生きた民家を伝承する「川崎市立日本民家園」
生きた民家を伝承する「川崎市立日本民家園」
はじめに
開園から48年の月日が流れた川崎市立日本民家園は、川崎市北部の生田緑地内にある古民家の野外博物館である。川崎市は戦後、工業都市として発展してきた一方で歴史文化がないとされた中、日本の民家を移築することで日本各地から上京してきた市民のための「ふるさと」の役割を目的に開園した。以来、一定の入場者数を保ちつつも、都市部に位置する川崎市への市民の期待は、利便性を求めて移住している人が多く、自然や文化施設への優先度が低いようだ【註1】。こうした現代において保存管理を基本に「生涯学習やくつろぎの場として地域に親しまれ必要とされる博物館」を使命に掲げる日本民家園の普遍的価値とは何か。再定義を意図した本稿では、現在その場を活用している取り組みに注目しながら、生きた民家を伝える野外博物館としての役割と展望を考察する。
1. 川崎市立日本民家園 基本データ
・移設収集型野外博物館
・所在地: 神奈川県川崎市多摩区枡形7-1-1
・配置:多摩丘陵の一角にある起伏に富んだ生田緑地(総合公園)内に位置
入り口は3箇所。生田緑地東口ビジターセンターに対面する正門、中央公園から川崎市岡本太郎美術館をつなぐ南に位置する奥の門、伝統工芸館からの西門。正門から西門に向かって上りが続く斜面を利用し点在
・敷地面積: 3.238ha(生田緑地179.3ha)
・開園:1967年
・年間入場者数:12万4,527人(2014年)
・建物の構造:入母屋造・棧瓦葺、寄棟造・茅葺、切妻造・石置板葺など25の木造建造物。すべてが文化財指定。国指定重要文化財7棟、県指定重要文化財10棟、市指定重要歴史記念物7棟、国指定重要有形民俗文化財1棟
2.比較からの優位性
大阪北部豊中市の日本民家集落博物館は、広さ約126haの服部緑地内に3.6haの広さに12棟の民家を有する。世界初の野外博物館、スエーデンのスカンセン(1891年)を訪れていた日本総裁・民俗学者の澁澤敬三らの理念を受け継ぎ、市民の賛同を得て日本初の野外博物館として1956年設立された。
川崎市と豊中市の民家園は日本で最も古いというばかりではなく、都心からほど近い一定の広さの緑地内に3.5ha前後の敷地を有すること、現地保存型ではなく移設収集型であるなど類似点が多い。
では入場者数はどうか。日本民家園は近年回復傾向にあり2014年には約12万【表1】、日本民家集落博物館は1950〜80年代前半にかけて年間最高10万人の入館者があったというが、近年約4万人に留まる【註2】。この差はどうして生まれるのか。ここで生きた民家の実践ともいえるイベントに注目する。
日本民家園は1980年代後半の移築復元減少を機に下がり始めた入場者数に対して2005年、協力者会議【註3】において利用者へのサービス向上の取り組みの検討・実施を開始した。続いて2009年から事業評価の実施と改善、2013年には管理・広報部門への指定管理者制度導入し、従来行ってきた伝統芸能披露などのほか、古民家カフェや正月のベーゴマ大会(2016年第7回民家園杯)などイベントを増やしていく。
一方、日本民家集落博物館も季節に応じたイベントを行う。服部緑地全体の祭に合わせた機織り体験や折り紙などのワークショップなどだ。また特長の一つに民家利用事業がある。訪れた日も大和十津川の民家をコスプレのために時間借りする20代女性二人組に会った。こうした成果からも地元民の愛着度は、一概に入館者数では測れない。しかし、2005年あたりから一年おきに開催する日向椎葉の民家での椎葉神楽公演などは、継続的に開催ができない状況という。つまり、人々の訪れる機会が減っているのだ。管轄である大阪府は「知の三角地帯」と銘を打ち天王寺駅周辺の3館の連携と協働の促進を戦略に掲げるが【註4】、具体的な取り組みは表されていない。維持管理を安定化させ、人の集まる場として継続させるために、一早い資金も含めた行政による積極的、継続的支援が望まれる。
3.日本民家園のイベント
イベントはその空間が大切だと気づく活用例を挙げる。
●遠野を語る大平悦子氏の話
遠野生まれ遠野育ちの大平氏は川崎市内の小学校で教鞭をとりながら、遠野の語り部として活動を始める。聴衆へ少しでも『実感を持って語っていきたい』と、語り部や老人から遠野を学ぶための場として遠野に茅葺屋根の住居を建て、遠野の空気を運ぶように川崎の住居と行き来する。語りの勉強をはじめて3年目の2007年から現在まで8年間欠かさず、『遠野の語り』を続ける【註5】。給金が1円も出ない活動になぜそこまでするのか。
日本民家園でのイベントには老若男女問わず、晴れた日などは整理券を出すまで人が集まる。偶然立ち寄った人、東北出身で今は関東に住む人、東日本大震災で被災された人。杖をつき車椅子で訪れるリピーターもおり、岩手の民家の下モンペ姿で語る大平氏の姿に、東北の母の語りを聞いているようと耳を傾ける人もいる。子供たちがデジタル機器から音を聞く時代、生の声で自分と違う方言を話す人の存在を知ることは、人の違いを知り、差別のない社会をつくるためにもなると元教師らしい言葉が混じる。同園での定期的な開催は、語りを鍛える意味でも有り難いという。
●秋川歌舞伎 あきるの座 座長 白檮山誠氏の話
2015年11月3日、2000年より始めた志摩より移築された船越の舞台での12回目秋川歌舞伎あきる野座公演は、子供歌舞伎の上演で晴天の下400人の観客を大いに沸いた。
座長兼義太夫の白檮山氏は、あきる野周辺の生まれではない。あきる野座は多くが移り住んだ人で構成されるからこそ、残すべき文化であると客観的に感じたという。秋川歌舞伎は保存伝承することを目的に活動しているため、年1回の地元の祭礼である二宮神社例大祭のみならず、他県、近代的な劇場などととらわれず活動を行う。その一つとして船越の舞台を現代利用し上演できることは、開かれた空間で演じる人観る人の壁を感じることなく盛り上がった、農村歌舞伎の原点に立ち返ることができる貴重な場だという。ここに日本民家園の時空を超えた情報発信拠点としての役割を見る。
4.課題と可能性
生田緑地との連携も行い、年間を通してイベントを多く開催する日本民家園の現状の課題は大きく二つある【註6】。イベントにおける人手不足と、数値にはまだ表れていないが確実に増加する海外観光客への施策だ。さらなる活性化に向けて二つの視点で検討した。
●提案①こどもの日常とつなぐ
生活が見える博物館として、小中学生の武道の練習場として庭先を貸し出すのはどうであろうか。多摩区内だけでも5つの剣道道場がある。現状でもスタッフの人員不足という課題がある中、かつての日常の場を借りて、現代の日常を行うのであれば、民家園のスタッフのコスチュームスタッフなどの役割過多を避けた演出が行える。現代まで受け継がれる武道などに利用することは、時代づくりとしても違和感を生まず、現代の子供たちにとっても、昔からのしきたりを身につける環境として適しているといえよう。
●提案②海外とつなぐ
東京オリンピックに向けた国家レベルのインバウンド施策も増える中、多言語対応の印刷物や案内板などの静的な対応だけではない、人を介した対応も望まれる。しかし、いつどれほどの人が訪れるか不明かつ絶対数では少ない海外観光客に現状、労力と予算を投入するのは厳しい。では、交換留学生の受け入れ強化はどうであろうか。高校生の場合、その目的は、現地で「普通の高校生活」をし、その国の社会や文化に直接触れ、たくさんの出会いを通して国際理解を深めることにある【註7】。現代日本人の根底にある文化を学ぶ場としての活用だ。都心から近いという好立地は東京近郊の大学からの受け入れも期待できる。年配のボランティアの方々の中には、外国人に慣れている人ばかりとはいえないだろう。まずは定期的に外国人と触れる機会を増やし、国際交流を図れる土壌づくりから始めるのだ。
まとめ
日本民家園学芸員渋谷氏はこう語る。「民家は建物に暮らしを入れた家であるべきだ」。同園は、例えば岩手県の工藤家には実際住んでいたソノさん(調査時107歳)にお話を伺うなど25すべての建物への現地調査を行って展示に活かす。莫大な費用を要し維持管理も覚束ない博物館が多くある中、他に類を見ない調査をもとに「生きた民家」を伝えてきた日本民家園は、川崎の地に捉われず日本文化を伝承してきた存在として高い評価を受けるべき、将来につなぐべき存在なのである。
参考文献
【註1】『平成26年第1回かわさき市民アンケート概要版』川崎市総務局秘書部市民の声担当、2014年
【註2】日本民家集落博物館 学芸員 2015年12月23日メール回答
【註3】ボランティア団体「炉端の会」育成団体「民具製作技術保存会」と園職員の3者で構成
【註4】「中期経営計画 平成24年4月」公益財団法人大阪府文化財センター
http://www.occh.or.jp/static/pdf/corporation/summary_plan_h24_28.pdf
【註5】遠野の語り(偶数月 第3土曜日 ※8月を除く)
http://www.nihonminkaen.jp/archives/971/
【註6】川崎市立日本民家園 学芸員・渋谷卓男氏、2015年10月30日 電話取材
【註7】特定非営利活動法人日本国際交流振興会(JFIE)
http://www.jfie.gr.jp/exchange.php
<参考文献>
・古江亮仁『日本民家園物語』多摩川新聞社、1996 年
・落合知子『野外博物館の研究』雄山閣、2009 年
・岸本章『世界の民家園』鹿島出版会、2012 年
・『民家の案内 OPEN-AIR MUSEUM OF OLD JAPANESE FARM HOUSES むかしのおうちのはくぶつかん』財団法人大阪府文化財センター日本民家集落博物館、2006年
・『東京都無形民俗文化財 秋川歌舞伎〜東京の農村歌舞伎の古里あきる野市〜』秋川歌舞伎保存会広報誌編集委員会編者、2014年
・
・川崎市立日本民家園「事業評価」 http://www.nihonminkaen.jp/annai/useful/mission/
# 平成27年度「日本民家園の目標と評価」シート
# 平成26年度「日本民家園の目標と評価」シート
# 平成25年度「日本民家園の目標と評価」シート
# 平成24年度「日本民家園の目標と評価」シート
# 平成23年度「日本民家園の目標と評価」シート
# 平成22年度「日本民家園の目標と評価」シート
# 平成21年度「日本民家園の目標と評価」シート
# 日本民家園の事業評価について
2015 年12月26日アクセス
・川崎市教育委員会 生涯学習・文化財 かわさきの文化財 市内文化財案内 指定文化財紹介 建造物 旧原家住宅 http://www.city.kawasaki.jp/880/page/0000000311.html 2016年1月9日アクセス
・日本民家集落博物館-大阪府文化財センター http://www.occh.or.jp/minka/ 2015年12月20日アクセス
・文化財集落施設協議会 http://www.tatemonoen.jp/shuraku/index.html 2015 年12月20 日アクセス
・『平成27年度日本民家園まつり 民俗芸能公演 子供歌舞伎 絵本太功記 二段目 本能寺の場 場所:日本民家園内 旧船越の舞台』2015年11月3日配布チラシ
・川崎市立日本民家園 学芸員 渋谷卓男氏 電話インタビュー/2015年10月30日および2015年11月16日、対面インタビュー/2016年1月9日
・日本民家集落博物館 学芸員 メール質問回答 2015年12月23日