角川武蔵野ミュージアム -新しい「岩」の出現-

吉田 美緒

はじめに
 2020年春、埼玉県所沢市に「岩」が出現した。巨石を運んできたわけでもなく、隕石が落下したわけでもない。人知によってもたらされた岩である[写真1]。
 角川武蔵野ミュージアム、その特異な建築を、文化資産として評価し報告する。

1.基本データ[1]
所在地:所沢市東所沢和田3-31-3 (JR武蔵野線 東所沢駅から徒歩10分)
竣工:2020年4月
デザイン監修:隈研吾建築都市設計事務所
設計・施工:鹿島建設コンストラクション
高さ:39.65m(地上5階)
総床面積:約3600坪
外壁の石の数:約20000枚
石一つの重さ:50kg~70kg
石の総重量:約1200トン

2.なぜ所沢に角川書店が
 所沢市に隣接する三芳町には、出版関連の物流センターが数多く存在する。角川書店の物流倉庫もその一つであった。それが老朽化し、建て直す必要があったため近くで土地を探していたところ、所沢市浄化センター跡地で再開発が検討されていた。角川書店は、その充分な広さの土地に、物流倉庫だけでなく、印刷工場、オフィスを集約した施設をつくる計画をし、2014年に土地を買収した。
 所沢市は当初から、せっかく角川のような会社が参入するならば、文化発信的な施設にしてほしいと意向を示し[2]、両者は、共同プロジェクトである「COOL JAPAN FOREST構想」を打ち立てた[3]。約40000平方メートルの敷地に「ところざわサクラタウン」[4]として、町づくりを推進する文化総合施設を創ることになったのだ。

3.「岩」の特異性 -評価-
 角川武蔵野ミュージアムは、美術館・博物館・図書館が融合された複合文化施設である。外観の特異さと同様に、内部に展開される空間も今までに見たことがないものであり、文化資産として大いに評価すべきものである[5][資料1]。
 しかし、建築があの「岩」でなかったら、ここまでこの施設に吸引されたであろうか。所沢市民である筆者は、「岩」を眺めるために度々現地を訪れる。「岩」自体がひとつの作品であり、間近で鑑賞したくなる強烈な存在感があるからだ。
 そそり立つ、圧倒される巨大岩であり、唐突でありながら、不思議と既存の景観に馴染んでいる。天候や時間帯によって表情を変える姿は、晴空の白雲よりも風景に溶け込み、角度によって新たな顔を見せる超多角形は、なぜか可愛らしい生命体にも見えてくる[資料2]。

 建築家の隈研吾は、ミュージアムの設計にあたり、所沢のある武蔵野台地からインスピレーションを得た。大地からニョキっと立ち上がったような、地殻がそのまま飛び出してきて固まったような[6]、大地の深いところに突き刺さっている感じを創りたかったと語る[7]。
 また、この施設をカルチャーの聖地にしたいという角川書店の意向から、古来の磐座信仰も絡めて構想している[8]。敷地内に創設した武蔵野坐令和神社、隣にある東所沢公園の鎮守の森と合わせて、聖地であることが演出されているのだ。

 「岩」の外壁は、50×70センチ、厚さ7~8センチほどの花崗岩の石板で覆われている。武蔵野の荒野のイメージから、模様の強い、中国山東省の山水岩(ブラックファンタジー)が選ばれた。マグマが固まってできたとされる頑丈な岩である。それを切り出し、フラットな石の表面をさらに石工の手で一つ一つ斫(はつ)り[写真2]、わざと凸凹に加工しているのだ。隈が一度やってみたかったという割肌仕上げによって、石板一枚一枚の個性が呼び覚まされ、荒々しい力強さを増すのだ。
 外壁は、まず鉄骨鉄筋コンクリート造で固め、その外側に鉄で胴縁を組み、そこにステンレスのピンで石板を固定している。この複雑な輪郭の外壁は61面体を呈し、三角形も多く存在する。さらにオーバーハングである。石の割当ては考え抜かれ、半年かけて底部から積み上げるように行われた石貼り作業は、プラスマイナス1ミリ以下という精度の高さが求められた[9]。

 最も特徴的なのは、石板一枚一枚に粒感を出す工夫である。それぞれに角度をつけ、石板同士を密着させない。外壁にも関わらず1センチ以上の隙間があるのだ。さらに、隣り合う石の凹凸をあえて揃えず、花崗岩の模様もつながらないような構成が取られている[写真3]。「一枚ずつの石が独立している状態を、閉じた壁面でもつくることができないかというチャレンジだった」と隈研吾建築都市設計事務所 設計室長の渡辺さんは語る[10]。
 それは、隈が追究し続けている、建築のヴォリュームを解体して環境に溶け込ませること、自然素材を用いた軽さを感じる建築にすることで、コンクリートによる近代建築の重く冷たい印象から脱却を図る試みである[11]。隈は、石の建築において、この角川武蔵野ミュージアムでそれが頂点に達したと語る[12]。
 粒感のある石貼りにしたことで、石の建築でありながら軽やかな印象を与え、隈の目指す、素材そのものを愛でる建築であることも達成された。花崗岩の断面の模様、雲母の粒子による相乗効果で、西陽の当たる面やライトアップされた夜の外壁は、キラキラと、まるで金箔が市松模様に貼られているかのように見える。
 そして、石板一枚が独立し、持ち運べる大きさ、人体程度の重さであることの利点として、メンテナンスにおいても、それ一枚から交換できる便利さがある[13]。

5.石の美術館 -比較-
 隈の最初の石の建築は、栃木県那須町の「石の美術館」である[14][資料3]。1994年に石屋からの依頼で設計し、地元の芦野石を職人が一つ一つ積み上げ、2000年に竣工した。
 それまでの石の近代建築といえば、コンクリートに薄い石板を貼るものが一般的であり、隈はそれに抵抗があった。この建築で初めて厚い石を組積造にしたことで、その後の石素材の建築への扉が開いたのだ。
 この美術館で隈は、ブロック石を隙間を空けて積み、厚い石壁を光と風が通り抜ける不思議な展示空間を創り出した。また、薄くスライスした透過性のある石を間に挟むことで、穏やかに外光を取り入れることにも挑戦している[15]。石の重厚感はまだあるが、このときから、石素材においての「自然素材を用いた軽さを感じる建築」への試みは始まっていたのだ。
 そして、2005年のロータスハウス[16]で、石の重さに対する印象を塗り替えることに成功した[17]。トラヴァーチンというローマ産の石を厚さ3センチにスライスし、20×60センチの大きさの石板を、ステンレスパイプを用いることで、宙に浮いたように市松状に配置したのだ。

今後の展望
 2021年1月、「岩」は新たな姿を見せてくれた。「岩」の、あの壁面に作品が展示されたのだ[写真4]。例えるならば、愛用のノートパソコンに気に入ったステッカーを貼ったような、筆者にとっては「岩」へのさらなる愛着度アップである。オープンしたての角川武蔵野ミュージアムは、まだまだこれから我々を驚かせてくれるのだ。
 そして、外壁への展示が可能と知れば、今後は屋外の他の場所や、「岩」横の水盤にも作品が展示されるのではないかと期待が膨らむ。ただ、その際に懸念されるのは、立ち入り禁止の看板と、景観を損ねるカラーコーンの設置である[写真5]。あのような付加物を置くことなく安全に展示できる環境、成熟した態度の鑑賞者を育てることはできないだろうか。筆者は、来館者および市民の意識を高めることで、注意の不要な展示空間を生み出せるのではないかと考える。
 例えば、子どもにも作品や展示空間を大切と思えるような、個々人の中でアートの価値が高まるような機会があるとよい。特に市民には、地域に文化資産ができたことを周知し、その価値を自分事として認識できるような講座や講演会を開催することで、文化的成熟度が向上することを期待したい。
 それでも注意喚起が必要であれば、既存のカラーコーンではなく、角川武蔵野ミュージアム独自のアイテムをデザインしてもらえないだろうか。ちなみに、ロビー受付に設置されているコロナウイルス感染防止対策のアクリル板は、隈がこのためにデザインした「岩」である[写真6]。
 また、願わくば市民が度々来館したくなるような仕掛けとして、市民割引デー、市民割引チケット等が設定されるとありがたい。地域住民が施設を好きであること、「所沢には角川武蔵野ミュージアムがある」と自慢したくなる施設であることが、町づくりを進める底力となるのだ。

おわりに
 すっかり愛着が湧いてしまった「岩」について述べてきた。写真でもその魅力は伝わるに違いないが、可能ならば目撃してほしい。突如として視界に現れ、しかし周囲の景観に不思議と馴染む「岩」を体感できるはずだ。

  • 1_%e3%80%90%e5%b7%ae%e6%9b%bf%e3%80%91%e5%86%99%e7%9c%9f1%e5%85%ac%e9%96%8b%e7%94%a8 [写真1] 角川武蔵野ミュージアム外観 (2020年8月3日 筆者撮影)
  • 2_%e8%b3%87%e6%96%991_page-0001 [資料1]
  • 3_%e8%b3%872_page-0001 [資料2]
  • 4_%e5%b7%ae%e6%9b%bf%e3%80%80%e5%86%99%e7%9c%9f2%e3%80%813_page-0001 [写真2]
    [写真3]
  • 5_%e8%b3%87%e6%96%993_page-0001 [資料3]
  • 6 [写真4]角川武蔵野ミュージアム外壁に展示された、鴻池朋子《武蔵野皮トンビ》 (2021年1月14日 筆者撮影)
  • 7_%e5%86%99%e7%9c%9f5%e3%80%816_page-0001 [写真5]
    [写真6]

参考文献

[註]
[1] 角川武蔵野ミュージアム公式サイト、施設概要・建築
https://kadcul.com/ (2021年1月30日閲覧)
「Musashino50」Episode.04 隈研吾
https://kadcul.com/musashino50 (2021年1月30日閲覧)
[2] 鈴木伸子著『カドカワが武蔵野線「東所沢」に拠点を置く背景』、東洋経済オンライン、2019年、3ページ、
https://toyokeizai.net/articles/-/309211?page=3 (2021年1月30日閲覧)
[3] COOL JAPAN FOREST構想パンフレット、所沢市公式サイト 
https://www.city.tokorozawa.saitama.jp/shiseijoho/cjf/dougapanfjouhoushi/seisak20190607150802633.files/de-ta.pdf (2021年1月30日閲覧)
[4] ところざわサクラタウン 公式サイト 
https://tokorozawa-sakuratown.jp/ (2021年1月30日閲覧)
[5] 角川武蔵野ミュージアム 公式サイト
https://kadcul.com/ (2021年1月30日閲覧)
[6] [8][13] 『ぶらぶら美術・博物館スペシャル 秋の埼玉ツアー!注目スポットがいっぱい!~地下神殿探訪から、超話題の角川武蔵野ミュージアム!建築家・隈研吾も登場!~』BS朝日、2020年
[7] 『隈研吾展と角川武蔵野ミュージアムの建築を巡る生中継』、ニコニコ美術館、2020年
https://ch.nicovideo.jp/niconicomuseum (2021年1月30日閲覧)
[9] 佐々木直也「建築の現場から」、『武蔵野樹林 vol.4』、角川文化振興財団、2020年、17ページ
[10] [11] [17] 隈研吾建築都市設計事務所設計室長 渡辺傑氏へメールインタビュー、2020年12月23日
[12]「Musashino50」Episode.04 隈研吾
https://kadcul.com/musashino50 (2021年1月30日閲覧)
[14] 石の美術館 公式サイト http://www.stone-plaza.com/ (2021年1月30日閲覧)
[15] 隈研吾「石の美術館の点への挑戦」、『点・線・面』、岩波書店、2020年
[16] Lotus House 、japan-architects.com
https://www.japan-architects.com/ja/kengo-kuma-and-associates-tokyo/project/lotus-house (2021年1月30日閲覧)

<参考資料>
・角川武蔵野ミュージアム 公式サイト
 https://kadcul.com/ (2021年1月13日閲覧)
・ところざわサクラタウン 公式サイト
 https://tokorozawa-sakuratown.jp/ (2021年1月13日閲覧)
・所沢市ホームページ
 https://www.city.tokorozawa.saitama.jp/ (2021年1月13日閲覧)
・雑誌『武蔵野樹林』Vol.1~4、角川文化振興財団、2018~2020年、
・隈研吾『点・線・面』、岩波書店、2020年
・隈研吾建築都市設計事務所 公式サイト
 https://kkaa.co.jp/ (2021年1月13日閲覧)
・石の美術館(2020年8月訪問)
 公式サイト http://www.stone-plaza.com/ (2021年1月13日閲覧)
・『隈研吾/大地とつながるアート空間の誕生』、角川武蔵野ミュージアム竣工記念展、2020年
・『隈研吾展と角川武蔵野ミュージアムの建築を巡る生中継』、ニコニコ美術館、2020年
  https://ch.nicovideo.jp/niconicomuseum (2021年1月13日閲覧)
・『ぶらぶら美術・博物館スペシャル 秋の埼玉ツアー!注目スポットがいっぱい!~地下神殿探訪から、超話題の角川武蔵野ミュージアム!建築家・隈研吾も登場!~』BS朝日、2020年

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