早川 克美(教授:学科長)2021年3月卒業時の講評

年月 2021年3月
みなさん、ごきげんよう。卒業研究のレポートの作成、おつかれさまでした。
卒業研究は、みなさんの芸術教養学科で学んだこれまでの学習の成果です。それぞれの方の視点が実に様々で、読み応えのあるレポートばかりでした。

今回は、公開希望者が約半数でしたので、ここでは公開希望者のレポートの総評を示しますが、未公開のレポートにも大変優れた内容があったことをお伝えします。特に、評価軸にエドマンド・リーチ「通過儀礼論」を用いたことで事例の特筆点をあきらかにすることに成功したレポートや、故郷の市民の精神性をひとつの事例を通して考察したレポートなどは読み応えのある内容でした。

公開されているレポートで良く書けていた3点をご紹介すると、
「福生の「米軍ハウス」が伝える70年代文化の遺産」では、著者が実際にお住まいだっただけに、リアリティのある、詳細な報告書となっています。米軍ハウスの評価をデザイン性とそこから生み出された文化性に分けて記述された点が良かったです。

「長崎アトリエ村「さくらが丘パルテノン」の商品開発」では、コミュニティ形成やまちづくりの観点からもこの事例を取り上げることができたかと思いますが、家主からの不動産賃貸経営という観点で評価され、興味深い考察でした。添付資料も素晴らしかったです。

「弘前れんが倉庫美術館 ― 過去から現在、そして未来へ―」では、場所の記憶や歴史を継承することに成功している事例を丁寧に調査し、創設者の思いを新しい価値として受け継がれた事業を評価されました。比較事例との対照によって施設の可能性を導き出しています。

レポートの評価が分かれたのはご自身の問題意識と対象への評価軸が明示されているかという点です。せっかく丁寧に調べられたのに、調べたことのまとめで終わってしまっている方もいらっしゃいました。また、論点の軸が曖昧なため、減点となった惜しいレポートもありました。評価が高かったレポートは、丁寧な調査をされ、適切な比較対照を試みたり、また評価手法および評価軸を明確に定義されていました。いつも演習の授業でお話していますが、まず、調べた多くの情報から、「何を取捨するのか」という「問題定義=切り口」を示すことが肝心です。次に、その切り取られた情報をどのような「構造」で組み立てて考察するのかを検討し、最後にその構造をどのような「語り口=手法・方法」で伝えるかという点に留意して書くことが重要です。
また、ほとんどの方が、選ばれた対象への一定の距離をおいた客観的な考察には成功されていますが、一見、うまくいっているように見える事象に問題はないのか?どのような課題をクリアして今日があるのか、そんな批判的、反省的な視点も加味されると、一層深い考察になったと思います。

いろいろと書いてしまいましたが、卒業生となられたみなさん、本当におつかれさまでした。みなさんが得られた学びはゆっくりと時間をかけてみなさんの中で熟成されて、様々な場面でみなさんを助けてくれることでしょう。一緒に学んだこの月日はみなさんの勝ち取られた財産です。これからのみなさんのご活躍を祈っております。