東京日本橋「江戸桜通り」からみる風景 ~江戸の情緒を継承する中央通り~

時廣 仁子

はじめに
東京の日本橋は、日本橋川にかかる日本橋、五街道の起点、また江戸時代には魚河岸があったことなどで知られている。近年では、再開発された中央通りの辺りをイメージされるのではないだろうか。観光客にも人気の観光スポットとして賑わいをみせている。
本稿では、江戸桜通りの重要文化財を見渡す景観を中心に日本橋の風情を往古来今の視点から考察したいと考える。老舗店舗の在り方や現在進行中の都市開発を含め、時間の経過とともに形が変わっていく商業地としての日本橋の姿を文化資産として評価する。

江戸桜通り
常盤橋から日本銀行本店の方向をみる眺めは、明治から平成までの建造物を一度にみることができる、唯一の場所である(資料1)。 手前から日本銀行本店、その奥に三井本館、向かい側には三越日本橋本店がある。重厚感漂う日本銀行本店と三井本館の奥には、三井タワーがそびえたっている。歴史的建造物を視界におさめつつ、奥には近代的な建物が連なり、そのコントラストが美しい風景を作り出しているのである。
三越日本橋本店と三井本館の間の通りは、「江戸桜通り」と2005年に命名され、道の両脇に桜が植樹されており、春には桜の名所の一つとされている。この通りは、常盤橋から昭和通りまで全長約500mの通りである。 重要文化財が立ち並ぶ、三越日本橋本店、三井本館、そして日本銀行本店のエリアは、江戸桜通りの半分の距離、常盤橋から中央通りまでの約230mである。重厚感のある建物が連立し、そこだけが異空間となり、歴史の流れを感じられる。

【国指定重要文化財の紹介】
・日本銀行本店  明治29年(1896年)竣工  1974年に重要文化財に指定

・三井本館    昭和4年 (1929年)竣工  1998年 重要文化財に指定

・三越日本橋本店 昭和2年 (1927年)竣工  昭和10年(1935年)に大規模増改築
2016年 重要文化財に指定

歴史的背景
現在の日本銀行本店は、江戸時代には小判などの金貨を製造・管理する「金座」があったところである。
歌川広重(1797-1858)が描いた『名所江戸百景 するかてふ』(1856年)からみると、江戸時代には活気のあった場所のように見受けられる(資料2)。 構図は、江戸桜通りを正面に両サイドに越後屋呉服店(現在の左側:日本橋三越本店と右側:三井本館) その奥には富士山が描かれている。のちに明治~昭和にかけては西洋建築となり、まちを行きかう人々に注目され賑わいをみせていたことであろう。
明治時代後期から昭和初期にかけて、建築された中央区一体にある建造物は、歴史的にも価値ある建物が多く残っている。 当時も現在の築地や日本橋界隈のように、開発や、建築ラッシュであったと考えられる。

積極的に評価する点
その1
日本銀行本店、三井本館そして三越日本橋本店ともに重要文化財に指定されたことで長期的に保存されることが決定的になったことである。
このエリアは2007年に東京都の条例に基づき「街並み景観重点地区」に指定されている〔註1〕。中央区は、このエリアの景観に関する審議を、地元自治体も参画している「日本橋一の部デザイン協議会」に一任している〔註2〕。この協議会のメンバーは、連合町会および各町・自治協会で構成されている。この辺りの風景や地域に影響があるものには、この街に係る人々のあらゆる角度からの意見が反映される。そこから新たなデザインが生まれ、そして創造されるのである。
また春の江戸桜通りでは、桜まつりが行われ、三井本館ではピンク色にライトアップされる。桜の満開時には日中も美しいが、夜のライトアップされた通りも、いにしえの姿を桜とともに現代の明かりで映し出し、過去と現代が一体となった美しい景色となる。
美しい風景には、一定の連続性をもった空間が必要であると考える。この230mの間には、石造りの建造物の連続性が見て取れる。

その2
メインストリートである中央通りの街並みに視点を移すと、バランスよく江戸の情緒を残しつつも、全体的な統一感があり、近現代的な建物が違和感なくまちに馴染んで、うまく溶け込んでいる。老舗の店舗は、近代的な建物の中に吸収され、和を意識したまちづくりは成功しているように思われる。
江戸の情緒をつないでいるのは、「のれん」である。 三井のビル群はコンクリートでできた建物であるが、それぞれのビルのエントランスに「のれん」をかけている。コンクリートの建築物に布製ののれん。このコントラストが江戸の粋を感じさせる。のれんという媒体が、近代的なビルにおいても商売の気構えや、江戸の雰囲気を醸し出している(資料3)。
「暖簾」は中国から伝わったもので、冬場暖気を外に出さないための簾、すなわち防寒具であった。江戸時代には店頭の看板として盛んに使われるようになり、「のれん分け」という言葉があるように、商売人にとっては重要なものであった。店の内と外とを心理的に区切る、空間の仕切りのような、結界としての役割を果たしている。日本独自の空間演出の一つであり、 ここに日本人の美意識の高さを感じる。

その3
建造物の高さの統一が挙げられる。
中央通りに面する高層ビル低層部の高さは、31mに統一されている。これは、
日本はイギリスの建築基準法を手本としており、建物の高さは100フィート、約31mに制限されていた。重要文化財である三井本館の高さ(31m)である。
また江戸時代には、中央通りにならぶ大店の庇が同じ高さで続き、一つの景観をつくっていたのである。これを参考に新しい高層ビルも低層部のスカイラインを31mに統一しているのである。〔註3〕。

ニューヨークと東京 歴史的建造物のある景観の比較
東京の都市計画で導入されている容積率規制とその緩和手法は、先に導入していたニューヨーク市のゾーニング条例を手本としている。ニューヨーク市では、歴史的建造物の取り壊しを防ぐため、歴史的建造物上空の未利用容積を指定された地区内に移転する制度を創設した〔註4〕。これにならって、日本橋や東京駅界隈の都市計画も進められているのである(資料4)。

ロウアーマンハッタンにあるニューヨーク証券取引所(以下NYSE)、フェデラルホール、トリニティ教会と比較する。このエリアは、他にも数多くある歴史的建造物の中でも、一か所に集中しており、景観としてのまとまりがある。点在しているところが多い中、複数の歴史的建造物が地理的に日本橋と同じく集中していることで迫力があり、街のランドマークとなっている点が共通している(資料5)。
日本銀行本店の旧館は、見学コースのみで業務は新館で行なわれているが、NYSEは、現在も同じ建物内で稼働している。

欧米では以前より歴史的建造物の保存に力を入れており、建物の外観はそのままに内部を改修して景観を維持している。そのため当時のままの街の姿を見ることができる。
改修、維持にかかる費用は各国国家予算で賄われているが、中でもアメリカでは国家予算額よりも個人、企業による寄付が圧倒的に多い〔註5〕。チャリティやボランティア活動が活発に行われているのである。
日本橋の場合は、歴史的建造物の名残になぞらえ、かつその土地にあった風情を残すデザインを施している。良いと思われるものは取り入れ、さらにアレンジを加え、独自のスタイルに作り上げるのを得意とする日本人の感性が際立っている事例であり、特筆すべき点であると考える。

今後の展望
常盤橋から先は千代田区になり、日本橋川が境界になり、川を挟んで中央区と千代田区に分かれる。しかし、将来的には千代田区、中央区の地区間で連携し、一エリアとしてマネジメントの構築を図る方向で検討されている〔註6〕。
江戸桜通りは、歌川広重の絵画からもわかるように、当時から賑わいのある通りである。
千代田区側にある常盤公園(現在改修中)に渋沢栄一の銅像が建っている。江戸桜通りを通りつつ、常盤橋公園までの散歩コースが注目されれば、さらに多くの人の目にふれることができ、賑わいのある通りとなるであろう。

まとめ
近年「景観」を意識してきている都市開発は、まち全体の調和を重んじている。今後は、シビックプライドを醸成させた自治体と行政とデベロッパーとが三位一体となり、日本橋のような街づくりが主流となっていくであろう。
昔からの文化、特性を活かし、近代的なものと融合させながらも、新たな日本橋の風景が生まれることを期待する。

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  • 81191_011_32086120_1_2_%e8%b3%87%e6%96%992_page-0001 資料2
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  • %e8%b3%87%e6%96%994_page-0001 資料4
  • 81191_011_32086120_1_5_%e8%b3%87%e6%96%995_page-0001 資料5
  • 81191_011_32086120_1_6_%e8%b3%87%e6%96%996_page-0001 資料6

参考文献


〔註1〕条例・基準等:街並み景観重点地区の指定について/東京都都市整備局
    https://www.toshiseibi.metro.tokyo.lg.jp/kenchiku/juten/index3.html(2022年7月22日閲覧)

〔註2〕日本橋一の部デザイン協議会
   https://nihonbashi1-bu-design.jp/council/ (2022年7月22日閲覧)

〔註3〕東京都市計画研究会編著「東京2020計画地図」かんき出版、2014年、P.107。

〔註4〕北崎 朋希著『東京・都市再生の真実―ガラパゴス化する不動産開発の最前線』水曜社、2015年、P.19。

〔註5〕文化庁「諸外国における文化政策等の比較調査研究事業 報告書」平成30年、P.23。
    https://www.bunka.go.jp/tokei_hakusho_shuppan/tokeichosa/pdf/r1393024_04.pdf(2022年7月22日閲覧)

〔註6〕まちづくりガイドライン・ビジョン等 中央区ホームページ
    日本橋川エリアのまちづくりビジョン2021
https://www.city.chuo.lg.jp/kankyo/keikaku/Guidelines.files/kawazoiVis2021.pdf (2022年7月22日閲覧)


参考文献
■シビックプライド研究会編『シビックプライド2【国内篇】都市と市民のかかわりをデザインする』宣伝会議、2015年

■日本建築学会編『「景観再考」景観からのゆたかな人間環境づくり宣言』鹿島出版会、2013年

■九鬼周造著『「いき」の構造』パイ インターナショナル、2022年 


ウェブサイト
■国指定文化財等データベース https://kunishitei.bunka.go.jp/bsys/searchlist(2022年7月22日閲覧)

■このまちアーガイブス三井トラスト不動産
 https://smtrc.jp/town-archives/city/nihombashi/p05.html(2022年7月22日閲覧)

■中央区のまちづくり:日本橋周辺 (tokyochuo.net)
 http://www.tokyochuo.net/meeting/town/edo/edo06_01.html(2022年7月22日閲覧)

■本店見学:日本銀行 https://www.boj.or.jp/about/services/kengaku.htm/ (2022年7月22日閲覧)

■三井本館について
 https://www.mitsuitower.jp/mitsuimainbuilding90th/about/(2022年7月22日閲覧)

■三井広報委員会 https://www.mitsuipr.com/ (2022年7月22日閲覧)

■国指定重要文化財|日本橋三越本店
 https://www.mistore.jp/store/nihombashi/column_list_all/nihombashi_history/list01.html(2022年7月22日閲覧)

■横川建築設計事務所
 https://www.yae.co.jp/history/history-mitsukoshi/(2022年7月22日閲覧)

■フェデラルメモリアルホール
 https://www.nps.gov/feha/index.htm (2022年7月22日閲覧)

■トリニティ教会ウォールストリート
 https://trinitywallstreet.org/#location-slide-trinity-church (2022年7月22日閲覧)

■ニューヨーク証券取引所 https://www.nyse.com/index (2022年7月22日閲覧)



添付資料2
■歌川広重 『名所江戸百景「するかてふ」』
国立国会図書館「錦絵でたのしむ江戸の名所」 (https://www.ndl.go.jp/landmarks/)(2022年7月22日閲覧)

■歌川広重 『[東都名所〕駿河町〔之図〕』
国立国会図書館「錦絵でたのしむ江戸の名所」 (https://www.ndl.go.jp/landmarks/)(2022年7月22日閲覧)


添付資料4
① 「規制改革で豊かな社会を(2003年版)」について内閣府HPより転載許諾
https://www8.cao.go.jp/kisei/siryo/sassi/index.html
2.特例容積率適用地区制度 https://www8.cao.go.jp/kisei/siryo/sassi/02.pdf(2022年7月22日閲覧)

② 「東京都都景観計画概要版」都市整備局より景観誘導イメージの転載許諾
   https://www.toshiseibi.metro.tokyo.lg.jp/kenchiku/keikan/keikaku00.pdf【P.12 参照】 (2022年7月22日閲覧)

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