下村 泰史 (准教授)2021年3月卒業時の講評

年月 2021年3月
今このページをご覧になっている方の中には、この卒業研究レポートを執筆された学生の方もいらっしゃると思います。
また、たまたまご覧になった方や、本学芸術教養学科へのご入学を検討される中で来てくださった方もいらっしゃるでしょう。

そうした方々へのご案内も含めた講評としたいと思います。

まず、この卒業研究では、大変多岐にわたる事例について取り上げられています。私が添削講評を担当したものだけでも、以下のようなものがありました(このweb卒業研究展に掲載されているのはこの一部です)。


<景観保全>
金沢の街並み景観保全
川越の駄菓子屋街
静岡県倉沢の棚田
香港西貢タウン
長野の善光寺
大阪船場の近代建築群保存利活用
仙台定禅寺通り
埼玉県大宮氷川神社参道のシークエンス
日本橋の都市デザイン
東京の光が丘団地

<公園緑地>
高槻市安満遺跡公園
神戸の布引ハーブ園
千葉県の千葉公園
千葉の京成バラ園
埼玉の大宮公園

<戦争遺跡>
陸軍登戸研究所
広島県中国軍管区司令部防空作戦室跡

<非建築的地域資源>
愛知県愛岐トンネル群
茨城県笠間市・筑波山地域ジオパーク
佐賀県嬉野市塩田町にある塩田津の景観

<建築単体>
神奈川横浜市大倉山記念館
神戸市御影公会堂
埼玉の美術館MOMAS

<イベント・コミュニティ>
鹿児島のジャズフェスティバル
京都の無鄰菴における提案型ボランティア
奈良のCSA農園
大阪の島之内小劇場
京都のあじき路地

<歴史的コミュニティ>
山形県鶴岡市のケヤキキョウダイ


これは、芸術教養学科の関心事の多様さをそのまま表していると思います。芸術教養学科で学んでこられたみなさんには自明のことかもしれませんが、はじめてここに来られた方にとっては、「これが芸術?」といったものばかりのように見えるかもしれません。

これは、講評文の中でも触れているのですが、芸術教養学科の学びは、いわゆる既知のジャンルとしての「芸術」だけでなく、人間の創造的な営み全般について検討するものです。

人間の創造的な営み一般を見るための視点として、芸術教養学科の学科専門教育科目(特に「芸術教養講義1〜10」及び「芸術教養演習2」)では、「場や空間のデザイン」「行事やイベントのデジン(時間のデザイン)」「編集」「コミュニティ運営」が用意されます。これらを杖として、同時代的な事象と、歴史文化に関わるものとの双方に踏み込んでいくのです。

最後の課題である「卒業研究」では、これらの視点を出題側が用意するということはしません。ある事例を、どのような視点から眺めるのかは、執筆者に委ねられます。またこの「卒業研究」では複数の視点から検討することも可能でしょう。

例えば歴史的な街並み保全活動であれば、それが「場や空間のデザイン」であるのはもちろんですが、その活動を動かす「コミュニティ」のデザインも、街のサテライトを選定し利活用を考えることは、「編集」でもあり、また「イベント」のデザインも見ることができるでしょう。そうした総合的な取り扱いも、この「卒業研究」では可能です。

「卒業研究」の課題は、他のページにも示されていますが、ここでも見ておきましょう。

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【文化資産評価報告書の作成】
自身の問題関心に沿ったデザイン・芸術活動の評価報告書を作成します。(3200字程度)
評価対象は地域の文化遺産に関わるもの、今日的な制作、上演活動のいずれを選んでも良いです。
ジャンルも造形物、食文化、出版文化、景観、インターネットを活かしたソーシャル・デザインの取り組みなど、制作的な契機があれば何でも結構です(棚田や並木も自然の風景というだけではなく、人工的な制作物でもあります)。自分自身の関わる芸術的な活動をとりあげることもできます。特に評価対象に関して、どのような点がデザインとして優れているかも考察して下さい。「芸術教養演習1・2」で取り上げた事例でも結構です。

報告に際しては必ず次の5点を明記してください。
1.基本データと歴史的背景
2.事例のどんな点について積極的に評価しているのか
3.国内外の他の同様の事例と比較して何が特筆されるのか
4.今後の展望について
5.まとめ

以上の5点の順序は問いません。
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このサイトに掲載されたレポートがこのレギュレーションにどの程度応えているか、考えながら読んでいただきたいと思います。

今回は、「1.基本データと歴史的背景」と「3.国内外の他の同様の事例と比較して何が特筆されるのか」に問題を残すレポートが多くみられたように思いました。

「1.基本データと歴史的背景」は、取り上げる事例を輪郭づけるものです。先に挙げた「歴史的な街並み保全活動」であれば、取り上げる事例は、物的環境としての街並みだけでなく、保全活動全体の概要骨子が紹介される必要があります。「論じる対象は何なのか」を明瞭に意識し、提示することが必要です。
また、対象物の位置や分布といったごく基本的な情報を提示できていないものも多くみられました。位置図や対象区域を明示することは、基本だと思います。

「3.国内外の他の同様の事例と比較して何が特筆されるのか」については、他事例との比較検討が求められます。ここでの妥当な比較のためには、比較対象が適切に選ばれる必要があります。なぜそれを選んだのか、が説明されなくてはなりません。
また、一定の共通点を踏まえたうえで、相違点を整理し、それがなぜ生じているのか、その相違点がどのように影響を及ぼすのか、といった考察が必要です。
この考察が、レポート全体の考察に接続されていないものが多く見受けられました。ただ類似例を紹介しておわり、あるいは相違点を数点挙げて終わり、というものがあります。
比較検討を行うように、という指示は、考察をしやすくするためのヒントだと思って活かしていただきたいと思います。

といった論の進め方について気になったところは多いのですが、冒頭にも書いたように、多様な地域文化資産をめぐる情報が寄せられ、大変興味深く、ときに驚きをもって読みました。それは喜びに満ちた体験でした。

芸術教養学科は、市民としての文化的リテラシーと批判力を身につけるところです。これは、この国と地域をよりよく美しいものにし、生活する人々を幸せにしていくうえで、先端的な専門家を養成することにもまして、重要な教育であると考えています。

この「卒業研究」までの学びで身につけた視点と方法とを活かして、身の回りの実践的な世界を、デザインしていっていただきたいと思います。