「岐阜和傘」~長良川プロダクト再興の可能性にかける~

平田 晴美

はじめに
岐阜の伝統工芸品として名高い「岐阜和傘」。岐阜市は現在日本国内で生産されている和傘の8割を生産している日本最大の和傘産地である。
2018年5月にオープンした体験型工房「長良川てしごと町家CASA」[1]と、その1Fにできた岐阜県内唯一の和傘専門店「和傘CASA」[2]が、岐阜和傘の伝統の継承につながることを評価し、今後の展望を考察する。

1.基本データ
名称:「長良川てしごと町家CASA(カーサ)」、和傘専門店「和傘CASA(カーサ)」
所在地:岐阜県岐阜市湊町29
設立開業年月:2018年5月12日
運営:特定非営利活動法人ORGAN [3]
法人所在地:岐阜県岐阜市湊町45

2.「長良川てしごと町家CASA」、和傘専門店「和傘CASA」ができた背景
2-1.岐阜和傘の歴史
岐阜和傘の始まりは、寛永16年松平光重が加納藩へ移封の際、金右衛門という傘屋を伴ってきたのが最初だという。その後宝暦6年永井直陳が藩主となり、下級武士の生計のため内職に和傘製造を奨励。輪中地域で良質な竹がとれ、長良川の水運で上流の美濃和紙、荏油、柿渋、蕨糊に恵まれて地場産業として確立した。下級武士は世間体を考慮して傘骨作りに従事、町人や農民は傘張りをしたことから、分業制が発達した。その非常に複雑な百以上の工程それぞれを専門の職人がこなし、傘問屋がその職人を束ねて仕事を割り振った。分業は効率を上げるだけでなく、高度に専門化することで品質も上げる[4]。職人芸を競った岐阜和傘は、畳むと細く収まる「細物」の蛇の目傘、日傘、舞踊傘を得意とした[5]。明治5年には年産146万本、最盛期昭和23年頃は年産1千万本作られたが、洋傘の普及により激減した[6]。現在残るのは3件の和傘屋と数名の部品職人、数名の仕上げ職人という状況である。[資料1]
2-2.施設と店舗開業の背景
「NPO法人ORGAN」は、岐阜市の伝統工芸の復活再生プロジェクトや、町家保存の取り組み、「長良川温泉泊覧会(長良川おんぱく)」[7] 事務局として、長良川流域の多彩な食・文化・伝統工芸品などを再発見して、貴重な技術を伝える職人たちとともに多くのプログラムを手掛けてきた。2016年、おんぱくにより再発見された長良川の恵みを購入できる実店舗「長良川デパート湊町店」をオープンした。初年度の店舗売上高は16百万円を記録し、「岐阜和傘」は高単価にもかかわらず、その3割を占めた。その実績から、職人の高齢化、後継者不足、消費者ニーズの変化等で衰退の一途を辿る地場産業を危惧し、課題の解決に向けて2018年5月に「長良川てしごと町家CASA」、和傘専門店「和傘CASA」を立ち上げた[8]。

3.文化資産としての評価
流域の手しごとを見て、触って、体験して、買える新しいスタイルの体験工房「長良川てしごと町家CASA」は、長良川流域166kmの中で最大の川湊であった岐阜市の川原町にある築100年以上の町家にできた。1Fに「和傘CASA」を構え、先にオープンしている「長良川デパート湊町店」とともに、長良川温泉の中心地である川原町のランドマークになった。これまで川原町を訪れる人は、地域ならではの商品に触れ購入する場所がなかった。長良川流域の伝統文化を紹介し販売する場所ができた意味は大きい。
「和傘CASA」には現在岐阜市に残る、マルト藤沢商店[9]、坂井田永吉本店[10]、平野明博商店[11]と、若手和傘職人の河合幹子さん[12]、高橋美紀さん[13]の和傘が並ぶ。常時100本近い和傘を揃え、本物の岐阜和傘を手にとれるのはCASAだけである。また、若手職人の和傘の販路として唯一の場所であり、若手職人を支える役割を果たしている。スタッフも、和傘の材料や工程、歴史などを説明できる知識をもち、岐阜和傘の歴史や取り扱い方等、来店されるお客様が和傘を理解して楽しんで和傘を使っていただけるよう努めている。会話の中で得られる情報が職人にフィードバックされることで、新しい作品に反映されていくことも重要である。
1F奥の"てしごとスタジオ"では、岐阜和傘糸かがり、岐阜提灯の絵付けなど、長良川流域の伝統文化を体験できる。場所、モノ、ヒト、の観点から、「長良川てしごと町家CASA」が岐阜の伝統文化を支える担い手となっている点が評価できる。

4.他の事例との比較と特筆すべき点
元禄3年から続く京都で一番老舗の辻倉という和傘屋がある[14]。店舗は中京区河原町四条通、阪急河原町駅からすぐの自社ビルに構える。場所柄、舞妓さんや芸子さん、料亭、旅館等の客層に加え、国内外の観光客も多く、扱う傘は多い。創業から和傘製造販売を続けており、昭和中頃まではかなり生産し、近隣八瀬大原、西は愛宕山辺りから滋賀県大津まで販売する時期もあった。しかし、京都一の老舗でも、材料や職人が不足し、現在も張師や仕揚師など職人はいるが、全行程の製造はできなくなっている。
「和傘CASA」では、岐阜で採れた材料で、すべての工程を岐阜の職人が仕上げた、伝統の岐阜和傘を販売し、その背景もしっかり伝えている。現在日本で作られる和傘の骨と轆轤はすべてが岐阜でつくられ全国の和傘屋に送られる[15]。骨だけでなく和傘も多くは、ほとんどできたものが送られ、それを他県の仕上職人が作る状態である[16]。その材料や工程、日本各地の和傘産地を支える作り手を積極的に紹介し、現在の和傘業界の本当に危機的な状況を伝え支えようとしている。これは他の和傘店では取り組んでいないことであり、特筆すべき点である。

5.今後の展望について
CASAオープンから現在までを分析し、今後を検討する[資料2]。長良川デパートでの手ごたえから、CASAでは積極的なプロジェクトの紹介とメディア各社へのプレスリリースを行い、予想をはるかに超える取材もあり、11月までの7カ月で226本の和傘を販売している。若い人の購入も目立ち、若手和傘職人の作品が若い人に受け入れられている。川原町にCASAができたことで、新しい世代のニーズが期待される。長良川鵜飼の開催期間の観光客増加と、鵜飼終了からの2か月、「長良川おんぱく」の開催もあり、高い売上を続けてはいるが、取材数の減少に伴い下降気味である。冬の閑散期の集客が重要であることから、デパートでのイベント、体験の開催など予定している。外に向けて積極的に発信し続けることは、常に取り組んでいかなければいけない重要なことである。和傘専門店がここにある、ということが周知され、安定した実績ができていかなければ、若手職人が自立していけない。伝統の継承をといわれるが、経済的な自立が先決である。
今非常に注目されている女性和傘職人河合幹子さんはその成功例といえる。長良川デパートができてからずっと河合さんの和傘を扱い、CASAでもメインで販売してきた。また岐阜和傘と和傘職人を知ってもらうために、百貨店、イベント、CASAでの実演やワークショップを行ってきた。メディアにも多く取り上げられるようになり、河合さんは「仐日和」ブランドを立上げ、女性和傘職人として自立して仕事をできるまでになった。折しも、CBCが企画・取材し、河合さんがディズニーの『メリー・ポピンズ リターンズ』をイメージした「桜の和傘」を制作、主演のエミリー・ブラントさんに渡した。テレビ放送もされ、SNSでの反響も大きく、和傘作家として歩き始めている。
長良川ブランドの岐阜和傘再興プロジェクトはCASAから始まったばかりである。河合さんに続く職人が育ち、後継者が育成され次世代へ継承されていく、岐阜の材料と職人が全国の和傘屋を支え、歌舞伎などの日本の伝統文化を支えていくための、CASAの今後に期待する。

  • %e5%b9%b3%e7%94%b01 「長良川てしごと町家CASA」外観と「和傘CASA」店内 筆者撮影(2018年11月29日)
  • %e5%b9%b3%e7%94%b02 「長良川デパート湊町店」外観と店内 筆者撮影(2019年1月28日)
  • %e5%b9%b3%e7%94%b03 河合幹子さん制作の「桜の和傘」仐日和@kasabiyori https://twitter.com/kasabiyori をもとに筆者作成(2019年1月25日)
  • %e5%b9%b3%e7%94%b04 [資料1]和傘の構造と製造過程
    構造についてはマルト藤沢商店HP「和傘ができるまで」http://www.wagasa.co.jp/about03.html、
    製造過程については岐阜市歴史博物館編、『長良川が育む 竹の造形 和紙の彩 ー岐阜の伝統工芸とわざー』、岐阜市歴史博物館、2018.7.27、p68 をもとに筆者作成(2019年1月13日)
  • %e5%b9%b3%e7%94%b05 [資料2]CASAデータ
    NPO法人ORGAN「和傘CASA売上実績」と「和傘購入者アンケート」をもとに筆者作成(2019年1月20日)

参考文献

<註釈>
[1] 長良川てしごと町家CASA 岐阜和傘販売 , https://www.teshigoto.casa/(2019.1.20閲覧)
[2] wagasa_casa,https://www.instagram.com/wagasa_casa/(2019.1.20閲覧)
[3] ORGAN,http://organ.jp/(2019.1.19閲覧)
[4] 岐阜市歴史博物館編、藪下 浩「加納傘の今昔」、『ふでばこ 特集 傘 雨をたのしむ』15号、18~19、株式会社白凰堂、2008.6.10
岐阜市歴史博物館編、藪下 浩「和傘を作る」、『特別展[浮世絵の美 雨と雪と傘]』、80、岐阜市歴史博物館、1994.4.22
[5] 岐阜市歴史博物館編、『ぎふ歴史物語 伝統の技と美』、67~68、岐阜市歴史博物館、2006.3.31
[6] 岐阜市歴史博物館編、「はじめに」、『館蔵品図録 和傘 資料選集』岐阜市歴史博物館、2012.3
[7] 長良川おんぱくで流域再生 第1回 おんぱくは一日にして成らず | 新しい観光をつくる手法や可能性を探るサイト| 観光Re:デザイン,https://kankou-redesign.jp/pov/2019/(2019.1.12閲覧)
[8] 岐阜)「長良川てしごと町家CASA」開館 見学や体験:朝日新聞デジタルhttps://www.asahi.com/articles/ASL5D4TKGL5DOHGB00B.html(2019.8.25閲覧)
[9] 株式会社マルト藤沢商店HP、http://www.wagasa.co.jp/(2019.1.23閲覧)
[10]坂井田永吉本店HP、http://kano-wagasa.jp/index.html(2019.1.23閲覧)
[11]平野明博商店、http://www.hiranoakihiro-shoten.com/(2019.1.23閲覧)
[12]仐日和HP、http://kasabiyori.com/(2019.1.23閲覧)
[13]#高橋和傘店 - Instagram photos and videos | WEBSTAGRAM、https://web.stagram.com/tag/高橋和傘店(2019.1.23閲覧)
[14] 辻倉、https://www.kyoto-tsujikura.com/(2019.1.24閲覧)
[15] 岐阜市歴史博物館編、『ふでばこ 特集 傘 雨をたのしむ』15号、22~23、株式会社白凰堂、2008.6.10
有限会社長屋木工所(岐阜県羽島郡岐南町平島7丁目26)和傘の「 ロクロ」と呼ばれる部品を作る全国で唯一の木工所。
[16]、筆者参加の、岐阜市歴史博物館で開講された『和傘を作る』において、マルト藤沢商店の仕上職人さんより現在の和傘業界についてお聞きする。2019.1.20

<その他参考文献>
岐阜市歴史博物館編、『企画展 加納の和傘 第1回企画展「加納の和傘」図録』、岐阜市歴史博物館編、1985.12.10
岐阜市歴史博物館編、『長良川が育む 竹の造形 和紙の彩 ー岐阜の伝統工芸とわざー』、岐阜市歴史博物館、2018.7.27

年月と地域
タグ: