アーツ前橋のアウトリーチプログラム ~地域コミュニティと協創し社会課題を日常にひらく―公立美術館の挑戦~

大崎 麻里子

はじめに
コロナ感染症により多くの人が非日常下におかれ、いままでの常識に支配されない時間を過ごすこととなった。そのなかで社会をみつめるということは、他者との違いを知り、理解し、気遣うといったケアのまなざし〔1〕を獲得する時間を得たと言ってもよいのではないだろうか。
アーツ前橋のアウトリーチプロジェクトは、アートが届きづらいコミュニティへ、ゆるやかに繰り返しアプローチをし、アートの視線を「ケア」の現場に展開してきた〔2〕。彼らの活動を、時間のデザインの視点でひも解き、優れた文化資産として評価したい。

1.基本データと歴史的背景
(1)アーツ前橋について
開館:2013年10月グランドオープン
所在地:群馬県前橋市千代田町5-1-16
歴史的背景:2003年に撤退した百貨店の建物を改修し、公営の美術館として開館した。2005年頃から衰退が目立つようになった中心市街地の再建の一環として、2007年に前橋市の美術館基本構想が立ち上がり、その後市民らによる芸術文化施設運営検討委員会の提言をうけ、「市民の力で文化を創り発信していく拠点」として設立した。
活動のコンセプト:「創造的であること」「みんなで共有すること」「対話的であること」、誰にとっても必要な場所となることを目指している〔資料1②〕。
(2)地域アートプロジェクトについて
概要:地域の課題や地域の日常生活とアートがもつ創造力が出会うことで、新しい出来事が生まれることを目指すプロジェクト。開館前の2011年からプレイベントとして活動が始まる〔3〕。今回評価するのは、企画展「表現の森 協働としてのアート」(2016年)を契機に、アーティストと市内の施設や団体が協創するプロジェクトである〔4〕。
歴史的背景:「障害者×芸術文化」の領域で、2010年に「アール・ブリュット・ジャポネ展」(フランスパリ)が開催されたことを契機に、国内では日本財団が「アール・ブリュット支援事業」を展開。その後障害福祉の現場でアート活動を推進する動きが全国に広がり、2016年に「日本財団DIVERSITY IN THE ARTS」が設立された。「表現の森」準備期間の3年間(2013~2016)で、「国内の障害者とアートを取り巻く状況、地域とアートをつなげる活動も多様となった。〔5〕」と学芸員の今井朋さんが述べている。

2. 事例のどんな点について積極的に評価しているのか
アーツ前橋の地域アートプロジェクトは美術館が街へ出ていくことで、コミュニティとアートをつないできた。コミュニティとの協創活動が、参加者の日常になるまでのプロセスを、優れたデザインとして評価したい。エドマント・リーチが示した時間のデザインの構造である、日常からの「分離」「移行・境界」「統合」〔6〕の観点で、アーツ前橋のアウトリーチプロジェクトが、どのように構成されているのかを以下のようにまとめた。
(1)日常からの分離(分離)
アーティストの中島佑太が公営団地と行うワークショップは、公営団地というパブリックの中のプライベートな居住空間を表現することで、団地という一括りにさたコミュニティの中の多様性に目を向け、同質性と異質性を発見していく〔資料2〕。また、アーティストの滝沢達史による、「アリスの広場」というひきこもりや不登校の人たちのコミュニティとの活動では、休館日の美術館でアート鑑賞会が行われた。休館日という非日常な空間でアートと向き合うことで、自然と参加者同士の対話が生まれる〔7〕。
それぞれワークショップや鑑賞会という形式性を通して、参加者が非日常の時間に分離されたといえる。
(2)非日常の時間(移行・境界)
団地のワークショップには、「旅」というテーマ設定があるものの、参加者の自由な遊びの中で結果的に何かが出来上がるという様子だ〔8〕。一見、ワークショップとして成り立っていないように感じるが、アーティストは参加者の体験を受け取り、参加者は自らがアーティストとなり、協創した作品が生まれる。また、「アリスの広場」の活動では、参加者がアート鑑賞会の時間を、社会とゆるやかに繋がれるもう一つの居場所として受け入れ、自らの行為に意味を見いだす〔9〕。
アーティストは参加者を支援する対象とは捉えず、コミュニティの内と外を行き来しながら、彼らのやりたいコト、もしくはやりたくないコトに対して、意味づけをしていく。
(3)非日常から止揚された日常へ(統合)
団地のワークショップはコロナ禍で対面する事が難しくなり、「手紙」を使ったワークショップを展開する。2016年から2019年まで15回重ねられたワークショップにより、物事を捉えるまなざしの変化が、その「手紙」内容から読み取れた〔10〕。また、休館日のアート鑑賞も2021年現在までに15回を重ね、「アリスの広場」では、一泊旅行や利用者自らがまちなかにフリースペースを作るというプロジェクトが生まれた〔資料3〕。
時間のデザインで大切な点は、イベントが終了したのちに、その経験を自分のストーリーとして日常に展開していくことである。団地のワークショップでは創造的に世の中をとらえるまなざしを、休館日のアート鑑賞では社会のなかの自分の価値を認識する力を獲得したことにより、「はじまりと終わり」を乗り越え、経験が日常に止揚されたといえる。

3. 国内外の他の同様の事例と比較して何が特筆されるのか
日常の延長上にあるアートのプロジェクトという視点から、アネモメトリ64・65〔11〕で取りあげられた、「生活工房」(東京都世田谷区・財団法人)と「小金井アートフル・アクション!」(東京都小金井市・NPO法人)の活動と比較したい〔資料4〕。
「生活工房」は、都会の中心都市部の文化施設であり、暮らしとデザインの交流拠点として、日常の違和感を展示やワークショップなどを通じて、市民へ交流と対話を促している。施設内には充実した活動支援コーナーがあり、都会の成熟した市民が社会課題に対してアクションを起こす場を提供している事例である。
「小金井アートフル・アクション!」は、東京の郊外の集合住宅の一角にある施設であり、市民スタッフが運営主体を担っている。「小金井と私 秘かな表現」というプロジェクトは、日常の自分と社会のつながり方と、プロジェクト参加中の自分と社会のつながり方の違いを交錯させ、見えづらい社会課題と向き合う。一般市民の参加者の視野拡大をサポートしている事例といえる。
一方、アーツ前橋のプロジェクトは、「美術館へのアクセスが基本的に難しい人々」にアプローチしているという点が特筆される。アートが届きにくいコミュニティへアウトリーチする事で、双方の視点からインクルーシブな活動となることを目指している。そしてコミュニティの日常に入り込みながら活動方法を模索し、既存の枠組みを押し付けず、そのコミュニティだからできることを考えつづけることで、参加者に当事者性を発揮させている。

4.今後の展望について
地方におけるデザイン人材は多くない。しかし地方においても社会課題はたくさんある。アートが届きづらい人たちと協創は、直接的に美術館のインリーチに反映しづらいかもしれない。しかし、こういった活動が美術館に自ら足を運べる人たちに届くことで、社会課題にアプローチする関係人口の増加が期待できる。そして、双方から課題を見つめることで、既存のプラットフォームでは生きづらさを感じるひとたちを包摂する、新しいプラットフォームが生まれるのではないだろうか。ひきこもりの人たちがもつゆるやかな社会とのかかわり方や、団地の子供たちのワークショップでの創造性の発揮が、美術館という場所で市民をまきこみ、インクルーシブな社会活動を生みだすうねりとなることを期待したい。

5.まとめ
固定概念に支配された日常には、疑った事のない偏りで無数の可能性が埋もれている。少し視点をずらすことで、その可能性を体験できるきっかけは無数にあるはずである。アーツ前橋のアウトリーチプロジェクトは、美術館が社会課題に対して何ができるかを考え、「支援する側支援される側」という視点をのりこえ、双方が当事者として関係できる仕組みをゆるやかに作ったといえる。そしてこのデザインは、時には一方的に押し付けてしまいがちな「ケア」の現場を、双方のまなざしで見つめ、誰も取り残さない包摂された社会の実現を可能にしてくれるのではないだろうか。

  • 1 〔資料1〕(2022年1月23日、筆者撮影)
    ① アーツ前橋外観写真
    ② アーツ前橋活動コンセプト 入口エントランスの柱に掲げられている。
    ③ アーツ前橋で過去に行われた活動についての紹介映像。無料で入れるエントランス内で映像が流されている。「表現の森」についても紹介されている。
    ④ ワークショップの作品が、ショーウインドーのように展示されている。(旧百貨店の建物であることを想起される。)
  • 2 〔資料2〕 (2022年1月23日、筆者撮影)
    ① ② 南橘団地 外観 
    ③ 南橘団地の案内看板
    建設は昭和63年~平成28年、全部30棟720戸、前橋市HP2020/4/1情報、https://www.city.maebashi.gunma.jp/soshiki/toshikeikakubu/kenchikujutaku/gyomu/2/2/5208.html
  • 3 〔資料3〕(2022年1月23日、筆者撮影)
    ① まちの保健室外観写真 アリスの広場のとハレイワ(LGBTQ支援)利用者のメンバーがリノベーションをしたまちなかのフリースペース。
    ② アリスの広場 まちの保健室2階。ひきこもりのメンバーの中には、通行人の目線が気になる人もいいるため、2階にフリースペースを設けているとのこと。(ハレイワ、代表間々田さん)
    ③ 2階への階段。レインボーフラッグカラー(LGBTの象徴6色のレインボー)になっている。
  • 5 アーツ前橋外観(2022年1月23日、筆者撮影)

参考文献

〈注釈〉
〔1〕伊藤亜紗「第一章「うつわ」的利他―ケアの現場から」、『利他とは何か』、集英社新書、2021/3/22、P55
ケアについて「こちらには見えていない部分がこの人にはあるんだ」という距離と敬意をもって他者を気づかうこと、他者への気づかいという解釈を示している。
〔2〕今井朋「「表現の森」の始まりと2年目の活動を通じて考えたこと」、『アーツ前橋研究紀要』No.01、2018/3/31、P13 、https://www.artsmaebashi.jp/?p=11146
〔3〕アーツ前橋 地域アートプロジェクト 2011-2015 ドキュメント https://www.artsmaebashi.jp/?p=5379
〔4〕「表現の森」プロジェクトで協働しているコミュニティは以下の5組。
清水の会えいめい(高齢者施設)、アリスの広場(ひきこもりや不登校のためのフリースペース)、南橘団地(公営団地)、のぞみの家(母子家庭支援施設)、あかつきの村(難民支援施設)
アートが福祉や教育、医療現場などの社会課題にどのような役割を持ち得るのかを考えるためのプロジェクト。
〔5〕今井朋「アーツ前橋の取り組み「表現の森協働としてのアート」」、『REAR』No.38、リア制作室、2016/11/20発行、P71
その他、2015年にSDGsが国連サミットで採択され、国内では2016年からTURNフェス(東京都美術館)がスタートしている。TURN HP、https://turn-project.com/
※アリスの広場は2017年にTURNフェスに参加している。
〔6〕中西紹一・早川克美編『私たちのデザイン2 時間のデザインー経験に埋め込まれた構造を読み解く』、藝術学舎、2014、P22~32、
〔7〕今井朋「「表現の森」の活動を通じてー社会へ第一歩に、美術館ができることー」、『文化庁広報誌 ぶんかる いきいきミュージアム』046、2019年、https://www.bunka.go.jp/prmagazine/rensai/museum/museum_062.html
〔8〕表現の森 中島佑太×南橘団地 活動記録 WS(5)夏祭りワークショップ、https://www.artsmaebashi.jp/FoE/
「遊び方やつくるものが指示されない自分次第の工房として、ワークショップが緩やかな設計のもと、開かれている。このワークショップが美術館として提供している体験は、アートがどんな権力にも負けず、自由であり続けられるものであり、アーティストが自由に自分自身の作品を制作をするような工房を地域に開き、参加者が指示されることなくアーティストを体験するように工房で過ごす緩やかな時間なのだろう。」(中島佑太)
〔9〕表現の森 滝沢達史×アリスの広場 活動記録 ゆったりアーツ6/横浜美術館コレクション昭和の肖像、https://www.artsmaebashi.jp/FoE/
「私は普段、家に引きこもりがちです。アリスの広場とゆったりアーツは、私にとっての第二の引きこもり場所であり、でも社会とは完全に切り離されていない(中略)ちょっと希望のみえる場所なのかなと、」(参加者Mさん)
〔10〕表現の森 中島佑太×南橘団地 活動記録 手紙のやりとり(一緒にできることは何?)、https://www.artsmaebashi.jp/FoE/
「(新しい生活様式を実践した気づき)それで思ったのは常識は、意外と簡単に変えられるのだなって、それに生活様式は時代とともに変わっていくのだなって思ったよ。なかじー(中島)は、どんなことを思ったの?」(KSちゃんからのお返事)
〔11〕アネモメトリ#64,65 
https://magazine.air-u.kyoto-art.ac.jp/feature/page/3/

〈参考文献など〉
・早川克美著『私たちのデザイン1 デザインへのまなざしー豊かに生きるための思考術』、藝術学舎、2014/4/2
・中西紹一・早川克美編『私たちのデザイン2 時間のデザインー経験に埋め込まれた構造を読み解く』、藝術学舎、2014/12/17
・安斎勇樹著・早川克美編『私たちのデザイン5 協創の場のデザインーワークショップで企業と地域が変わる』、藝術学舎、2014/4/2
・伊藤亜紗編、中島岳志・若松英輔・國分功一郎・磯﨑憲一郎『「利他」とは何か』、集英社新書、2021/3/22
・今村信隆・佐々木亨編(他16名)『学芸員がミュージアムを変える!公共文化施設の地域力』、水曜社、2021/3/28
・山崎亮著『ケアするまちのデザイン 対話で探る超長寿時代のまちづくり』、医学書院、2019/4/1
・山崎亮著『コミュニティデザイン 人がつながるしくみをつくる』、学芸出版社、2011/5/1
・ジュリア・カセム・平井康之・塩瀬隆之・森下静香編著(他10名)『INCLUSIVE DESIGN 社会の課題を解決する参加型デザイン』、学芸出版社、2014/4/1
・株式会社コトノネ生活編集『コトノネ VOL36』、株式会社コトノネ生活、2020/11/20発行 
・リア制作室『REAR No.38』、リア制作室、2016/11/20発行
・今井朋「「表現の森」の活動を通じてー社会へ第一歩に、美術館ができることー」、『文化庁広報誌 ぶんかる』、https://www.bunka.go.jp/prmagazine/rensai/museum/museum_062.html(2022/1/8)
・アーツ前橋 HP https://www.artsmaebashi.jp/ (2021/12/15~2022/1/25)
・アーツ前橋 HP 研究紀要 ■No.01平成29年度 ■No.02 令和元年度 https://www.artsmaebashi.jp/?p=11146 (2021/12/15~2022/1/25)
・アーツ前橋 HP 地域アートプロジェクト 2011-2015 ドキュメント https://www.artsmaebashi.jp/?p=5379(2021/12/15~2022/1/25)
・表現の森 HP https://www.artsmaebashi.jp/FoE/(2021/12/15~2022/1/25)
・前橋市 HP 市営住宅一覧 https://www.city.maebashi.gunma.jp/soshiki/toshikeikakubu/kenchikujutaku/gyomu/2/2/5208.html (2022/1/24)
・TURN HP、https://turn-project.com/(2022/1/24~2022/1/25)
・日本財団DIVERSITY IN THE ARTS HP  https://www.nippon-foundation.or.jp/what/projects/diversity_in_the_arts(2022/1/24~2022/1/25)
・アネモメトリ HP  https://magazine.air-u.kyoto-art.ac.jp/feature/page/3/(2022/1/8~2022/1/25)
・世田谷文化情報センター生活工房 HP  https://www.setagaya-ldc.net(2022/1/8~2022/1/16)
・NOP法人アートフル・アクションHP https://artfullaction.net(2022/1/8~2022/1/16)

〈取材先〉
NPO法人ぐんま若者応援ネット フリースペース「アリスの広場」代表 佐藤真人さん
2022/1/21~2022/1/28 メールと電話にて

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