「アートと医療とつながりと」

石垣 伯江

-びょういんあーとぷろじぇくとの取り組みから-

1:はじめに
筆者が看護学生だった1988年、イギリスへ研修旅行で行く機会を得た。その際、ロンドンのこども病院を訪ねたところ、廊下の壁一面にカラフルな絵が描かれており、強烈な印象を受けた。当時、日本の病院と言えば白い壁、薄い色のカーテンであった。その後、私は幾つかの病院で仕事を続けてきたが、院内に絵を飾ったり、音楽を流すなどのことはあっても、本格的にアート活動と手を結んだ病院との出逢いはなかった。
私ごとであるが、2011年に交通事故で外傷性くも膜下出血となり、嗅覚を失った。入院した脳外科では、夜中に泣いている患者さんもいた。あるとき、病院の屋上に花壇があることを知り、そこへ散歩に行き花を眺める中で、心慰められる経験をした。
現在、看護師として働く一方、札幌に於ける「びょういんあーとぷろじぇくと」の一員として、医療の場に於けるアートについて思索する機会を得た。本書では、このプロジェクトの特色と意義について考察する。

2:基本データ
「びょういんあーとぷろじぇくと」は、札幌に於いて、美術家の日野間尋子氏を中心に2008年設立され、障がいや病を抱えた人たちの作品を、院内の待合室に展示する形で始まった。
企画・スタッフは現在20名ほどであるが、デイケア利用者や障がい者支援施設の利用者、他の病院 のボランティアグループなど多くの人が制作に加わり、協力者は100名を超える。これまで、札幌ライラック病院、独立行政法人国立病院機構 北海道がんセンター、札幌市立病院、札幌天使病院の待合室やギャラリー等で、また、地域にある個人の小さな美術館などで、展示を行って来た。

3:成り立ち
日野間氏は、2004年にオーストリア・ザルツブルグのアートフェスティバルに参加した折り、病院のロビーがギャラリーのようになっていることに衝撃を受け、日本でも同様のことができないかと思索していた。その後、富良野の障がい者施設で、利用者の美術創作支援の仕事をする中で、彼らの作品と、美術家の作品とを融合させた形で、病院アートとしてを進めていったものである。

4:国内外の病院アートの事例について
日本国内で、病院アートの活動をしている個人や団体は複数あり、様々な流れの中で近年その動きが活発になって来ている。また、名称についても「アートインホスピタル」「病院アート」「ホスピタルアート」「ホスピタリティアート」など、幾つかの呼称がある。
「アート イン ホスピタル」は、1989年UNESCOが立ち上げたプロジェクトで、1990年にスウェーデン、ノルウェー、スイス、フランス、オーストリアを企画国として発足した。現在では各国の厚生省が独立してプロジェクトを進めている。アートを活用することで、患者に心休まる環境を提供し、患者自身の回復力、自然治癒力を高めることが確認されている。
スウェーデンでは、公共建築の新築・改築の際には、予算の1%(病院の場合は2%)を、アートに割くことが法律で決められている。日本にはこのような法律はないものの、現在、国内でも、同様の取り組みが広がりつつある。和歌山県立医科大学付属病院、西脇市立西脇病院、済生会栗橋病院、筑波大学病院、さらには、京都造形芸術大学の学生達のプロジェクトとして、日本バプテスト病院等、幾つもの病院での取り組みが報告されている。

5:国内外の他の同様の事例に比べて何が特筆されるのか。
日野間氏が始めた「びょういんあーとぷろじぇくと」の特徴は、美術家のみが作品を提供しているのではなく、美術家ではない人たち、心や身体に障がいのある人々、支えている人々など、様々な立場から、融合した作品を生み出している点にあると言えよう。
日野間氏は、以下のように述べている。『たとえ、障がいがあっても、自分で、ものを生み出し、つくることができる。そのプロセスから表現の喜びが、じんわりと広がり、時には、人や状況に変化をもたらすことがあるかも知れません。心を閉ざし硬直しているところに、手放す勇気を与えるかも知れません。自分が他者とつながり、社会全体へ連なっていくための活動がアートであり、私たちは、その一員でありたいと、いつも、願っています』*1)
びょういんあーとの展示に接した患者や、その家族から「明るい気持ちになった」「優しさや温かさを感じ、今日もがんばろうと思った」という声があったり、医療スタッフからは「会話が増えた」という声が寄せられている。
障がい者支援施設に通うAさんのお母様から、次のような感想が寄せられた。「Aの作品が見違えるように素敵になって驚きました!…中略…Aも写真を見て、自分の蝶が素敵になったと喜んでいます。○○病院にはさっそく作品を拝見しに行ってこようと思います。こちらこそ、素晴らしい機会を与えてくださいまして、どうもありがとうござい ました。」
この作品に対しては「すごくきれいで、すてきでかわいいです」「すばらしい。心が躍った」等の感想が寄せられていた。ひとりの人の表現を、美術家が少し手助けをし、この世に羽ばたかせる事ができるとすれば、作者にとっても美術家にとっても大きな喜びである。

同時に、このプロジェクトに参加している美術家たちの背景についても述べてみたい。実は、この「ぷろじぇくと」の仲間たちの中にも、大きな病や、苦しみ、喪失体験を持ちながら、創作活動にあたっている人々が存在する。
私たちは、生きている以上、病気、苦しみ、障がい、死…それらのことから免れ得ない。その大前提に目を背ける事なく、それらを身に負った「私」のままで、共同作品を生み出している。それが、病の中にある人々に届く「ことば」となっているのではないか。

6:おわりに
病院(ホスピタル)の語源は、ホテルやホスピスと同様に「ホスピタリティ」であり、中世の初め、ヨーロッパ西部で巡礼や旅行者、病人たちを「休ませる、温かく迎える、もてなす」ということから始まった、とはよく言われる事である。
しかし、金沢美術工芸大学教授(視覚デザイン専攻)後藤徹教授は、この「ホスピタリティ」という言葉を、更に引き寄せて表現している。
『もっと携わる人たちお互いのパラレルな関係を表す解釈はないものかと、いろいろな辞書を調べていくうちに「ホスピタリティー=人を思う気持ち」という言葉がもやもやしている私のこころの中に飛び込んできました。』*2) 後藤氏は、この解釈から、自身のプロジェクトとして、ユーモアのある作品を病院で見てもらおうと、金沢市立病院で病院アートを展開している。
日本の医療の中で、まだまだ「医療者」は強い立場で、「患者」は弱い立場に置かれる事が多い。これは、病院で働く筆者の実感である。
しかし、アートは、人を強者や弱者の立場に置く事はない。むしろ、作り手がもつ「弱さ」や「苦しみ」が、患者の立場にあるものの心に届き、感情を揺り動かし、心に何らかの緩和的なスペースを生むものとなっている。
びょういんあーとぷろじぇくとに於いて、メンバーは対等なアーティストとして、共に作品を生み出した。そこは、人々が立ち止まり、願い、あるいは祈り、微笑み、涙し、再び人生に向き合っていく場となり得ている。

今後、益々、病院におけるアートの役割は、大きく、広がりを見せて行くと思われる。その中で、この「びょういんあーとぷろじぇくと」が指し示したものは、美術家のみが、あるコンセプトのもとに作り上げるアートではなく、「誰でも、人を思う気持ちがあれば、そこにアーティストとして参画できる」ということではないだろうか。更には、入院している患者さんたち自ら、このアートを作り上げる事が出来るかもしれない。様々な可能性が秘められている。

  • 札幌ライラック病院1(日野間尋子氏提供) 札幌ライラック病院1(日野間尋子氏提供)
  • 札幌ライラック病院2(日野間尋子氏提供) 札幌ライラック病院2(日野間尋子氏提供)
  • 札幌 天使病院ギャラリー (筆者撮影) 札幌 天使病院ギャラリー (筆者撮影)
  • O.tone Vol.104  発行:株式会社あるた出版 O.tone Vol.104  発行:株式会社あるた出版
  • 北の峯学園の利用者の方々の作品(びょういんあーとぷろじぇくとHPより 北の峯学園の利用者の方々の作品(びょういんあーとぷろじぇくとHPより)
  • びょういんあーと 作家キャプション(非公開)

参考文献

【引用文献】
*1)北海道美術ペン編集 「美術ペン 151 2017 SPRING」北海道美術ペンクラブ
*2)高田重男、横川善正 監修 「ホスピタリティ・アート・プロジェクト 病院を安らぎの空間に」新潮社 P54

【参考文献】
1)アートミーツケア学会 編 森口ゆたか・山口(中上)悦子 責任編集「アートミーツケア 書1 病院のアート 医療現場の再生と未来」 生活書院、2014年
2)アートミーツケア学会 編  秋田光彦・板倉杏介 責任編集 「アートミーツケア 書2 生と死をつなぐケアとアート 分たれた者たちの共生のために」生活書院、2015年
3)荒井裕樹 著 「生きて行く絵 アートが人を〈癒す〉とき 亜紀書房 2013年
4)はたよしこ、都築響一、齋藤環、田島征三、リュシエンヌ・ベリー(アール・ブリュット・コレクション館長)著 「THE WORLD OF OUTSIDER ART] アウトサイダーアートの世界 =東と西のアール・ブリュット 紀伊国屋書店、2008 年
5)山本容子 著 「Art in Hospital スウェーデンを旅して」 講談社 2013年

【参考HP URL】
1)びょういんあーとぷろじぇくと:http://www.hinoma.com/hospitalart/
2)こうふサザンクリニック: http://www.kofu-southern-clinic.jp/concept/
3)笹川記念保健協力財団:http://www.smhf.or.jp/hospice/about_hospice/hospice_qa/
4)ふじ内科クリニック 院長 内藤いづみ:http://www.naito-izumi.net