草津温泉のデザイン評価と、その他の温泉地再興の為のデザインの提案

榛葉雄人

草津温泉のデザイン評価と、その他の温泉地再興の為のデザインの提案

はじめに
私は、都内のホテルで働くかたわら、年間50泊以上の日本国内旅行に出ている。その旅行の中で、有名な温泉地においても、現在も活気のある所と、寂れている所がある事に気付いた。そこで今回私は、活気の有る温泉の代表として「草津温泉が何故人気があるのか」を議題にあげ、温泉地としての町のデザインや、現地住民のコミュニティーデザインの観点から、そのデザインを評価する。草津町を選んだ理由としては、歴史が古く、現在も変わらず評価されている点。都内からのアクセスが非常に悪い(都心から3~4時間近くかかる)ものの、それでも全国の人気温泉地ランキングで常に上位にいる点。また、私が個人的によく行くため(月1回以上)、草津町をよく知っている点。以上の理由からである。最後にこの草津温泉のデザインの成功例を元に、活気のある温泉地を創造するためのデザイン方法を考えていく。

1.基本データ
所在地 群馬県吾妻郡草津町(標高1000m以上の高原が中心)
アクセス 電車(特急草津)とバスで、上野駅から3時間。直通バスで新宿から4時間。
観光地としての構造 温泉地とリゾート地を合わせ持ち、スポーツ施設・文化施設も融合させている。
観光地としての規模 年間の総入り込み客数 平成26年度で約280万人
(これはバブル期の平均約250万人を大きく上回り、現在人気の証拠となる)

2.草津温泉の歴史的背景
草津温泉の歴史は非常に古く、鎌倉時代に源頼朝が発見して、日本中にその名を知らしめたというのが最も一般的な説である。その後は戦国時代にも数々の武将が草津を訪れ、江戸時代には徳川家にもお湯が謙譲されていた。もうその頃には、温泉番付で東の大関(1位)になっていた。近代には草津の恩人とも言うべきベルツ博士によって、草津温泉の効能は世界中に知られるようになった。大正時代には国内2番目の速さでスキークラブが発足し、昭和に日本で最初にリフトが架かったスキー場となり、今年でスキー場開場100周年を迎える。最初期のスキーリフトの建設や、温泉の管理、火災からの復興等を、行政にほとんど頼らずに町民自ら行ってきた歴史を持つ。現在では、伝統的な町並みの旅館と温泉街を中心とした湯畑エリアと、ホテルやペンション、スキー場などの集まる高原リゾートエリアが合わさり、調和の取れた温泉地となっている。

3.町のデザインについて。
草津は湯畑(キャプション1)を中心とする温泉街エリアと、高原方面のリゾートエリア(キャプション2)の二つのエリアが存在する。そのそれぞれのデザインについて説明する。
草津町の温泉街エリアには「温泉地に来た」と思わせるデザインの湯畑と、街並みがある。湯畑からは毎分4000リットルの温泉が湧き出て、その周辺を岡本太郎氏がデザインした散歩道が囲んでいる。江戸時代の湯畑のデザインを見ると、長方形のデザインをしているが、岡本太郎氏のデザインした湯畑はひょうたん型(キャプション3)だ。江戸時代にはすぐこの湯畑の下に大滝の湯(公衆浴場)があり、湯畑から湧いたお湯は、利用することがメインだったからであろう。しかし、現在では、この湯畑は草津温泉のシンボルであり、湧き出た温泉は湯畑の木筒から滝となって落ちた後、各温泉宿や公衆浴場に運ばれている。そのため、現在のこのひょうたん型のデザインは、お湯を利用する為のデザインではなく、温泉地を感じさせるシンボルとしてのデザインとなっている。湯畑付近の景観には、古い町並み(キャプション4)が残っており、新しく作る建物がその景観を壊すことは許されない。それは『街なみガイドライン』にまとめられ、それ以外の町内の景観も『草津町景観計画』として管理されている。
高原エリアは、主にペンションやホテルが集まり、スポーツなどもこのエリアを中心に行われている。毎年行われるスポーツの大会には、スキー以外にもツール・ド・草津、草津熱湯マラソンなどがある。高原で夏は避暑地となり、綺麗な空気と景色も融合した土地柄を生かせる種類のスポーツが行われており、大会後には温泉に浸かることも出来る。

4.町民が形成する、温泉地のコミュニティデザインについて
草津町の町民憲章は「歩み入る者にやすらぎを、去りゆく人にしあわせを」である。他の観光地の憲章を見れば分かるが、こんなにシンプルな憲章を掲げている地域は他に見当たらない。大抵の地域では何ヶ条か憲章を掲げ、数多くの事が書かれている。しかし草津町の場合は自分達の町に来る人たちに、安らぎと幸せと与えることだけが憲章となっている、とてもめずらしい憲章である。また、草津町内には至る所に(キャプション5)この憲章が書かれていて、守ることが町民の義務となっている。
実際に草津町民の人々はとても暖かく旅行者を迎えてくれる。草津町民との特に会話できるのが、旅行者でも利用できる、町の中にある3つの無料の公衆浴場である。この無料の公衆浴場は、町民達が清掃や管理を行っているものの、旅行者でも利用できる。町民の人たちは、旅行者達に湯船の中で、草津の歴史や、今日のお湯の温度、初めての人には利用の仕方まで色々と教えてくれる。他の温泉地では、公衆浴場とは言え有料であり、営業している温泉に入ることになる。また、有料の為地元の人はあまり来ない温泉地も多い。しかし草津町の場合、営利目的では無く、有志で管理されている温泉を無料で開放しているのである。それを草津では、貰い湯の精神と呼んでいる(キャプション6)。その為、湯船自体は広くはないものの地元の人も多く訪れ、旅行者と触れ合う機会もとても多い温泉地なのだ。ここでは旅行者達が、地元の人たちの形成するコミュニティーに受け入れてもらい、次に来るときには「草津に帰ってくる」といった気分になれる。

5.ほかの温泉地と比べて、草津温泉の特質される点。
例えば、草津と同じ温泉とスキーを観光の中心にしている新潟県湯沢町の場合は草津とは違い、東京からのアクセスは抜群に良い。上野駅から新幹線で1時間半で到着できる。しかし、来場者数は以前より大きく減少し、温泉街は寂れてしまってる。湯沢町には無く、草津にはあるものに注目し、その違いを見ると、草津町を参考にした活気ある温泉街のデザイン方法が見えてくる。
まず、温泉街にシンボルを作り、その周りの景観を整備することが重要である。まず最初に旅行客を呼び寄せる為には、「温泉地に来た」と感じさせる事の出来るシンボルが必要である。
次は、リゾート目的の旅行客を受け入れられるエリアを作る事だ。昔のような純粋な湯治客は減少している。家族で出かけるとなると、昔ながらの温泉街だけでなく、同じ町内にリゾート地を共有させ、町全体をエリア分けしながらも上手く共有できるデザインをしている温泉地が必要なのだ。リゾートエリアには、温泉以外にもスポーツや文化的施設(博物館・美術館・コンサートホール等)を融合させる事が必要である。温泉だけが目当てならば、自宅近くのスーパー銭湯(都内であれば大江戸温泉等)や、アクセスの良い近場の温泉で事足りるという人も現代では多いのである。
それらはどれも湯沢町には不足しているが、例えば草津以外の温泉地で言えば、シンボルとして大涌谷があり、沢山の文化的施設も合わせ持った温泉リゾート地である箱根は、現在でもとても高い評価と来客数を得ている。
ここまでは、行政側の景観計画や観光推進計画などを参考にしながら、温泉地におけるハードの面で実行できるデザインの話をしてきた。そうして一度掴んだ旅行客に、再度飽きずに帰って来てもらうにはどうするべきか。そこからが今後の温泉地の課題になるであろう。
そこで草津において特筆すべき事は、町民がデザインするコミュニティーである。草津町は町全体で旅行客を歓迎する為の決まりや、それを快く受け入れる町民の風土が古来より育っている。町民と旅行客のコミュニケーションの場として、草津の無料の公衆浴場を例に挙げたが、温泉地にはこのような場が必要なのだ。そうして掴んだ旅行客は、アクセスが悪くとも再度来町し、草津温泉を全国の温泉地番付でも上位に押し上げてくれるのである。また、町民のコミュニティー作りには大きなコストはかからない。一度そのような風土が出来れば、町民が主体的にそれを保てる事が草津の事例を見ればわかるだろう。
以上のように町民を主体とした街づくりの方法は、ハード面だけに頼らずとも旅行客に何度も帰ってきてもらえる、人気の温泉地をデザインする為の有効な方法と私は考える。

  • 987383_23872e96fd5f41c789616f39a2b31a72 キャプション1 - 湯畑を坂の下から撮影
  • 987383_ef8547204e244795ba2adb94175adafa キャプション2 - 高原リゾートの代表・草津国際スキー場(夏)
  • 987383_ba1fe0b8211e45c7adbcd90f81a1fa29 キャプション3 - 湯畑と周りの散歩道
  • 987383_5108963434494d989f230d045a347a05 キャプション4 - 江戸・明治期の町並みを残す温泉街
  • 987383_94eeb00572e24ae2b786e62032b2a0b2 キャプション5 - この憲章は、草津町内の至る所に書かれている
  • 987383_25248e1ce6144d32b70d67fb6600e894 キャプション6 - 貰い湯の精神について

参考文献

一峰大二 『漫画草津町誌』 草津町(町制施工100周年記念)

草津町 「入込客数の推移」 平成27年1月発表(http://www.town.kusatsu.gunma.jp/www/contents/1226645828261/files/irikomi.pdf)
平成27年1月アクセス

草津町 「草津町観光立町推進基本計画(本編)」 平成21年3月発表
(http://www.town.kusatsu.gunma.jp/www/contents/1237177997992/files/kihonkeikaku.pdf)
平成27年1月アクセス

草津町 「草津町観光立町推進基本計画(資料編)」 平成21年3月発表
(http://www.town.kusatsu.gunma.jp/www/contents/1237177997992/files/keikakusiryou.pdf)
平成27年1月アクセス

草津町 「草津町景観計画」 平成26年6月発表
(http://www.town.kusatsu.gunma.jp/www/contents/1412224163313/files/keikan_keikaku.pdf)
平成27年1月アクセス

湯沢町 「湯沢町観光振興計画」 平成25年4月発表
http://www.town.yuzawa.lg.jp/cyosei/seisaku/sougoukeikaku/
kankou_sinkou_plan.files/sankan_kankoukeikaku.pdf
平成27年1月アクセス