「肥前やきもの圏」長崎県波佐見町の町づくりデザイン

山口 美登志

はじめに

“Comprador/コンプラドール”

17~19世紀にかけて長崎県波佐見地区では、長崎の出島からオランダ東インド会社を通じて酒や醤油を海外に輸出するため、その容物として「コンプラ瓶」と呼ばれる陶製の瓶を盛んに生産していた。このコンプラ瓶の名は、ポルトガル語で仲買人のことをコンプラドールといい、輸出に関わる商人をコンプラ商人と呼んでいたことに由来する。
1616年に佐賀県有田町で創始した国内の磁器生産が2016年で400周年を迎え、有田町の下請けであった長崎県波佐見町でも400周年の記念事業が行われた。波佐見町では、主役ではなく容物としての脇役的立場であったことを逆手にとって「HASAMIコンプラプロジェクト」というイベントを立ち上げ、地域や人を繋ぐ「仲買人」として、特に人材育成に力を入れたプログラムで独自の方向性を見出した。波佐見町では、以前から若いクリエイターの受け入れを始めており、その方向性をより明確にしたものといえる。そして今や、若い人に限らず広い世代に好感度を得てリピーターを増やすことに成功している。その町づくりのデザインについて、地方再生のひとつのモデルとして評価を行う。

1 基本データと歴史的背景

長崎県東彼杵郡波佐見町は、人口約1万5千人、総面積56k㎡で、長崎県で唯一海を持たない。日本磁器発祥の地・佐賀県有田町の隣に位置し、日本遺産「日本磁器のふるさと 肥前 ~百花繚乱のやきもの散歩」(註1)の一員である。
波佐見焼は、有田焼と同じく16世紀末に豊臣秀吉の文禄・慶長の役で朝鮮から連れてこられた陶工によって始められた。17世紀初頭、有田で日本初の磁器が焼かれると肥前地方一帯に磁器生産が広まっていった。波佐見では青磁や呉須絵(藍青色)の染付磁器が多く生産された。特に「くらわんか茶碗」と呼ばれる庶民向けの日用食器の一大産地として大量生産をしていた。17世紀中頃になると出島からヨーロッパへの輸出が始まった。その後は世界情勢の変化により、有田共々に繁栄と衰退の運命をたどる。明治以降は高級品の有田焼と一般家庭用の波佐見焼それぞれに一時隆盛を見せたが、近年はライフスタイルの変化などで陶磁器自体の需要が伸び悩んでいる。

2 新しい町づくりのデザイン

2-1「HASAMIコンプラプロジェクト」

2016年、波佐見町の地方創生事業として官民・産学連携の「HASAMIコンプラプロジェクト」が開催された。波佐見焼発祥400年の節目を迎え、伝統産業を中心に、観光、人材育成、移住を促進するという目的で、多彩なプロジェクトが行われた。若者に地元の魅力を体感させ、一方で波佐見焼の新たな可能性を探る。
そのプログラムは、波佐見高校×カメヤマキャンドルハウス:コンプラ灯篭インスタレーション、波佐見高校×「サイネンショー」、HASAMI「18 gold」:高校生が設立する架空の会社、使い捨てない紙コップ/紙皿陶磁器というアイディア、PTプロジェクト:波佐見と武雄「肥前のカップ」、光る飛び石:透光性磁器の活用、世界フラワーガーデンショー2016:DMO組織・金富良社の取り組み、ソトガワ美術館:外側としての地方文化を発信する架空の美術館、というように充実したものである。(註2)
どのプログラムにも内外のデザイナーが入っており、それぞれの内容は先進的である。プロジェクトを若い人にゆだね、新しい価値観を模索しようとするものである。このプロジェクトの成果は東京と京都でも発表され、「次の日常を考える」というコンセプトは多くの共感を得た。

2-2「陶郷 中尾山」

波佐見町中尾山(註3)は、1644年の皿山成立から江戸時代の後期まで、主に日用食器の産地として栄え、世界最大級の登窯を有し大量生産をしていた。現在でも20程度の窯元・商社が営業しており、中尾山の春の恒例となった陶器まつり「桜陶祭」は2018年で30回を迎えた。町は交流人口の拡大を目指して、2014年に結成されたツーリズム研究会を2016年にNPO法人化し、活動拠点施設として「文化の陶 四季舎」を中尾山に整備して、「陶農」(註4)をキーワードにグリーンクラフトツーリズム事業を展開している。
さらに中尾山界隈では、伝統ある窯に混じり県外から移住して新しいモノづくりにチャレンジしている若者たちがいる。山形出身で個性的な魚のオブジェを制作する「ながせ陶房」の長瀬渉さん、ハンドメイドにこだわる熊本の綿島健一郎さんとドイツ出身のミリアムさん夫妻の「Studio Wa2 」など新しい風が吹いている。

2-3「西の原エリア」

移住した陶芸家の長瀬さんとの出会いがきっかけとなり、東京出身の岡田浩典さんらが「西ノ原」地区の古い製陶所の跡地をカフェやセレクトショップ、ギャラリーなどが立ち並ぶファッショナブルなスポットに変えた。ショップは総じて品質がよいものを取り扱っていて、合間には適当な空きスペースがありくつろげる。今では口コミで若者に限らず広い世代の人々が集う場となっている。

3「肥前やきもの圏」の近隣地域の活動状況

佐賀県有田町と佐世保市三川内地区は、波佐見町と隣接して同様の伝統を持ち、それぞれの特徴を活かしながら異なるアプローチで活性化を図っている。

有田町では、2012年、百田陶園がデザイナー柳原照弘さんのプロデュースにより新ブランド「1616/Arita Japan」を創った。今までの豪華な有田焼のイメージを覆す、これが有田?と思えるような全くシンプルでモダンなデザインを投入し、これがパレスホテル東京やミラノサローネへの出品で大好評となり、世界的に知られることとなった。これを契機に、2016年、佐賀県は有田焼創業400年の記念事業として「2016/project」を立ち上げ、16組の窯元・商社とオランダを中心とする8ヵ国16組のデザイナーが手を組み、本格的に世界を視野に活動を広げることになった。有田陶器市も2018年で115回を迎え、伝統ある「九州山口陶磁展」も「有田国際陶磁器展」と名を変えて国際色も豊かに賑わいを見せている。

三川内焼は、17世紀初頭に平戸藩の御用窯として始まり「平戸焼」とも呼ばれた。その特徴は緻密な手仕事による繊細で可憐な美しさにある。歴史的にも高級品であり、日用品であっても高価である。今日の取り組みとしては、過去の名品の技術やデザインを復元して新商品の開発に繋げる意匠開発事業、首都圏バイヤー招聘事業、日本食ブームに乗ってオランダ・ドイツの国際見本市への参加などを行っている。今も世界最高の技術力を維持しているものの、一方で産地のまちづくりには力が入っておらず、少し疲弊感が見える。

4 今後の展望

波佐見は長い間、有田の脇役としての役割を担い、あくまで容物・パッケージとしての「ソトガワ」の文化を育んできた。そして今、少量多品種で個人に近く寄り添うカジュアルなスタイルがファンやリピーターを着実に増やしている。その原動力は、これまでブランドとしての地位も無く、また伝統を引き継いできた職人や商社にも閉鎖性が少ない、といった力みのない地域性から生まれた波佐見独特の柔軟性や包容力である。変化を受け入れ、人を受け入れる。
ここに魅力を感じる人々は、心地よい生活を演出するすこしだけ気の利いた普段使いのものたちとの付き合いを通じて、そこからごく自然に歴史と文化に想いを馳せるようになる。その周りには進化した有田焼や三川内焼が控えている。気軽さと深みが同居する。波佐見はこのいい塩梅を見つけている。そして独自の「空気感」「軽み」ともいえるものが波佐見には存在している。人々のサード・プレイス(註5)、第三の場所として。
平田オリザは「個々の価値観によって緩やかにつながる出入り自由な、そして小さな共同体を幾重にも幾層にも作り、さらにそのネットワークを広げていく。その小さな共同体で、小さな経済を回し、地域に誇りを持って生き、経済をも少しずつ活性化していくこと。(中略)私はその小ささにしか、日本の希望はないと考える(p63~64)」(平田、2013)と述べている。
肥前やきもの圏には、やきもの以外にも良質のお茶や温泉などの特産資源があり、地域ストーリーづくりやイベント交流など複合的に魅力化が推進されている。波佐見の地域デザインは「空気感」という、モノではないものを売ることにある。それは、やきもの振興だけにこだわらず、産業と芸術を人々の普通の生活に融合させることであり、緩くてしなやかな文化を創造していくことである。

  • 1-1 波佐見の歴史を象徴する「コンプラ瓶」 波佐見高校×カメヤマキャンドルハウス:コンプラ灯篭インスタレーション 出典 HASAMIコンプラプロジェクト http://hsmcpd.jp/
  • 2 西の原バス停 風景に溶け込む陶器製のアートベンチ(2018/4/30 筆者撮影)
  • 3 西の原の人気カフェ「モンネ・ルギ・ムック」 旧製陶所跡地一帯に洗練された画材や雑貨の店舗などがさりげなく立ち並び、レトロモダンな独自の空気感を演出している。(2018/1/27 筆者撮影)
  • 4 波佐見町西の原にて開催したイベント「はさみの森」 金富良舎+18金(波佐見高校美術工芸科)主催:一般社団法人 金富良舎 協賛:HASAMIコンプラプロジェクト 協力:波佐見高校美術・工芸科 エリック・ルオン(京都造形芸術大学助教授)+学生 後援:長崎新聞社 
    出典 www.news.ed.jp/hasami-h/artcraft-news-H29.html
  • 5 HASAMIコンプラプロジェクトのイベント「はさみの森」で好評を博した18金(波佐見高校美術工芸科)による1日限りのインスタレーション作品が、その後舞台美術としての使用依頼を獲得した。
    出典 www.news.ed.jp/hasami-h/artcraft-news-H29.html
  • 6 佐賀県有田町の「アリタセラ」(旧有田陶芸の里プラザ)内の「2016/」にてデザイナー藤城成貴さんの作品 藤城さんは有田焼の「赤」の優位性に着目した。(筆者私物)
  • 7 佐世保市三川内地区の「三川内焼窯元はまぜん祭り」 伝統の高い技術に裏付けられ、純白の白磁独特の高品質感を醸し出している。(2018/5/3 筆者撮影)
  • 8 波佐見町に移住し陶芸を営む「Studio Wa2 」(スタジオ・ワニ)の、熊本出身の綿島健一郎さん、ドイツ出身のミリアムさん夫妻。古民家をDIYで工房に改修し、一点一点手作り手描きのハンドメイドにこだわったフレッシュな作品を産みだしている。(2018/4/7 筆者撮影、2018/7/21 公開許可)

参考文献

(参考文献)
長崎県立大学編集委員会編『長崎の陶磁器』、㈱長崎文献社、2015年
長崎県立大学学長プロジェクト編『波佐見焼ブランドへの道程』、石風社、2016年
波佐見焼振興会編『波佐見は湯布院を超えるか』、㈱長崎文献社、2018年
野上建紀著『伊万里焼の生産流通史©―近世肥前磁器における考古学的研究』、中央公論美術出版、2017年
有田焼継承プロジェクト(山口隆昭、松本一起、美野田啓二)編『[有田焼創業400年 保存版]有田焼百景 談話 「永遠のいま」と生きる有田』、㈱ラピュータ、2016年
平田オリザ著 『新しい広場をつくる-市民芸術概論綱要』 2013年 ㈱岩波書店

(参考URL)
2016/ http://www.2016arita.jp/ 2018/6/16
1616/Arita japan https://www.1616arita.jp/ 2018/6/16
HASAMIコンプラプロジェクト http://hsmcpd.jp/ 2018/6/16
Hasamiコンプラプロジェクト-Home|Facebook https://hasami.net/ 2018/6/16 https://www.facebook.com/hasami.net/
一般社団法人 金富良社+18金Project-ホーム| Facebook https://m.facebook.com/hasami.comprasha/?locale2=ja_JP 2018/6/16
肥前やきもの圏|400年熟成観光地 http://hizen400.jp/ 2018/6/16

(註1)日本遺産「日本磁器のふるさと 肥前 ~百花繚乱のやきもの散歩」
2016年4月に日本遺産に認定された肥前窯業圏の唐津、伊万里、武雄、嬉野、有田、三川内、平戸、波佐見を指す。

(註2)「HASAMIコンプラプロジェクト」の概要
〈エデュケーション〉
①波佐見高校×カメヤマキャンドルハウス コンプラ灯篭インスタレーション カメヤマ㈱出身のキャンドルアドバイザー三浦茉莉さんを招き、コンプラ瓶型灯篭を使ったライトアップイベント。ねらいは、日本に伝わる陰翳礼讃というあかり文化を理解し、光と陰の関係や空間への影響や見る人の心理などを考え、イベントづくりの体験と企画に対するディスカッションをとおして、イベントをデザインすることの基本を学ぶことである。
②波佐見高校×サイネンショー  「サイネンショー」は現代陶芸家で京都造形芸術大学教授の松井利夫さんが2013年から始めたプロジェクトである。不用になった焼き物を回収し、それらをもう一度約1350度の高温で丸2日から2日半かけて焼き直す。思いもよらない姿になった器たちは、不思議な魅力を放つアート作品に生まれ変わる。廃品たちに、リサイクルを超えた新しい価値を与える。高校生が自ら持ち寄ったものを登り窯で焼き直し、東京展、京都展で実際に販売する。これらの一連の過程をとおして、ものの価値と循環について考えるプロジェクトである。
③HASAMI「18 gold」 高校生が設立する架空の会社 これも松井利夫さんのプランで、地元の高校生と産業界の若手が組んで架空の会社を設立し、作品(商品)の開発と販売を手がけることで、アートを「作品」ではなく「生きる技術」として捉える感覚を養成する。 
〈プロダクト〉
④使い捨てない紙コップ/紙皿陶磁器というアイディア 大量消費社会の産物である紙コップや紙皿を陶磁器で製作し、東京展、京都展で発表。大きな反響を得た。使い捨ての文化に対して疑問を投げかけ、価値観の転換について考える。
⑤PTプロジェクト 波佐見と武雄:肥前のカップ 肥前やきもの圏の一員である波佐見と佐賀県武雄に関わった二人の陶芸家、Philippe Barde(フィリップ・バルド、スイス)さんと松井利夫さんの共同企画であるPTプロジェクトを応用し、全く違う二人のデザインを半々で合体させる技法で「肥前のカップ」を作成した。
⑥光る飛び石 透光性磁器の活用 波佐見焼で開発中の透光性磁器という新材料を使って、波佐見出身の山口陽介さんと京都の猪鼻一帆さんの2人の庭師が光る飛び石を開発した。表面のパターンは波佐見出身で京都で活躍する現代美術家、松尾栄太郎さんがデザインした。これからの可能性が期待される。
⑦世界フラワーガーデンショー2016 DMO組織:金富良社の取り組み 佐世保市のハウステンボスで開催された世界フラワーガーデンショー2016において、波佐見の若手事業者によるDMO組織「金富良社」が、バルコニーガーデン部門に出展した。その展示には陶芸家の松井利夫さんと林秀行さんの作品もコーディネートされた。
〈エキシビション〉
⑧波佐見展 HASAMIコンプラプロジェクトの報告と現代陶芸家による講演を行い、陶芸のこれからを議論した。
⑨ソトガワ美術館 中身を説明するための外側である、コンプラ瓶の美学。そのソトガワに地方を重ね合わせて波佐見から発信するオウンドメディアとして、インターネット上に架空の美術館を設立した。情報の発信とともに、他地域からの情報も収集する。
⑩東京展 「次の日常を考える」をテーマに今回のHASAMIコンプラプロジェクトの全貌を紹介した。地方創生について多くの人に考えてもらう機会となった。
⑪京都展 東京展に続き、「次の日常を考える」をテーマに今回のHASAMIコンプラプロジェクトの全貌を紹介した。波佐見は文化・産業面で特に京都との結びつきに力を入れている。

(註3)波佐見町中尾山は、1644年頃に中尾川内皿山として成立し磁器生産が始まったとされる。波佐見では三股地区に次いで古い窯場である。有田から始まった国内の磁器生産は江戸時代の後期まで盛んに行われ、波佐見は主に日用食器の産地として栄えた。中尾上登窯は全長160m、下登窯は120m、永尾本登窯は155m、三股新登窯は100m、大新窯に至っては最近の調査では全長170mに及び、世界最大級といわれる。いかに大量生産をしていたかが分かる。

(註4)「陶農」
波佐見町で2012年から始まった各種の体験プログラム。窯業の中尾地区と農業の鬼木地区の生活スタイルである「半農半窯」(窯業と農業を兼業で行うこと)から命名された。やきもの体験や農業体験のほかに、両方を組み合わせた「ザ・酒塾」や「ザ・そば塾」、「みそづくり塾」などがある。

(註5)サード・プレイス
アメリカの社会学者レイ・オルデンバーグが著書『ザ・グレート・グッド・プレイス』で提唱した、「コミュニティーにおける、自宅や職場とは隔離された、心地よい第三の居場所」を指す。