日本遺産「こまつの石文化」~滝ケ原石

嶺出 浩司

1.はじめに
石川県小松市は、石文化のストーリーがある町である。石切り場や鉱山・銅山跡、石段が続く石トレッキングコース、城の城壁に浮かぶ石のパッチワークや石造りの美術館、酒蔵などの建築、石を眺める庭園や奇岩、石仏や石洞窟など石にまつわるものがたくさんある。本稿では、小松市の多種・多様な石文化の系譜をたどるため、こまつ山地の岩石の中から特に良質とされる凝灰岩を評価し、象徴的な産地である滝ケ原石を考察し、今後の展望を考察する。

2.基本データ
所在地:石川県小松市の丘陵地から山地にかけての地域
滝ケ原地区:石川県滝ケ原町
人口:小松市107,912人(令和2年4月1日現在)
滝ケ原町・79世帯・172人
鉱業、採石業就業者数:8人(平成30年1月1日現在)

<小松市の丘陵地から山地の地形と地質>
石川県:日本列島ができる前から大陸の断片でできており古い岩石が存在している。
小松市:2700~1600万年前のマグマの火砕岩(凝灰岩)や溶岩(流紋岩)に覆われている。

<凝灰岩と用途>
凝灰岩:加賀地方・小松市の基盤となる岩石。産出した町村で石の名が呼ばれている。
滝ケ原石は、灰緑色がかった凝灰岩で福井の笏谷石と同じ石英粒を少し含んでいる。
目がきめ細かく耐久性が高く、水にも強い。

用 途:王権の石室や古墳群、城壁や建築、アーチ石橋などに使用されている。註1)
良質な凝灰岩として北前船で近畿地方や北海道まで運ばれていた。

<日本遺産>
2016年文化庁より日本遺産に認定 構成文化財は、遺跡・施設・出土品など全29ある。註2)

3.歴史的背景
こまつの石文化は、2300年前の弥生時代にルーツがある。註1)碧玉の玉づくりから始まり、古墳時代の腕飾りまで遡る。古代から受け継がれてきた高い切り石の加工技術は、日本有数の鉱山、尾小屋から産出された黄銅鉱や金鉱石などの鉱物産出の採掘、水晶や凝灰岩、九谷焼原石となる陶石などの切り石場での採掘技術、石を使った近世の高いデザインへと更に受け継がれ、こまつを豊かな石の文化へと築き上げてきた。近世に開かれた石の文化は、凝灰岩に代表される。なかでも滝ケ原町の良質な石切り場は、文化11年(1814年)から石の切り出しが始まり、藩政時代の昭和20年代から30年代を生産のピークとして繁栄した。註3) 鉱山で経済が活性化され、産地の石が全国各地で使用されるようになった滝ヶ原町凝灰岩の石切り場は、戦後の最盛期に町内12か所もあったが現在は唯一の石材店が採掘・管理している。滝ヶ原町凝灰岩の巨大な山、巨大横穴空間はから採掘された滝ケ原石は、歴史を継承して現代の建造物や石材などに石の文化と技術を映し出している。註4)

4.滝ケ原石・文化遺産としての評価
文化遺産としての評価は、野村明弘『日本文化の源流を探る』で著されていた「先人の歩んできた道」と「あらたな知見」から人と文化をつなぐ観点で分析する。滝ケ原石現役唯一の「荒谷商店」石切り場、大型の電動のこぎりで高さ10m、横穴で掘り進められた奥行300mほどに伸びた生産拠点である。高い入り口付近の岩は荒削りとなっており、つるはしで石を切り出していた手作業の様子がうかがえる。洞窟内は直立でそそり立った岩壁、残した石柱で支えられており、神秘的・幻想的な空間を醸し出している。註5)採掘した2トン以上ある大きな石の塊は、生きもののように感じる。匂いや岩肌の表情、削り跡には職人の汗も感じる。奥まで掘り続けた骨太の男・先人たちの野望と美意識も同時に嗅ぐような不思議な体感があるのだ。滝ケ原石の文化遺産としての評価は、まず五感で感じる【石の匂い】である。荒谷商店の代表は、5代目の荒谷雄巳氏、33才である。先代をじいちゃんと呼ぶ。先代は数日前に他界した。初めて機械で切り出しを行った先代から採掘の技術を学んだ。技術とは、先人の仕事の思いと安全、手仕事の技術である。滝ケ原石で間知石を加工する技術を先代からもう少し学びたかったと悔やんでいた。滝ケ原地区を代表する先人に坂本竹次郎がいる。明治の中頃、不毛の地北海道で財をなし、後に故郷滝ケ原が水害で橋が流されたことを知り、架け替えの石橋(滝ケ原石)を寄付している。村人は、その徳を讃え丸竹橋と命名し、今もその橋を利用している。坂本は他に八幡神社の鳥居(滝ケ原石)も寄付している。荒谷商店の先代は、神社境内の坂本の銅像の台座を滝ケ原石でつくり納めている。二つ目の文化遺産の評価は【先人】である。滝ケ原では、石で営まれてきた地域の知見・建造物を文化財として知ってもらうために、地元と民間団体、アーティストなどが産学官民協働となって様々なことを行っている。壮大な石切り場の山肌を田園風景のなかにライトアップ註6)でアート化する芸術祭や多数存在するアーチ式石橋の散策企画註5)などである。三つ目の文化遺産の評価は【産学官民で人と文化をつないだ】ことである。以上三点を人と文化をつなぐ観点から評価する。

5.国内外の他の事例と比較して特筆される点
小松市の凝灰岩を代表する石に滝ケ原石のほか、菩提石と観音下石がある。菩提石は、小松市の凝灰岩のなかで最も不便なところで採掘された石だ。フランク・ロイド・ライトが帝国ホテルに使おうとしたが生産量と運搬などから諦め括ったといわれている。赤みと黄味を帯びた灰色で小さな孔が多いため蜂の巣石とも呼ばれており、深い斑紋が浮かぶ珍重な石だ。註7)観音下石は、ぬくもりのある黄色の石で国会議事堂や西の帝国ホテルと呼ばれた甲子園ホテル(現.武庫川女子大)、平城宮跡などに使用されている。大正初期に採掘が始まり、最盛期の昭和40年頃には町内に6軒の採石業者がいたが銘石の石切り場も2018年に採石を終了している。町内では、住民グループ「観音下石の保存会」が石切り場の見学用歩道整備に取り組み地域で協力して観音下の石文化を伝えている。註8)小松市の石は、滝ケ原石をはじめ、これら3種類の石と鵜川石、遊泉寺石など11種類の凝灰岩がある。註9)滝ケ原石を他の小松の石と比較して特筆する点は、➀江戸時代からの採掘が現在まで続いており生産の見通しが長期的にあること。②灰緑色がかった色が美しく上品であり文化・芸術的魅力が高い。③水に強く、目が細かくて耐久性が高いことから多用途に用いることができる。これら特筆できる点から滝ケ原石があらたな知見で人と文化をつなぐ道標となる可能性が高いことも特筆すべき点である。

6.今後の展望について
日本の石の文化の創造と発展に資するところがあった「こまつの石」の生産拠点は現在、滝ケ原の石切り場ひとつとなっている。石切り場はひとつとなってしまったが、石の歴史と伝統・文化をまもり、現代から未来へと発展していく新しいステージが始まっている。「日本サミットin小松」註10)、一般社団法人 こまつ観光物産ネットワークでの「こまつ まるごとストーンミュージアム」註11)、こまつ市唯一の石切り場商店註12)、こまつの石で家具などをつくる職人註13)滝が原町の暮らしを探求・創造するファーム註14)などだ。なかでも滝ケ原ファームは、滝ケ原石で造られた築80年の蔵を改装した宿泊施設もあり、滝ケ原石の文化を象徴するイベントやワークショップなども企画されている。町内外の交流の場は、若者も集う。滝ケ原の石の文化は、こうした若者からweb、インスタなどをとおし、共感を呼び、様々な人が訪れこれまでとは違う異次元の中で発展していくものと思われる。そうした活動に文化庁や小松市、滝ヶ原町などの市町村と生産者、大学が一体となり産学官民でこまつの石の文化が守られ、維持されることを期待する。

7.まとめ
滝ケ原石切り場で荒谷氏から近ごろ若者を見る機会が増えましたと聞いた。滝ケ原カフェや石切り場のライトアップ、音楽の祭典(ロックinロック)などインスタの情報などから足を運ぶ人が増えているようだ。わたしがカフェを訪れたときは逆に高齢の女性が2人でガレットを注文していた。聴くと近所の方の様だ。滝ケ原の大きいけれど人口200人に満たない小さな町は、老若男女を問わず石の文化から地域がひとつにまとまりかけている様子が伺えた。石の歴史を守り、次の世代に住民の営みから育んできたことを伝える様なのかもしれない。しかし、滝ケ原石のことを認識ている人は地元石川県でも少ないのが現状である。石川県の文化遺産、石の文化を伝えていくことは、始まったばかりなのかもしれない。小松市立博物館で見た石の展示は宝石のように美しかった。滝ケ原石から発信される日本遺産「こまつの石」文化は、不思議な魅力を放っていた。

  • 1 資料➀
  • 2 資料②
  • 3 資料③
  • 4 資料④
  • 5 資料⑤
  • 6 資料⑥
  • %e6%96%b07%e8%b3%87%e6%96%99%e2%91%a6%e8%a8%82%e6%ad%a3%e3%80%802022-03-13_page-0001 資料⑦
  • %e6%96%b08 資料⑧

参考文献

参考文献  

註1)小松市 『碧玉と歩む物語』小松 ~時の流れの中で磨き上げられた石の文化~
https://go-centraljapan.jp/ja/heritage/spot/07/index.html  (2021.12.18閲覧)

註2)日本遺産ポータルサイト:『珠玉と歩む物語』小松 ~時の流れの中で磨き上げた石の文化~
那谷・菩提・滝ケ原・碧玉産地、八日市地方遺跡出土品、八日市地方遺跡、片山津玉遺跡出土品、河田山古墳群の石室、河田山古墳群出土品、十九堂遺跡石塔群、仏御前墓、滝ケ原石造多層塔、滝ケ原下村八幡神社跡、観音下白山神社境内遺跡、小松城本丸櫓台石垣、小松城本丸西側石垣、鵜川石切り場、遊泉寺石切り場、滝ケ原石切り場、観音下石切り場、石工道具、滝ケ原アーチ石橋群、東酒造、松雲堂、花坂陶石山、九谷焼製土場(谷口製土場ほか)、連房式登窯(登窯展示館)、錦窯(錦窯展示館)、尾小屋鉱山、金平金山、遊泉寺銅山、那谷寺(本堂ほか5棟)、那谷寺寺庫裏庭園、
https://japan-heritage.bunka.go.jp/ja/stories/story027/  (2021.12.18閲覧)  

註3)テレビ小松TVK 世界に誇る九谷焼の伝統 P158滝ケ原石切り場
http://www.tvk.ne.jp/~kshs/text/t051.pdf (2021.12.22閲覧)

註4)一般 社団法人 小松観光物産ネットワーク『こまつなび』~こまつの文化にふれて~ P古代文化

註5)小松市『碧玉と歩む物語』小松 ~時の流れの中で磨き上げられた石の文化~ 様式3-1 ⑲滝ケ原アーチ石橋群
https://japan-heritage.bunka.go.jp/ja/app/upload/heritage_data_file/027-3542472262004610.pdf   
(2021.12.25閲覧)

註6) 北國新聞 2017年12月14日「幻想的にライトアップ 小松・滝ケ原西山石切り場跡」より

註)7宇都宮美術館 石の街うつのみや 大谷石をめぐる近代建築と地域文化 他山の石➀石川県の巻2
http://u-moa.jp/event/ishinomachi2017/2016/10/21/20161021/index.html   (2021.12.19閲覧)


註8)北國新聞 2021年8月31日 「観音下石 幻の石材に」より

註9)小松市立博物館 展示パネルより(2021.12.25見学)

註10)小松市 日本サミットin小松
https://www.city.komatsu.lg.jp/soshiki/kankoubunka/ibento_omatsuri/4/12748.html     
(2021.12.23閲覧)

註11)一般社団法人 こまつ観光物産ネットワーク 石がアートに変わる!?「小松観光物産ネットワーク」
https://prtimes.jp/main/html/rd/p/000000001.000040626.html
(2021年12.27閲覧)

註12)石材 荒谷商店 店舗施工例
https://arayasyouten.jimdofree.com/%E5%BA%97%E8%88%97-%E6%96%BD%E5%B7%A5%E4%BE%8B/

註13)大西石材
https://www.ohnishi-sekizai.jp/  (2021.12.29閲覧)

註14)TAKIGAHARA FARM TAKIGAHARA CAFÉ
https://takigaharafarm.com/   (2021.12.19閲覧)




添付ファイル  参考資料(画像)


参1)大西石材 屋根の棟石 滝ケ原石
https://www.ohnishi-sekizai.jp/2018/07/17/%E5%B1%8B%E6%A0%B9%E3%81%AE%E6%A3%9F%E7%9F%B3-%E6%BB%9D%E3%83%B6%E5%8E%9F%E7%9F%B3/ (2021.12.25閲覧)

参2)小松市 日本サミットin小松 
https://www.city.komatsu.lg.jp/soshiki/kankoubunka/ibento_omatsuri/4/12748.html(2021.12.20)

参3)大西石材
https://www.ohnishi-sekizai.jp/ (2022.1.2閲覧)    

参4)品川カフェ ブルーボトルコーヒー
https://store.bluebottlecoffee.jp/pages/shinagawa  (2021.12.22閲覧)

参5)帝国ホテル中央玄関 博物館明治村
https://www.meijimura.com/sight/%E5%B8%9D%E5%9B%BD%E3%83%9B%E3%83%86%E3%83%AB%E4%B8%AD%E5%A4%AE%E7%8E%84%E9%96%A2/ (2021.12.28)

参6)
武庫川女子大学甲子園会館(旧甲子園会館)-建築について 外部空間の魅力より
https://www.mukogawa-u.ac.jp/~kkcampus/kenchiku/kenchiku_s02.html (2021.12.28閲覧)
参7)環境王国こまつ 観音下石切り場(小松市)
https://kankyo-okoku-komatsu.jp/article/952/) (2021.1.4)

参8)北陸中日新聞 あの名建築に小松産 国会仕様の「日華石」2013年12月28日
https://www.chunichi.co.jp/article/35217

参9)河田山古墳群史跡資料館(小松市)
https://www.city.komatsu.lg.jp/soshiki/maizoubunkazai/2300.html

参10)仏御前屋敷跡・仏御前墓(小松市教育委員会) https://www.city.komatsu.lg.jp/material/files/group/13/city005hotokegozen.pdf

参11)北陸発、オトナ遊びを尽くす写真部 鵜川石切り場跡撮影会https://focusphoto.jp/post/184194539365/%E9%B5%9C%E5%B7%9D%E7%9F%B3%E5%88%87%E3%82%8A%E5%A0%B4%E8%B7%A1%E6%92%AE%E5%BD%B1%E4%BC%9A (2022.1.12閲覧)

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