「木の粘土」 ー伝統的素材のこれからの展開ー

山口啓子

「木の粘土」 ー伝統的素材のこれからの展開ー

はじめに

「木の粘土」とは、木材のおがくずに糊を加えて練り、粘土状にした造形素材である。軽く丈夫で加工しやすく、乾くとほとんど木のようになり、独特の風合いがある。さまざまな木材のおがくずから作ることができるが、中でも桐は江戸時代から使われてきた代表的な原材料である。
桐から作られた「木の粘土」は「桐塑(とうそ)」と呼ばれ、現在は主に伝統工芸の雛人形や市松人形、および現代創作人形の制作に使われている。 桐塑は伝統的な素材であるが、そのほとんどが業務用として流通しているために一般消費者との接点がなく、造形素材としての知名度 が低い。
現在は「木の粘土」の原材料として、桐以外にも輸入木材が使われている。その一方、桐について見ると、おがくずの元となる桐タンスの生産量の減少に 伴って桐自体の生産量も減少を続けている[註1](図1)。
現在「桐塑」を使用している人形制作者にとっては、桐塑をはじめとする「木の粘土」が普及して将来的に安定した供給が続くことが望ましい。そのために人形制作者の立場から、「木の粘土」の歴史と現在、および素材としての優れた点を活かした今後の展開を考察する。

1「木の粘土」とは

1-1 「木の粘土」の種類
現在、「木の粘土」には2種類がある。
A 自分で材料のおがくずに糊を混ぜて作る「伝統的な業務用のもの」
桐のおがくずから作る「桐塑」がこれで、主に伝統的工芸品の人形の工房で使われている[註2]。その他の流通は人形材料専門店とネットショッピ ングにほぼ限られ、一般の画材店などに置かれることは少ない。
B すでに粘土状になってパッケージされ市販されている「新しく商品として開発された一般消費者向けのもの」
輸入木材などから作られた「木の粘土」が商品化され、画材店などで販売されている[註3]。これらの商品の原材料は鉛筆に使われる輸入木材や家具に使われ るメープル材等のおがくずである。
この研究ではA「桐塑」を主に取り上げるが、Bも参考として考察の対象に含める。

1-2 桐塑
桐塑の原材料となる桐のおがくずには、荒さによって2種類がある。荒いものを「荒粉」、細かいものを「面粉」と呼ぶ。荒粉は大まかな造形に、面粉は細部の繊細な造形に向いている(写真1)(写真2)。
この荒粉または面粉に糊と水を加えて練り、桐塑を作る(写真3)[註4]。

2 「木の粘土」の優れた点

2-1 造形素材としての優れた性質
桐塑をはじめとする「木の粘土」は、造形素材として優れた性質を持っている。型抜き・塑造がしやすく、乾燥すると軽くて非常に丈夫であり、やや硬いが彫刻もできる。すなわち、型抜き・盛る・彫るの3種類の制作技法に対応できる素材であり、紙やすりによる滑らかな磨き仕上げも可能である [註5]。
表面への塗料の接着が良いため、塗料の剥落が起きにくいことも長所である [註6]。塗装をしないで磨きだけで仕上げる場合は、木の色が残る独特の風合いになる。

2-2 環境に配慮できる素材
桐塑は、江戸時代に桐タンス製造時の桐のおがくずの再利用で生まれた[註7]。現代のように環境への配慮から生まれたものではないが、結果的にそうなっていると言える。近年生まれたものは最初から環境への配慮がなされている [註8]。

2-3 新しい素材としての潜在的な可能性
桐塑をはじめとする「木の粘土」は、優れた素材でありながら造形素材としての一般的な知名度は低い。特に桐塑は、業務用としてほとんど伝統的工芸品の人形制作だけに使われてきたために、一般にはほとんど知られていない素材である。人形は表面に胡粉などで仕上げ塗りをするため、完成品では 桐塑が塗装に隠れ、外から直接見えることがない。桐塑自体が一般の目に触れる機会は少なく、なじみのない素材であったと言える。
この素材を、人形だけでなく一般的な造形素材として考えた場合、ナチュラルな風合いを生かした魅力ある自然素材として活用できる可能性がある。 立体表現のジャンルで新しい使い方を開発することも可能であろう。

3 「木の粘土」の歴史的背景

3-1 江戸時代まで
「木の粘土」の中でも桐塑は長い歴史を持っている。「桐塑」という呼び名自体は昭和になってからの造語であるが、素材としての歴史は奈良時代に さかのぼることができる。その発祥は明確ではないが、木芯に桐塑で肉付けをする人形の技法は、奈良時代の仏像の技法である木芯乾漆造との共通点が ある。桐塑と木芯乾漆造との直接の関係は不明であるが、明治以降には廃仏毀釈によって仕事を失った仏師が人形制作に関わった例があり、それ以前の時代にも仏師による 技術の伝承があった可能性もある。
江戸時代には庶民の間に縁起ものや玩具としての人形が普及して、各地で型を使った土人形が作られた。粘土の代わりにおがくずを型抜きしたものは 「練物」と呼ばれた[註9]。

3-2 明治以降
明治以降、伝統的な人形と個人の感性で作る創作人形がそれぞれの発展を遂げ、美術・工芸の一分野となった。人形が次第に芸術性を認められるようになり、人形芸術運動が起きた中で、昭和期には紙を原材料とした「紙塑」[註10]との対比で「桐塑」という呼び名が生まれた。
また、玩具としての人形は合成樹脂などの新しい素材によって発展した。現代の工芸分野でも、フィギュア等の隣接ジャンルと相互に技法を生かした人形も生まれている。技法の多様化によって、伝統的素材である桐塑は主として伝統工芸の分野で使われるものとなっている。

3-3 桐塑以外の「木の粘土」の登場
近年になって、桐塑以外の「木の粘土」が登場した。フェイクスイーツ[註11] などの手芸用に使われることが多い。鉛筆に使われる木材のおがくずを再利用したリサイクル製品として子供向きのエコイベントなどに使われるものもあらわれた。
これらは一般の画材店・文房具店で手に入り、紙粘土や油粘土のように親しみやすい包装で販売されている。これらの商品が登場したことによって、 「木の 粘土」が手芸用や子供向けとして一般消費者にとって身近なものになったと言える[註12]。

4 同様の事例に比べて特筆すべき点

4-1 軽さと丈夫さ (石粉粘土との比較)

造形素材としての桐塑をはじめとする「木の粘土」の最もすぐれた点は、その軽さと硬さ・丈夫さにある。一例として、現代の創作人形の一分野である球体関節人形[註13]に桐塑を使用した場合を見る(写真4)。
石粉粘土はその名の通り石の粉をつなぎとなる繊維や糊・樹脂などで練ったもので、創作人形の制作に使われるものである[註14]。石粉粘土と比較すると、 桐塑では重量はほぼ半分以下になり、制作のしやすさと共に、完成してからの人形の扱いやすさ、保管のしやすさは大きなメリットである。 [註15]。また、石粉粘土と比較すると、落下による衝撃に強く、欠けにくいのもすぐれた点である。

4-2 造形のしやすさ (木彫との比較)
木彫は始めるにあたって技術の習得が必須であるが、「木の粘土」は誰もが経 験のある粘土細工の要領で造形が可能であり、始めるための抵抗が少ない。また、木彫であれば高度な技術がなければ作れないような渦巻き・三つ編み等の入り組んだ複雑な形を作ることも、粘土の特性を生かせば可能である[註16]。

5 「木の粘土」のこれからの展開

桐塑をはじめとする「木の粘土」を普及させるためには、一般消費者に向けて情報を発信し、伝統を伝えるとともに、フェイクスイーツに見られるような現 代的で新しい魅力を紹介していくことが必要である。現在、何かを調べるために 人々がまず使うのはネットでの検索であることが多く、webで の情報発信の効果は高いと思われる。
情報を届ける対象は、手仕事や工芸・手芸等に興味のある一般消費者であり、 目標は「木の粘土」に興味を持ってもらい、その人が今後使う素材の選 択肢のひとつになることである。素材の選択は個人の趣味で決まるものであるが「木の 粘土」は知名度の低さから選択肢に入っていないのが現状であるため、まず 「木の粘土」の存在を知ってもらうことが普及の第一歩となる。
手芸を通じてすでに「木の粘土」に触れたことがある人に対しては、手芸だけでなく造形全般に使えることや、長い歴史があることをSNSやブログ などを通じて面白く伝えていくことで裾野を広げることも可能である。
桐塑を使う制作者として、webでの情報発信をはじめさまざまな方法を探りながら普及の一端を担っていきたい。この卒業研究もその一つとなるはずである。

  • 987383_d8c55406bb6f409eb63cedd063d7fba2 (図1)桐の生産量。国内の桐の生産量は、ピークであった昭和30年代の2%まで減 少している。昭和30年~平成17年。林野庁調査による。日本特用林産振興会web サイト。 http://nittokusin.jp/wp/
  • 987383_e1e587236980458ba0aaed9657f57129 (写真1)桐塑の材料である桐の粉(おがくず)。左が荒い「荒粉」、右が細かい 「面粉」。一般向けにネット販売されている450gの袋。
  • 987383_4d65d0ec4fcb421a9bdf9c4bf4fe708e (写真2)桐の粉。左が「荒粉」で、おおまかな造形に使用する。右が「面粉」 で、細かい部分や修正・仕上げに使用する。どちらも1カップ20g前 後。
  • 987383_95e482b9f4334d3b8080cfe58b11f6b6 (写真3)桐塑 上段が荒粉、下段が面粉。左から、練った状態・成型・乾燥・ヤ スリがけ。
  • 987383_cd58051555874f478745558de9a88407 (写真4)球体関節人形の例。2015年、山口啓子作。桐塑が見えている状態。この 後、塗装する。

参考文献



[註1] 今後は出生率の低下・人口の減少によって、桐塑の主な使いみちである
伝統工芸の人形の需要の減少も予想される。

[註2] 工房は桐塑の製造元から大袋で直接購入する。市松人形の例では、元に
なるラフな原型を人形職人が粘土で制作し、その粘土原型から型取り 専門の職
人が松脂などで型を取って桐塑を詰めて抜いて量産し、人形職人に戻して制作す
るという工程を取っている。ラフな原型はおよその目鼻の位置 がわかる程度
で、顔立ち・表情などはすべて人形職人の手になるものである。

[註3] 商品としては、パジコ株式会社の「ウッドフォルモ」、北星鉛筆株式会
社の「もくねんさん」、広松木工株式会社の「SONOクレイ」、株 式会社大創産
業(ダイソー)の「木かるねんど」などがある。

[註4] 糊は、伝統工芸の分野では小麦粉から作る麩糊、現代の創作人形の分野
ではパルプ等を原料とするCMC糊(カルボキシメチルセルロースナ トリウム)が
使われる。CMC糊の場合、荒粉または面粉(1カップあたり20g前後)に重量の50%
の粉糊と5倍の水を混ぜて練り、粘土状にして 使用する。

[註5] これは人形に向いた素材と言えるが、人形以外にも応用できる。また石
粉粘土などの他の素材をつなぎとして混ぜることで、硬さを和らげて 彫りやす
さを高めることができる。

[註6] 仕上げ塗装の前に下塗りが必要である。塗装に胡粉を使う場合は下塗り
胡粉と上塗り胡粉、アクリル塗料などを使う場合は ジェッソなどの下地塗りが
必要になる。

[註7] 型抜きの桐塑人形は、桐箪笥の生産地であった岩槻で、日光東照宮造営
のため京都から来た工匠が大量に発生するおがくずを使って作り始め たという
伝承がある。岩槻は関東一の雛人形の産地となった。

[註8] 鉛筆のおがくず粘土「もくねんさん」、家具制作会社の木の粉の粘土
「SONOクレイ」は、製品を作る過程で発生し産業廃棄物として処理 されるはず
の木のおがくずや粉を活用して生まれたものである。

[註9] 武蔵の鴻巣・越谷、会津若松、紀伊の御坊などが産地として知られていた。

[註10] 紙粘土は主に張り子の材料として古くから使われてきたが、新しく素材
感を生かして人形作家鹿児島寿蔵(人間国宝)が技法を発展させ、 「紙塑」とい
う名の人形技法の一ジャンルとなった。

[註11] お菓子(スイーツ)を粘土などで非常にリアルに作る手芸。「木の粘土」
はその素材感から、タルトやクッキーをリアルに作るために使わ れることが多い。

[註12] 靴の木型(シューモールド)のミニチュアをアンティーク風に作る手芸が
2015年に小さなブームとなり、木の素材感を出すために「木 の粘土」が使われ
た。ミニチュアシューモールドを作るために木の粘土をはじめて手に取る人も多
かったと思われる。

[註13] 首や手足が可動式でポーズを取れる人形。関節に球体を仕込んで中空の
手足・胴体の内部をゴムでつなぎ、自由に曲げ伸ばしてポーズを作 れる。西洋
のビスクドールをもとにしているが、日本では70~80年代アンダーグラウンド文
化や異端と呼ばれる文学、ゴシック趣味、その後のフィ ギュア・アニメ等のサ
ブカルチャーと関連して独自の発展を遂げている。

[註14] 商品としては、株式会社パジコの「ラドール」が代表的なものである。

[註15] 軽いために関節を曲げたポーズをつけやすくポーズの保持もしやすい。
特に60センチを超える大型の人形の場合、粘土自体が重いと、た とえば手を挙
げたポーズがだんだん崩れて下がってくることがある。ポーズ保持のためにパー
ツをつなぐゴムの張りをきつくすると、粘土に負荷がかか り壊れやすくなる危
険がある。そのため、軽い粘土によるポーズ保持のしやすさは利点である。

[註16] 完成品は木目や木肌がないため、木の風合いがありながら普通の木彫と
は異なる。







参考文献

山田徳兵衛『日本人形史』、講談社、1984年
野口晴朗『人形の伝統技法』、理工学社、1987年
吉田良『吉田式球体関節人形技法書』、ホビージャパン、2006年
日本特用林産振興会 http://nittokusin.jp/wp/
人形の吉徳 http://www.yoshitoku.co.jp
岩槻人形優良店会  http://www.iwatsukiningyou.com/hina/index.html
人形の東玉 http://www.tougyoku.com
山崎明咲「市松人形師~只今修行中」  http://ichimadoll.exblog.jp
四谷シモン人形教室 エコール・ド・シモン  http://www.simon-doll.jp

「ナチュラル可愛い 100均の『木かるねんど』でインテリア雑貨を作ろう」
https://kinarino.jp/cat3-インテリア/10002
藤倉応用化工株式会社 (桐粉) http://www.fok.jp/index.html
CMC工業会 (CMC糊) http://cmc-kogyokai.org/index.html
株式会社パジコ (石粉粘土) http://www.padico.co.jp
広松木工株式会社 (SONOクレイ) http://shop.hiromatsu.org
北星鉛筆株式会社 (もくねんさん) http://www.kitaboshi.co.jp/mokunen/
webサイト閲覧日 2016年1月23日