城下町松代 歴史をつなぐ水のネットワーク

岡沢 裕子

- 水路の保存と展望について -

はじめに
松代は真田藩の城下町として発展し武家屋敷や庭園など多くの文化遺産が残されている。江戸時代に整備された水路網は地勢や庭園の借景となる山並みと一体となり情緒あふれる歴史的景観を形成している。本稿では庭園の景観要素である水路に着目し、文化財を活用したまちづくりを進める地元NPOの企画ツアーの報告も交えながら、小布施町と比較し保存と継承に向けた今後の展望について考察する。

・基本データ
長野県長野市松代 : 人口約17,000人、面積約61k㎡
松代は長野盆地の南東部の千曲川右岸に位置し、三方を山に囲まれている。町は盆地を流れる3本の川により形成された複合扇状地であり城下町はその先端部に位置する。水系は象山東裾部を流れる神田川水系と町の東を流れる関屋川水系に分かれる。地形は城のある北(標高351m)から南(標高367m)にかけて約2km区間がゆるやかな勾配をもち、水は北下りに城へと流れている(資料1)。水路には、「勾配」が条件の判断に欠かせない重要な要素である(註1)。

・歴史的背景
1560年(永禄3)武田信玄により築城され、1622年(元和8)真田信之が上田から松代に入封した後に城下町が整備された。城の東と南側に上級武家地が配され、南と東を北国脇街道が鉤の字形に通り町人町ができると、その南に中・下級武家地(註2)が形成された。明治時代になると政治機能が善光寺町を中心とする長野市に移る。松代町は町並みの改変が少なかったため、町の骨格が残されており城下町時代に形成された格子状型の水路網が、ほぼ当時のまま現存している。 

・水路網の成立
松代の水路建設は江戸前期にさかのぼり水路普請と保守管理を主な業務とする「水道奉行」が存在した。『信陽松城絵図』(1792)には、つつみ公園の湧水池から水路が2つに分かれ同心町、御安町、松山町の南側に水路が数多く描かれている。江戸中期の水路は城に近接する上級武家地のみであり、中・下級武家地に水路が敷設されるのは江戸後期であった。泉水路においては『松代真田家文書』(1828)の絵図から、武家屋敷に引き込んだ水で庭に泉水(池)をつくり、各家の泉水と泉水が水路でつながれた様子が描かれていることから水路網は江戸後期に成立していたと考えられる(資料2・2-1)。

・松代の水路の特徴
関屋川水系は古くから湧水が豊富で系統的な水路は未発達であるが、神田川水系は湧水が少なくカワ・セギ・泉水路が発達している(註3)。3系統の水路は隣地に直接流れて数軒を経由した後にカワに戻る循環型システムであり、武士のステータス・シンボルである庭の池(泉水)を確保し、農業用水、防火用水、夏の散水、冬の雪落とし、養鯉など多様な生活用水として維持されてきた。
文献(註4)によると全国には多くの城下町が存在するが、水路網の規模や庭園の残存数において松代町が群を抜いており庭園の池と池を直接つなぐ泉水路を有するのは松代のみである。庭に水を引き入れる水路網は群馬県甘楽町小幡(註5)、福岡県甘木市秋月(註6)にも存在するが、水系デザインにおいて小幡と秋月は水路→泉水→水路の1系統であるのに対し、松代の水路は、カワ→泉水→カワ、カワ→泉水→セギ、湧水・井戸→泉水→カワ・セギと3系統の水路による多様なつながりが形成されており特筆に値する(資料3)。
昭和になり上水道が普及すると水路には家庭からの生活排水による水質汚染が起こる。事態を重く受け止めた地域住民が水質の浄化に努力した結果、魚が住めるまでに回復した(註7)。町ではこうした歴史ある水路を地域の外に発信していこうと地元NPOによる活動が行われている。

・町の文化の魅力を発信
「NPO法人 夢空間 松代のまちと心を育てる会」(以下、夢空間)は2001年の発足以来、住民組織をベースにまちづくりセミナーやワークショップを開催し、自治意識を高めることを理念に松代の魅力を全国に向けて発信している(註8)。まち歩きによる地域振興の推進のひとつ「武家屋敷のお庭拝見」は潜在している地域の文化遺産に光を当てる中で最初の取り組みであり、参加者が個人の庭や泉水路を自由に見学できるツアーとして毎年行われている(資料4)。コースに含まれている「山寺常山邸」は象山を借景とした庭園、神田川の水を引き入れた池(泉水)と、浄化機能を経て下流の屋敷へと通じる水路が残されており町の優れた水路整備の一端を見ることができる(註9)。(資料5・6)
泉水保有者の中には池の石積みを長持ちするように市の補助金制度(註10)を利用し改修をした人もいる。家主のほとんどが高齢者であるため、池の泥上げや植栽の手入れを行うことは困難である。水路は松代の庭園を支える重要な構成要素であるので地域全体で庭園の維持管理を行う方策が早急に望まれる。

・小布施町の水路
長野県上高井郡小布施町 : 人口約11,000人、面積約19k㎡
小布施町は、松代から約20km離れた場所にある。西側を千曲川と東側を雁田山に挟まれた松川扇状地に位置し地表には網目状に広がる松川用水がある(資料7)。松川用水は江戸時代、扇状地に密集する集落の住民達が組合をつくり松川から取水した水路(註11)であり、1960年に町全域に上水道が普及するまで灌漑・生活・防火用水として人々の暮らしを支えた。水路に取水された水は川の増水・渇水にかかわらず一定の水量を水路網に確保するために最初は多めに取水して不要な分を川に戻す「余水吐(よすいばけ)」と呼ばれる仕組みが用いられ、明治時代には町の産業を支えるため水車を動力源として水路が活用されており、水系システムが高度に発達していた。
近年、町では水路研究が進められ大学と協働のワークショップ(註12)において、まちあるきやフィールドワークを通じ水路への関心を高める活動が行われており、水路の有用性と伝統的環境の保存において松代の「夢空間」の活動と類似する。2つの町は長い歴史により培われた固有の精神風土をもち、過去からの知恵と経験が集積を経て歴史の積み重ねとなり生活の質へと変換されている。

・水路の現状と保存・展望について
水路は、暮らしと水のつながりが見える大切な地域特有の文化である。庭園は住む人の趣向により庭木や草花も変化するが、松代の水路は時代の変化の中で地域住民の規範意識や土地の歴史への愛着性により現在まで良好に維持されており評価に値する。地域住民の中には歴史感覚に無関心な人々もいる。泉水路においては松代固有の貴重な文化遺産であるにもかかわらずその存在が人目に触れにくいため地元住民に知られていないのが現状である。今後は地元の自治協や「夢空間」の活動を通じて地域の歴史の価値をどのように提示していくのかが重要な課題である。
市民会議(2011)において、町の河川敷にガス・下水道管を布設した結果、池の水の水位が低下する現象が発生する問題が上げられ、道路建設にともなう泉水路確保の取り組みとして、河床を極力掘り下げないよう計画道路面を上げ表面水を地下に浸透させるような水路構造にすることで湧水への影響を回避する計画が求められた(註13)。生活優先の都市開発が進むことと同時に町の個性がなくなる可能性が真に問われている。庭に水を引き込むため大地に働きかけ流れの意匠を設計し、庭園文化を支えた先人の知恵や美意識を感取し継承するためにも「土地の発する声に耳を傾けること(註14)」を忘れてはならない。

終わりに
水路は地域住民が大切に守り続けてきた生活空間であり文化遺産でもある。松代の風土に培われた文化遺産の継承に向けてヘリテージマネージャー(註15)の取り組みを活用し歴史的建造物の保存・活用に関わる技術者の育成を視野に、文化財を後世に引き継ぐための仕組みづくりが課題である(註16)。水路は生きている。歴史を語り継ぐ地域の文化的景観の価値を地域住民で共有し、地域全体で保存・継承に理解を深め取り組むことにより松代は全国に誇れる都市として大きく歩み出すことができる。

  • 1 資料1
  • 2 資料2
  • 3 資料2-1
  • 4 資料3
  • 5 資料4
  • 6 資料5
  • 7 資料6
  • 8 資料7

参考文献

(註1)『生きている水路 -その造形と魅力』東海大学出版会 p.149より引用

(註2)代官町、馬場町、表柴町(後に竹山町が加わる)は、1983年に制定された長野市伝統環境保存条例に基づく伝統環境保存区域に指定され、保存計画に基づく伝統環境の保存が進められてきた。

(註3)
1、カワ 町内の道路沿いの水路。
2、セギ 武家屋敷の農地の間を流れる灌漑用水路で泉水路とのつながりもみられ、松代の庭の重要な構成要素である。
3、泉水路 各戸の庭の池(泉水)と池(泉水)をつなぐ水路。泉水路の幅は約30〜40cm、深さ20〜30cm程度で、直線を基本としつつ曲がって建物を回り込んで流れる場合もある。泉水の水をきれいに保つため洗い物をした水は泉水路ではなくカワに流すなどのルールもあった。
1982年、東京大学工学部都市工学科 大谷幸夫教授らによる調査「庭園都市松代」により、個人の敷地の庭池が水路によってつながるシステムが「泉水路」と名付けられ、以降この呼び名が定着している。 この調査により松代町に残る武家屋敷の状況と屋敷地の泉水(庭池)と泉水をつなぐ「泉水路」が松代が保持している歴史的景観の特性として報告された。

(註4)2004年、信州大学農学部 佐々木邦博、米林由美子、エスパス研究所 平岡直樹 『城下町の庭園と庭園を結ぶ水路の特性』p.28-33より引用

(註5)元和2年(1616)小幡は織田信長の次男信雄より8代、152年にわたり統治され城下町として繁栄した。町を流れる雄川堰(おがわせき)は、歴代の城主が地割・御用水割・水道見立てを行い管理し藩内の生活用水として利用していた用水路で「日本名水百選」(1985)に選ばれている。『城下町 小幡』https://www.dan-b.com/hi_jyoukamatiobata/より引用

(註6)元和9年(1623)黒田長興を藩主とする秋月藩の城下町として成立し、江戸時代を通じて城下町として繁栄した。近世城下町としての町割が原型となっており、現在も街路構成、屋敷地の地割、水路網などの基本的構造が良好に保たれている。国の重要伝統的建造物群保存地区に町全体が指定されている。『甘木市秋月(城下町福岡)文化遺産オンライン』http://bunka.nii.ac.jp/heritages/detail/76552より引用

(註7)松代は1958-1959年と大水害に見舞われたことを契機に1960年「松代町河川愛護会」が組織され水害の未然防止を目的とした河川環境の保全と河川愛護思想の普及のための活動が行われている。歴史的環境はそこに暮らす地域住民が文化遺産を大切にするため自主的な取り組みを継続してきた結果の賜物である。

(註8)「夢空間」は「信州松代まるごと博物館構想」のもと地域にあるものを徹底的に掘りおこした調査やまち歩きガイドの育成指導を並行し継続している。
重点事業として①NHK大河ドラマ「真田丸」放映に合わせて行政や関係団体と協力して、真田家や松代藩の研究を深め、各地との交流を促進し、松代へ国内および海外からの誘客(インバウンド)推進②旧松代駅の保存と利活用と自転車によるまちづくり ③泉水・泉水路の保存と水源確保の推進により伝統的環境の保存 ④古民家や空き店舗を活用したまち歩きセンターの拡充 ⑤各種まち歩き ⑥まち歩きガイドの養成等を行い、現在松代城から象山地下壕に集中している観光客の流れをまちなかに導きいれ、松代まるごと博物館構想の実現化を目指した。(「夢空間」HP 平成28年度事業報告より)
 2017月8月、地元商業者を核とし松代を愛する地域住民有志が主体となり、信州大学との信頼関係、長野市と友好関係を保持した永年にわたる活動の実績が評価され第7回自治体学会賞を受賞した。

(註9)山寺常山邸(やまでらじょうざんてい)
「山寺常山邸」は江戸後期から明治前期にかけて活躍した儒学者の山寺常山の生家である。長野市が2年がかりで復元・修景した施設で表門の東側を流れる「カワ」には鯉が泳ぎ、人々が餌やりをする親水空間として機能している。武家屋敷庭園の特徴を基調とする要素が集約された邸内は1年を通じ一般に無料で公開されている。『真田宝物館』http://www.sanadahoumotsukan.com/より引用

(註10)1984年、伝統環境保存区域に指定された代官町、馬場町、表柴町において建物や水路の修復、塀の改修などが補助の対象とされた。

(註11)砂礫質の扇状地では水はけがよく地下水が地層の深い部分を流れているため井戸を掘るのは難工事になる。集落の人々は水が町の隅々まで行き渡るようにするため、松川から取水した水を用水路をつくることにより集落一帯の水の供給を可能にした。

(註12)小学生を対象にした水路の観察や、紙舟を作って水路の流れを確かめる体験学習、中学生を対象にした「水辺の整備」をテーマに水路のある庭(滝・瀬・中島・池)の再生が行われた。

(註13)『2011年 松代地区市民会議』https://www.city.nagano.nagano.jpより引用

(註14)『日本都市史入門1 空間』p.316より引用

(註15)歴史文化遺産を発掘し、その保全と活用に携わる専門家。2014年度から長野県で始められた。

(註16)近年、水量の減少や空き家の増加に伴い池の数は減少傾向を受け松代地区住民自治協議会は、町内の民家庭園に残る「泉水路」の保存継承に向け、「泉水路」の所有者ら(70件)を対象にアンケートによる意識調査を行った結果、「庭を将来残したい」との回答が5割を超える一方、公的支援の有無や子供の意思が泉水路の存続に関わることをうかがわせる回答も4割に上った。『長野市民新聞 』2018年1月20日(土)4面 自治協調査より引用




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NPOのまちづくり編集委員会-編(2003)『信州松代NPOのまちづくり 活動記録2001~2002年度』NPO法人 夢空間松代のまちと心を育てる会事務局
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社団法人新都市ハウジング協会・都市居住環境研究会-著(2006)『歩きたくなるまちづくり 街の魅力の再発見』鹿島出版会
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