東京下町・浅草神社が提唱する日本の新しい習慣『夏詣』

寺田 麻美

1.はじめに
 東京都台東区の浅草神社(東京都台東区浅草2-3-1)が、「ニッポンの新しい習慣づくり」と題して2014年から始めた夏詣は、神社境内での茅の輪くぐりに七夕飾り、ビールとタコスを片手に、夜にはプロジェクションマッピングで彩られた神楽殿でテクノ大祓(1)が行われ浅草を盛り上げる。夏の風物詩と現代的なイベントが融合したこの催しは、なぜ新しい習慣として提唱されたのか。夏詣の理念を文化資産として取り上げ、活動の意義と普及の実態を調査し評価、報告する。

2.基本データ
名称:夏詣(なつもうで)
期間:毎年6月30日の神事、夏越の大祓の後、7月1日~31日間(2)
提唱:2014年〜浅草神社
主催:浅草神社「夏詣」運営委員会、ニッポンの新しい習慣夏詣実行委員会

夏詣の提唱
対象:全国の寺社仏閣
目的:初詣の対になる行事として、元旦から半年経った7月を1年の半分として節目にし、新年から半年を無事に過ごせた感謝と、次の半年の平穏を祈るために寺社仏閣に参拝する習慣づくりの普及
内容:夏詣の提唱及び運営、ロゴ配布、ポータルサイト運営、参画寺社仏閣管理

3.浅草神社の夏詣
 浅草神社の夏詣は、1年の半分を節目に、新年から半年を無事に過ごせた感謝と次の半年の平穏を祈るために寺社に参詣する習慣づくりを目的に始まった。
 期間は毎年6月30日の神事夏越の大祓に続き前夜祭が行われた後、7月1日~7日までの1週間。浅草神社「夏詣」運営委員会が主催し、NPO法人江戸前21が運営する。
 催しの内容は参詣を中心に、境内で行われる神事(夏越の祓、茅の輪くぐり、形代流し、井戸洗い)(3)と、参道周りの出店(ビールやアイスなどの飲食中心)、行事(点灯式、線香花火など)や体験(手書き風鈴教室、短冊)、神楽殿での披露(巫女舞、雅楽、テクノ大祓など)など夏フェスのようなイベントがある。さらに限定御朱印の頒布や七夕飾り、浅草浅間神社の富士講詣りや近隣店舗の特典マップ配布で浅草観光も連携して楽しむことができる。(資料2)

4.歴史的背景
 大祓(おおはらえ)とは年に二度、6月と12月の晦日夕刻に行われる、心身の穢れや災厄を祓い清めることを目的とした神事である。これは『日本書紀』(676)に見られる伊弉諾尊(いざなぎのみこと)の禊祓(みそぎはらい)を起源とし、『神祇令』に規定された国家的神事であり、平安から中世以降、各神社で年中行事の一つとして普及したが応仁の乱以降廃れ、明治4年(1871)に再興された。(4)
 12月末は年越の大祓と呼ばれ、大晦日に一年の罪穢れを祓い清め、翌日の元日から新しい年の始まりとして、その年の平穏を願い神社・仏閣に詣でる初詣を行う。
 半年後、6月末に同じく罪穢れを祓い清める夏越の大祓を経て、過ぎし半年の無事を感謝し来る半年の更なる平穏を願うべく、一年の半分の節目として、翌日の7月1日以降にも寺社仏閣に詣でる。この事例を夏詣と定義した。(資料3)

5.夏詣と初詣
 では夏詣と初詣は何が違うのだろうか。
 共通点は、新しく創られた風習であること。初詣はそれまで大晦日の夜の参拝を『除夜詣』、元日朝の参拝を元日詣として行われていたのが、元日詣だけ風習が残り、さらに恵方に限らず、有名な社寺に自由に参拝するというのが一般的だ。平山昇(1977-)の研究では、現在行われているような初詣は、明治から大正以降鉄道の発達と共に発展したことが論じられている。更に現在は年越しがイベント化し、初詣をはじめ大勢の人々の中で賑やかに元旦を迎えるように変化した。
 相違点は、祝日の有無、風習の認知度、お参りの習慣の有無である。初詣の期間は年末年始の大型連休であり、参詣するのが一般的な風習として根付いているが、夏詣は現在祝日でもなく、風習としての認知も少ない。
 ではなぜ初詣のように夏越の大祓の後に、参詣の習慣は定着しなかったのだろうか。その理由は三つあると考察する。
 一つは大祓の神事は応仁の乱以降廃れ、明治天皇が400年後に再開するまで開催されなかった。二つは初詣の前身となる年籠り(5)が年末年始に行われていた。三つは休日ではないことだ。(6)
 つまり年末年始の参詣習慣は、年末から元日にかけての年籠りの始まった平安時代から、江戸時代の除夜詣、元旦詣、そして明治時代に初詣と形を変えながらも続いている。対して夏越の大祓は休日指定にならず平日のまま明治期に指定され、参詣の習慣なく今日まで続いているところが多い。(資料4)

6.事例の評価
 夏詣について、優れた点を三点述べる。
 一つは、参詣習慣のない期間を夏詣と称し定義したこと。浅草神社宮司の土師幸士氏は、「1年間の節目節目を大切にし、生活の中で意識して頂く機会としたい、もっと神社を身近に感じてほしいという願いと、夏は参拝が落ち込む時期でもあるため、夏詣を提唱することで参拝が定着することを目指した」(7)と語る。集客の目的と大晦日、初詣と対になる時期に昔からの神事を組み合わせて創出した催しは理に叶っており評価すべき点である。
 二つは、参拝風習のない神事と夏祭りの要素を掛け合わせ、現代に即したイベントを創出したこと。毎年異なるイベントを企画し、七夕をイメージした映える演出は、今後の神社のあり方の一つとして、様々な方向性を模索しつつ新しい可能性を見出している。伝統を重んじる神社界隈での新しい挑戦は反発も予測されるが、自らモデルケースとして売り出す姿勢は評価できる。
 三つは、新しい風習の普及に努め、全国展開の流れを生んだこと。ホームページで参画を募り、ロゴなどを提供することで夏詣の理念に賛同する神社仏閣が年々増え、その数は現在全国で200を超えた。台東区に限定すれば、神社は22、参画しているのは13と約半数。広報・告知は台東区の広報誌や夏詣公式サイト、SNS(Facebook・Twitter・Instagram)、ライブ動画配信などWEB中心に実施しており、打ち出し方も新しい価値観のイベントに沿った内容だ。今年は京急とコラボした京急沿線上の寺社仏閣を巡るキャンペーンもあり、鉄道で各地に詣でることを目指した初詣と似た動きが発生しており、今後も更なる広がりが期待できる。2020年以降のコロナ禍においてもオンライン大祓(8)やオンラインのワークショップイベントなど、その強みを活かす対策を実施した。

7.事例比較
 夏詣と浅草神社近郊の地域イベントを比較する。浅草神社の兼務社である浅草富士浅間神社による『お富士さんの植木市』(9)や、浅草寺による『ほおずき市』(10)との共通点は、節目を大切にする信仰が催事の基礎になっていることだ。
 他に浅草近郊の地域イベントで、台東区のものづくりイベント『モノマチ』(11)と『浅草A-ROUND(エーラウンド)』(12)は、台東区の地場産業を街おこしとして利用した催しであり、新しく生まれた現代的な要素も含むイベントとしてWEBでの告知展開を得意とする点が共通している。信仰か、または地場産業をベースに地域に根ざしていくかが違いとなる。
 夏詣は信仰を軸におきながらも現代的な要素を含んだ多元的なイベントであり、将来的に地場産業の要素も上手く取り入れ、近郊にはない新しいイベントとして今後さらに価値を高めることができると考える。(資料5)

8.今後の展望とまとめ
 夏詣が今後目指していくのは、伝統ある風習として初詣と並ぶくらいに広く一般的に認知され、夏の時期に神社に詣でることで浅草神社の目指す「寺社に参詣する習慣づくり」が根付いていくことである。そこから想定する課題は認知拡大、地元との協働、と仮定する。また近年の気候変動による猛暑日やゲリラ豪雨対策、及び感染症対策の取り組みも重要課題である。
 古い神事と新しい風習が交わり、新しい取り組みを受け入れる気風は、昔から流行の先端であった土地柄かもしれない。新しい参詣の手法や夏詣の仕組みがより人々に認知され、地元に根づき、近い未来に日本の習慣から新しい伝統へと昇華することに期待する。

  • 1_sotuken_31883142_01 資料1
    掲載写真:筆者撮影(2020年7月7日)
  • 2_sotuken_31883142_02 資料2
    出典1:「浅草神社境内図」浅草神社「夏詣」運営委員会「開催要項」2020年6月20日版 P3
    出典2:「浅草神社周辺地図」たいとうおでかけナビ https://t-navi.city.taito.lg.jp/pamphlet/ (2021年1月23日閲覧) 
    出典3:「夏越の大祓」https://natsumoude.jp/(2021年1月23日閲覧)
    出典4、5:「形代流し」「富士講お練り」浅草神社HP https://www.asakusajinja.jp/ (2021年1月23日閲覧)
    その他写真:筆者撮影(2020年7月7日)
  • 3_sotuken_31883142_03 資料3
    出典6、7:夏詣HP「参画神社・仏閣一覧」 https://natsumoude.com/shrine/ (2021年1月23日閲覧)
    出典8:京急電鉄「夏詣キャンペーン」 https://www.keikyu.co.jp/(2021年1月23日閲覧)
    出典9:都電荒川線(東京さくらトラム)「都電電車めぐり」https://nanasha.jp/(2021年1月23日閲覧)
  • 4_sotuken_31883142_04 資料4
    年表:筆者作成
    出典
    岡田荘司編『事典古代の祭祀と年中行事』(吉川弘文館、2019年)の「大祓・御贖」の項目(小林宣彦氏執筆)
    平山昇著『鉄道が変えた社寺参詣 - 初詣は鉄道とともに生まれ育った』、交通新聞社新書、2012年
    西角井正慶編『年中行事事典』 東京堂出版、1958年
    滝口正哉著『江戸時代史叢書34江戸の祭礼と寺社文化』同成社、2018年
    小川直之著『日本の歳時伝承』アーツアンドクラフツ、2013年
  • 5_sotuken_31883142_05 資料5
    出典10:浅草観音うら振興会HP 「お富士さんの植木市」https://asakusa-kannonura.jp (2021年1月23日閲覧)
    出典11:聖観音宗 あさくさかんのん 浅草寺HP「年中行事」https://www.senso-ji.jp/annual_event/13.html)(2021年1月23日閲覧)
    出典12:モノマチHP https://11th.monomachi.com/(2021年1月23日閲覧)
    出典13:浅草エーラウンドHP https://a-round.info/(2021年1月23日閲覧)
    掲載写真:筆者撮影「お富士さんの植木市」(2019年5月26日)
    掲載写真:筆者撮影「ほおずき市」(2018年7月10日)

参考文献

【註釈】
(1)寺社フェス向源とのコラボで実施。半年の間に、体についた穢れを落とす神道の行事「大祓」を、テクノミュージックやプロジェクションマッピングで演出したもので、多くの人に、より神道を身近に感じてもらおうと企画された。
(2)寺社仏閣によって開催時期は様々。主に夏の例大祭を含む期間で、6月〜8月末の間で設定される。
(3)
「夏越しの大祓」
年に二度行われ、六月の大祓を「夏越の祓(なごしのはらい)」と呼ぶ。大祓詞を唱え、人形(人の形に切った白紙)を用いて、身についた半年間の穢れを祓い、無病息災を祈るため、茅や藁を束ねた茅の輪を神前に立て、これを3回くぐりながら唱え詞を唱える。
「茅の輪くぐり」
大祓の儀式の中で行われる、神社境内に設置された茅で作れた大きな輪をくぐることにより、無病息災や厄除け、家内安全を祈願する行事。
唱え詞(となえことば)を唱えながら、8の字に3回くぐり抜けるのが一般的な方法。左足から左回り、右足から右回り、左足から左回りの順。
1周目「水無月の なごしの祓 する人は ちとせの命 のぶといふなり」
2周目「思ふ事 皆つきねとて 麻の葉を きりにきりても 祓へつるかな」
3周目「宮川の 清き流れに 禊せば 祈れることの 叶はぬはなし」
「形代(かたしろ)流し」
6月30日までに人形(ひとがた)に紙を切り抜いたものに名前と年齢を書き、体の悪いところを撫でて息を三回吹きかけて箱に収めたものを、7月上旬に海や川に流し清める神事で、清浄で明るい生活が営めるように願いを込めて行われる。浅草神社では宮司が屋形船にのり、隅田川へ水に溶ける紙を用いて行う。
「井戸洗い」
草神社の右脇にひっそりとある井戸を清める神事。本殿から右に行く道は、「水参道」と呼ばれる。古く江戸時代には7月7日に「井戸洗い」の行事が行われ、神社のみならず江戸城内、各藩江戸屋敷、そして市民が暮らす長屋町において、各々の井戸の水が一斉に汲み替えられていた。井戸を洗い清め、塩や酒を盛り、藁蛇を祀る。また長屋では井戸洗いを手伝った店子たちに、その清められた水で素麺が振る舞われていたため「素麺の日」とも呼ばれる。
(4)岡田荘司編『事典古代の祭祀と年中行事』(吉川弘文館、2019年)の「大祓・御贖」の項目(小林宣彦氏執筆)
(5)大晦日の夜、神社や寺にこもって新年を迎えること。日本国語大辞典、 JapanKnowledge、https://japanknowledge.com (2021年1月23日閲覧)
(6)明治6年宮中祭祀で新暦採用となった際に年越の大祓と同じく休日指定されるはずが直前でなくなったため、平日のままである。
(7)浅草神社宮司 土師幸士氏インタビュー:2020年7月7日
(8)初穂料を振り込みYouTubeのライブ配信でリアルタイムの参詣を行うことができる。
(9)奥浅草で400年続く伝統ある夏の風物詩であり浅草浅間神社の縁日が発祥とされる。元来、5月晦日と6月朔日が祭日だったが、明治5年の改暦に伴い、富士山の山開きが7月1日となり、現在も毎年5月と6月の最終土曜日・日曜日に開催するようになった。浅草浅間神社周辺の道路に植木商をはじめ、様々な物売りが並び、ちょうど入梅の時期で植木を移植する好期にあたるため、ここで買った植木は根がよくつくと評判が広がり、次第に大規模な市に発展した。
浅草観音うら振興会HP 「お富士さんの植木市」https://asakusa-kannonura.jp (2021年1月23日閲覧)
(10)毎年7月9日・10日、浅草寺の四万六千日の縁日にともなってほおずき市が催される。平安時代頃より、観世音菩薩の縁日には毎月18日があてられてきたが、室町時代末期(16世紀半ば)頃から、「功徳日」といわれる縁日が設けられるようになった。四万六千日の縁日の参拝は江戸時代には定着し、ほおずき市の起源は、明和年間(1764〜72)とされる。
浅草寺「年中行事」https://www.senso-ji.jp/(2021年1月23日閲覧)
(11)2011年「台東デザイナーズビレッジ」の施設公開から始まったモノづくりの地域イベント。古くから製造/卸の集積地としての歴史をもつ台東区南部・徒蔵(カチクラ)エリア(御徒町~蔵前~浅草橋にかけての2km四方の地域)の200社以上が参加する東東京を代表する3日間のイベント。5月に実施されることが多く例年多数のモノづくり系企業やショップ、職人、クリエイター、飲食店等が参加し10万人を集客する。
(12)モノマチの二年後、2013年から始まった台東区のイベント、革靴工場や革卸問屋などの専門店、街の飲食店などを巡ることで奥浅草エリアの魅力を体感できる催し。普段は非公開の革靴づくりの現場などを巡り、1万5000人〜2万人を集客する。

【参考文献】
網野宥俊著『浅草神社の今昔』、浅草神社社務所、2019年
岡田荘司編『辞典古代の祭祀と年中行事』、吉川弘文館、2019年
平山昇著『鉄道が変えた社寺参詣 - 初詣は鉄道とともに生まれ育った』、交通新聞社新書、2012年
西角井正慶編『年中行事事典』p121 東京堂出版、1958年
滝口正哉著『江戸時代史叢書34江戸の祭礼と寺社文化』同成社、2018年
小川直之著『日本の歳時伝承』アーツアンドクラフツ、2013年
エーラウンド実行委員会事務局「A-ROUND(エーラウンド)」公式ガイドブック 2018
浅草ものづくり工房 「第6回浅草ものづくり工房 施設公開」パンフレット 2018
浅草神社HP https://www.asakusajinja.jp/ (2021年1月23日閲覧)
夏詣HP https://natsumoude.com/ (2021年1月23日閲覧)
東京都神社庁HP「大祓について」http://www.tokyo-jinjacho.or.jp/(2021年1月23日閲覧))
夏詣参画神社アーカイブhttps://natsumoude.com/shrine/(2021年1月23日閲覧)
京急電鉄HP https://www.keikyu.co.jp/cp/natsumode2020/(2021年1月23日閲覧)
浅草観光連盟HP https://e-asakusa.jp/(2021年1月23日閲覧)
【YouTube】浅草神社公式 夏詣 前夜祭 テクノ大祓 ※開始4分〜 https://www.youtube.com/watch?v=85IZL8QQHmc (2021年1月23日閲覧)
NEWSポストセブン「~初詣の歴史は案外浅い、鉄道の発達と共に広まったもの~」https://www.news-postseven.com/archives/20180918_752533.html?DETAIL(2021年1月23日閲覧)
聖観音宗 あさくさかんのん 浅草寺HP「年中行事」https://www.senso-ji.jp/annual_event/13.html)(2021年1月23日閲覧)
浅草観音うら振興会HP 「お富士さんの植木市」https://asakusa-kannonura.jp (2021年1月23日閲覧)
浅草エーラウンドHP https://a-round.info/(2021年1月23日閲覧)
浅草ものづくり工房HP https://monokobo9.com/(2021年1月23日閲覧)
モノマチHP https://11th.monomachi.com/(2021年1月23日閲覧)
台東デザイナーズビレッジHP http://designers-village.com/(2021年1月23日閲覧)
東京都産業労働局HP東京都創業NET 認定インキュベーション施設
https://www.tokyo-sogyo-net.jp/(2021年1月23日閲覧)

【聞き取り調査への協力】
土師氏第63代 浅草神社宮司 土師幸士氏(2020年7月7日/2021年1月19日)

年月と地域
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