木曽漆器

田中 知世

—伝統工芸を後世に残すためにー

1.はじめに
木曽漆器は、長野県松本市、木曽町、塩尻市に伝わる漆器である。1975年、経済産業省により伝統的工芸品に指定された。高地の漆塗りに適した気候、豊富な材料、中山道の宿場町で土産物として人気があった、という好条件に恵まれて発展した。近年、日本の伝統工芸は衰退の一途を辿っているが、このような歴史のある伝統工芸を今後残していくために、どのような活動をしているのか調査を行い、考察した。

2.木曽漆器の歴史
木曽漆器は、木曽五木と言われる檜・椹・翌桧・高野槙・鼠子等、木曽の山々の良質な材を用いて作った木製品を丈夫にするために漆を塗ったことから始まった。
1394年、木曽福島の塗師・加藤喜左衛門が富田山籠源寺に納めたという経箱の漆器が発祥と言われている。1652年〜1655年には、木曽平沢で産地としての漆器づくりが始まった。江戸時代初期には、檜や椹などの薄板を曲げて山桜の皮で縫い止めて作る奈良井の曲げ物が、全国屈指の木製品として知られ、京都、大阪、江戸にも「木曽物取次受売店」ができていた。
そして、明治初期に発見された錆土と生漆等を混ぜたものを下地に繰り返し塗ることで、より堅牢な平滑面を作れるようになった。高度経済成長期の1960年代には生活必需品として、座卓・棚物等、漆の家具の売り上げが急増。 また、1970年代に国鉄の個人旅行拡大キャンペーン「ディスカバー・ジャパン」が始まると、旅館・民宿などに座卓の売り上げが拡大し、木曽は産地としても飛躍的な発展を遂げた。1990年以降はライフスタイルの変化により、漆器等の需要が低迷し衰退していった。そこで、漆器職人達主導で、木曽平沢地区に「木曽漆器館」「木曽くらしの工芸館」が設置され、展示、体験を行い、木曽漆器の振興に努める。

3.輪島塗との相違点
輪島塗といえば高級漆器の代名詞であり、生産量は日本一を誇る。下地に「輪島地の粉」を漆に混ぜることで頑丈な下地を作り、縁などの破損しやすい箇所に布をかぶせる「布着せ」の手法によって、世界に誇る堅牢性が実現した。木曽漆器と同様に全盛期に比べれば、漆器屋の数は半減しているが、昔ながらの職人的な仕事を継承する人がいる一方で、輪島塗のブランド力を生かして、作家として生きることに活路を見出す人が増えているという。
木曽漆器は、主に家庭で普段使用する漆器や山仕事をする人たちの必需品として発達してきた曲げ物が多数を占めるため、庶民が安心して使える素朴さ、丈夫さ、負担にならない価格の漆器を作り続けている。(註3)木をへいで、曲げる曲げ物や、木を刳りぬく刳り物、ロクロで挽く挽物などに漆を塗り堅牢性を高めている。代表的な技法としては、木曽春慶・木曽堆朱・塗り分け呂色塗がある。同じ漆器ではあるが、土地によって現状も違えば、木の種類、作製方法、用途、売り方や金額にも違いを確認することができる。

4.木曽漆器の抱える問題と人々
昔から漆器づくりは分業体制で行われていたので、工程ごとに職人さんがいたそうだが、現在では漆器業界の縮小で、職人が不足し、ほとんどの工程を一人でこなす職人も少なくない。後継者がおらず、自分の代で終わりになってしまう職人も多いという。
漆器職人である巣山元久さんの工房を訪ねた。巣山さんは当時76歳。人間県宝の杉下繁氏に師事し、33歳で日本伝統工芸新作展で初入選。2010年にはフランスのパリで作品展を開き、信州の名工として卓越技能者知事表彰を受けた。現在も木曽平沢にある自宅兼工房で、茶道具、盛器、花器、盆等数多くの作品を作り続けている。息子さんが3人おり、全員木曽を出て、漆器とは関係の無い仕事をしていたが、最近になって三番目の息子さんが巣山さんの跡を継ぎたいと戻り、修行を始めた。一番目の息子さんも木曽に戻り、カフェを作る計画をしているという。「木曽漆器を知ってもらうには、平沢に来てもらうことが大事。山奥で電車やバスの数も少ないこのような場所で観光客を呼び込む為にはそういう場所を作らなければならない。」
自宅ギャラリーには写真家である二番目の息子さんが、父親の仕事をしている姿や作品を撮影した写真が並ぶ。息子さんが先導して、HPやTwitter・FaceBookで情報を発信しているそうだ。卓越した職人の作品がネットで閲覧でき、購入が出来るのは漆器業界にとって新たな顧客創出のためのツールだ。ただし、伝統工芸などの手仕事は手にとった時の感覚が大切になるので、実際に見に行くことに価値があるということも認識してもらえるよう努力しなければならない。

次に、木曽だけでなく京都や東京にも店を構える齊藤さんへのインタビューを行った。齋藤さんは40歳。父親が創業した木曽アルテックで店の管理を任されている。この会社は木曽の豊富な木材と伝統の漆の技法を生かしオリジナル家具のデザイン、漆和紙、漆塗り建材、彫刻の制作、住宅・店舗のリフォームの設計や企画、漆器の製造販売等、業務は多岐に渡る。木材を使った温かみのある空間を作るのが得意だ。
齋藤さんに現在の木曽漆器について考えていることを伺った。
「安価な中国製の漆器やプラスチックにおされて需要が低迷しているのが現状。時代と共に生活様式が変わり漆器業界は全体的に先細りしている。私たちには古来より培ってきた質の高い技術を後世に残していく義務がある。外部の地域から作る人を呼び込み、漆器を知ってもらう為の機会を行政や教育機関と連携して作っていく。国際化のことも考えると、今後は生活様式にあった商品開発が必要になってくる。「和食」がユネスコ無形文化遺産に登録されたので食べる為の器もしっかりとしたものが必要になるはずだ。」
海外製の漆器やプラスチック製品は安価で手入れもしやすく、壊れたら捨てて新しいものを購入すればよい。しかし、物への愛着度合いは低い。漆器は壊れても修理をしてもらい、何十年も使用することが可能である。手触りや見た目、食べ物の味さえ美味しく感じられる。地元の学校では給食で、漆器を使用している。小さい頃から漆器に触れ、使うことによって良さを伝えていこうとする試みである。

5. 今後の展望
2016年6月18日、東京銀座にある長野県のアンテナショップ銀座NAGANOでは「信州の伝統的工芸品「木曽漆器」の魅力」と題して、木曽漆器の伝統技法である木曾堆朱のワークショップや、セミナー、木曽漆器の販売も行われ、盛況であった。とりわけ目を見張るのが丸嘉小坂漆器店の木曽漆器を昇華して作り上げた、ガラス製品に漆を塗る「百色-hyakushiki-」である。ガラスに漆を塗るという大胆な発想と製品のコロンとしたフォルムと色とりどりの漆に現代らしさを感じる。食卓が華やかになると、売り上げも好調だそうだ。
木曽の漆器職人の家に生まれ、現在は筑波大学芸術系准教授の宮原克人氏による作品や研究、活動も目を見張るものがある。木曽漆器組合青年部と協力し、夏期に学生を連れ木曽平沢、奈良井宿で「木曽漆器プロジェクト」というプログラムを行っており、今後の木曽漆器の良さを後世に伝えていくことが期待されている。

6.おわりに
高度経済成長後、衰退してきた漆器業界だが、忙しい生活を見直すスローライフの潮流や、世界の中での日本のものづくりへの信頼度の高さから、高度な技術を持った職人の手作業の品々への関心が高まっている。昨年50回目を迎えた木曽漆器祭・奈良井宿場祭、木曽福島で行われる木曽の手仕事市も年々来場者数が増えている。安いから、便利だから、という考え方ではなく、新たな視点でものを見聞きすること、その中には昔の考え方に立ち返るということも含まれているが、その土地にあったものづくりを残していくことが、自然にも人にとっても非常に大切である。

  • 1 巣山さんの奥様
    ギャラリーを案内してくださった
  • 2 木曽漆器館
  • 3 木曽くらしの工芸館
  • 4 奈良井にある木曽アルテック社を訪ねた。
  • 5 齊藤さんのご実家の木曽平沢にもお邪魔した。
  • 6%ef%bc%88%e4%bf%ae%e6%ad%a3%e7%89%88%ef%bc%89 木曽漆器祭が開催されている木曽平沢の町の賑わい
  • わっぱ(木曽地方ではメンパという)を作るため木を曲げる職人(非公開)
  • 8 丸嘉小坂漆器店の百式(HPより)
    美しく、誠実で、ドキドキさせる漆硝子。

参考文献

脚注
註1 
広報しおじり
http://www.city.shiojiri.lg.jp/gyosei/koho/kohoshiojiri/koho2017.files/2017.10.1_all.pdf
註2 
高森寛子著『美しい日本の道具たち』、晶文社、1999年 51ページ
高森寛子著『心地いい日本の道具』、亜紀書房、2005年 109ページ
註3
萩原健太郎著『民藝の教科書③ 木と漆』、グラフィック社、2012年 103ページ

参考文献
高森寛子著『美しい日本の道具たち』、晶文社、1999年
高森寛子著『心地いい日本の道具』、亜紀書房、2005年
萩原健太郎著『民藝の教科書③ 木と漆』、グラフィック社、2012年
松本直子著『崖っぷちの木地屋』未來社、2009年
楢川村誌編纂委員会『暮らしのデザイン 木曾・楢川村誌 第六巻 民俗編』、1998年

参考HP
塩尻市 木曽漆器の歴史
http://www.city.shiojiri.lg.jp/wine_shikki/kisosikknorekisi/index.html
広報しおじり
http://www.city.shiojiri.lg.jp/gyosei/koho/kohoshiojiri/koho2017.files/2017.10.1_all.pdf
漆ラボ http://urushi-lab.com/concept/index.html
銀座NAGANO 『信州の伝統的工芸品「木曽漆器」の魅力』
https://www.ginza-nagano.jp/event/9729.html
宮原克人の研究室
http://www.geijutsu.tsukuba.ac.jp/~miyaharalab/labo
茨城県北芸術祭 宮原克人(公募)
https://kenpoku-art.jp/artists/katsuto-miyahara/
筑波大学研究者総覧
http://www.trios.tsukuba.ac.jp/researcher/0000002055
百色
https://www.hyakushiki.jp/
木曽漆器祭 奈良井宿場祭
http://shikki-shukuba.shiojiri.com/
木曽の手仕事市
http://kiso-teshigotoichi.com/

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