「聘珍樓」(1884年創業)にて、1930年に正式なレシピが考案され、提供が始まった[*17]。定義はないものの、「肉ともやしや白菜を使用し、野菜はシャキッと手早く炒め、必ずとろみを付けてコクのある具に仕上げる事」[*18]というのがサンマーメンの共通の認識である。一方バンメンはいつ誰が作り、広まった料理なのかわからない。本牧通り沿いは戦前から老華僑が多く、同郷(広東出身)かつ親戚筋で集まって住まれていた[*19]ことや、創業の早い店舗が並んでいることから、この地からバンメンが生まれた可能性も高い。ただあまり浸透していなかったのか、注文の際、今も昔も変わらず、どのようなものか確認されることが多かったそうだ[*20]。2つの共通点はあんかけであり、具材は違うが作り方は一緒である。「サンマーメンはあたまが甘く子供向、バンメンは砂糖と玉ねぎなど甘くなるものは用いない大人向[*21]」と、あたまを明確に分けている店もあるが、客側がそこまで理解して選んでいるか定かではない。

サンマーメンとバンメンのどちらが古くからあるのか各店舗で聞いたところ、「どちらが先かわからないが、同じくらいだと思う」という推測が続いた。実際1930年代の聘珍樓のメニューでどちらも掲載されている[資料3]。つまりバンメンははっきりとした定義や共通認識がないにも拘らず、80年以上商品の継承がされていると言える。これは評価すべきことである。また、最近の店には少ないが、軒先のサンプルにバンメンが並んでいる店や特徴を書き添える店[写真3-1]もあり、スープの少ない店においては共通認識があるようにも見える。

4-2.オリジナリティー
広東麺は野菜がメインの五目あんかけ麺(ウマニ麺)であり、サンマーメン同様古くから存在する[資料3]。いつ誰が作ったのか不明であることや、商品スタイルはバンメンとの共通点が多い。現状スープ量が一般的な店においては、広東麺と非常に酷似している状態[資料1-4]ともいえ、オリジナリティーが乏しい。実際スープ量の違いだけで広東麺と共存しているお店もある[*22]が、バンメン提供店には広東麺がないお店が多く、一般的にはバンメン=広東麺と考えられている可能性も高い[*23][写真3-2]。
飲食店は時代の変化、お客さんの好みに合わせて改良されている店が多く、実際変えてきたという店も多かった。すなわちバンメン提供店全てが提供開始時点と同じであるとは言い難い。出前などでスープ量を多くしてきた可能性もある[*24]。とするならば、食材:麺:スープ=1:1:1という共通認識をベースに持つことで、今後の世代交代などとともに統一感が生まれる可能性もある。しっかり差別化を図り、オリジナリティーが出せれば、認知度も上がるのではないだろうか。また独自のバンメンを提供したいという考えに結びつけられれば、今後提供店舗の増加もありうると考える。

5.終わりに
この研究を始めて1年半、本当にバンメンという存在は謎であり、それは食べるほどに深まった。しかし神奈川県内だけではあるが、食べきってみて1つの結論に到達した。この結論が正しいかどうかは、既に亡くなられている当時提供を始めた方々しかわからないが、提供され続けているということは、「食べたいと思い注文する人がいる」ということである。そこに「少なめの醤油ベースのスープに、具沢山のあんかけがかかった中華麺」という共通認識があれば嬉しい。一人でも多くの人に、汁麺でも和え麺でもない「バンメン」を知ってもらい、食してもらいたい。古くからあるが新しいジャンルの普及の一歩として、書き記すとともに、今後の変化を見守りたい。

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  • ilovepdf_com 写真3 補足が書かれているメニューやサンプル

参考文献

[*1]奥村彪生著(2017)『麺の歴史』角川ソフィア文庫 p137
[*2]過去の名称はバンメンだが現在は名前が違う店舗含む。追加調査が必要な店を含めると[資料1-3]もう少し多くなる可能性もある。
[*3]バンメンを提供している店は創業50年以上のお店が多く、それより短いお店は提供店舗にて修行後各地で独立していることがほとんどである。後継がおらず店を閉めてしまうか、世代交代でメニューからなくなったようだ。実際、現時点で近く閉めることを検討している店、いずれそうなるだろうと予測されていた店があった。
[*4]「奇珍樓の昔のメニューではワンタン麺やサンマーメンより高く、肉そば、海老そばよりは安いの位置付けだった。」ウミガメ食堂店主母(奇珍樓3代目にあたる方の奥様)談(筆者インタビュー2017.07.21)
[*5]「昔はアワビなどが入っており、高級な部類だった」日栄楼小田原駅前本店店主奥様談(筆者インタビュ-2018.8.3)
[*6](2009)開港150周年記念「横浜中華街150年 落地生根の歳月」横浜開港資料館
[*7]1865年に江戸幕府が外国人の為に作った道路(参考文献5参照)
[*8]現在の関内周辺
[*9]芸妓屋、遊女屋が集まっている区域(参考文献6参照)
[*10]洋館造りで1Fが飲み&ダンス。2Fは宿泊できる私娼のお店(参考文献7参照)
[*11]炒めた具材を煮込んだ料理(株式会社文藝春秋企画出版部(2007)『銀座口福』株式会社文藝春秋,P130参照)
[*12]安藤百福著(1989)『麺ロードを行く』講談社・浜井幸子著(2008)『中国まんぷくスクラップ』情報センター出版局調べ
[*13]伍貴培・梁樹能著(昭和63年)『廣東料理技術講座』柴田書店
[*14]華香亭本店店主奥様談。先代から聞いた話(筆者インタビュー 2017.5.25)
[*15]榮濵樓店主談(筆者インタビュー 2017.7.26)
[*16]広東に広東麺という商品はない
https://www.cookdoor.jp/noodles/dictionary/22213_noodl_013/(2017.7.30最終アクセス)
[*17]はまれぽ.com 聘珍樓西崎総料理長インタビュー http://hamarepo.com/story.php?story_id=59 (2018.07.30 最終アクセス)
[*18]かながわサンマー麺の会 サンマー麺の言われ http://www.sannma-men.com/origin.html (2018.7.29 最終アクセス)
[*19]聚英店主談(筆者インタビュー 2017.9.16)
[*20]ウミガメ食堂店主母(奇珍樓3代目にあたる方の奥様)談。奇珍楼がまだ2代目だった時の話。(筆者インタビュー2017.07.21)
[*21]コトブキ亭おかみさん談(筆者インタビュー 2018.06.14)
[*22]翠香園店主談(筆者インタビュー 2017.8.8)
[*23]広東麺は具材を炒めていないからバンメンとは違うという意見が多かったが、それはあくまでバンメン提供店舗における視点と考える。
[*24]「出前をするので、スープが多くないと団子になってしまう」と宝明楼店主談(筆者インタビュー 2018.7.22)

参考文献
1.石毛直道著(2006)『麺の文化史』講談社学術文庫
2.品川雅彦(2003)『ニッポン、麺の細道 つるつるたどれば、そこに愛あり文化あり』静山社文庫
3.松葉好市/小田豊二著(2003)『聞き書き横濱物語』株式会社ホーム社
4.バラク・クシュナー(2018)『ラーメンの歴史学ーホットな国民食からクールな世界食へ』明石書店
5.「外国人遊歩道」をたどる https://latlonglab.yahoo.co.jp/route/watch?id=7b0c5183b0181c982528bd8f73601b06 2017.8.26最終アクセス
6.知の冒険 http://chinobouken.com/akebonotyou/ 2017.8.26最終アクセス
7.本牧グラフティ チャブヤ(1)http://honmoku.search-japan.com/chabuya1/ 2017.8.26最終アクセス

店舗調べ(各最終アクセス2018.7.29)
ラーメンデータベース https://ramendb.supleks.jp/
Yahoo!ロコ https://loco.yahoo.co.jp/
食べログ https://tabelog.com/

資料1 バンメン店舗リストと各店舗の詳細
資料2 オリジナルマップ(神奈川県・横浜市内・本牧エリア)
データ版https://drive.google.com/open?id=1uBU8A6QRVzCWaXaivJ8Dr0zrYPM&usp=sharing
資料3 横浜開港資料館所蔵 聘珍樓中華料理お品書(抜粋)昭和30年代のもので生嗎麵、廣東麵、辧麵(バンの字がリではなく力だが同じ意味と考える)、凉辦麵などの記載あり。ひやしばんめんは「色々な具材を冷ましたものを乗せ、酢豚の甘酢あんを薄めた感じのものをかけて提供」と萬福店主談(筆者インタビュー 2018.4.12)。冷やし中華(和え麺)の原型とも考えられる。広東麺よりバンメンの方が高い。

写真1 各店舗のバンメン
写真2 各店舗の器(抜粋)
写真3 補足が書かれているメニュー、サンプル

取材協力
ウミガメ食堂、榮濵樓、會星楼、華香亭本店、華洲楼 駒岡店、奇珍樓、玉泉亭、広州亭、コトブキ亭、三溪楼、翠香園、清風楼、玉家そば店、宝明楼、萬福、峰月、ジュー文華、鳳月、日栄楼小田原駅前本店、ニイハオ、聚英、銀座アスター本店、大公楼 以上23店舗のスタッフの皆様

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