「国会図書館 国際子ども図書館」 ―ひとが集まる場所としての歴史的建造物の保存・再生・継承―
はじめに
「国立国会図書館 国際子ども図書館」は、周辺に国立東京博物館、国立科学博物館、国立西洋美術館、東京藝術大学などがある文化的な上野の森に建つ。国際子ども図書館は中庭をはさみ、明治期に創建されたルネサンス様式のレンガ棟と平成期に建てられたアーチ棟からなる[模型資料1]日本初の児童書専門の国立図書館である。昨今の図書館は人が集まる場所として、複合的な個性が求められている[註1][註2]。また、数多くある歴史的建造物も人が集まる場所として、これからどのような形で何を求められて生き残っていくのか、国際子ども図書館のリノベーションを通して考える。
1.基本データ
名称 国立国会図書館 国際子ども図書館
所在 東京都台東区上野公園12-49
敷地総面積 約7,733平方メートル
レンガ棟 構造 鉄筋補強煉瓦造 増築部鉄筋コンクリート構造
規模 地下1階 地上3階
延床面積 約6,672平方メートル
アーチ棟 構造 鉄骨鉄筋コンクリート造 一部鉄筋コンクリート造
延床面積 約6,184平方メートル
規模 地下2階地上3階
所蔵資料数(2021年3月31日現在) 図書 447,264冊/雑誌 2,063タイトル
2.歴史的背景
2-1歴史的歩み
国際子ども図書館の建物は1906(明治39)年に当時、「西洋に追いつけ追い越せ」という風潮の中、「東洋一」の図書館を目指して、アメリカのボストンやシカゴの図書館を参考にし、帝国図書館として建てられた。設計は、文部技師で建築課長であった久留正道の下で文部技師の真水英夫がおこなった[註3]。最初は地下1階、地上3階建てで中庭を囲む「ロの字型」の平面を保つように設計された。しかし、日清戦争・日露戦争の軍事費優先のため、当初の計画の約四分の一の大きさで開館した。その後、昭和の増築[註4]では計画の約三分の一の大きさとなったが、日中戦争・第二次世界大戦で、またもや軍事費優先のため、未完のまま現在に至る。戦後、永田町に国立国会図書館が創設され、支部図書館となった。1999(平成11)年に、東京都の歴史的建造物に選定された[註5]。平成期には子どもの読書離れと国語力の低下が言われるようになり[註6]、2000(平成12)年、「子どもの本は世界をつなぎ、未来を拓く!」という理念のもと児童書専門図書館として開館した。2015(平成27)年にレンガ棟のリノベーションとアーチ棟が新設された。
2-2平成のリノベーション
改修設計は世界的建築家・安藤忠雄と日建設計の共同設計である。レンガ棟では免震工事、内装と外装の改修がされた。国際子ども図書館の優れた点は歴史的建造物と近代建築の手法である打ちっぱなしのコンクリートと強化ガラスがみごとに調和していることだ。明治・昭和・平成の建物が一体化している。成熟したレンガ棟と若々しいアーチ棟が仲良く寄り添っている風情、伝統と最新が調和している。図書館の入口からガラスのボックスが洋館の中庭まで突き刺さった形[写真1]で、中庭側には二本のコンクリートの打ちっぱなしの立体が垂直に立っている。中庭側のレンガ棟の外壁をガラスのカーテンウォールでおおうことによって、レンガの壁とガラスの外壁の間に空間ができ[写真3]、外から見るとガラスの中に洋館がある[写真2]。安藤は「ガラスケースの中にルネサンス様式の洋館が入っているように見せたい」と言っている[註7]。また、新旧の穏やかな対話ではなく、より激しい衝突するイメージを試みたそうだ[註8]。中庭から眺めるとレンガの壁とガラスの外壁の間を、人が歩き、椅子に腰かけくつろいでいる姿が見える。外壁をガラスでおおい、屋内化したことにより、100年以上前の白薬掛け化粧レンガが内装の壁になっている。3階ホール南側のアルコープ(張り出し窓)では、外壁の外側に出られ、レリーフ彫刻(メダリオン)を間近に見て、実際に触れることができる[写真4]。一階から天井まで20mの吹き抜けの大階段[写真5]には、明治期の真鍮のシャンデリアがあり、けやきと鋳鉄でできた手すりの周りにガラスの手すりがおおわれている。現在の建築基準の高さに合わないために付けたガラスと意匠を凝らした創建時の手すりが違和感なく調和している。
3.明治生命館との比較
3-1明治生命館とは
丸の内の明治生命館は1934(昭和9)年に建てられ、荘厳なコリント様式の列柱が見どころの重厚なオフィスビルである[写真6]。戦時中は優れた意匠の金属部分が多く供出され、終戦後はGHQに接収された。1997(平成9)年に昭和の建物としては初めて国の重要文化財に指定された。2001(平成13)年の改修では、隣接する30階建ての明治安田生命ビルにと融合して「丸の内MY PLAZA」を形成している[註9]。
3-2国際子ども図書館と明治生命館との比較
国際子ども図書館は未完であった為、子ども図書館としての大きさに適しており、平成のリノベーションで近代建築との融合ができた。ルネサンス様式の洋館とガラスとコンクリートの組み合わせで新たな価値が生まれた。明治記念館は古代ギリシア・ローマを源流とする古典主義様式でまとめられている。隣接する30階建てのビルとアトリウムでつなぎ、リニューアルした。どちらも伝統と最新が調和する空間で、屋内で前時代の外壁や窓枠の意匠を間近に見て、触ることができる。明治記念館はオフィスとして、美術館として、一部を見学エリアとして多面的に活用している。国際子ども図書館のアーチ棟は学生や研究者など、専門家向けの児童書研究資料室である。レンガ棟は子どもを対象にした絵本や知識の本があり、大人も子どもも楽しめる空間である。多面的な活用をおこなっている明治生命館と、ひとつに特化した子ども図書館には活用の仕方に違いがある。立地にも大きな違いがある。明治生命館は丸の内仲通りのほぼ中央に位置し、丸の内交通の便が良く、「丸の内MY PLAZA」にはアパレルショップやレストランがあり、気軽に訪れることができる。上野駅から徒歩10分の国際子ども図書館は静かな環境で自然を満喫できる。ふらりと立ち寄るというよりは、目的を持って訪れる場所である。児童書や専門書だけではなく、古い建築好きの人、安藤忠雄建築好きの人が訪れる一般の図書館とは違う国立の図書館である。
4.今後の展望
国際子ども図書館の歴史的建造物と近代建築の融合という優れた点は今後どのような形で変化をしていくのか。次の30年後、60年後のリノベーションでは、中庭を含めた建物全体をドームの中に入れさらに室内化して建物を保存する、材料は環境への負担軽減や人間の心理的・身体的に良い効果をもたらすとされる国産の木材を使用するなど、更に付加価値をつけることが考えられる。明治生命館のように、国際子ども図書館も新しい使用目的を加えて、来館者の層の幅を広げることもできるだろう。国際子ども図書館では安藤忠雄が明治・昭和の建築家たちと、明治生命館では平成の改修をおこなった三菱地所設計の設計者が創建時の岡田信一郎と、時代を超えて同じ仕事をするもの同士が通じ合い、建物を育て生かした。この先もその時代に求められる形で進化し続け、新しい価値を付加して保存・再生を繰り返し、生き残っていくであろう。また、図書館としてはデジタル化にともなった、訪れなくても読書や調査研究ができ、図書空間を楽しめるサービスが今後さらに進み、建物の魅力も同時に発信されることが期待できる。
まとめ
東京には戦争を乗り越えた多くの歴史的建造物がある。美術品の修復とは違い、歴史的建造物が生き残るためには、元に戻すだけではなく、新たな付加価値をつけ、人を集める空間にすることが重要である。小金井市の「江戸東京博物館」に移築し、元の姿で建築技術を残し、来館者に見学してもらう例もある。しかし、建物の歴史的・芸術的価値を損なわず、魅力的な付加価値をリノベーションでつけ、新しい利用目的を加えることが将来に向けて継続的に建物の利用を続けていくことにつながる。使いながら残していくためには、建物としても、図書館としても魅力的で人が集まる場所であることが必須だ。その時代、時代のニーズに応えながら、建物自体を育てていくことが、将来へ向かって意義のある「保存・再生・継承」であると考える。
参考文献
国際子ども図書館『「東洋一」の夢 帝国図書館展』(2023年3月29日鑑賞)(2023年4月13日鑑賞)(2023年5月25日鑑賞)
国際子ども図書館ガイドツアー(2023年3月29日参加)(2023年4月13日参加)(2023年5月25日参加)
明治生命館見学(2023年4月20日参加)
国立国会図書館国際子ども図書館ホームページ、https://www.kodomo.go.jp(初回2023年1月1日閲覧)(最終2023年5月26日閲覧)
国立国会図書館著『国際子ども図書館の窓第一号』、国立図書館、2001年。
公益社団法人日本図書館協会発行『図書館雑誌 Vol.115 No.1』、2021年。
国立・国際・子ども図書館発行『国際子ども図書館を考える全国連絡会会報No.39』、
2016年。
公益社団法人日本図書館協会編集発行『日本の図書館の歩み』、2021年。
国立・国際・子ども図書館編集発行『国際子ども図書館を考える全国連絡会会報 No。39』、2016年。
谷一文子著『これからの図書館 まちとひとが豊かになるしかけ』、株式会社平凡社、2019年。
猪谷千香著『つながる図書館-コミュニティーの核をめざす試み』、株式会社筑摩書房、2014年。
安藤忠雄著『安藤忠雄の建築 3 Tadao Ando3』、TOTO出版、2008年。
編集 社団法人建築設備綜合協会出版部『BE建築設備 第667号』、株式会社日刊建設通信新聞社、2006年。
芸術教養演習2拙稿「国際子ども図書館―歴史的建造物の保存・再生・継承―」、2023年度春期