陶都文芸復興への架け橋となるか-瀬戸ノベルティ文化保存研究会の活動-
はじめに
「せともの」の語源といわれる愛知県瀬戸市には、ノベルティ(資料1)の興隆期があった。「1960年代には瀬戸のノベルティ・メーカーは300社を越え、全国ノベルティ輸出額の6~8割を占めた。」(1)のである。しかし、現在愛知県陶磁器工業協同組合に加盟する瀬戸のノベルティ製造会社は19社である(2)。「ノベルティの輸出は壊滅したといってよい。」(3)状況である(資料2)。この壊滅に起因するトラウマが漂うなか、瀬戸ノベルティ文化保存研究会(以下研究会 資料3)が発足した。研究会による陶都文芸復興への可能性を探る。
1、基本データと歴史的背景及び根本課題
2009年に元NHKのディレクターである中村儀朋氏(資料4)により研究会が立ち上がり、2011年には活動拠点となる瀬戸ノベルティ倶楽部(以下倶楽部 資料5)を中心商店街(瀬戸市末広町3-16)に開設した。以下、研究会の活動を理解するため、瀬戸ノベルティの歴史、及び研究会を調査する過程で見えてきた地域の根本課題を記述する。
瀬戸ノベルティとは「統計上では「玩具置物」、瀬戸通有の言葉としては<ノベルティ>と一括される」(4)陶磁器である。瀬戸では鎌倉期に、器に加え置物が焼かれ始め、明治期には石膏型技術が導入された(5)。第一次大戦でドイツからアメリカへの磁器製人形の輸出が停止すると、瀬戸は代替生産で輸出を拡大した(6)。第二次大戦後1947~1952年の独立回復までは「Occupied Japan」の印で輸出が許可され(7)、以降も外貨獲得産業として成長していった。ところが1970年代の円高で、バイヤー(欧米の輸入会社)と一部市内メーカーによる生産拠点の海外移転により瀬戸のメーカーは次々と廃業した。ノベルティ業界をリードしてきた丸山陶器も1985年のプラザ合意による更なる円高で1989年に閉鎖した。「丸山陶器のデザインは、基本的にはほとんどバイヤー頼みであった。」「品質的にはリヤドロの製品が明らかに見劣りするのに、価格は丸山陶器の人形の何倍もするのである。」(8)と円高だけではない問題も指摘されている。なお、Lladro(リヤドロ)とは1951年創業のスペインのノベルティメーカーである。「夢を閉じ込めた器」を社是に、優秀な彫刻家や塑像家によりスペインの重要産業となっている(9)。瀬戸にはデザイン力とブランド力が欠けていたのである。
また、1980年代のファインセラミックス台頭期、瀬戸市はノベルティの轍を踏むとの意見から研修会を開催する程度であった。そして2022年4月に『瀬戸焼で暮らしを楽しもう条例』を施行した(10)。せとものではなく瀬戸焼と呼称する路線である。瀬戸焼とは2012年12月に愛知県陶磁器工業協同組合と瀬戸陶磁器卸商業協同組合が登録した商標(11)である。「せともの」や「ノベルティ」の呼称は購買層に安物イメージを持たせると考える業界、これに追随する行政の姿がここにある。
以上から、①トラウマの呪縛、②バイヤー依存に見られる受け身の姿勢、③生産者目線の価値評価、④業界追随で展望を示せない行政、という課題が明らかとなった。
2、評価点
(1)保存、研究活動
ノベルティ関係者からのヒアリング、閉鎖工場や倉庫等の調査を行い、ノベルティ作品の他に発注書、原型作成用の輸入雑誌、製品写真、技術研究書、生産履歴、意匠認証申請書等の記録を収集し公開している。(資料3写真④)
(2)交流活動
アクセスの良い倶楽部は作家、事業者、研究者、マスコミ、文化人、愛好家の集いの場であり、制作体験や購買もできる。2017年に北米オキュパイド・ジャパンの田中荘子代表と瀬戸市美術館にて「戦後民間貿易再開70周年記念―田中荘子オキュパイド・ジャパンコレクション―海を渡ったせとものたち」を開催した。生産側から見れば単なる置物であっても、所有者にとっては宝物であるという新たな価値観を伝えた。
中村代表への取材中(2022年12月25日、2023年1月7日、同8 日)にも来訪者が続いた。以下はその記録である。
北アイルランド国立アルスター大学の講師、Christopher McHugh(クリストファー・マキュー)氏は衰退したイギリスの窯業地と瀬戸を比較研究している。廃棄された石膏型と転写紙を持ち帰った。(資料6)
元ノベルティ職人のM氏(77歳)は自身が作った人形を持参。当時の生産状況を語った。(資料7)
スコットランドのSimon Ward(サイモン・ワード)氏(資料8)はBeswick (ベスウィック)社で『トムとジェリー』等を手がけた契約スカルプター兼大学講師である。会社は中国製品の台頭で閉鎖となり、現在彼は鋳込み作品によるファインアート・モニュメントを制作している。妻でガラスアーティストの向出圭子氏からは、地球に負荷となる作品に対する意見が出され、社会的共通資本の話題となった。リヤドロの「夢の器」からは、例えば本人も認識していない夢や憧れをマルチモーダル音声対話システム(12)でテキスト収集し、造形生成AIと3Dプリンタで製作する等、購買者との連携制作(13)に話題が展開した。
作家やメーカー、購買層等の交流による新たな工芸が、ここから生まれる可能性がある。
(3)広報活動
美術展やイベントの開催、様々な提言、マスコミへの情報提供、出版、インターネットによる頻繁な活動公開により研究会の注目度は高まっている。ノベルティの歴史的功績、及び生産者側ではなく購買層からの価値評価を顕在化することで、実はトラウマを抱く必要はなかったことを気づかせ、地域にパラダイム転換を起こす可能性がある。
3、他事例との比較
「NPO法人やきもの文化・瀬戸洞町」(瀬戸市東町1-6)と比較する。会員数は15名前後で、定款に「瀬戸市民に対して、「やきもの文化」普及に関する事業を行い、市民の地域アイデンティティの喪失に係る問題の改善や解決を図り、地域社会に対する意識の向上と地域の発展に係る市民の行動の増進に寄与することを目的とする。」(14)とし、次の事業を行ってきた。(2022年6月解散)
・山いきピクニック
・せともん探訪ツアーin洞町
・七輪陶芸体験
・窯跡の杜や洞町の整備事業
以下は研究会の活動項目である。(資料5より)
・ノベルティの展示や企画展の開催
・ノベルティ製品の収集と記録
・原画や帳票など製造・輸出関係資料の収集調査
・アメリカの収集家や商社マンとの交流
体験型活動のNPOに対し、研究会はプロデュース的活動が特筆される。なお、NPOからは法人化という課題を得た。
4、質疑応答に基づく展望の要約
Q1 研究会の会員数は?
A1 会員制ではなく主体的参加を活動基本とする。関係者は1000名を下らない。
Q2 研究会の法人化は?
A2 持続可能な運動体に向け課題認識している。
Q3 ノベルティの再評価には業界や行政、市民に対して外部評価を示す必要があるとのことだが具体策は?
A3 生産側とは異なる価値視点を国内外から集め、出版準備中である。
Q4 瀬戸の生産体制に対する思いは?
A4 ノベルティは人や社会への無言のメッセージを内包し、100か国を超える国々に受け入れられた。せとものへの思いをデザインしたい。
Q5 リヤドロは人々の夢を先取りするデザインとブランド力で成功した。できることは?
A5 陶芸作家のデザイン力を地場産業に生かす等、垣根を越えた交流を促進する。
Q6 隣の長久手市に開園したジブリパークに関し瀬戸市に質問されたが、どのような思いからか?
A6 瀬戸市のキャッチコピー「となりのセトシ」には、地元の経済学者からも「おこぼれ頂戴」意識が指摘されている。瀬戸サイト(15)や廃校(16)の活用等で、ジブリの先を行く「せともの」の世界観構築が必要である。
5、まとめ
研究会には広く豊かな交流による「ユーザー中心主義」(17)、パラダイム転換を誘導する「デザイン主導主義」(18)といったデザイン思考が認められ、ノベルティだけではなく、文化、芸術、産業全般に影響を及ぼす可能性が見えてきた。戦後日本の復興に貢献した瀬戸ノベルティであるが、壊滅からのトラウマは現在もこの地方に影を落としている。このトラウマを払拭し、陶都文芸復興への架け橋となることが研究会に期待される。
- 資料1 瀬戸ノベルティの紹介(2023年1月7日、筆者撮影)
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資料2-1興隆期の瀬戸ノベルティ
瀬戸市史編纂委員会編『瀬戸市史 資料編6 近現代2』愛知県瀬戸市、2007年、p.520、p.521。(筆者グラフ作成)
資料2-2興隆期から衰退期の瀬戸ノベルティ
①瀬戸市史編纂委員会編『瀬戸市史 資料編6 近現代2』愛知県瀬戸市、2007年、p.520。
②西村暠夫「瀬戸陶磁器産業の現況分析と将来の戦略的展開」、『地場産業研究 第20号』名古屋学院大学、1998年、p.6。
③瀬戸市『瀬戸市統計書 令和3年刊』愛知県瀬戸市、p.69、F-11窯業土石関係製造品出荷額等より「陶磁器製置物」の出荷額。
(①~③により筆者編集及びグラフ作成) - 資料3 研究会の活動内容を示す倶楽部の見取り図と写真(筆者作成 2023年1月7日、筆者撮影)
- 資料4 中村儀朋代表の履歴(研究会の活動履歴と活動予定を含む)(研究会提供)
- 資料5 瀬戸ノベルティ倶楽部のリーフレット(倶楽部提供)
- 資料6 クリストファー・マキュー氏の活動(2019年1年19日、研究会撮影 2022年12月25日、筆者撮影)
- 資料7 元ノベルティ職人のM氏来訪(2023年1月7日、筆者撮影)
- 資料8 サイモン・ワード氏の活動(研究会提供 筆者編集)
参考文献
註
(1)宮田昌俊「瀬戸のノベルティ・デザインとその背景~丸山・光和陶器を中心に~」、『ノベルティ・デザイン』愛知県陶磁資料館、2003年、p.9。
(2)愛知県陶磁器工業協同組合のホームページ、「組合員紹介 オーナメントウェア部会」
https://www.aitohko.com/archives/kumiai_member_bukai/ornament (2023年1月17日閲覧)
本文の19社とは、同組合のオーナメントウェア部会組合員一覧から、取扱い商品にノベルティとあるものの数である。
(3)西村暠夫「瀬戸陶磁器産業の現況分析と将来の戦略的展開」、『地場産業研究 第20号』名古屋学院大学、1998年、p.5。
(4)山下峰司「瀬戸<ノベルティ>前史」、註(1)書、p.85。
(5)服部文孝「セト・ノベルティの歴史」『セト・ノベルティ-世界へ夢を贈るやきもの-』せとものフェスタ‘97実行委員会・愛知県陶磁史料館・瀬戸市歴史民俗資料館、1997年、p.89。
(6)瀬戸市史編纂委員会編『瀬戸市史 通史編下』愛知県瀬戸市、2010年、p.378。
(7)註(5)書、p.92。
(8)十名直喜『現代産業に生きる技』勁草書房、2008年、p.83。
(9)淺岡敬史『ヨーロッパ陶磁の旅物語[4]』グラフィック社、1991年、p.31。
(10)瀬戸市ホームページ「瀬戸焼で暮らしを楽しもう条例」
http://www.city.seto.aichi.jp/docs/2022033100128/files/jorei.pdf (2022年12月22日閲覧)
(11)特許庁ホームページ「商標登録第5542797号 瀬戸焼」
https://www.jpo.go.jp/system/trademark/gaiyo/chidan/shoukai/ichiran/5542797.html (2022年11月22日閲覧)
商標登録年月日については、以下の特許情報プラットフォームより「瀬戸焼」で検索し「商標」をクリックして確認した。
https://www.j-platpat.inpit.go.jp/s0100 (2022年11月22日閲覧)
(12)水野淳太・淺尾仁彦「高齢者介護支援用マルチモーダル音声対話システムMICSUS」、『情報通信研究機構研究報告Vol.68 No.2』国立研究開発法人情報通信研究機構、2022年、p.141~149。
https://www.nict.go.jp/publication/shuppan/kihou-journal/houkoku68-2/book/html5.html#page=1 (2022年12月25日閲覧)
60億のWebページ情報を駆使し、人の表情や声の状態も加味しながらAIによる自然言語による雑談が可能。かつ対話内容からケアマネージャーが必要とする情報をテキスト化する機能を持つ。
上記の実証実験を含む動画解説
https://www.youtube.com/watch?v=bRgo31EoIMg (2022年12月25日閲覧)
(13)京都芸術大学大学院座談会「生き方のデザインとしての工芸」における上村博教授による課題提起「柳宗悦やウィリアム・モリスの時代の民芸は、生産者と購買者を別々にとらえていた。工芸の新しい胎動は、小ロットで人間関係を重視した新しいタイプのものづくりではないだろうか。」(筆者要約)、2022年12月17日、ZOOM会議。
(14)内閣府NPOホームページ、NPO法人ポータルサイト「やきもの文化・瀬戸洞町」、
https://www.npo-homepage.go.jp/npoportal/detail/023001927 (2022年12月25日閲覧)
(15)産業技術総合研究所中部センター瀬戸サイト(名古屋工業試験場瀬戸分室)は2012年に閉所、瀬戸市に譲渡された。その利用について検討が進められている。
瀬戸市ホームページ「瀬戸サイト」で検索
http://www.city.seto.aichi.jp/docs/2018122100018/ (2023年1月10日閲覧)
(16)2020年に瀬戸市は7つの小中学校を統廃合し、別に小中一貫校を開設した。現在廃校の利用を検討している。
瀬戸市ホームページ、瀬戸市公共施設等総合管理計画(改訂版)(案)p.43。
http://www.city.seto.aichi.jp/docs/2022111500048/files/FM.pdf (2023年1月10日閲覧)
(17)早川克美『私たちのデザイン1-デザインへのまなざし-豊かに生きるための思考術』幻冬舎、2014年、第2章~第4章。
(18)註(17)書、第5章。