国境で育まれるグローバルに開かれた学びコミュニティ「対馬グローカル大学」

古田 玲奈

1.はじめに
日本は、少子高齢化社会と言われて久しく、過疎化問題に歯止めがかからない自治体が多い。私の故郷である対馬も例外ではない。魏志倭人伝に登場するほど歴史の深い地であり、近年では鎌倉時代の元寇襲来の対馬を舞台にしたPS4ゲーム『GHST OF TSUSHIMA』*1が世界的にも人気を博しているものの、過疎化は加速している*2。
その対馬市では、島民や、対馬に興味のある人々に対して対馬について学び、交流できる場である「対馬グローカル大学」が設置され、受講料無料で学ぶことができる。この対馬グローカル大学は学校教育法に基づく教育機関の大学ではなく、域学連携事業の一環として大学や研究者と連携しながら様々な分野を学ぶことができる場となっている。

2.基本データ
(1)長崎県対馬市*3
人口:28,833人
世帯数:14,685世帯
位置:九州最北端にあり、南北82km東西18km。海岸線は915kmあり、標高500m前後の山々で形成されている。福岡までは海路138kmだが、韓国・釜山までは49.5kmである。

(2)対馬グローカル大学*4
開講:令和2(2020)年9月
受講者数:島民102人、島外59人の合計161人
受講内容:YouTubeで配信されている講義動画が約70本、ライブ配信講義が約20回予定されている『web講義』*5と、環境、社会、教育、ビジネス、持続可能性、食、ものづくり、高校生の8つのゼミが島内外の受講者と大学教員や専門家等と繋がりながら学びあう『オンラインゼミ』が月1回開催される。さらに、コミュニケーションツール「Slack」*6を活用して、受講生と講師、スタッフ(自治体担当者等)が交流し、プロジェクトの企画等を行う事ができる『仮想研究室』では遠隔地に居ながら協働することが可能となっている。また場合によってはフィールドワークも行われる。
受講方法:Zoom、slack、YouTube*7

(3)歴史的背景
平成26(2014)年に「対馬市域学連携地域づくり推進計画」を策定し*8、令和2(2020)年にSDGs未来都市に選定されている*9。そして持続可能な島づくりのためにも、「質の高い教育」による「人づくり」が重要な施策とし、市民の教養や専門性を高めて議論しあえる場を必要と考え、また「対馬ファン」として島外の人たちも関わり続けられる場としても構想されて今に至っているのである*10。

3.評価する点
対馬では、島外から島を訪れることも*11、島内の移動も時間や資金がかかるという地理的リスクがある*12。だがこの対馬グローカル大学ではICTの活用により、市民だけに限らず、「いつでもどこでもだれでも学べる場」を形成することにより、受講者の時間や金銭的リスクを回避するだけでなく、近年のコロナ禍においても世界中からアクセス可能という開かれた場となっている。
また、対馬がもつ長い歴史や食といった独自の文化*13や、大陸と日本列島をつなぐまたは独自に進化した動植物の生態*14、環境や資源といった島の多様な資産が抱える問題*15や価値の再確認を島民以外も能動的に知ることができ、交流することができる場が無償で提供され、自治体や専門家に対してリアルタイムで問題や意見が届くということも評価に値する。
さらに、早い段階で計画を市民に公表しており、段階を踏んだ組織づくりがおこなわれることにより、対外的に認知度を上げる効果をもち、空き家活用方法といった自治体が抱える問題を受講修了生がビジネスとして運営したり、移住して農業を始めたといった成果例もある*16。
実際に、web講義(ライブ配信)に参加した際*17の感想であるが、大学教授の講義はわかりやすく、島民からは初めて知る事実に驚きの声が出たり、大学が研究するうえで困っている部分を島民の生活上で上手く解決できないかという提案が起きるといった場面もあり、日々の生活の中で身の回りの当たり前に見える風景やモノに対して常に問題意識をもつことができるようになるのではないかと考える。

4.国内の他の事例
対馬グローカル大学のように、SDGs未来都市に選定されているほかの自治体や、同じような離島で深刻な過疎化問題を抱える自治体を調査してみたが、類似した域学連携による多角的なコミュニティが形成されている事案を見つけるのは大変難しかった*18。それだけ、対馬グローカル大学の動きは時代を先駆けているともいえる。
自治体主体ではないが、慶応義塾大学SFC研究所*19「みらいのまちをつくる・ラボ」*20では、日本各地で深刻化が増す一方である、人口減少や高齢化社会の中で、持続可能な地域づくりについて大井町(東京都品川区)を社会実践の舞台として、環境、建築、都市計画、テクノロジー、コミュニティ等の複合的な視点から様々な実践的研究を行っている。
2018年に開設されたこのラボは、SDGsの17個のゴールの内「3.すべての人に健康と福祉を」、「5.ジェンダー平等を実現しよう」、「7.エネルギーをみんなにそしてクリーンに」、「11.住み続けられるまちづくりを」を目標にしているプロジェクトチームである。三年間にわたる研究活動計画の概要をみるに、1年目は持続可能な発展をもたらす次世代の地域づくりについて研究され、2年目にその研究成果をいかしながら、大井町の様々な人たちと協働することで、様々なプロジェクトを立ち上げ、3年目に研究成果を対外的に発信し、研究プロジェクトの継続的な発展を図るとしている。
ラボのホームページに掲載されているプロジェクトは、「バリアフリーのまちづくりプロジェクト」、「都市のマイクロバイオーム研究プロジェクト」、デザイン視点からの街づくりの「スマートシティプロジェクト」、「域学連携プロジェクト」、「空間づくり・アクティブマテリアルプロジェクト」、「大井町コミュニティキャンパスプロジェクト」、「e-Sports解析プロジェクト」がある。
中でも、「大学連携による地域づくり」の実践研究を行われている飯盛義徳教授のインタビュー記事でも、「地域外の若者の視点、存在が地域づくりにおいて重要なポイントになってくることがわかってきました」とある*21。このことから、島内外から受講生を受け入れている対馬グローカル大学内での視野も広がりをみせるのではないかと期待する。
また「大井町コミュニティキャンパスプロジェクト」では協働が推進される場とはどういったものかを空間と仕掛けの両方から研究が行われている。低コストで可変性の高い空間を作り、コミュニティに資する空間づくりが試行錯誤されており*22、今後のコロナ禍が去ったあとのオフラインコミュニティの空間づくりの参考になるのではないだろうか。

5.今後の展望
この対馬グローカル大学のように、学べる場づくりを自治体が行うことで、専門家と島民との橋渡しや、一個人では限界があるコミュニティづくりが可能なっている。これにより、様々な「知」へのアクセス、発見が相互利益として生まれているといえる。そこから、新たなプロジェクトの創生や研究者たちへの情報協力が結ばれて、自然や文化の保護、地域活性に結びつく原動力になるといえるのではないだろうか。
また、学びの空間づくりとしてさらにICT発展を利用し、メタバース空間に対馬のランドマーク等を再現し、そこでイベント等を行うといったコミュニケーションを取ることで、「勉強」「大学」という言葉に抵抗を持つ人たちや海外から気軽に参加できない人たちとのアクセスポイントとしても展開できるのではないだろうか。
対馬グローカル大学事務局の高田氏に今後の展望について尋ねたところ、大学修了後も、活動の継続や新たにプロジェクトが生まれ続け、修了生、受講生、先生がいつでも交流できるコミュニティとなっているため、さらに活性化し、アイデアが共有されながら、励ましあい、活動できる場になっていってほしいとのことであった。また、この学び方や活動、ライフスタイルが広く認められることによって、持続可能な島づくりや島ぐらしが各地で作られてほしいとあった。確かに、この対馬モデルの活動はあまり類がないが、多くの地域で抱える過疎化問題やSDGsの課題対策に有効な部分も多いといえるのではないだろうか。
最後に、現在は自治体が中心となっているコミュニティであるが、今後は対馬を思う市民や島外の人々による自律分散型組織(DAO)*19へと発展していく可能性も秘めていると考え評価する。

  • 1 美しいリアス式海岸が広がる湾では、真珠養殖等が盛んで漁場も豊かです。
    【写真提供】
    対馬市・対馬グローカル大学(撮影者:前田剛さん、高田陽さん)
  • 2 天然記念物のツシマヤマネコは日本各地の動物園でも繁殖飼育が研究されています。
    【写真提供】
    対馬市・対馬グローカル大学(撮影者:前田剛さん、高田陽さん)
  • 3 対馬に流れ着く国内外のごみ。中には、医療ごみや危険を意味するマークが表示されているごみまであります。
    【写真提供】
    対馬市・対馬グローカル大学(撮影者:前田剛さん、高田陽さん)
  • 4 自治体や市民、国内外の学生等も参加してボランティアでごみを拾っています。
    このごみの処分費用は自治外が負担するので、財政にも影響しています。
    【写真提供】
    対馬市・対馬グローカル大学(撮影者:前田剛さん、高田陽さん)
  • 5 観光ツアーでも人気のシーカヤックは最近テレビ番組でも取り上げられていました。
    【写真提供】
    対馬市・対馬グローカル大学(撮影者:前田剛さん、高田陽さん)
  • 6 対馬から見た韓国・釜山の夜景です。以前著者が赴いた時は、釜山港での花火が打ちあがるところを肉眼でみることができました。また、海にはイカ釣り漁船の漁火がとても幻想的です。
    【写真提供】
    対馬市・対馬グローカル大学(撮影者:前田剛さん、高田陽さん)
  • 7 対馬グローカル大学パンフレット、5~6ページ
    撮影:著者(2022年1月18日撮影)
    ※掲載許可確認済
  • 8 対馬グローカル大学パンフレット、9~10ページ
    撮影:著者(2022年1月18日撮影)
    ※掲載許可確認済

参考文献

【註】
*1:「GHOST OF TSUSHIMA」は、2020年7月にPlayStation4用オープンワルド時代劇アクションアドベンチャーゲームであり、鎌倉時代に起こった元寇をテーマに制作され、発売から4か月で世界累計実売本数が500万本を突破している(2020年11月11日時点)。
*2:参考閲覧「対馬市・人口(国勢調査)」参照。
*3:参考閲覧「対馬市ホームページ・くらし行政」参照。
*4:参考閲覧「対馬グローカル大学」、「withnews」参照。
*5:後日アーカイブ視聴可能。
*6:2013年に米国でリリースされたビジネス向けのオンラインチャットツール。
*7:パンフレットにも大きな字と図解でわかりやすく使用方法が記載されており、利用者の中にも定年退職後に島で暮らす人も参加している。
*8:参考閲覧「対馬市域学連携地域づくり推進計画」参照。
*9:参考閲覧「内閣官房・内閣府総合サイト地方創生」参照。
*10:SDGs推進におけるゴール4のターゲット7「ESD」(持続可能な開発のための教育)を目指す指針。
*11:島外との交通は、航空路と海路しかなく、飛行機で福岡空港と長崎空港への発着。高速艇やフェリーが博多港や釜山港へそれぞれ運航している。
*12:島に高速道路はなく、山間の道等、市役所のある厳原まで最北の比田勝から4時間ほどかかる。中には船で渡らねばならぬ地域もあり、民間のバスも主線経路でも1~2時間に1本程度で最終便も19時以降ない。また、ガソリン代も九州本土と比べて割高である。
*13:島の中には神話の伝説が数多く遺り、魏志倭人伝でも一つの国として登場する。また、せんだんごやろくべえ等の発酵食品や江戸時代の石高(10万石)に合わせるために砂糖等が幕府から贈られたことによる豊かな砂糖文化等もある。
*14:天然記念物のツシマヤマネコ、ツシマテン、対馬にしか生息しない植物や大陸に生息する植物、渡り鳥のアカハラダカが観測できる。近年では、絶滅したはずのカワウソが発見されている。
*15:地球温暖化による海資源の激変やプラスチックごみなどの海洋汚染等。
*16:対馬グローカル大学事務局・高田氏への質問の回答より。
*17:2021年11月19日開催佐々木浩氏(筑紫女学園大学現代社会学部教授)「対馬のカワウソ学~これまでとこれから」を対馬グローカル大学事務局のご厚意により受講。
*18:参考閲覧「内閣官房・内閣府総合サイト地方創生」、「小牧市公式ホームページ・SDGs未来都市について」、「五島市ホームページ」参照。
*19:参考閲覧「SFC研究所とは」参照。
*20:参考閲覧「みらいのまちをつくる・ラボ」参照。
*21:参考閲覧「飯盛義徳教授インタビュー/地域づくり全般・コミュニティ形成研究」参照。
*22:参考閲覧「宮垣元教授インタビュー/コミュニティ形成の拠点・空間づくりの研究」参照。
*23:Decentaralized Autonomous Organizationの略。

【参考文献】
芳洲会編著『つしまっ子 郷土読本』交隣舎出版企画、2016年
椎川忍、牧慎太郎、澤田史朗、野﨑伸一、井上貴至、前神有里、後藤好邦、吉弘拓生編著『飛び出す!公務員 時代を切り拓く98人の実践』学芸出版社、2021年
飯盛義徳編著・西村浩・坂倉杏平・伴英美子・上田洋平著『場づくりから始める地域づくり 創発を生むプラットフォームの作り方』学芸出版社、2021年


【参考閲覧資料】
対馬グローカル大学事務局発行『対馬グローカル大学』パンフレット
Playstation「GHOST OF TSUSHIMA」(https://www.playstation.com/ja-jp/games/ghost-of-tsushima)2022年1月14日閲覧
Slack(https://slack.com/intl/ja-jp)2022年1月14日閲覧
対馬市ホームページ・人口(国勢調査)(https://www.city.tsushima.nagasaki.jp/gyousei/soshiki/shimadukuri/seisakukikakuka/tokei/1278.html)2022年1月23日閲覧
対馬市ホームページ・くらし行政(https://www.city.tsushima.nagasaki.jp/gyousei/index.html)2022年1月11日閲覧
対馬市・域学連携「対馬市域学連携地域づくり推進計画」(https://www.city.tsushima.nagasaki.jp/gyousei/sangyo/SDGs/ikigaku/3559.html)2022年1月11日閲覧
対馬グローカル大学(https://tsushimaglocal-u.com/)2022年1月11日閲覧
withnews「地域の魅力、輝かせる術はオンライン 国境の島で始まった大人の学び」(https://withnews.jp/article/f0211003001qq000000000000000W0h210701qq000023684A)2022年1月11日閲覧
朝日新聞「「対馬の将来像」考えた 高校生がアクションプラン発表」(https://www.asahi.com/articles/ASPBM6TD3PBCTOLB005.html)2022年1月12日閲覧
総務省「地域緑の創造・地方の再生」(https://www.soumu.go.jp/main_sosiki/jichi_gyousei/c-gyousei/index.html)2022年1月12日閲覧
内閣官房・内閣府総合サイト地方創生・2021年度SDGs未来都市及び自治体SDGsモデル事業の選定について「愛知県小牧市提案資料」(https://www.chisou.go.jp/tiiki/kankyo/teian/2021sdgs_pdf/teian/komakisi.pdf)2022年1月11日閲覧
小牧市公式ホームページ・SDGs未来都市について(https://www.city.komaki.aichi.jp/admin/soshiki/shicokoshitsu/hisyo/shiseisenryaku/01/34469.html)2022年1月12日閲覧
慶応義塾大学SFC研究所「SFC研究所とは」(https://www.kri.sfc.keio.ac.jp/ja/about/)2022年1月14日閲覧
慶応義塾大学SFC研究所「みらいのまちをつくる・ラボ」(https://www.kri.sfc.keio.ac.jp/ja/lab/cast/)2022年1月14日閲覧
みらいのまちをつくる・ラボ「飯盛義徳教授インタビュー/地域づくり全般・コミュニティ形成研究」(https://oimachi-keio.com/topics/isagai-interview/)2022年1月14日閲覧
みらいのまちをつくる・ラボ「宮垣元教授インタビュー/コミュニティ形成の拠点・空間づくりの研究」(https://oimachi-keio.com/topics/miyagaki-interview/)2022年1月14日閲覧

【写真提供】
対馬市・対馬グローカル大学(撮影者:前田剛さん、高田陽さん)
※コロナ禍ということもあり現地に赴いての撮影が難しい状況であったところ、快く写真をご提供いただきました。

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