下村 泰史(教授:学科長)2025年3月卒業時の講評

卒業研究レポートに取り組まれたみなさん、お疲れ様でした。
また、卒業研究レポートを書かれた方以外の方もここを見ているかもしれません。今後卒業研究に取り組まれる在学生の方、本学や本学科にご関心を持ちつつ外からご覧になっている方もおられるでしょう。
ですので、詳しくは科目の概要のページをご覧いただくのがよいとは思いますが、ここでもこの卒業研究という科目の概要を抄録しておきます。
課題内容
【文化資産評価報告書の作成】
自身の問題関心に沿ったデザイン・芸術活動の評価報告書を作成します。
評価対象は地域の文化遺産に関わるもの、今日的な制作、上演活動のいずれを選んでも良いです。
ジャンルも造形物、食文化、出版文化、景観、インターネットを活かしたソーシャル・デザインの取り組みなど、制作的な契機があれば何でも結構です(棚田や並木も自然の風景というだけではなく、人工的な制作物でもあります)。自分自身の関わる芸術的な活動をとりあげることもできます。特に評価対象に関して、どのような点がデザインとして優れているかも考察して下さい。
「芸術教養演習1・2」で取り上げた事例でも結構です。
また、報告に際しては必ず次の5点を明記してください。
1: 基本データと歴史的背景
2: 事例のどんな点について積極的に評価しているのか
3: 国内外の他の同様の事例と比較して何が特筆されるのか
4: 今後の展望について
5: まとめ
以上の5点の順序は問いません。
この課題設定には、芸術教養学科のまなざしが端的に顕れていると思います。いわゆる「作家」が創る「作品」だけでなく、課題文では「制作的な契機」な契機と書かれていますが、人間の創造性の発露であれば、無名のものであれ、共同的なものであれ、半分自然のようなものであれ、取り上げることができるのです。どのようなものを取り上げるかに、この学科で学んだ受講生ひとりひとりの視線の質が顕れることになります。
今回は、全部で277件の提出があり、これを6名の教員が46〜47件ずつ分担して添削・講評を行いました。私が担当したのは、まちづくり・景観系を中心とした、以下のレポート群です。
・60周年を迎えた若戸大橋(北九州市)についてのもの
・深良用水を完成に導いた新田開発への強い意志
・北海道松前町の町並みー過去から未来へ繋ぐまちづくりー
・東京都世田谷区 呑川親水公園 〜流れのある空間〜
・オペラ「松風」と新作能「射留魔川」にみる能楽の現代における再解釈の意義とその可能性
・都市部の土地活用における公益性の課題~地下の変電所~
・紀の川の「中洲(なかず)」―川中島につくられた景観のデザイン―
・京成バラ園ーバラと人の関係性を生み出すデザインー
・「岡山禁酒会館が育むコミュニティとその意義」〜地域文化の持続可能性を考える〜
・地域とともに美しい景観を守り続ける山崎蒸溜所
・鈴ヶ森刑場跡が残される意味と現地保存のありかた
・縄文土器ー刻まれた文様について
・心を掴まれる魅力-水元公園の「美しさ」とは何か
・成田市営霊園「いずみ聖地公園」ーー心を癒す空間デザインと継承についての考察
・尾道ガウディハウス ー時間を遊ぶ家ー
・草津宿場まつりと草津川跡地公園~歴史的街並みの景観とデザイン~
・平城宮跡から考える過去と現在の融合について
・江戸時代に遡る水路「白金分水」 ~失われつつある景観と、土地の持つ記憶の永続性~
・樹齢1000年超の「薫蓋樟」が伝える、大阪・門真の歴史文化と自然信仰
・「滄浪泉園」 ―武蔵野の風景をパッケージした空間として
・ホイアンの街並み~美しい街並みとその未来へ~
・団地のなかのコミュニティ拠点「ひばりテラス118」を中心に広がる同心円状のつながり
・ラッパースヴィル・ヨナの景観 ~親しまれる旧市街~
・「以楽公園」―美しさと価値を認知されるためにできること―
・歴史が息づく町・今井町:その価値と保存の課題
・天王寺七坂と寺町 上町台地に残る歴史的景観の保全とこれからを探訪する
・再開園した長居植物園
・江戸初期の治水と玉川上水
・住宅街にたたずむ茶室「慈緑庵」―多胡夫妻から継承した内露地のランドスケープデザイン―
・多摩ニュータウンの228の橋からみる街のデザイン
・次世代に継承する文化的景観を守る、天野の里の取り組み
・台湾野柳地質公園の奇岩芸術~パレイドリアから知る東アジア
・「洗足池」―都市を彩る公園のデザイン
・団地再生から生まれた地域の縁側 ー香里団地「デゴイチプロジェクト」ー
・変りゆくまちのなかで、歴史的なまちなみとともに歩む――京街道 枚方宿のまちづくり――
・「寺家ふるさと村」ー人と自然との共生
・ホイアン旧市街の町並み――多様性に満ちた歴史的空間――
・「絶対城」の放つ神聖さの源ー空間に込められた意味を次世代につなぐー
・「古川親水公園」 世界最古の親水公園を文化資産として評価する
・国宝善光寺の特徴とその本尊、門前町について
・京都芸術大学で学びを進める仕組みとその可能性 学びを支えるデザインの考察
・滋賀県甲賀市のやまなみ工房――アートでつながる福祉施設
・地域の公園にある園芸「菖蒲園(城北菖蒲園)」の魅力について
・霞ヶ浦水運で栄えた高浜河岸(かし)の歴史
・旧漁師町・浦安市郷土博物館の動態展示「焼玉エンジン」にみる今までの浦安とこれからの百年を考える漁村歴史の伝承と工夫
・逍遙園~日台文化と歴史の交差点となる旧華族別荘~
・在来植物で作る「石神井ユニット」~都会の暮らしをデザインする「まちとみどりの実験室」の里山作り~
かつて訪れたことのある懐かしいものも、まったく未知だったものもあり、旅をする感じで楽しく読みました。今回このweb卒業制作展に追加したのは、これらのうち本人が公開を希望しかつ取材先や引用元等許諾が得られたものです。優れた作品の全てが掲載されているわけではありませんし、もう少しがんばろう、といった出来栄えのものも含まれています。これが選抜展ではなく、基本的に玉石混淆であるかことはここに記しておくことにします。
また、「学長賞」「学科長賞」「同窓会賞」といったタグが付されている作品もあります。これらはレポートとして優れているのはもちろんなのですが、それまでの全体的な成績、専門科目の成績、学内SNS等への参加等の評価も総合的に行われての受賞となっています。それゆえ大変価値のあるものなのですが、レポートのみを純粋に見ていくならば、それ以外にも優れたものが多数掲載されています。評価は付されていませんので、課題内容と照らし合わせ、どのレポートがどのように優れているのか、考えてみていただければと思います。
私が担当した中では、以下のものが印象に残りました。
・成田市営霊園「いずみ聖地公園」――心を癒す空間デザインと継承についての考察
・団地のなかのコミュニティ拠点「ひばりテラス118」を中心に広がる同心円状のつながり
・変りゆくまちのなかで、歴史的なまちなみとともに歩む――京街道 枚方宿のまちづくり――
・「絶対城」の放つ神聖さの源ー空間に込められた意味を次世代につなぐー
いずれも対象空間を捉えるために独自の工夫がなされています。これらのレポートに付された資料からは、その場所がどのような姿をしたどのような場所なのかを伝えるための、執筆者の熱のようなものが伝わってきます。
これらのうち、井上円了の哲学堂公園の「絶対城」を扱ったものは、シーケンス景観の主観的体験の叙述方法を既往研究に見つけ、それを応用するということがなされており、レポート本文には再考の余地があるものの、密度の高い観察と考察には圧倒されるものがありました。
一方、こうした景観を主題に扱ったレポートのうち、「資料として写真が数葉添付されているだけのもの」、「都市全体を取り上げていてテーマが絞り込めていないもの」も散見されました。これから卒業研究に取り組まれる方は、注意していただきたいと思います。
前回も触れたのですが、論述の構成に課題のあるレポートも多くみられました。「国内外の他の同様の事例と比較して何が特筆されるのか」を述べることが求められているのですが、ただ他の事例の名を挙げただけ、といったものも見られました。なんとか「共通点」や「相違点」を取り出しているものの、全体の議論のなかにうまく活かされていないというものもとても多かったように思います。積極的な評価点や今後の展望における課題の抽出等に、他事例との比較は活かすことができます。
シラバスで求めている「5点を明記」というのは、章立て構成のことではありません。これを構成そのものにしてしまうと、事例間比較が圧迫され論旨の中で浮いてしまう傾向があります。本課題における考察の中心になるところですので、個別の添削講評文にも書いてありますが、他の方のレポートも読みながらよく振り返っていただきたいと思います。
また、卒業研究レポートを書かれた方以外の方もここを見ているかもしれません。今後卒業研究に取り組まれる在学生の方、本学や本学科にご関心を持ちつつ外からご覧になっている方もおられるでしょう。
ですので、詳しくは科目の概要のページをご覧いただくのがよいとは思いますが、ここでもこの卒業研究という科目の概要を抄録しておきます。
課題内容
【文化資産評価報告書の作成】
自身の問題関心に沿ったデザイン・芸術活動の評価報告書を作成します。
評価対象は地域の文化遺産に関わるもの、今日的な制作、上演活動のいずれを選んでも良いです。
ジャンルも造形物、食文化、出版文化、景観、インターネットを活かしたソーシャル・デザインの取り組みなど、制作的な契機があれば何でも結構です(棚田や並木も自然の風景というだけではなく、人工的な制作物でもあります)。自分自身の関わる芸術的な活動をとりあげることもできます。特に評価対象に関して、どのような点がデザインとして優れているかも考察して下さい。
「芸術教養演習1・2」で取り上げた事例でも結構です。
また、報告に際しては必ず次の5点を明記してください。
1: 基本データと歴史的背景
2: 事例のどんな点について積極的に評価しているのか
3: 国内外の他の同様の事例と比較して何が特筆されるのか
4: 今後の展望について
5: まとめ
以上の5点の順序は問いません。
この課題設定には、芸術教養学科のまなざしが端的に顕れていると思います。いわゆる「作家」が創る「作品」だけでなく、課題文では「制作的な契機」な契機と書かれていますが、人間の創造性の発露であれば、無名のものであれ、共同的なものであれ、半分自然のようなものであれ、取り上げることができるのです。どのようなものを取り上げるかに、この学科で学んだ受講生ひとりひとりの視線の質が顕れることになります。
今回は、全部で277件の提出があり、これを6名の教員が46〜47件ずつ分担して添削・講評を行いました。私が担当したのは、まちづくり・景観系を中心とした、以下のレポート群です。
・60周年を迎えた若戸大橋(北九州市)についてのもの
・深良用水を完成に導いた新田開発への強い意志
・北海道松前町の町並みー過去から未来へ繋ぐまちづくりー
・東京都世田谷区 呑川親水公園 〜流れのある空間〜
・オペラ「松風」と新作能「射留魔川」にみる能楽の現代における再解釈の意義とその可能性
・都市部の土地活用における公益性の課題~地下の変電所~
・紀の川の「中洲(なかず)」―川中島につくられた景観のデザイン―
・京成バラ園ーバラと人の関係性を生み出すデザインー
・「岡山禁酒会館が育むコミュニティとその意義」〜地域文化の持続可能性を考える〜
・地域とともに美しい景観を守り続ける山崎蒸溜所
・鈴ヶ森刑場跡が残される意味と現地保存のありかた
・縄文土器ー刻まれた文様について
・心を掴まれる魅力-水元公園の「美しさ」とは何か
・成田市営霊園「いずみ聖地公園」ーー心を癒す空間デザインと継承についての考察
・尾道ガウディハウス ー時間を遊ぶ家ー
・草津宿場まつりと草津川跡地公園~歴史的街並みの景観とデザイン~
・平城宮跡から考える過去と現在の融合について
・江戸時代に遡る水路「白金分水」 ~失われつつある景観と、土地の持つ記憶の永続性~
・樹齢1000年超の「薫蓋樟」が伝える、大阪・門真の歴史文化と自然信仰
・「滄浪泉園」 ―武蔵野の風景をパッケージした空間として
・ホイアンの街並み~美しい街並みとその未来へ~
・団地のなかのコミュニティ拠点「ひばりテラス118」を中心に広がる同心円状のつながり
・ラッパースヴィル・ヨナの景観 ~親しまれる旧市街~
・「以楽公園」―美しさと価値を認知されるためにできること―
・歴史が息づく町・今井町:その価値と保存の課題
・天王寺七坂と寺町 上町台地に残る歴史的景観の保全とこれからを探訪する
・再開園した長居植物園
・江戸初期の治水と玉川上水
・住宅街にたたずむ茶室「慈緑庵」―多胡夫妻から継承した内露地のランドスケープデザイン―
・多摩ニュータウンの228の橋からみる街のデザイン
・次世代に継承する文化的景観を守る、天野の里の取り組み
・台湾野柳地質公園の奇岩芸術~パレイドリアから知る東アジア
・「洗足池」―都市を彩る公園のデザイン
・団地再生から生まれた地域の縁側 ー香里団地「デゴイチプロジェクト」ー
・変りゆくまちのなかで、歴史的なまちなみとともに歩む――京街道 枚方宿のまちづくり――
・「寺家ふるさと村」ー人と自然との共生
・ホイアン旧市街の町並み――多様性に満ちた歴史的空間――
・「絶対城」の放つ神聖さの源ー空間に込められた意味を次世代につなぐー
・「古川親水公園」 世界最古の親水公園を文化資産として評価する
・国宝善光寺の特徴とその本尊、門前町について
・京都芸術大学で学びを進める仕組みとその可能性 学びを支えるデザインの考察
・滋賀県甲賀市のやまなみ工房――アートでつながる福祉施設
・地域の公園にある園芸「菖蒲園(城北菖蒲園)」の魅力について
・霞ヶ浦水運で栄えた高浜河岸(かし)の歴史
・旧漁師町・浦安市郷土博物館の動態展示「焼玉エンジン」にみる今までの浦安とこれからの百年を考える漁村歴史の伝承と工夫
・逍遙園~日台文化と歴史の交差点となる旧華族別荘~
・在来植物で作る「石神井ユニット」~都会の暮らしをデザインする「まちとみどりの実験室」の里山作り~
かつて訪れたことのある懐かしいものも、まったく未知だったものもあり、旅をする感じで楽しく読みました。今回このweb卒業制作展に追加したのは、これらのうち本人が公開を希望しかつ取材先や引用元等許諾が得られたものです。優れた作品の全てが掲載されているわけではありませんし、もう少しがんばろう、といった出来栄えのものも含まれています。これが選抜展ではなく、基本的に玉石混淆であるかことはここに記しておくことにします。
また、「学長賞」「学科長賞」「同窓会賞」といったタグが付されている作品もあります。これらはレポートとして優れているのはもちろんなのですが、それまでの全体的な成績、専門科目の成績、学内SNS等への参加等の評価も総合的に行われての受賞となっています。それゆえ大変価値のあるものなのですが、レポートのみを純粋に見ていくならば、それ以外にも優れたものが多数掲載されています。評価は付されていませんので、課題内容と照らし合わせ、どのレポートがどのように優れているのか、考えてみていただければと思います。
私が担当した中では、以下のものが印象に残りました。
・成田市営霊園「いずみ聖地公園」――心を癒す空間デザインと継承についての考察
・団地のなかのコミュニティ拠点「ひばりテラス118」を中心に広がる同心円状のつながり
・変りゆくまちのなかで、歴史的なまちなみとともに歩む――京街道 枚方宿のまちづくり――
・「絶対城」の放つ神聖さの源ー空間に込められた意味を次世代につなぐー
いずれも対象空間を捉えるために独自の工夫がなされています。これらのレポートに付された資料からは、その場所がどのような姿をしたどのような場所なのかを伝えるための、執筆者の熱のようなものが伝わってきます。
これらのうち、井上円了の哲学堂公園の「絶対城」を扱ったものは、シーケンス景観の主観的体験の叙述方法を既往研究に見つけ、それを応用するということがなされており、レポート本文には再考の余地があるものの、密度の高い観察と考察には圧倒されるものがありました。
一方、こうした景観を主題に扱ったレポートのうち、「資料として写真が数葉添付されているだけのもの」、「都市全体を取り上げていてテーマが絞り込めていないもの」も散見されました。これから卒業研究に取り組まれる方は、注意していただきたいと思います。
前回も触れたのですが、論述の構成に課題のあるレポートも多くみられました。「国内外の他の同様の事例と比較して何が特筆されるのか」を述べることが求められているのですが、ただ他の事例の名を挙げただけ、といったものも見られました。なんとか「共通点」や「相違点」を取り出しているものの、全体の議論のなかにうまく活かされていないというものもとても多かったように思います。積極的な評価点や今後の展望における課題の抽出等に、他事例との比較は活かすことができます。
シラバスで求めている「5点を明記」というのは、章立て構成のことではありません。これを構成そのものにしてしまうと、事例間比較が圧迫され論旨の中で浮いてしまう傾向があります。本課題における考察の中心になるところですので、個別の添削講評文にも書いてありますが、他の方のレポートも読みながらよく振り返っていただきたいと思います。