農村舞台アートで 「さと」と「まち」を結ぶ
愛知県豊田市における農村舞台アートプロジェクトについて
1: 忘れられた農村舞台
日本各地に分布する山村などにある芸能舞台で、営業用でなく地元の民衆によって運営されてきた建物を農村舞台と言う。神社の境内に建てられていることが多く、奉納や村祭りの余興行事の歌舞伎などの演芸が上演されていた。本研究では愛知県豊田市に現存する、江戸時代後期から昭和時代に建造された農村舞台に関わる活動について記述する。
豊田市に編入された旧足助町、旧松平町、旧藤岡町、旧小原村、旧下山村、旧旭村、旧稲武町には80棟の農村舞台が存在していたが、各地区の地歌舞伎の衰退が激しく舞台として使用されないこともあって、大部分が放置されるか、あるいは拝殿や社務所として使われていた。中には市の有形文化財に指定されている物もあったが、消滅の危機に瀕していた農村舞台がほとんどであったということである。老朽化が激しい舞台も多く、このままでは、貴重な文化遺産がすべて失われてしまう危機的状況にあった。
「農村舞台アートプロジェクト」は豊田市文化部文化事業課と公益財団法人豊田市文化振興財団によって運営されている。目的は豊田市各地域に現存する農村舞台を地域の資源として活かすこととして、2010年に発足した。(※添付ファイル4.農村舞台アートプロジェクト2016パンフレット)
母の実家が豊田市の旧松平町にあり何度も訪れているが、私は最近になって農村舞台の美しさに気付いた。近所の住民も注目していなかった農村舞台が美しく手入れされて鑑賞に堪える姿になっていたのは、アートプロジェクトの活動が大きく関係していると推察でき、詳しく研究しようと考えた。
2: 市町村合併をきっかけにプロジェクトが発足
豊田市と周辺の町村は2005年に大規模な市町村合併を行った。合併以前で言うと、農村舞台の分布は旧豊田市に8棟、他の町村、藤岡地区9棟、小原地区16棟、旭地区19棟、足助地区18棟、稲武5棟、下山地区に5棟存在していた。(※添付ファイル5.豊田市の農村舞台絵地図1)豊田市は合併によって80棟の農村舞台を保有する地方自治体となった。
豊田市は全国的に名前の知れたトヨタ自動車㈱が立地する工業都市と自然に恵まれた広大な山間部を持つ自治体、伝統文化について言えば、古い伝統を伝承している歴史のある地域と、県外から移住してきた新しい住民が多く住む団地、旧と新、両極を持った市になったと言える。
農村舞台を再評価する動きは民間の有志から火が付いた。2009年に豊田市議会議長を務めていた八木哲也氏(1947年~ 現在は衆議院議員)の働きかけで旧町村の有志が集まり、豊田市文化振興財団の実行委員会を組織した。農村舞台のマップ(※添付ファイル6.豊田市の農村舞台絵地図2)が完成し、2010年に農村舞台アートプロジェクトが立ち上がる運びとなった。
3.「アート」で人々が集まる。
農村舞台のイベントは大きく分けて、3つに分かれる。
・農村舞台をギャラリーとしてアートの展示を行う。
・農村舞台をそのまま舞台として舞踊、演劇、音楽などのライブを行う。
・地域で伝承されて来た地歌舞伎、人形浄瑠璃を上演する。
平成28年度のアート展示は初めて全国公募を行い、県外、県内、市内のアーティストが3か所の農村舞台で個展形式で展示をすることになった。(※添付ファイル1.2.3)ライブ部門はコンサート、人形浄瑠璃、バイオリンとバレエのコラボレーションの3公演が興行された。
4:現代アートと農村舞台を融合
建築当初、農村舞台は神社で神に奉納する芝居や歌舞伎、人形浄瑠璃などの上演会場として使われており、それだけが伝統として引き継がれていると思いがちである。しかし、豊田市の農村舞台群を調査してみると、時代と共に奉納の形も変化してきたことがわかってくる。旅芝居の一座が時代劇を演じたり、住民参加ののど自慢大会が開催されたこともある。その時代に合った「旬」の芸能をいち早く取り入れることが農村舞台の役割だったと考えられ、その流れが現在行われている現代アートの展示なのである。
また、アート作品をその場所の神に供える献上物として捉えてみると、これもまた自然な行為であると考えられる。今までは農作物や地域の特産品、酒樽など、時代とともに変遷を経ながら様々な物が供えられてきた。一見唐突に感じる現代アート作品の展示も、神社の農村舞台に展示することで「供物」となるのである。今年公募で選出された作品は、どれも優しさや包容力を持ち、しかも宗教性も持ち合わせた「神の場」に相応しい物であった。
現代アートを地方創生のために積極的に取り入れた取り組みとして、新潟県越後妻有の「大地の芸術祭」が大変有名であるが、豊田市における「農村舞台アートプロジェクト」は活動の場を神社の農村舞台に限っていることが特徴である。それに加えて豊田市は同じ自治体の中に大きな都市部を含んでいることも新潟県の例と違っており、取り組みの方向性も地域的な個性を持つべきであると考える。
5: 都市と山村の共生事業との連携を提案する。
豊田市には「山村地域の振興及び都市との共生に関する基本方針‐おいでん・さんそんビジョン」という長期的な取り組みがあるが、農村舞台アートプロジェクトを始めとする芸術分野の内容はこの取り組みには登場せず、イベントのお知らせをホームページに掲載する程度である。「 農村舞台アートプロジェクト」はイベント会場として使うことで舞台を次の時代に遺す、という目的としては成功しているが、プロジェクトの活動や「農村舞台」その物が豊田市民に広く知られていないことが惜しまれる。私がアートの作品展が開催されている会場を訪れた時も、日曜日の昼間にもかかわらず人出は疎らだった。
この2つの点を考えると、豊田市が合併に伴う地域間の交流を促進する取り組みをしていると言っても、個々の部署で別々に取り組んでいて横のつながりを持っていないこと、参加する市民も一方の取り組みしか見ていないことが考えられる。せっかく優れたプロジェクトを立ち上げ実行しているのだから、双方の取り組みを相互リンクさせる工夫をすると良いと思う。
合併という自治体の出来事を住む人の立場から考え、「遠いと思っていた田舎が近くにあった」「遊びに行けるふるさとができた」と思えるような第二のふるさとづくりを推進する事業に農村舞台におけるアート活動を活用することを提案する。アートに興味を持つ人々で団体を作り「農村舞台を守り、活用する」イベントを実行すると相互効果が生まれると思う。
それに近い例として、今年度アート作品を出品した敦木愛子氏の取り組みを挙げる。敦木氏は自身のアート作品を制作する過程に地域の住民と「協働」という形を組み込んだ。回覧板でチラシを回してもらい、神社の境内や参道に飾るオブジェを一緒に作ってほしいと呼びかけたのだ。実際に参加したのは高齢者のグループと子ども会のメンバーで、出品者と地域の住民、高齢者と子どもたち、といった世代や立場を超えたつながりが生まれたということである。
地域間の交流という視点から考えて提案したいのは、このような取り組みをその地域だけでなく、豊田市全域から参加者を募り、作品づくりのワークショップとして大きなイベントとすることである。(添付資料7. 御幣ワークショップチラシ試作)
募集によって集まった制作チームは都市部と山村部という地域の枠を越え、世代を越えたメンバーで構成されるので、新しい出会いと繋がりが生まれるであろう。
農村舞台を作品の展示の場とするだけでなく市民の交流の場とすることが広く継続的に行われれば、農村舞台プロジェクトの目的である、「文化資源の継承と地域の活性化」に大きく結びつくと期待できる。
- 2016年六所神社外宮農村舞台アート展示 岩塚一恵さんの作品「漂流する記憶」
- 2016年桂野神明宮農村舞台アート展示 敦木愛子さんの作品「ひらり、桂野。ご縁結び」
- 2016年九久平神明宮農村舞台アート展示 加藤恵利さんの作品「息吹く」
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農村舞台アートプロジェクト2016パンフレット
公益財団法人 豊田市文化振興財団 文化部 文化事業課発行 - 豊田市の農村舞台絵地図1 『文化芸術創造発信イニシアチブ農村舞台プロジェクト 豊田市の農村舞台絵地図』2,014年8月 公益財団法人豊田市文化振興財団発行
- 豊田市の農村舞台絵地図2 『文化芸術創造発信イニシアチブ農村舞台プロジェクト 豊田市の農村舞台絵地図』2,014年8月 公益財団法人豊田市文化振興財団発行
- 御幣ワークショップチラシ試作。『東北の伝承切り紙―神を宿し神を招く』2012年コロナ・ブックス発行 千葉 惣次著を参考に御幣を制作した。
- 切り絵「農村舞台」私が初めて農村舞台に出会って感動した時の体験を切り絵にした作品。豊田市で最も美しいと言われる六所神社の農村舞台は建築遺産としても価値がある。
参考文献
『松平地区の指定文化財』平成19年3月 豊田市教育委員会 松平親氏公顕彰会発行
『文化芸術創造発信イニシアチブ農村舞台プロジェクト 豊田市の農村舞台絵地図』2,014年8月 公益財団法人豊田市文化振興財団発行
『豊田市の農村舞台』1991年3月 豊田市教育委員会 編、発行
雑誌「地域創造」一般財団法人 地域創造 発行 連載コラム『愛知県豊田市 地域の文化遺産を生かす農村舞台アートプロジェクト』文・奈良部和美(ジャーナリスト)
『花・かとうさとる作品集』2005年かとうさとるいけばな文化研究所 編、発行
『美術は地域をひらく: 大地の芸術祭10の思想 Echigo-Tsumari Art Triennale Concept Book』2014年現代企画室発行 北川 フラム著
『東北の伝承切り紙―神を宿し神を招く』2012年コロナ・ブックス発行 千葉 惣次著