「信楽まちなか芸術祭」のもたらしたもの 〜次世代につなげるシガラキマニア

橋本 隆之

はじめに

六古窯の一つである信楽は、300万年以前の古琵琶湖層の恵まれた陶土により、鎌倉後期から伝統産業の焼き物の町として今日まで連綿と続いてきた。今世紀に入りその在り方に変化が現れてきたようである。その一つのきっかけとなったのが「まちなか芸術祭」であった。本研究ではスタッフとして参加の経験と聞き取り調査をふまえ、このアートイベントが何をもたらしどのように次世代につながっていくのかを考察する。

基本データと歴史的背景

滋賀県甲賀市信楽町
面積 164 .3㎢  人口 10,403人 図1

天平15年(743)聖武天皇が紫香楽の宮として都を設け、大仏造営がなされたが天災により頓挫した。中世には近衛家の荘園として都と密接な関係を持った。室町期の自然釉の焼き締め陶器は多くの人に愛されている。 [1] 近世には幕府直轄地として日本三代官と言われた多羅尾氏が権勢を誇った。江戸期の茶陶、明治期の産業用陶器、昭和には火鉢、植木鉢、建材、近年は生活道具全般と、時代の変化に対応しながら今日に受け継がれてきた。 [2]

展開と変貌

「陶芸の森」が開設されると、国内外のアーティストの活動と発信の拠点となり、若者たちの移住も増えてきた。しかし陶器業界は、販売力の低下や作り手と売り手の合意の難しさなどの問題を抱えていた。 [3]

そうした状況を打破すべく、2006年頃から地元の窯元の今井智一氏を中心に、作業現場を見せ価値を知ってもらう取り組み「窯元散策路のWA」① として動き始めた。同時期に陶芸家山田浩之氏が現代陶芸の若手作家のコミュニティ「信楽座」を立ち上げた。
図2
両者は会合と飲み会を繰り返す中で親睦を深め、2008年にアートイベント「信楽ACT」② [4] を立ち上げた。産業とアートと人をつなげるこのイベントは人々の間に活発な交流がなされ町に大きな変化をもたらした。 図3
2010年にはこのノウハウを受け継ぎ、行政のサポートと外部との協働により盛大な「まちなか芸術祭」③ が開催された。[5] 図4

第2回、3回の芸術祭は「FMしがらき」を中心に皆んなで作り上げる芸術祭という傾向が強まり、老若男女あらゆる職種の人の親密な交流がなされ、絆はさらに深まった。しかし生業を抱えながらイベントをこなしていたためその気勢を持続していくことは難しかった。①-2 ④ [6]
その後テレビドラマ「スカーレット」で復興の兆しを見せたが、直後にコロナ禍に突入し、同時に中心人物の今井氏が急逝するという悲劇に見舞われ、人々のつながりは薄れていった。

そうした中で2021年に、まちなか芸術祭は「シガラキマニア」と名称を変え、豊かな文化と魅力を再発見し未来につなげていこうというイベントがオンラインで開催された。沢山の宝と本当の価値が見出された。 図5, 6 ③ [7]

評価

信楽の町が大きく動き始めたのはACTのコミュニティのあり方によるものが大きかった。窯元散策路と信楽座は、親密な友達付き合いの中で対立が生ぜず、2トップにすることで流れが一つになるのを避け軌道修正しながら運営したという。片方が崩れても成り立つ様にコミュニティを存続する工夫がなされていた。 図7

窯元たちは自分たちの工房を、こんな昭和の古い汚いものと思っていたのが、アーティストたちにはこの上なく魅力的に映り、アートの介在によって工場や倉庫が見違えるように蘇った。 ① 地域では当たり前のことが外部の視点でとらえなおすことで魅力を再発見した例である [8] そして窯元自ら積極的に動き始めたのを見届けノウハウを全て伝え、まちなか芸術祭へと移行した。様々な分野のボーダーを取り払い 小さな町の小さなコミュニティが多方面に生じた。このACTからまちなか芸術祭へ移行し信楽が人々の協創によって変化し育まれていく姿を、信楽の歴史が動いた事例として評価したい。

存続していくのが難しい状況の中、デザインの力で人をつなぎ信楽のために奔走しているのが福山淳氏であった。彼はシガラキマニアの活動の中で信楽中学の総合芸術部を外部顧問として受け持ち「中学生カンパニー」という仮想の会社を作った。デザイン、作陶、流通、販売まで一貫して行うことで、一つの商品がたくさんの人の手を通ることを知り他人を尊重する調和の心を学んでいった。 ⑧ 自由に好きなようにやらせ見守るスタイルで子供たちは自分を見出していった。この次世代につないでいくシガラキマニアの活動を評価したい。 図8

比較から

アートイベントとして最も成功した瀬戸内国際芸術祭、大地の芸術祭を比較事例として取り上げる。海、山里でそれぞれ仕掛けた芸術祭は、外からの疲弊した地方の救済という形で始まった。何もない農村に国内外の著名なアーティストを招集し、作品により非日常を演出することで過疎化、環境破壊等の社会問題に向き合い 解決に導き、町が持続していけるように手助けを行なった。 [9] 地域の伝統文化や自然をアートによって視点を変えて捉え直すことで価値を再発見し、住民が誇りを取り戻すといった点では信楽と共通していた。
しかし信楽の場合は 既に陶芸というアートの基盤があり別のやり方を模索した ②-1 外部から著名なアートプロデューサーを招いたのではなく、地域の中の手探りな試行錯誤から始まったのである。
そして町に刻まれてきた歴史の痕跡から醸し出される情緒的な価値と、取り巻く自然と職住一体形の人々の営みと、親密なつながりも含め、この町そのものが 既にアートであったという点が特筆される。アイデンティティが失われかけた地域の外部からの救済に対し、元から基盤のあった信楽の内部からの宝の再認識であった。
その宝とは自然尊重、自然順応のライフスタイルではなかろうか。象徴となったシガラキマニアのアート作品「星みる人たちの出会う旅」は、紫香楽宮の跡地の田んぼの真ん中に帆のついたいかだのオブジェを設置することによって人々が集い、あたたかい交流を促した。 図6 ⑦-3 [10]
松井利夫は、自分を表現するのではなく余白を想像する、 その余白から人のつながりが生まれ豊かさが育まれると言っている。 [5] 巨大なオブジェによる非日常のハレ と相対するものとして、陶器という生活に寄り添うアートや自然を介して、日常の小さな喜びや幸せを感じる ケの余白 を信楽から提示した点が特筆される。

今後の展望

調査の中から、芸術祭がイベント的打ち上げ花火で終わらずに存続していくことの難しさが表出した。次世代への継承には経済的な面が避けて通れないこと ⑤ と、若者を呼び込む環境、住環境の整備の必要性が明らかとなった ⑥ そうした中で希望が見出されるのは杉山氏によるシガラキシェアスタジオSSSである。図9 ④ [11]
信楽に憧れ陶芸を志す若者は沢山いるが、住居と経済的な問題から離れてしまう人が多いという。この工房と住居とギャラリーと交流の場のシェアキッチン、シェアハウスをSSSは全て備えていた。ここから様々なコラボや交流が生じている。 ⑦-3

信楽はコンサルティング会社から見ると潜在力を秘めたコンテンツの塊のような町だと言う ⑧ 一例として、多羅尾での全校生徒10人足らずの小学校を上げての演劇の取り組みから劇団四季の主人公が育ったこと。 [12] スティーブ・ジョブスは、こよなく愛した信楽の壺からインスパイアされ初代iMACを生み出しAppleの快進撃につながったこと。 [13] このように小さな町の小さなコミュニティから生じる信楽の潜在力から世界につながる本物を生み出している例と言えよう。どんなに遠くからでも一点の本物を求めて訪ねてくる、町の総体を一つの宿に見立てた分散型の宿のあり方も信楽に相応しいのではないか [14]
信楽にはアート系の人、職人肌の人、マーケティングの得意な人、様々な得意分野や特性をもった人たちがいる。また国内外の一流の美術品の集うミホ・ミュージアムもある。子供達の美術教育から、本物を見せ本物を知ることが自己発見、自己解放につながり、次世代につながっていくと言えよう。 ⑦ 外部からの信楽を知る人、応援する人たちも交え、それぞれの特性を生かした分業=協働、協創を提案したい。

まとめ

シガラキマニアはイベントとしては終了したかもしれないが、スピリットとしては個々で深まりながら継続されているといえるだろう。まちなか芸術祭によって異業種間の取り払われた壁を、ACTで見られたような協創、協働にまでもっていくような試みが今後は期待される。シガラキマニアで見出された〈本物=信楽〉を知り、リーダーシップを取る次世代の若者の活躍に期待したい。

  • OLYMPUS DIGITAL CAMERA 現在の信楽のまち 写真 筆者撮影
  • 図1信楽地図、基本情報 図1信楽地図 基本情報 国土地理院地図 色別標高図、単色地図、白地図
    の引用と筆者加筆、作成 写真筆者撮影
  • 信楽ACT 散策路 図2窯元散策路と信楽座、図3 信楽ACT 筆者作成 写真提供 山田綾子
  • 図4まちなか芸術祭 図4 信楽まちなか芸術祭 筆者作成 写真筆者撮影
  • 56 図5シガラキマニア基本事項、図6渡辺睦子「星みる人の出会う旅」 
    資料筆者作成 写真提供 山田綾子
  • 図7−9 図7信楽ACT、図8中学生カンパニー、図9シガラキシェアスタジオ 資料筆者作成 写真筆者撮影(一部webより)
  • 【最終版】①〜⑧-聞き取り調査_page-0001
  • 【最終版】①〜⑧-聞き取り調査_page-0002
  • 【最終版】①〜⑧-聞き取り調査_page-0003
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  • 【最終版】①〜⑧-聞き取り調査_page-0006
  • 【最終版】①〜⑧-聞き取り調査_page-0007
  • 【最終版】①〜⑧-聞き取り調査_page-0008 ○聞き取り調査①〜⑧
    窯元散策路について ①葛原準子さん奥田泰央さん
    信楽ACT・シガラキマニアについて② 山田浩之さん、山田綾子さん 
    まちなか芸術祭について③ 松田晃余さん ④SSS杉山道夫、奥田安之さん正道さん
    経済について ⑤小川公男さん谷井芳山さん
    住居について ⑥ 神崎継春さん神崎秀策さん、SSS在籍アーティスト 
    次世代と美術連携について⑦畑中章良さん上田敦さん高橋夕美恵さん
    次世代について⑧福山淳さん中村太耀さん

参考文献

[1] 白洲正子著『近江山河抄』駸々堂 1974年 
「信楽にでしか生まれ得ない 自然が作り出した傑作。」
 MIHO MUSEUM『信楽ー壺中の天』特別展図録 1999年
(古壺の賦 古信楽評論小史ー金子直樹)
多くの芸術家、文化人、数寄者が室町の信楽の壺の魅力と特別な感情を述べている。


[2]「信楽の都市創造性と社会デザイン」 閲覧日2024.1.24
  岡野 浩 編集 大阪市立大学 都市研究プラザ 2014年
https://www.ur-plaza.osaka-cu.ac.jp/wp1/wp-content/uploads/2016/06/URP_Report30.pdf 
 芦田 博(編)『信楽町史』信楽町役場 1957年
 畑中英二(編) 『信楽焼の考古学的研究』サンライズ出版 2003年

[3]滋賀県立陶芸の森(編)『信楽を訪れた594人の陶芸家たち』アーティスト・イン・   レジデンスの軌跡 2006年
 滋賀県立陶芸の森ホームページ https://www.sccp.jp/ 閲覧日2023.11.26
 
[4]山田浩之(編)『ツチツナギ』信楽座事務局 2011年、 
  同『信楽ACT2008歩く見るのぞく』信楽座 2008年
 
 窯元散策路 閲覧日2023.11.26 https://shigaraki-wa.jp
 信楽ACT2008 小川ふみとyoutubeページより 閲覧日2023.11.27
  https://www.youtube.com/watch?v=tRmu02iK-Xw&t=403s

 READY FOR 信楽ACT2012 山田浩之 閲覧日2024.1.30
 https://readyfor.jp/projects/shigaraki

[5]信楽陶芸トリエンナーレ実行委員会編『信楽まちなか芸術祭報告書』2010年
P26 滋賀県立陶芸の森館長、京都芸術大学教授 まちなか散策プロデューサー 
 松井利夫

[6]第2回信楽まちなか芸術祭 報道向けページ 閲覧日2023.11.27
  https://www.info-ginza.com/shigaraki/machinaka.html
  第3回信楽まちなか芸術祭 報道向けページ 閲覧日2023.11.27
  https://www.info-ginza.com/shigaraki/2016/201608.html 

[7]シガラキマニアyoutubeチャンネル 閲覧日2023.10.9, 10.10
 https://www.youtube.com/@user-de7kx6tm2w/videos

[8]安斎勇樹著、早川克美編『協創の場のデザイン』藝術学舎 2014年p169

[9]狭間惠美子著『瀬戸内国際芸術祭と地域創生』学芸出版社 2023年
 北川フラム著『美術は地域をひらく 大地の芸術祭10の思想』現代企画室2014年
 北川フラム著『ひらく美術ー地域と人間の関係を取り戻す』筑摩書房2015年

[10]「アーティストによる信楽の見え方」閲覧日2023.10.10
  https://www.youtube.com/watch?v=Ph8B7oWAVS8

[11]シガラキ・シェア・スタジオ https://sss-shigaraki.com 閲覧日2023.11.26

[12] 多羅尾小学校ホームページ http://edu.city.koka.lg.jp/taraosyo/
  校報やまびこ 閲覧日2024.1.30
http://edu.city.koka.lg.jp/secure/11559/%E3%82%84%E3%81%BE%E3%81%B3%E3%81%9312%E6%9C%88%E5%8F%B7%E3%80%80%20(1).pdf


[13] NHK NEWS WEB 『スティーブ・ジョブズが日本に見出したものは』 
閲覧日2024.1.30
https://www3.nhk.or.jp/news/html/20230609/k10014092801000.html

[14]島村菜津著『世界中から人が押し寄せる小さな村』新時代の観光の哲学
光文社 2023年
※分散型の宿(アルベルゴ・ディフーゾ)イタリアには美しい景観、地方独自の生活文化を国から法律で保護されている。自然と調和し歴史との整合性を持つまちを目指す。
インフラはそのままに役割を分散させた新しい観光の宿の在り方。
井口勝文著『イタリアの小さな町 暮らしと風景』地方がげんきになるまちづくり
水曜社 2021年 ※イタリア メルカテッロの小さな町の親密なコミュニティの在り方。

 MIHO MUSEUM公式ホームページ https://www.miho.jp/ 閲覧日2024.1.12

参考

山崎亮著『コミュニティデザインの時代』中央公論社 2012年
木下斉著『まちづくり幻想』SB新書 2021年  (横並び幻想について p112 L2~5)

アネモメトリ特集 京都西陣の町家とものづくり 前編 (空き家対策について)
https://magazine.air-u.kyoto-art.ac.jp/feature/59/ 閲覧日2023.11.11
アネモメトリ特集 <ひと>と<もの>で光を呼び戻す 東京の下町 前編
(職人とアーティストの協働について)
https://magazine.air-u.kyoto-art.ac.jp/feature/73/ 閲覧日2023.11.27

聞き取り調査

窯元 陶芸作家 葛原準子 2023.10.18「陶房準」にて
窯元「庄座ェ門窯」 窯元散策路のWA 代表 奥田康央 2023.11.18 オンライ ンにて
陶芸作家 信楽座・信楽ACT代表 山田浩之 2023.10.11 宮町自宅にて
テキスタイルアーティスト 信楽ACT・シガラキマニア実行委員 山田綾子
 2023.9.16 アートサロンmishinyaにて
信楽観光協会 松田晃余 2023.10.27 メールの回答にて
シガラキシェアスタジオ代表理事杉山道夫 2023.12.18 シェアスタジオにて
窯元 陶芸作家 奥田安之、奥田正道 「やすお陶房」にて 2023.12. 29
窯元 陶芸作家 小川公男 2023.10.18 信楽町長野「菱三陶園」にて
窯元 陶芸作家 谷井芳山 2023.10.18 信楽町長野「谷寛窯」にて
窯元 陶芸作家 神崎継春 2023.10.26 信楽町長野「みはる窯」に て
窯元 陶芸作家 神崎秀策 同「みはる窯」にて 2023.12.18
シェアスタジオ在籍陶芸家 2023.9.27シガラキシェアスタジオにて
MIHOミュージアム学芸主任 畑中章良 2024.1.12  信楽町田代
MIHOミュージアム 教育普及 上田敦 2024.1.12  MIHOミュージアムにて
MIHOミュージアム学芸員 高橋夕美恵 2024.1.12  同上 
服飾デザイナー、中学生カンパニー代表 福山淳 2023.10.18 FUJIKIにて
紫香楽サニービレッジ 中村太耀 2024.1.28 メールにて回答

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