市区町村立美術館のあり方を板橋区立美術館を通じて考える

中村 克也

1、はじめに
1970年代から90年代にかけて多くの公立美術館が作られた。近年設備更新時期を迎えるが、その必要資金を議会等で確保する際に改めて地域における公立美術館の意義が問われるようになると考えられる。この課題を板橋区立美術館(以下イタビ[1])を通じて考察する。

2、基本データと歴史的背景
イタビは1979年に東京23区初の区立美術館として開館。大規模改修を実施し開館40周年を迎える2019年にリニューアルオープン[2]している。
板橋区に初の区立美術館が誕生した背景には、当時の地域住民の想いがあった。板橋区は1947年に23特別区となった。当時はまだ小中学校や道路、上下水道の整備が求められるような時代であったが、区民は文化的な催しを求め、1948年公募による「第1回区民美術展」を開催、以降毎年開催された。回を重ねるに従い、区民から常設展示できる施設、気軽に鑑賞できる施設を求める声が高まり、1977年、区は美術館建設を決定、1979年に初の区立美術館としてイタビが開館[3]した。

3、イタビの活動
イタビは設立から40年以上一貫して、江戸狩野派の絵画、池袋モンパルナス関連、絵本の3つを柱として活動している[4]。特に絵本では板橋区姉妹都市のイタリアボローニャで毎年開催される絵本原画展を『ボローニャ展』として日本で40年以上開催しており、絵本の調査研究で国内外で評価が高く、作家本人との交流といった人的資産も蓄積されている。それはイタビの企画展にも現れており、代表的なところでは『スイミー』などの作品で知られるレオ・レオーニ氏の回顧展『レオ・レオーニ展』(1996年)やフランスを中心に世界で活躍するポール・コックス氏自身が監修した『つくる・つながる・ポール・コックス展』(2022年)、イタビで『ボローニャ展』を見たことがきっかけで絵本作家になった三浦太郎氏の『三浦太郎展 絵本とタブロー』(2022年)などが挙げられる。
筆者は『ポール・コックス展』に訪れた。同展は作品数が大変多く、また、来館者参加型の作品もあり、展示スペースを工夫しながら特徴のある展示を行なっており、来館した親子が楽しそうに作品を文字通り体感していたのが印象的であった[写真3]。
また、教育面では、企画展に応じた講演のほか、手軽なものから本格的なものまで多くのワークショップを開催している。中には、海外から講師を招く5日間にも及ぶもの[5]もあり、次世代の絵本作家育成まで視野に入れている。
筆者も前述の『ポール・コックス展』での作家本人の講演や『館蔵品展 はじめまして、かけじくです』(2021年)でのスライドトークやワークショップ[6]に参加した。いずれもコロナ禍の影響が残る中での開催であったが、作者や学芸員の方の熱意と工夫を感じる内容で、参加者もメモを取るなど積極的な姿勢が窺えた。
ほかにも『区民文化祭』、『区立小・中学校作品展』等市民参加型の企画展が毎年行われ、多くの区民や小中学生とその保護者が訪れる。

活動を支える人材と財源であるが、イタビは区の直営で館長、学芸員を含む職員8名が常勤である[7]。また、前述の通り約10億円をかけてリニューアル工事を行い最新設備の導入やバリアフリー化を完了させている。
作品収集財源については板橋区美術資料収集基金条例に基づき3億円の基金を設置しており、2008年度、2009年度にそれぞれ約5千万円、計17点の資料を購入しているが、2010年度以降、区の財源不足から購入は行われていない。しかしながら、2020年にはレオ・レオーニ氏の遺族から作品の寄贈を受ける[8]など、資金に頼らずとも同館の評価や人的つながり[9]によって貴重な資料を充実させている。

4、他の区立美術館との比較
イタビの活動は他の公立美術館と比較してどう評価されるのであろうか。
まず来館者数では、博物館総合調査報告書によれば、2018年度の美術館の来館者数は5千人未満が21.1%で最も多く、約6割が3万人未満となっている。イタビは2018年度はリニューアル工事中で閉館中のため2017年度で63,060人と多い。しかし、来館者数は地域人口の大小もあるため、区立美術館のみで比較すると11館中5番目[10]と中位である。

次に財源であるが、同報告書によると作品の収集について予算なしと100万円未満を合わせると7割を超えている。この点、近年購入がないイタビも同じである。一方、施設・設備の老朽化がある美術館が72.2%、修繕の予定がある割合は34.3%であるが、イタビは約10億円の予算で前述の通りリニューアルを終えている。

最後に展示、教育活動であるが、数値での比較は難しいため同じ区立美術館で最大の来館者数を誇る世田谷美術館と比較した。まず、規模であるが建物の単純な床面積の比較では8,222㎡とイタビの2,086㎡の4倍の規模[11]で、同時に2つの企画展が可能な上に、市民に貸出できるギャラリースペースも併設する。
展示では2022年度では『出版120周年ピーターラビット展』、『こぐまちゃんとしろくまちゃん絵本作家・わかやまけんの世界』といった新聞社等が共催となる大規模な集客が見込めるものから、地域の小学校と連携し子供の作品も展示した『わたしたちは生きている!セタビの森の動物たち』、区内を走る鉄道沿線別に由来の作品を展示する『美術家たちの沿線物語』といった、収蔵品と立地、地域との連携を活かした展覧会も行なっている。
また、教育活動では企画展に連動した「100円ワークショップ」といった手軽なものから、少人数を対象とし講義・実技を組み合わせた「美術大学」といった本格的なものまで継続して行なっている。

筆者も『倉保史郎のデザイン/美術家たちの沿線物語 小田急線篇』に訪れたが、まず建物の大きさとデザインの素晴らしさに感銘を受けた[12]。また来館者の多さにも驚いた。
規模の大きさ、世田谷という立地の良さから新聞社等が企画する来館者数が求められる展示も可能であるが、それにとどまらず、区立美術館として地域との連携や教育といった面でも貢献していこうという姿勢や工夫はイタビと同じように感じられた。

5、課題
イタビの課題は、1つ目はコロナ禍もあり最盛期から半減[13]している来館者数である。足元では回復しているとのことであるが、地域での存在感という意味では回復が急がれる。
2つ目は絵本以外の柱の存在感が薄いことである。特徴的な企画展は行われているものの、絵本に比べると来館者数は少ない。親みやすい絵本から入り、他への興味を持ってもらう効果もあるかもしれないが、今のところブリッジを掛けるような試みはその難しさもあってか、あまり見られない。仮に絵本が柱となっていなかったら来館者は現状より少なかった可能性はある。

6、今後の展望
イタビが地域で一定の人材や財源、来館者数を確保できている大きな要因は、収蔵方針を身の丈に合うよう絞った上で40年以上も継続して活動を行なってきたこと、またその中に絵本という区民が親しみやすいものがあったこと、が挙げられる。さらに継続することで、収蔵品だけでなく、信頼や評判、人的繋がりが蓄積され、好循環が生まれている。
結果、板橋区は昨年「絵本のまち板橋」推進方針を策定[14]、美術館から地域へと広がりを見せ始めており、公立美術館のあり方の一つのモデルとなることが期待される。

7、まとめ
高度経済成長期からバブル期に多く設立された公立美術館はイタビのように地域での広がりを見せるものがある一方で、財政難、展示の質低下、来場者数減少に直面しているものもある。
多くの美術館は地域から求められて誕生したはずであり、重要なのは、その理念を継続して実行していくこと、そして美術館だけでなく、行政側が他の施設や政策等も含めたグランドデザインを持っていること、がポイントとして考えられる。施設の老朽化という事態に直面する今が、住民も巻き込んで改めてその目的や理念を考える最大で最後の機会と言える。

  • 81191_011_32183307_1_1_板橋区立美術館外観_20240107 (写真1)板橋区立美術館外観(2024年1月7日筆者撮影)
    区立赤塚城址公園内に位置し緑に囲まれた落ち着いた立地である。
  • 81191_011_32183307_1_2_板橋区立美術館エントランス_20240107 (写真2)板橋区立美術館エントランス(2024年1月7日筆者撮影)
    1階はエントランス、セミナールーム、トイレの外、事務所、収蔵庫がある。
    写真左の階段を登った2階に展示室(811㎡)があり、常設展と企画展とを同時開催できる広さはないため企画展のみとなる。
  • 81191_011_32183307_1_4_ポール・コックス展_内観_20220110 (写真3)『つくる・つながる・ポール・コックス展』(2021年11月20日〜2022年1月10日開催)展示の様子(2022年1月10日筆者撮影)
    <左上>「えひらがな」という作品で、ひらがなに由来したイラストの形に切り抜かれた板をテーブルの上に並べて遊ぶという体験型の展示。多くの子どもたちで賑わっていた。
    <右上> 今回の展覧会向けの新作。壁面いっぱいの大型作品でありゆっくり鑑賞できるよう椅子が設置されている。
    <左下> 膨大な展示作品の中にはアイディアスケッチやメモといった制作過程が分かるものが多くある。その展示方法も中央のガラステーブルに展示する工夫がなされている。
    <右下> 立体作品も展示されている。
  • 81191_011_32183307_1_6_はじめましてかけじくですパンフレット_20210612 (写真4)『館蔵品展 はじめまして、かけじくです』(2021年6月5日〜7月4日開催)パンフレット(2021年6月12日筆者撮影)
    左の掛け軸が工作の材料となり、左下に作り方が書かれている。
  • 81191_011_32183307_1_7_展覧会のちょっといい話_20240107 (写真5)『館蔵品展 展覧会のちょっといい話 絵本と近代美術のあれこれ』(2023年11月18日〜2024年1月8日開催)展示の様子(2024年1月7日筆者撮影)
    <左上>展覧会ポスター
    <右上>『ぞうのエルマー』シリーズで知られる絵本作家デビッド・マッキー氏からイタビ宛のエアメール。2005年のワークショップ「夏のアトリエ」講師であった。
    <左下>「夏のアトリエ」についてのパネル。講師をお願いした縁で後年展覧会につながることもあることが紹介されている。
    <右下>板橋美術懇談会(通称ハンビコン)についてのパネル。板橋区在住の芸術家、画廊や美術雑誌の関係者、新聞の美術記者、学芸員などが集まっていたことが紹介されている。

参考文献

[註]
[1]板橋区立美術館公式ホームページ上で愛称を「イタビ」としている。
https://www.city.itabashi.tokyo.jp/artmuseum/4000169/4001435.html
[2] イタビが立地する地域の建築規制により再建築や増築ができないためリニューアルとなった。結果、日本におけるビル等のロングライフ化に寄与するものを表彰する『BELCA賞』のベストリフォーム賞を受賞している
https://www.city.itabashi.tokyo.jp/kusei/profile/about/1020487/1041568.html
[3] 区議会で議論が進んだ背景には、1973年に同区内に日本書道連盟による日本書道美術館が、1977年に隣接する練馬区内にいわさきちひろ絵本美術館が開設されたこともあった。
[4]同美術館の活動状況を区に報告する運営協議会議事録が毎年公開されるが、それによると過去には板橋区に由来があるとして「ゴジラ関連の企画展」や「近現代美術展」など収蔵方針と反する意見が委員から出されるケースがあるが都度イタビ館長が収蔵方針を説明し理解を求めるなどの努力が行われている。
[5] 毎年『ボローニャ展』に合わせて開催されるもので、イラストレーターを対象に絵本制作に関して総合的・専門的な指導が5日間行われる。応募に際しては自身のこれまでの制作活動、主な使用技法などを提出することが求められる。過去にはボローニャ展の審査員を務めた現役作家を海外から招聘するケースが多く、それをきっかけにイタビでの個展などに発展するケースも多い。
[6] 同展は江戸時代の作品を中心に、縦長・横長といった画面の形による表現の違いや、対(セット)で鑑賞する面白さ、作品とともに現代まで伝わる箱や文書など、さまざまな角度から「掛軸」を紹介したもの。
スライドトークは従来のギャラリートークでは密になることを考慮し、展示室とは別のセミナールームで定員を絞り作品のスライドを投影する形で実施された。通常の作品の解説に加えて、掛け軸を収めてある箱から取り出し広げて展示する場面など、会場では見られない情報もあり工夫されていた。
ワークショップ(ミニ工作)は密にならずに参加できるよう、展覧会のパンフレットにやり方を記載し、しかもパンフレットそのものを材料として加工する工夫をすることで、一斉に作業するのではなく、会場でも家でも行える工夫がされていた(写真4)。
https://www.city.itabashi.tokyo.jp/artmuseum/4000016/4001473/4001474.html
[7] 多くの公立美術館が財団法人など地方公共団体とは別法人が運営している。また「令和元年度日本の博物館総合調査報告書」によれば、職員の多くが非常勤で館長でさえ非常勤というところもある。
[8]レオ・レオーニ氏は生前ほとんど作品(原画等)を売らなかったためその作品は貴重である。遺族がイタビを寄贈先に選定したのは生前にイタビのワークショップや企画展など絵本に対する継続的な取り組みを評価してのことであるとされる。
[9] 『館蔵品展 展覧会のちょっといい話 絵本と近代美術のあれこれ』(2023年11月18日~2024年1月8日開催)では、イタビの学芸員と作家たちとの人的繋がりの濃さが伺えるエピソードが複数紹介されており、1980年代には板橋に由来のある芸術家とイタビの学芸員とで板橋美術懇談会と称する飲み会が行われていたことや、海外の作家から折々に届くイラスト入りのエアメールなどが展示されていた(写真5)。
https://www.city.itabashi.tokyo.jp/artmuseum/4000016/4001737/4001743.html
[10] 1位世田谷区352,362人(4館計)、2位墨田区90,466人、3位練馬区78,254人、4位渋谷区57,232人、5位板橋区34,932人、6位目黒区33,647人、7位台東区26,603人、8位豊島区12,069人
[11] 世田谷美術館の収蔵点数は約16,000点、イタビの約1,100点の15倍弱である。
[12] 世田谷美術館は1986年に内井昭蔵氏の設計で誕生した。広大な公園に馴染むようデザインされ、館内からも公園の緑がよく見える展示室があるほか、写真にもあるように各所に複雑な意匠が凝らされている。イタビと同様、2011年7月から老朽化に伴うリフォームを行い、12年3月にリオープンしている。
[13] イタビの令和4年度の来館者数は34,932人。感染症による影響がない平成29年度では63,060人となっている。
[14] 「絵本のまち板橋」事業を円滑かつ着実に実施・推進するため、令和4年度に「絵本のまち板橋」推進に向けた方向性を整理したもの。「親しみやすさ」「新しい発想・方法」など絵本がもつ魅力や特徴を取り入れた、「絵本文化」の積極的な展開をめざすとしている。直近では区立図書館での絵本スペースの大幅な拡充や、区の発行物などのデザインテイストを絵本のイメージに統一し親しみやすく分かりやすいものとすること、等が謳われている。
https://www.city.itabashi.tokyo.jp/kusei/seisakukeiei/promotion/1025922/1042335/1045265.html

<参考文献>
板橋区立美術館ホームページ、2024年1月7日閲覧
https://www.city.itabashi.tokyo.jp/artmuseum/index.html
松岡希代子板橋区立美術館長『板橋区立美術館のあゆみ 第一部 初の区立美術館設立』、板橋区立美術館、2023年、2024年1月7日閲覧
https://www.city.itabashi.tokyo.jp/artmuseum/4000002/4001578.html
『板橋区立美術館運営協議会議事録(平成29年度~令和4年度分)』、板橋区ホームページ/文化・芸術/美術館、2024年1月7日閲覧
https://www.city.itabashi.tokyo.jp/bunka/bunka/museum/index.html
『行政監査結果報告書「文化芸術事業について」』、板橋区監査委員会、2016年、2024年1月7日閲覧
https://www.city.itabashi.tokyo.jp/_res/projects/default_project/_page_/001/010/313/attach_460_10.pdf
『これからの公立美術館のあり方についての調査・研究報告書』、財団法人地域創造、2009年、2024年1月20日閲覧
https://www.jafra.or.jp/fs/2/4/6/6/1/_/jafra_museum200903.pdf
『特別区の統計 -教育・文化- 』、公益財団法人特別区協議会、2023年版、2024年1月27日閲覧
https://www.tokyo-23city.or.jp/chosa/tokei/tokubetsuku/2023_r5/index_09.html
世田谷美術館ホームページ、2024年1月20日閲覧
https://www.setagayaartmuseum.or.jp
『令和4年度公益財団法人せたがや文化財団事業報告書』、公益財団法人せたがや文化財団ホームページ、2024年1月20日閲覧
https://www.setagaya-bunka.jp/photo/uploads/令和4年度決算書%28事業報告書%29.pdf

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