「かわさき産業ミュージアムが担う日本の産業発展の伝承」
1.基本データと歴史的背景
1-1.基本データ
名称 かわさき産業ミュージアム
運営自治体 神奈川県川崎市川崎区
特色 「特定の施設・建造物を持たずに、川崎区の全域を展示場に見立てた分散型ミュージアム」(参考文献)
展示物の数: 76(非公開 16)、そのうち民間企業の保有数: 57
時代分類における展示物数:近世 3、明治 22、戦前・戦中 19、戦後 14、現代 18
展示物の所在:川崎市内(川崎区 56、幸区 11、中原区 3)、その他 6
川崎区が主催する産業ミュージアム講座、ツアーを開催(年に1,2回の開催)と論文集、ガイドブックの刊行。
設立までの略歴
平成15年(2003年)
2月 川崎区産業ミュージアム専門委員会による「かわさき産業ミュージアム構想」の発表
3月 産業文化所有企業との交渉開始
平成16年(2004年)
4月 川崎産業ミュージアム専門委員化より関係各部署あてに提言書を送付
1-2.歴史的背景
川崎市川崎区は東京湾沿いに位置しており、江戸時代には東海道の宿場の一つである川崎宿があった。(註1)江戸末期に開国した日本における拠点貿易港である横浜と、政治の中心である東京に挟まれた立地であり、新橋〜横浜間を結ぶ日本初の鉄道の駅(川崎駅)が造られた。明治政府の誕生後、日本は近代化が進み、工業の中心は軽工業から重工業に移行する。重工業には広大な敷地と多量な資源、資源・製品の出入のための大きな港が必要となる。川崎区は陸路・航路共に利便性が高く、また明治~大正の初めにかけては地価が非常に安価であった。(註2)これらの条件が揃っていたことから、川崎区は多くの大工場の誘致に成功し、京浜工業地帯の中枢を担うこととなる。そのため、川崎区には日本の近代化を支えた貴重な近代化遺産や産業文化財が数多く残っており、これらを保存・活用するための仕組みづくりとして、かわさき産業ミュージアムは構想された。
2.事例のどんな点について積極的に評価しているのか
かわさき産業ミュージアムの大きな特色は「専用の展示施設を設けない分散型ミュージアム」という形式である。これにより展示対象を1か所に集める必要がなく、数多くの展示物を有することができている。一般的に、展示施設を設けると、展示スペースの制限や展示対象の移管可否の問題から、レプリカや写真での展示物が多い。展示施設を設けないことで、展示物の多くが市中に残る実物の産業遺産や史跡となっている。実物を展示物とできることは、区が管理するものだけでなく、民間企業が管理するものが含まれていることも大きな理由であると考えられる。過去の各時代の産業遺産だけでなく、現代でも現役の産業資産についても紹介されている。日常的に目にするもの、利用するものが産業遺産・資産であることを発見できるだけでなく、日常的に利用しない者でも実物に訪れることができる。
かわさき産業ミュージアムに協力する民間企業の業種は、総合電機、素材製造業、加工業、旅客輸送業等、多岐に渡っている。それらの企業が保有する産業遺産を展示対象としていることで、様々な産業・技術分野に関連したものを目にすることができる。企業の中には、一般消費者が接する機会のない企業(例えばB to B事業のみの企業)もあり、そのような企業の技術遺産を知る機会を提供しているとも言える。
分散型ミュージアムであるが、川崎区が運営する専用のwebサイトがあり、全ての展示物について個別の紹介ページが用意されている。展示物の紹介文と共に、写真と所在地の地図が掲載されており、区内各地に散在する展示物も容易に探すことが可能である。また、76件の展示物のうち16件は非公開となっているが、写真が掲載されているため、その姿を知ることができる。
分散型の展示、Webサイトでの展示物・歴史紹介だけでなく、産業ミュージアム講座・産業ミュージアムツアーの開催や、論文集・ガイドブックの刊行も行っている。特にツアーでは、趣向を凝らした産業遺産の鑑賞会だけでなく、川崎区内にあるサイエンスパークの見学等も合わせて行われている。過去の産業遺産だけでなく、未来の産業を担う拠点も見学することができ、時空を超えて産業の発展に思いを馳せることができる。
3.国内外の他の同様の事例と比較して何が特筆されるのか
類似事例として千葉県立現代産業科学館を取り上げる。こちらは千葉県市川市にある展示施設である。常設展示は2フロアに渡っており、1階には30を超える科学技術の原理を応用したアトラクション、サイエンスショーステージ、大掛かりな放電実験設備、先端技術に関する展示が配置されている。アトラクションやステージで開催される科学ショーは、小学生までを対象とした内容となっており、全てを鑑賞するのに時間を要する内容となっている。そのため、子供連れが行楽として楽しめる施設となっている。2階には、千葉県が東京湾沿岸に有する京葉工業地域や県内の企業に関連した展示物が配置されており、千葉県の産業発展の歴史について紹介されている。千葉県だけでなく、世界の産業技術の紹介や産業遺産のレプリカが多く展示されている。
かわさき産業ミュージアムと千葉県立現代産業科学館は類似点がある。まず、川崎区、千葉県という地方自治体が運営している点が挙げられる。民間企業を中心に産業の発展は推進されてきたが、その歴史の保存を自治体が行っているということは、自治体が歴史の保存を重要視していると言える。さらには、両自治体ともに日本有数の工業エリアの中枢を担っている点がある。すなわち、日本の産業・工業の発展の中心であり、それを両自治体ともに自負しているものと考えられる。
一方で、相違点もある。かわさき産業ミュージアムが展示施設を持たないことに対し、千葉県立現代産業科学館は展示施設としての建造物を有しており、展示物はそこに集約されている。千葉県立現代産業科学館は移動を伴わず、一日あれば展示を全て鑑賞できる。一方で、限られた範囲に展示物を集約していることで、産業遺産の展示物の多くがレプリカや模造品となっている。特に大型の設備や施設は、そもそも移設ができない。それに対し、川崎産業ミュージアムは移動を伴い、一日で全ての展示物を鑑賞することは難しいという点がある。その分、実物の設備や施設を鑑賞できるという利点もある。
4.今後の展望について
先述のように協力企業の業種は多岐に渡るものの、互いに関連性のある展示物や企業がある。しかし、その関連性についての紹介は少ない。東芝未来館のような企業の展示施設では、日本の産業発展におけるその企業の歴史を知ることができる。しかしながら、区や他の企業との繋がりまではあまり紹介されていない。1つの展示物を鑑賞した際に、他の展示との関連性を知ることができれば、徐々に興味の対象広め、産業構造への理解を深めると考えられる。
この実現には、かわさき産業ミュージアムを運営する川崎区が主導して、協力企業間の連携を誘導することが重要と考えられる。既に、レプリカではない実物の産業遺産や史跡が多く展示物に指定されていることや、ツアーや講座されているため、これらを活用することが実現性を高めると考えられる。これにより、日本の工業近代化の中心であった京浜工業地帯の歴史をより詳細に、より広く広めるという役割を果たすと考えられる。
5.まとめ
かわさき産業ミュージアムは、分散型ミュージアムという特徴を持ち、貴重な産業遺産を市民に公開するという役割を果たしている。実物の産業遺産を展示するだけでなく、ツアーや講座による紹介も行っている。今後の展開として、区と企業、企業間のつながりを紹介するような取り組みをすることで、京浜工業地帯の発展の歴史をより詳細に伝えることができると考えられる。
参考文献
註1 神奈川東海道ルネッサンス推進協議会『神奈川の東海道(上)時空を超えた道への旅』神奈川新聞社、2000年、P.132
註2 村上直 編著『郷土神奈川の歴史』ぎょうせい、1985年、P318
参考文献
遠山茂樹・神奈川県史料編集委員会編『史料が語る神奈川の歴史60話』三省堂、1987年
中丸和伯著『神奈川の歴史』山川出版社、1974年
参考webサイト
かわさき産業ミュージアム
千葉県立現代産業科学館