NPO法人 COOL KANAZAWA実行委員会 理事長 総合ディレクター岡本恭子氏による現代的な茶道様式への挑戦

矢部 恵子

はじめに

伝統文化を後世に継承することは大切であり、そして難しいことでもある。 生活様式の欧米化や人口減少を避けられない日本の課題だ。 茶道は日本が世界に誇る文化で、この継承についても、多くの人が様々な取り組みをしている。
本報告書では、石川県金沢市を拠点に活動する、NPO法人 COOL KANAZAWA実行委員会理事長 総合ディレクター岡本恭子氏による現代的な茶道様式への挑戦について考察した。

1.基本データと歴史的背景

岡本氏は、2007年より、様々な新しい茶会のスタイルに取り組んでいる。その挑戦のためにNPO法人を立ち上げた。(資料1) 筆者は、2021年4月25日に開催された「李禹煥と向きあう茶会」(資料2)に参加し、岡本氏の活動を知った。

2015年の文化庁の調査によると、茶道の現状の主たる問題点は、茶道人口の高齢化と減少である。(資料3) 日本の現代の住宅は、和室や庭がないことも多く、正座をする、和服を着る機会を持たずに生活する人は多い。筆者もその一人だ。

茶道のみならず、芸術、伝統文化継承の歴史においては、転換点や、発展、衰退がある。 残すべき伝統とは何か、どのように後世に継承するのかという問題意識は、伝統文化に携わる者が誰しも持っているはずだ。そしてその道は順風満帆ではなく、正解もない。
岡本氏の活動は開始からすでに15年が経過し、様々な挑戦の経緯がある。(資料4)

本報告書は筆者が参加した茶会の記録(資料2)と、岡本氏へのインタビュー(資料5)をもとに作成した。

2.事例のどんな点について積極的に評価しているのか

本活動を評価している点は二点ある。まず、岡本氏の継続的な挑戦の実績である。岡本氏は周囲からの厳しい評価を受けながらも、新しい茶道への挑戦を継続している。(資料5-質問2/質問3)もう一点は、その取り組みが斬新で、且つオーセンティックであるということだ。

筆者が参加した「李禹煥と向きあう茶会」(資料2)を参考にし、それを掘り下げる。下記の5つのポイントを例に挙げ、総合的に考察した。

<1>会場
21世紀美術館(1)という1900年以降の作品を主に展示している現代的な美術館にて開催し、椅子式を用いた

<2>掛け軸
李禹煥(リ・ウーファン1936年-)のCorrespondence(2000)を使用 (2)

<3>衣装
ISSEY MIYAKE(3)や SOU SOU(4)の洋装を用いた

<4>茶道具
現代作家の制作したものを使用(資料2)

<5>お菓子
主菓子は金沢の吉はし(5)、干菓子は京都のUCHU(6)のものを用い、伝統的な金沢の和菓子店と先進的な京都の和菓子店のものを併せて使用

<1>~<5>を総合して言えることは、この茶会が、単に奇をてらったり、現代風の茶会に転換されただけものではないということだ。現代人になじみの少ない正座を椅子式に変えることや、和装を洋装にするなど、茶会の要素を置き換えることは容易だが、この茶会はそれとは異なる。すべてがこの茶会の目的にあわせてデザインされ、表現されたものだ。岡本氏の茶会は、伝統的な茶道の本質を咀嚼し、新しい解釈を加え、発展させている。

茶道は「書」「花」「香」「歌」「焼物」「菓子」「庭」「建築」など、それぞれが道として大成している分野を一度に楽しめる総合芸術といわれる。(7)

この茶会では、李禹煥という著名な作家の現代アートや、工夫の凝らされた菓子が用意され、現代作家の茶道具が用いられていた。若手作家が茶を立て、自らの言葉で自分の作品を説明する場があった。庭を持たない美術館という場所で、花を飾るという要素を敢えて取り除いたことは、この茶会の重要な表現なのだ。

現代では、茶会に洋花を取り入れるものもある。茶の湯の歴史を考えればよいものならば取り込むのが茶の湯の生命力の強さである、と著述家の神津朝夫(1953-)は述べている。(8)

しつらいに込められた亭主のもてなしの趣向を感じるということが、茶会の目的や楽しみであるのであれば、招かれた客が、敢えて花を飾らないという亭主の趣向を感じ、それを意味づけ、解釈するということができるのである。

岡倉天心(岡倉覚三/1863年-1913年)は、茶道は雑然とした日々の暮らしに身を置きながらそこに美を見出し、敬い尊ぶ儀礼である(9)と述べ、優美主義としての茶道に意義を唱えている。
道具や儀礼が重要である一方で、その背景となるものを重要視するということだ。 岡本氏の茶会にはその奥深さがある。

3.国内外の他の同様の事例と比較して何が特筆されるのか

茶道を後世に継承するためには、茶道人口を増やすことが重要である。茶道を始める人を増やし、継続してもらうことだ。

比較対象として、初心者が茶道を始める入り口となる取り組みをしている団体を参照した。 現代人が、気軽に習い事を始めるときに、参照するのは、「ストアカ」(10)などのウェブサイトである。 本サイトで「茶道」を検索すると、対面で233件、オンラインで106件のレッスンがヒットし、様々なバックグラウンドの講師が茶道レッスンを行っている。(資料6)
インターネット検索で、45分のレッスンを1000円代の料金で体験する。スマートフォンを机の上に置き、気軽な体験ができる。このようなプロセスは、茶道が難しいと感じる初心者の心理的なハードルを下げる。
気軽な体験が大切だと思う一方で、単に、茶会を簡素化、カジュアル化するだけでいいのだろうか。賛否が分かれるところであるし、正解はない。

繰り返しになるが、岡本氏の茶会は、簡素化されたものではなく、オーセンティックな茶道の世界観がある。私はその点を特筆したい。

岡本氏は、海外でも茶会を開催し、茶道文化を広めている。(資料5-質問6) 外国人を相手にする際は、敢えて、日本的な伝統にこだわり、正式な茶会をするという。日本人ですら、継承できずにいる和装や正座という文化、しきたりに関心を示す外国人は多く、彼らは茶の世界観に強い関心を寄せ、日本文化について理解を深めるのだという。
伝統的な茶道は、今後、国内ではなく、国外、世界中で継承され、また日本に戻るというような歴史をたどるのかもしれない。

4.今後の展望について

前述したように、茶道人口を増やすためには、茶道への関心を集め、始めるハードルを下げ、且つ、継続してもらうことが重要である。岡本氏の活動においても課題があり、様々な模索をしてきているという。
パートナーシップが問題解決の糸口となる。現状はよいパートナーを見つけることに苦労している様子だ。 (資料4‐質問7)岡本氏の情熱は高く、茶会のデザイン、プロデュースには、詳細においてこだわりがある。 それを理解し、展開を広げる資質を持つパートナー選びは難しいが、それがこの活動を大きく発展させる可能性を持っている。

岡本氏が茶道具の若手作家の支援をしていることは先に述べたが、2022年11月、岡本氏は、大阪のうめだ阪急百貨店の『週末はお茶遊び』という催事に出店した。(資料7)
「週末は自宅で特別感のある時間を楽しみたい」「一日の終わりは気持ちをオフに切り替えてリラックスしたい」という対象者が気軽に楽しめる茶道具の提案の催しだ。
現代的な茶道具や、ブルーライトを当てると文字が浮かび上がる新感覚の掛け軸などを用いて、百貨店という不特定多数の人が訪れる場所 で、茶道に所縁ない人に関心を持ってもらうタッチポイントとした。このように、新たな機会を逃さずとらえる姿勢が、岡本氏の活動を発展させていくことになるのだろう。

5.まとめ
以上、岡本氏による現代的な茶道様式への挑戦についての評価報告書をまとめた。 茶道というこの素晴らしい文化を後世に残していくためには、様々な考え方、方法がある。 挑戦には困難が伴う。岡本氏の取り組みは、その偉大な挑戦といえるのである。

  • 81191_011_31683244_1_1_%e6%9d%8e%e7%a6%b9%e7%85%a5%e3%81%a8%e5%90%91%e3%81%8d%e3%81%82%e3%81%86%e8%8c%b6%e4%bc%9a%e3%83%91%e3%83%b3%e3%83%95%e3%83%ac%e3%83%83%e3%83%88%e7%94%bb%e5%83%8f%ef%bc%88 李禹煥と向きあう茶会パンフレット画像(筆者撮影)
  • 81191_011_31683244_1_2_%e8%b3%87%e6%96%99%ef%bc%91_page-0001 資料1
  • 81191_011_31683244_1_3_%e8%b3%87%e6%96%99%ef%bc%92_page-0001 資料2
  • 81191_011_31683244_1_4_%e8%b3%87%e6%96%99%ef%bc%93_page-0001 資料3
  • 81191_011_31683244_1_5_%e8%b3%87%e6%96%99%ef%bc%94_page-0001 資料4
  • 81191_011_31683244_1_6_%e8%b3%87%e6%96%99%ef%bc%95_page-0001
  • 81191_011_31683244_1_6_%e8%b3%87%e6%96%99%ef%bc%95_page-0002 資料5
  • 81191_011_31683244_1_7_%e8%b3%87%e6%96%99%ef%bc%96_page-0001 資料6
  • 81191_011_31683244_1_8_%e8%b3%87%e6%96%99%ef%bc%97_page-0001 資料7

参考文献

<註釈 >

(1)金沢21世紀美術館ホームページ(コンセプト)より抜粋
石川県金沢市に所在する「新しい文化の創造」と「新たなまちの賑わいの創出」を目的に開設された美術館
https://www.kanazawa21.jp/data_list.php?g=11&d=1 (2023年1月2日閲覧)

(2)李禹煥(リ・ウーファン1936年-)もの派を代表する現代美術家

(3) ISSEY MIYAKE 三宅一生が創設した世界的なファッションブランド

(4) SOU SOU  日本の四季や風情をポップに表現したテキスタイルデザインを製作する京都のブランド *SOU SOU ホームページより抜粋
https://www.sousou.co.jp/?mode=f95 (2023年1月2日閲覧)

(5)吉はし菓子所
石川県金沢市東山2丁目2−2所在 金沢の老舗の菓子店 (昭和22年創業)

(6)UCHU WAGASHI
「人をわくわくさせたり、しあわせにする和菓子」をコンセプトにしている京都の菓子店
http://uchu-wagashi.jp/?mode=f5(2023年1月2日閲覧)

(7) 和日時-wabiji ホームページ
茶事・茶会・茶席を知るより抜粋 (2023年1月2日閲覧)
https://wabiji.info/description/contents/know/sado-jargon/

(8)茶の湯と日本文化
 神津朝夫『茶の湯と日本文化』淡交社 2012年 第7章 花 P157

(9)新訳茶の本
岡倉天心 『新訳茶の本 ビギナーズ』 角川書店 2005年 第1章 P16

(10)ストアカ 
教えたいと学びたいをつなぐまなびのマーケットというコンセプトで、スキルシェア目的としたプラットフォーム

<参考文献>
岡倉天心 『新訳茶の本 ビギナーズ』 角川書店 2005年
加藤恵津子『<お茶>はなぜ女のものになったか』紀伊国屋書店 2004年
神津朝夫『茶の湯の歴史』、角川選書、2009年
神津朝夫『茶の湯と日本文化』淡交社 2012年
野村朋弘『伝統文化』淡交社 2018年

雑誌『 淡交別冊78 裏千家十一代玄々斎の茶と時代』淡交社 2020年
雑誌『Casa BRUTUS特別編集 茶の湯とデザイン大全。』マガジンハウス 2022年

<参考WEBページ>
金沢21世紀美術館ホームページ
https://www.kanazawa21.jp/data_list.php?g=11&d=1 (2023年1月2日閲覧)

ストアカホームページ https://www.street-academy.com/  (2022年11月23日閲覧 )

中日新聞記事ホームページ 「新世代の工芸で一服を 5、6日に21美で茶会」
2022年10月27日 05時05分 (10月27日 11時36分更新)
https://www.chunichi.co.jp/article/571030  (2022年1月7日閲覧 )

阪急うめだ本店 イベント情報 - 投稿 | Facebook 
https://www.facebook.com/story.php?story_fbid=3356332701270777&id=1784535571783839&m_entstream_source=permalink (2022年11月30日閲覧 )

文化庁文化財部 資料 平成 27 年度 伝統的生活文化実態調査事業報告書
h27_dentotekiseikatsubunka.pdf  (2023年1月7日閲覧 )

和日時-wabiji ホームページ
茶事・茶会・茶席を知る
https://wabiji.info/description/contents/know/sado-jargon/ (2023年1月2日閲覧)

NPO法人 COOL KANAZAWA実行委員会 ホームページ 
http://www.coolkanazawa.com/ (2022年10月25日閲覧 )

SOU SOUホームページ
https://www.sousou.co.jp/?mode=f95 (2023年1月2日閲覧)

UCHU WAGASHIホームページ
http://uchu-wagashi.jp/?mode=f5(2023年1月2日閲覧)

You tube チャンネル tak tak による茶会の記録 (岡本氏のご子息のチャンネル)
https://www.youtube.com/@okataku2/videos (2022年1月7日閲覧)

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