根津美術館から考える景観と展示作品との融合とは

板倉 安里

1. はじめに
本報告書は、以下「根津美術館」の概要とともに、その歴史的背景と景観活用を調査・考察し、「展示と景観のデザイン有意性について」他の美術館との比較、評価及び、今後の問題点・将来性を導き出すことを目的に文化資産評価報告書とする。

2.基本データ
施設名:根津美術館
所在地:東京都港区南青山6丁目5−1
竣 工:1930(昭和5)年
設計・監理:隈研吾建築都市設計事務所
施 工:清水建設株式会社
敷地面積:21,625㎡
【本館】延床面積:4,014㎡
構 造:地上2階・地下1階の構造。館内は延べ床面積約4000㎡で、エントランスからホール、そしてそれに続くスペースには、特別展用のギャラリーと別に、絵画・書蹟、青銅器、茶の湯の美術などそれぞれの特性に合わせた、趣の異なる6つのギャラリーが設けられている。日本庭園が園内に併設されており、庭園には石像・茶室・カフェなども配置されている。

3.事例の何について積極的に評価しようとしているのか
⑴空間構造
根津美術館をテーマに掲げたうえで積極的に評価したいのは、美術館全体で日本の美的感覚・文化を体感できる空間を担っているところにある。まず、入り口には、青山のハイファッション通りの喧騒からARTの世界へ転換させ、茶道文化である狭い庭で90度に曲がらせて心理を転換させる効果などを用い(写真添付1)連続する経路に限られた敷地で人の心理をどのように転換させるか、踏み入れた者に空気が変わることを体験させ、想像力豊かに空間構成されている。また、展示施設には日本庭園を背景に荘厳な仏像作品が並び、壁一面絵画の様な空間が飛び込んでくる。(写真添付2)内と外はガラスで区切られ、時間の経過で刻々と移り変わる天候や日本の豊かな四季の景観・時代を留めた静謐な仏像作品・自分達の居る美術館の空間が三位一体となり、時間軸を超えその場を作りあげている。(写真添付3)

⑵作品と景観の既視感の演出
収蔵品である国宝「燕子花図屏風」が展示される時期には、作品の圧倒的な存在感とパワーに感動するのは勿論、庭園の池には一面に本物の燕子花畑が広がる。(写真添付4)この既視感体験は衝撃的である。先程まで見ていた二次元作品の世界が、目の前に三次元として屏風世界を目の前で再現されるのである。美術館として日本を代表する国宝級の作品世界を観覧するだけではなく、実際に再現して体験させるという多角的な角度で楽しみ方を提案しているのだ。この場所でしか出来ない時空を超えた文化体験を美術館全体で実現させているこの点を強く評価したい。

4.歴史的背景は何か(いつどのように成立したのか)
⑴根津美術館の設立
根津美術館は、東武鉄道など東武グループを一代で築きあげた実業家・初代根津嘉一郎(1860~1940)が蒐集した日本・東洋の古美術品コレクションを保存・展示するために自宅だった建物を改装してつくられた美術館である。明治維新後の日本の美術をめぐる受難の時代を受け、国宝級の一級品が次々と国外に流出して行く事に、危機感を感じた根津嘉一郎が、貴重な作品を所持しそれらを将来的に一般公開することで東洋文化、日本文化を西欧に伍して守り、これらを公く世間に公開する為に開かれた社会的倫理を強く持った美術館である。初代の「東洋古美術を展示する世界一の美術館」の遺志を継ぎ、美術館は二代根津嘉一郎が、昭和15年(1940)に財団を創立、翌年開館する。現在は平成18年より3年半をかけ新創工事し、以前の新館を建物免震の収蔵庫に改築することからはじまり、3つの倉庫と旧本館を取り壊して、新たな展示館(本館)を建設した。コレクションの大部分は、日本・東洋古美術の広いジャンルに渡っており、茶の湯をたのしむなかで集めた茶の道具の著名な数々の作品も公開し、コレクションの重要な柱となっている。

⑵根津美術館の存在価値
根津美術館は元は根津邸であり、そこにあった立派な庭園を生かした歴史的日本家屋としての構造を残し、隈研吾氏の設計によってリデザインされたプライベートミュージアムである。「東洋古美術を展示する世界一の美術館」の存在は青山の文化的価値観をあげていると言える。例えば、表参道の現代化・ファッション化というものに価値を与えているのは、その近くにある歴史的建造物や文化を感じさせるものがあって引き立つのではないだろうか。パリのシャンゼリゼ通りなどもその一つで、周囲のルーブル美術館や凱旋門など歴史的な軸があの場所の価値を上げている。まさに表参道は、明治神宮と根津美術館という二つの異なる聖なる森を繋ぐ日本の伝統的な構造が感じられ、その中で根津美術館は、時代をつなぐ隠し味的な装置になっており、今も尚、表参道を活性化させている。昨今では、中国を中心としたアジアでは、大都市を作る時に必ず大きな美術館を作るという発想が一般的になってきており、このような傾向から、日本を代表するファッションストリートにある根津美術館は、貴重な東洋美術品を展示している館としても親しまれ、その存在に諸外国からも関心が集まっているのである。

5. 国内外の同様な施設との比較と特筆について
世界でも景観そのものを生かしたプライベートミュージアムは数少なく珍しい。その中でも自分が体験した類似する施設の概要とともに、根津美術館との比較と特筆を述べる。

⑴ルイジアナ近代美術館(デンマーク・コペンハーゲン)
邸宅を改築した美術館であり、展示空間とエーレスンド海峡を背景した庭が一体化したユニークな作りで、著名な絵画、彫刻、ビデオ、インスタレーションなど多くを展示コレクションしている。「○○は綺麗だ」「○○は美味しい」といった、そのものだけに反応する人の感覚がある一方で、「居心地」や「豊かさ」というものを体感できる、地元の自然環境を生かした居心地の良さを提供してくれる美術館である。

⑵鈴木大拙館(日本・石川県)
まず仏教哲学者・鈴木大拙という人物を「知り」、学習空間で「学び」、思索空間で「考える」というコンセプトの元、建物の中で彼を全く知らなくてもその世界観を体験できる内容になっている。建物では、金沢を象徴する景観と季節のうつろいを感じさせる環境をすべて含めて動と静が混然一体となり、一瞬を閉じ込めた絵画のように存在し、そこにあるすべてが脈打っている禅の世界が広がっている。自然の流れをゆっくり感じながら静かに思索にふけると、大拙の世界観を誰もが感じる事が出来る構成になっている。大拙の思想を見事に具現化した設計者の谷口吉生氏の鮮やかな手腕に驚くばかりの館である。

以上の施設は、根津美術館同様、その環境を生かした世界観や多様化する価値観を提案した施設であり、一度訪れた感動が深い。コンテンツの魅力に美術館の相乗効果があり展示の付加価値として、そこでにしかない景観と時間の流れを体感できる点を生かしている事を評価したい。

6.今後の展望について
根津美術館は、プライベートミュージアムとして初代の大志を引き継ぎ、その意志をどう展示にするのか?デザインしていくのか?で独創的な日本庭園の世界観を美術館に取り込んでいる。これらの空間デザインの考え方はこれからの公共施設の参考になると言えるだろう。時代の流れでコンテンツとして古臭い、魅力がないと判断するのとは違い、自分達の持っている歴史背景・文化をいかに新鮮に魅力的に意味あるものに再考できるかという提案なのである。今後の課題としては、館の広報活動として国宝の美術品のアピールは当然なのだが、美術館に普段来ないような人でも、感じる事ができる既視感や新鮮な体験が中々伝わっていないと感じる。この点において、この場所に訪れない事には良さが伝わらないというこの特性をしっかり伝えていく事が、今後の課題と言えるのではないだろうか。

  • 1 写真添付1_(2019年4月29日、筆者撮影・入り口)
    この入り口から直角に曲がる。ここにまずポイントがある。
    根津美術館のデザインは全体が庭を作るようにデザインされている。庭というのは経路があり、その経路の要所要所で変化するポイントがある。いわば経路の連続体が庭であると考えられている。ここでは建築デザインにおいての箱的思考で面積の割り振りをする様なデザインを取り払い、茶道の庭の考えを用いて構成されており、狭い空間で人間がどう体験するか、何を感じるかを想像力たくましく創造している。根津美術館は箱であるが、日本の伝統的な庭的思考でデザインされている。
  • SANYO DIGITAL CAMERA 写真添付2_(2019年4月29日、筆者撮影・通路)
    何気ない竹の小道だが入ると空気が変わるのを感じるだろう。入ってすぐに右へ90度曲がり、外の青山の喧騒から竹林の静けさを感じる小道を歩かせ、このアプローチをくぐり抜け、また90度曲がり、美術館の入り口へと導く。人の心理を転換させる効果として、狭い面積で真直ぐに向いていたものが、90度の角度を曲がると、突然世界が変わるといった茶道の庭の概念を実践しており、この道を通り抜けさせる事で、青山のファッションストリートからARTの世界にタイムスリップさせている。
  • 3 写真添付3_(2019年12月5日、筆者撮影・エントランス展示室)
    一面ガラス越しのエントランスホールにガンダーラや中国石像がゆったりと並び、背景に日本庭園の緑が飛び込んでくる。外の景観を生かし、作品の世界観に付加価値を与える展示効果がある。これは一日中美術館にいても自然光+展示ライトで作品を観覧する訳で、刻々と光が変化する展示会場という事であり、自然(流れる時間)と作品(留まった時間)と美術館(今自分のいる時間)の3つの時間軸で構成されている事になる。勿論、日本庭園を背景に四季も感じながらその時だけの展示を楽しむことができるので特別なLIVE感を体感することになる。
  • 4 写真添付4_(2019年12月5日、筆者撮影・エントランス展示室)
    日本建築の家根を感じさせる勾配のある高い天井空間が、仏像を美しく見せている。
  • 5 写真添付5_(2019年12月5日、筆者撮影・庭園茶室)
    庭園内にある茶室。茶室のワークショップや、茶会なども開かれている。
  • 6 写真添付6_(2019年12月5日、筆者撮影・庭園池)
    庭園が位置するのは元々は渓谷のような土地で、庭内には現在も湧き水があり、この水によって写真の池水が豊に保たれ、庭の木々が育まれている。
  • 8 写真添付4_(2019年5月1日、筆者撮影・庭園)
    作品を見たばかりの興奮冷めやらぬまま、襖絵の世界が目の前に再現されて痺れる。光琳もこのような景観を目にしながら描いたのだろうか?と思いを馳せることが出来る。景観と展示作品のコラボレーションが素晴らしく、作品を目当てに訪れる美術館で、思いもよらぬ日本庭園の素晴らしさにも触れることが出来るのである。
  • 写真添付4 「燕子花図屏風」非掲載

参考文献

参考資料

・野村朋弘編『伝統を読みなおす4 文化を編集するまなざし ―蒐集、展示、制作の歴史』(芸術教養シリーズ25)、藝術学舎、2014年
・上山信一・稲葉郁子「ミュージアムが都市を再生する_経営と評価の実践」日本経済新聞社、2003年
・邦光史郎〔ほか〕著「決断力に己れを賭けよ(昭和の名語録)」経済界、1987
・「日本のリーダー 7 実業界の巨頭」TBSブリタニカ、1983
・永井百合子著「袋物の美-鑑賞と作り方-」淡交社、1998
・川浪春香著「茶碗の中-光琳と乾山-」編集工房ノア、2002
・根津美術館学芸部編集「根津美術館百華撰」淡交社、1998
・根津美術館編集「楽三代の名品と館蔵茶碗百撰」根津美術館、1994
・齋藤康彦 (著)「根津青山 ─「鉄道王」嘉一郎の茶の湯 (茶人叢書)」宮帯出版社、2014年
・鈴木 皓詞 (著)「近代茶人たちの茶会―数寄風流を楽しんだ巨人たち」淡交社 、2000年
・「古美術名品『集』 第46号: 特集[根津嘉一郎と根津美術館の名宝][信州長野、歴史と観光]」集出版社、2010年
・「青山荘清賞」根津美術館、1940年
・「根津美術館-家庭画報スペシャル感動の美 プライベートミュージアムの最高峰-」世界文化社、2010

・根津美術館HP_http://www.nezu-muse.or.jp/(2019年10月1日閲覧)
・根津記念館HP_http://nezu-kinenkan.com/about_nedumm.html(2019年10月10日閲覧)
・nezumuze(YouTube動画全て)_https://www.youtube.com/user/nezumuze/videos(2019年11月10日閲覧)
・隈 研吾/根津美術館について語る_https://www.youtube.com/watch?v=5Nb0s6M7EFg(2019年10月31日閲覧)
・根津 嘉一郎.pdf_https://www.klnet.pref.kanagawa.jp/information/pdf/jitsugyouka/005nezu.pdf(2019年10月13日閲覧)
・「鉄道王」根津嘉一郎から 受け継がれるフィランソロピー | 月刊 事業構想_https://www.projectdesign.jp/201508/creativeaoyama/002362.php(2019年10月1日閲覧)
・根津嘉一郎の世渡り体験談(世渡り体験談 根津嘉一郎著より)_http://ktymtskz.my.coocan.jp/nakagawa/toobu3.htm#0(2019年11月3日閲覧)
・根津嘉一郎 | 近代日本人の肖像 - 国立国会図書館_ http://www.ndl.go.jp/portrait/datas/480.html?cat=91(2019年11月9日閲覧)
・根津 嘉一郎|根津育英会武蔵学園_https://www.musashigakuen.jp/ayumi/kinenshitsu/tenzi/ryakuden/index.html(2019年10月1日閲覧)
・Louisiana Museum of Modern Art_https://www.louisiana.dk/(2019年11月3日閲覧)
・鈴木大拙館 - 金沢文化振興財団_https://www.kanazawa-museum.jp/daisetz/(2019年11月3日閲覧)

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