黒部ダム、その成り立ちと未来

冨永 健

1.はじめに
北アルプスの山中に位置する黒部ダムは水力発電所として広く知られている一方、著名な観光地としても賑わっている。ここではダム建造の経緯から水力発電の利点、また、他の巨大建造物と比較することで観光やデザイン的魅力を探り、その価値と未来を考える。

2.基本データ
2-1.黒部ダムの位置
鷲羽岳を源に富山湾へと注ぐ黒部川の中流に黒部ダムは位置する。ダムへのアプローチは長野県大町市と富山県立山町を結ぶ「立山黒部アルペンルート(以降アルペンルート)」を利用する。[資料1 図1]

2-2.黒部ダムデータ
形式:アーチ式ドーム越流型
高さ:186m(国内1位)
堤頂長:492m・内左岸ウィングダム69m・内右岸ウィングダム56m
堤頂幅:8.1m
敷幅:39.7m
堤体積:約158万立方メートル(ウィングダム含)
湛水面積:約349万平方メートル
総貯水量:約2億立方メートル
発電量:黒部川第四発電所:年間約10億kWh(黒部川全体の年間の発電量は約31億kWh) [註1]

3.歴史的背景
戦後の荒廃と復興は関西地区に深刻な電力不足をもたらし、経済発展の足枷になっていた。当時の主力発電は石炭や石油を用いた火力だったが、増え続ける電力消費を補うため関西電力は黒部峡谷に水力発電所建設を開始、着工後7年を経た1963年に国内最大級のダム水路式発電所が竣工。これが黒部川第四発電所、通称「黒四・くろよん」である。

4.他の事例との比較:発電
前述したように黒部ダムは観光地として著名だが、ここではまず主目的である「発電」について改めて記述する。

4-1.水力発電が求められた理由
切迫した関西の電力事情を解消する目的で建設された黒部ダムだが、ではなぜ水力発電なのか。まず、国内で採掘される石炭が将来枯渇する可能性があること。為替の変動相場制によって原油価格が変動することや、世界情勢の変化によって原油の安定した供給が不安視されることなどの理由から、火力発電だけに頼らずリスクを分散する目的で水力発電が選択された。[資料2] さらに、わずか3~5分と短い時間で送電できる水力発電は、急激に変化する電力消費に対応できる点でも優れていた。[註2]

4-2.水力発電の利点
東日本大震災以降、原子力発電の安全性を疑問視する声が大きくなっている。一方、火力発電は限りある化石燃料を使用する点、二酸化炭素(CO2)を排出することで地球温暖化防止に逆行する点が問題となる。また、天候に左右されやすい太陽光や風力発電は主流となり得ていない。その結果、現在稼働している水力発電は安定した電力供給が望めることや二酸化炭素を排出しない点で、太陽光や風力発電などと同様に「環境に優しいエネルギー」と再評価されている。[資料3]

5.他の事例との比較:観光
次に黒部ダムを観光の視点から考察する。人は古代から神殿やピラミッドのような巨大建造物に憧れ、また畏敬の念を抱いてきた。現代でも争うかのごとく建設される高層建築をみれば大きさや高さは人を惹きつける重要な要素だと考え、黒部ダムと他の巨大建造物を比較し、その魅力を探ってみる。

5-1.大きさ
まず、黒部ダムの大きさを推し量るため著名な巨大建造物と同一縮尺で比較する。[資料4] 黒部ダムは高さで東京スカイツリーやあべのハルカスに劣っているが、圧倒的な量感を有していることがわかる。

5-2.入込客数
続いて観光地としての実績を測るため、2007年から2015年まで9年間の入込客数をグラフ化した。 [資料5 図8] 東日本大震災で落ち込みを見せたがその後徐々に回復、毎年10万人近く集客する一級の観光地であるといえるだろう。さらに、増加する訪日外国人数から日本でも著名な観光地と認知されていることがわかる。

5-3.巨大建造物の目的
このように黒部ダムを発電と観光の両面から考察した結果、多くの巨大建造物には主目的と副目的が共在していることが見えてきた。そこで、黒部ダムを含めた巨大建造物それぞれの主目的と副目的、その内容と結果をまとめてみた。[資料5 表1] それにより、巨大建造物が「歴史的価値」や「高さ」といった付加価値を用い商業的成功を目指していること、時代によって目的の価値や評価が変化・逆転していることがわかった。

5-4.自然と対にある黒部ダム
次にデザイン的視点から黒部ダムの魅力を探る。人は対象を見る位置や角度、距離により異なる印象を抱く。 [資料6 図9] 黒部ダムには様々なビューポイントが設置されていて観光客を飽きさせない。[資料6 図10、11] そこから巨大なダムを望めば山々や樹々、湖といった大自然も同時に視覚に飛び込み、見る者を圧倒する。都市の巨大建造物では決して見られない、自然と建造物が一体になった景観が黒部ダム最大の魅力なのだ。[資料7]

6.負の側面:ダムによる変化
ここまでは黒部ダムを発電と観光の両面から肯定してきたが、その一方で「歴史上最も大きな環境破壊」とする意見も忘れてはならない。確かに巨大ダムの建設には長い年月と膨大な費用が必要であり、さらに山々の掘削やダム湖の形成など自然への影響も大きい。そして周辺地域で生活する人々への補償も必要になる。[資料8] 黒部ダムの建造当時と現代では環境に対する配慮が異なるとはいえ、国立公園内でこのような大工事が行われたことは事実であり、だからこそ批判的な意見も理解できる。
さらにダムには土砂の堆積という問題が生じる。これにより発電という本来の目的が果たせなくなり、老朽化とあわせダムを解体・撤去する可能性が生じるかもしれない。[資料8 図13]

7.黒部ダムを評価する理由:異なる地域を結びつけた功績
発電や電波塔といった主目的をもつ巨大建造物だが、観光的側面や商業施設を付帯させることで周辺地域の活性化という利点を生みだしている。スカイツリーやハルカスは当初から商業的成功を目標とし計画されているが、1963年竣工の黒部ダムはいつ観光的要素を付帯したのか。そこでアルペンルートの運営会社に問い合わせたところ、以下の回答をいただいた。※要点を抜粋

●アルペンルートは関西電力のクロヨン建設工事着手(昭31)の5年前に計画されていた。
●富山県側は早い段階から手を打ち、工事に協力しながら将来に備えていた。
●関西電力は工事終了後に大町ルート(大町~黒部ダム間)を 国立公園の利用に供するよう当時の厚生省から命じられていた。
●関西電力はダム付近だけの観光を考えていた。
●富山県側は立山を貫いて信州側と、 ゆくゆくは日本海側と太平洋側を結ぶことを最大の狙いとしていた。
●当初は全線道路による山岳交通路を目指したが、関西電力の反対などによりロープウェイ、ケーブルカーなど複数の乗り物で結ぶ現在のアルペンルートになった。
[註3]

以上のように、黒部ダムでも計画当初から主目的と副目的が並立されていたことがわかった。高度経済成長へと向かう時代背景を想像すれば、雪国・富山は糸魚川経由ではなく、より短い距離で長野と結びつきたかったと想像する。[資料1 図1] そして長野はダム工事と周辺地域の観光地化による経済効果を望み、もちろん関西電力は自社の成長と関西経済の発展を切望しダムを計画した。その結果、黒部ダムを核として電力供給という主目的で遠く離れた関西と、観光という副目的で日本海に面した富山と内陸の地・長野という異なる三つの地域が経済的、文化的にも結びついたのである。

8.終わりに
現在、水力発電所として再評価される黒部ダムだが、いつかはその機能や必要性を失うだろう。だが観光という副目的が現代のように賑わいをみせていたなら、それが主目的となりダムを存続させているかもしれない。

  • 資料1/黒部ダムとその周辺地域 資料1/黒部ダムとその周辺地域
  • 資料2/黒部ダム建設計画とエネルギー政策 資料2/黒部ダム建設計画とエネルギー政策
  • 資料3/水力発電の利点 資料3/水力発電の利点
  • 資料4/黒部ダムと他の巨大建造物1 資料4/黒部ダムと他の巨大建造物1
  • 資料5/黒部ダムと他の巨大建造物2 資料5/黒部ダムと他の巨大建造物2
  • 資料6/黒部ダムを望む1:ビューポイント 資料6/黒部ダムを望む1:ビューポイント
  • 資料7/黒部ダムを望む2:撮影画像 資料7/黒部ダムを望む2:撮影画像
  • 資料8/ダム周辺の環境と変化 資料8/ダム周辺の環境と変化

参考文献

[註1] 黒部ダムオフィシャルサイト
http://www.kurobe-dam.com/whatis/index.html
(2017年7月1日 アクセス)

[註2] 関西電力ホームページ 水力発電の概要
http://www.kepco.co.jp/energy_supply/energy/newenergy/water/shikumi/index.html
(2017年7月1日 アクセス)

[註3] 立山黒部アルペンルートを運営する「立山黒部貫光株式会社 営業推進部」よりメールによる返答
(2017年6月6日)