川に景観と人をよび戻す多自然川づくり方式で、「いたち川」はどう変わったかー横浜市栄区「いたち川」

佐藤 正行

(1)はじめに
本稿では神奈川県横浜市栄区に流れる「いたち川」を取り上げる。このいたち川は、1960年頃には緑がひろがり田んぼも多くあったが、1970年頃から都市化が進み、田んぼや川が機能不全に陥り、台風や大雨があると洪水が発生し、床上浸水も生じ問題が起き始めた。(註1、2、3)そんな川を多自然川方式で再生し、素晴らしい景観を取り戻し、そして自然(植物や動物など)と、子供を中心とした人びとを取り戻し、従来と全く違う川になったその過程と成功事例について、2回の現地取材(2023年7月15日、12月20日)の実施と、撮影した写真にもとづき検証する。(資料1、2)

・基本データ
いたち川の所在:神奈川県横浜市栄区西部を東から西に向かい、おもに栄区上郷町、中野町、笠間町にかけて流れ、栄区飯島町で柏尾川に合流、さらに藤沢市で瀬谷区から来る境川に合流し、江ノ島付近で相模湾に注いでいる。(資料1)

・「多自然川づくりとは」
1990年に国土交通省で「多自然型川づくり」(本稿では「多自然川づくり」に統一)の取組みが開始され、1997年に河川法改正として「河川環境の整備と保全」が法的に位置づけられ、2006年に「多自然川づくり基本指針」として通達された。(註4 ページ12部分引用)内容的には、河川環境の整備(河川の自然環境及び、河川と人との関わりにおける生活環境)と保全(良好な河川環境の状況を維持)がされるようにすること。さらに流水の清潔の保持、景観、動植物の生息地又は生育地の状況、人と河川との豊かな触れ合いの確保等を総合的に考慮すること、などが付け加えられている。(註4 ページ9部分引用)

(2)いたち川を積極的に評価する2つの点
1)いたち川の河川としてのデザインに見る先見性
このいたち川は、当時横浜市の職員であった吉村伸一氏(現・株式会社吉村伸一流域計画室)らが、1990年に「多自然川づくり」や「いい川つくり」の取り組みが開始される20年ほど前の1970年から、新しい発想で河川改修のデザインに着⼿している先見性だ。それは水辺空間や自然景観の大切さ、また動・植物など自然を本来の姿に戻し、結果として本来の治水・利水機能を改善し、子供を中心とする人びとも水辺空間に呼び戻そうと考えた点だ。(資料1、2)
具体的には、いたち川は2つの整備事業に分けて改修が実施されている。上流域(a)は「ふるさとの川整備事業」、中・下流域(b)は「低水路整備事業」としてそれぞれコンセプトが異っている。(註1、2、5、資料1―図2)
改修工事の現状としては、いたち川が注ぐ下流域の柏尾川から、中・上流域の「上郷市民の森」近くの紅葉橋までの区間の長期にわたる改修が完了している。

(a)上流域における改修「ふるさとの川整備事業」(通称、河辺の散歩道)
この流域では、旧川(改修前の川幅が狭く蛇行した川)と新川(改修整備した川幅の広くなった川)との間の土地を買収し、地域のシンボルとなるよう人と生物を取り戻すための「水辺の空間」の確保に力を入れている。現地調査に基づいて、撮影した写真資料を参考にして解説する。(註3、資料3)
・扇橋の水辺(資料3、写真5、6)―河原広場を広くとり治水安全度、親水性を考慮したデザインにした。
・坊中の水辺(資料3、写真7、8)―おしゃれな橋のデザインを採用。橋の格子の下に川が臨め、広めに水辺をとった。
・稲荷森の水辺(資料3、写真9、10)―斜面林と河川の調和した水辺空間を構成した。
(b)中・下流域における改修「低水路整備事業」(通称、いたち川プロムナード)
それまでの、いたち川の中・下流域では、堤防を含め川幅は拡幅されたので⽔害は軽減されたが、コンクリートで固められたため景観が単調化し川の流れも深浅差がなくなり、いわゆる平瀬化し生物や人が集まるような環境ではなくなった。     1975年以降の治水対策として、従来工法のコンクリート2面張りで施工され水面幅が16〜20mまで広げられていたが、問題として川底が平らになり、平常時の水深が浅くなり、流れが単調になり植生もなく、害虫として揺蚊(ユスリカ)が大量発生するという最悪の川となってしまったのだった。改修後も改善は続けられ、玉石や植生をしたり、ヤシ繊維製の植生ロールを使用したりした結果、ワンドや植生により流れに変化が生じ、様々な生き物が生息しやすい環境に変化した。
底水路の整備は、改修前の6m幅から30〜40cm掘り起こし、水際の植生回復の観点から玉石・植生配置のため、低水路の土は河原を作るために盛り土にされた。さらには、この中・上流域では歩行者通路(リバーウォーク)が川の両岸に設けられ、人々の散歩道路にもなっている。(註2、資料4、5)

2)25年続く、いたち川の広報活動―広報誌「いたちかわらばん」
「いたちかわらばん」は、第1巻が1998年に創刊され、2023年秋発行で92巻を数える25年間も発行されている横浜市発行の広報誌だ。これにはいたち川の紹介や、歴史、生き物情報、水質調査結果、イベント情報など数えきれない話題が季刊で掲載されている。発行の目的は人々に関心を持ってもらい、いつまでも愛される川にしたいという「㹨川OTASUKE隊」の熱い気持ちからである。川に関する広報誌でここまで手が込んでいて、長期間に渡って発行されているものは他に類を見ないだろう。ちなみに表紙の絵は、宗森英夫氏が毎号版画で作成している。(註6、資料6)

(3) 国内外の他の同様の事例と比較して何が特筆されるのか
いたち川と同じく、多自然川づくりで改修された長野県下伊那の「天竜川水系遠山川」と比較し、いたち川の突筆すべき点を考察する。長野県では1990年に多自然川づくりが始まり、それが定着しつつあったが、課題の残る川づくりが散見されたため「多自然川づくり基本指針」「中小河川に関する河道計画の技術基準」が定められたのを機に、信州の自然に合った魅力ある川づくりを目指し、遠山川が長野県において事業採択の第1号として認められた。(註7、資料7)
この遠山川の改修後のデメリットとして、河床勾配の点で「遠山中学裏から下流は、所々河床低下が激しい」(資料7―図11)「家(夜川瀬付近)から川の水面が見えた夜川瀬付近は河床が下がっていて水面が見えない」「中学校対岸に淵があるが、改修前は水遊びをしていたが、今はしていない」「もともといた天然のアユ、ウナギがいなくなった」など、川としての本来の機能が部分的にではあるが、悪化してしまった点があげられる。(註8、資料7、8)
いたち川の突筆される点は、低水路整備としても機能し、ふるさとの川整備としては、改修前としては蚊がわくほど汚れていた川だったが、改修後は魚や鳥が戻り、広く取られた水辺では人々が遊ぶことができ、休息の場としても機能し、本来の川の持つ機能を取り戻し、長期間に渡りその姿がほとんど変わらずに維持・継続されてきた点だ。(註3)

(4)今後の展望と問題点
・問題点としては、横浜市や栄区は都市化が進む中で、これだけの大規模の改修工事をして河川をデザインすることは、今後容易ではなくなることが予想される。極力その維持のための予算費用を長期に渡り確保し、人々に愛される川として維持をして行く必要があると考える。ちなみに、いたち川の保全費用として2021年以降、毎年約500万円が10年間平準化予算が計上されていることは確認している。(註10)
・㹨川OTASUKE隊の積極的利用と継続性―この河川に人を集めるための栄区の取り組みが「㹨川OTASUKE隊(いたちがわおたすけたい)」だ。(註6)これを継続し、大いに利用し住民を巻き込み、人々に愛される川として長期に渡り維持されることを期待する。

(5)まとめ
国や地方自治体が、多自然川づくりで河川の大小を問わず、改修工事で川として水害に対する治水の効果や利水の有効利用の観点のみならず、自然の景観デザインを重視し生物の取り戻しに河川法など法制化を持っておおきく目を向けたのは、おおいに評価できる。また、植生の改善にも積極的さが見られ、それは地球温暖化や二酸化炭素削減にも少なからず貢献できるはずだ。人々がコンクリートに囲まれた中で居住するよりも、緑や生物が身近にある方が、精神的な面でも有効に働くはずだ。今後とも、他の自治体にもこの多自然川づくりが横断的に展開されることを願うものだ。

  • 【資料1:いたち川基本データ】修正_page-0001 【資料1:いたち川基本データ】
  • 81191_011_32183430_1_2_【資料2:いたち川洪水氾濫の歴史】_page-0001 【資料2:いたち川洪水氾濫の歴史】
  • 【資料3:ふるさとの川整備改修後の河川 中・上流域】_page-0001 【資料3:ふるさとの川整備改修後の河川 中・上流域】
  • 【資料4:低水路整備改修後の河川(いたち川プロムナード)下流域】_page-0001 【資料4:低水路整備改修後の河川(いたち川プロムナード)下流域】
  • 【資料5:いたち川 低水路整備改修前後 下流域】修正_page-0001 【資料5:いたち川 低水路整備改修前後 下流域】
  • 81191_011_32183430_1_6_【資料6:横浜市栄区「いたちかわらは?ん」】_page-0001 【資料6:横浜市栄区「いたちかわらばん」】
  • 【資料7:長野県下伊那天竜川水系遠山川基本データ】修正_page-0001 【資料7:長野県下伊那天竜川水系遠山川基本データ】
  • 81191_011_32183430_1_8_【資料8:遠山郷いい川つ?くり 河川情報シート(抜粋)】_page-0001 【資料8:遠山郷いい川づくり 河川情報シート(抜粋)】

参考文献

参考文献
註1)「04|川・水辺のデザインノート」吉村 伸一((株)吉村伸一流域計画室|EA協会 副会長)(2013.5.20)(2023年12月1日閲覧)
https://www.engineer-architect.jp/serial/cate/note/1664/
註2)「川のはなし」第一稿「いたち川 (いたち川の由来と低水路整備)」
2019年9月 発行:横浜市道路局河川企画課 (2023年12月1日閲覧)
chrome-extension://efaidnbmnnnibpcajpcglclefindmkaj/https://www.city.yokohama.lg.jp/kurashi/machizukuri-kankyo/kasen-gesuido/kasen/kouhou/kawa-hanashi/kawanohanashi.files/0001_20200220.pdf
註3)「川のはなし」第二稿「いたち川(旧川と新川が一体となった水辺空間)」
2019年11月 発行: 横浜市道路局河川企画課 (2023年12月1日閲覧)
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註4)国土交通省HP 「多自然川づくりに関するこれまでの取り組み状況(PDF資料)」(2023年12月15日閲覧)
https://www.mlit.go.jp/river/shinngikai_blog/tashizen/dai01kai/index.html 

註5)横浜市「いたち川散策マップ」(2023年7月6日閲覧)
https://www.city.yokohama.lg.jp/sakae/kurashi/machizukuri_kankyo/midori_eco/kawa-index/itachigawa.html 
註6)横浜市栄区発行「いたちかわらばん」(2024年1月5日閲覧)
https://www.city.yokohama.lg.jp/sakae/kurashi/machizukuri_kankyo/midori_eco/kawa-index/kawaraban.html
註7)「多自然川づくりの観点を取り入れた設計について」長野県下伊那南部建設事務所 整備課 (2023年12月15日閲覧)
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註8)長野県【遠山郷いい川づくり、河川情報シート】第2回「遠山郷いい川づくり会議」(2023年12月15日閲覧)
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註9)栄区制30周年にまつわる写真 「つながりフォト」(2023年12月15日閲覧)
https://www.city.yokohama.lg.jp/sakae/shokai/kinenjigyo_30/tsunagarifoto2.html 
註10)横浜市河川保全計画書  (2024年1月18日 閲覧)
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その他参考文献
・『多自然川づくりを超えて』妹尾優二・吉川伸一著 株式会社学芸出版社 2007年
・国土交通省「多自然川づくりポイントブックⅢ説明用資料」(2023年12月15日閲覧)
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