文化資産としての「海の中道海浜公園」

中井 健二

文化資産としての「海の中道海浜公園」

1.はじめに
「公園とは何か?」という問いに対して、日本では大多数の人が子どもの遊び場をイメージするのではないだろうか。さらに役所が管理する施設としてのイメージ[註1]も、日本独特の公園観の一つであると言えよう。本稿では国が設置管理する公園である「海の中道海浜公園」(以下、「海浜公園」という)を取り上げ、そのような「公共のインフラとしての遊び場」という既成の価値観に囚われず、文化資産という視点からの評価を試みることにより、海浜公園の新たな価値の発見を目指すものとする。

2.海浜公園の基本データ
2-1.所在地
福岡県福岡市東区大字西戸崎18-25
2-2.公園の種別
イ号国営公園 [添付資料2参照] 
2-3.開園年月
昭和56年10月(59haで開園)
2-4.規模
計画面積539ha(開園面積は平成23年度末で292ha)[添付資料3参照]
2-5.利用者数
年間180万人~200万人で推移(平成23年度迄で開園以来累計4,900万人)
2-6.公園施設概要
博多湾と玄界灘に囲まれた半島、通称「海の中道」に位置する広大な敷地の中に、海浜部特有の豊かな自然環境や四季折々の花々のほか、動物園や水族館、レジャープール、宿泊施設といった多様な施設を有しており、北部九州の広域レクリエーション需要に対応するための公園として整備されている。

3.海浜公園の歴史的背景
海浜公園が位置する海の中道は、古代より国際交流都市として栄えてきた福岡の海の玄関口としての歴史を有している。公園内で発見された「海の中道遺跡」は、大和朝廷の外交窓口であった大宰府とその迎賓館である鴻臚館の食事の準備を行う「津厨」に関連する施設 [註2]と考えられており、海の中道には古代から人の営みが存在してきた。また、中世から近世にかけては、宗祇の『筑紫道記』(1480年)[註3]や貝原益軒の『筑前国続風土記』(1703年)[註4]などの紀行文の中に海の中道が度々登場するようになることから、大都市の郊外に位置する美しい景勝地として知られていたものと考えられる。[添付資料4]
近代に入り、明治37年に博多湾鉄道が海の中道を縦断する形で開通すると大正時代には石炭の積み出し港として発展し、さらに昭和11年には羽田に次ぐ国内2番目の国際飛行場となる雁ノ巣飛行場が建設されるなど、海の中道は福岡という大都市の近代化を支えてきた。戦後には雁ノ巣飛行場がアメリカ軍に接収され、海の中道のほぼ大半がアメリカ軍の駐留地「キャンプ博多」となったが、昭和47年に日本に返還されたのちに海浜公園として昭和56年に開園し、現在では年間約200万人の利用者が訪れるまでに至っている。

4.文化資産としての海浜公園の評価
4-1.文化資産としての評価の視点
公園を文化資産として評価するにあたっては、進士五十八が提唱する「歴史的公園」[註5]の視点を参照としたい。進士は、公園は単なる都市施設の一部分であって都市や社会の要請に応じて改造されるべきという行政的な公園観に対して、成熟した公園の文化性、芸術性、歴史性、地域性、市民性、社会性、などの総合評価を加えて「文化財」として保全されるべきであると提唱している。
本章では、評価の視点を「文化性(芸術性)」、「歴史性(地域性)」、「市民性(社会性)」の3つに絞り、文化資産として海浜公園を評価することを試みる。評価にあたっては、海浜公園と類似する事例としてカナダのバンクーバーにある「スタンレーパーク」と比較することで、海浜公園の持つ特質をより鮮明に浮かび上がらせるものとする。

4-2.スタンレーパークの概要
バンクーバーのダウンタウンのすぐ北西に隣接するスタンレーパークは、バンクーバー市公園管理局が管理する約400haの広大な公園である。[註6]その歴史は古く、1888年に開園して以来、約130年もの長きに渡ってバンクーバー市民はもとより国内外からの観光客の憩いの場として存在している。公園内には、樹齢が数百年にもなる樹々の原生林や、海沿いに公園を一周するシーウォール、水族館やプール、バラ園などの多様な施設が存在しており、大都市近郊に位置する海に囲まれた広大な敷地や公園内に多様な施設を有する点など、海浜公園と類似する点が非常に多い。

4-3.文化性についての評価
海浜公園の文化性を考える上で「多様性」が重要なキーワードになると考える。進士が日比谷公園について、たくさんの人々のライフスタイルが集積して”日比谷文化”ができていると述べている[註5]ように、人々が多様な活動を行える場であることが公園の文化性を高める上で重要な要素であると言えよう。海浜公園とスタンレーパークはともに多様な公園施設において様々な活動が行われていることから、その点において十分に文化性を有していると判断できる。海浜公園の基本設計時の基本理念には「多様な公共レジャーへの対応」が掲げられており、文化性を高めるデザインの方向性が計画当初から定められていたことがわかる。[註7]さらに広大な敷地の土地利用を4つのゾーンと29のエリアに区分することで同時に多様なスタイルの利用が可能となっており、意図的にデザインされた多様性という点でスタンレーパークと比較して海浜公園が優れていると考える。例えば他の公園利用者への影響が大きいと思われる「Color Me Rad」[添付資料5参照]のような新しい若者文化を象徴するイベントも、他の公園利用者と利用エリアをセパレートすることで開催されており、公園施設の多様性が文化の多様性の受け皿となる好事例であると言えよう。

4-4.歴史性についての評価
公園の歴史性については、開園してから30年余の海浜公園に比べて、19世紀末に開園して以来、長い時間をかけてバンクーバー市民とともに歴史を醸成してきたスタンレーパークが優れていると考える。一方で、海浜公園が立地する海の中道は前章で述べたように福岡の海の玄関口としての1000年に及ぶ歴史を有しており、「海の中道」という言葉自体に象徴されるように、豊かな歴史性を有していると言えよう。今後、海浜公園が歴史を重ねていくにあたっては、例えば海の中道から玄界灘に沈む夕日は古代の人が塩づくりをしながら眺めた夕日と同じ風景であることに想いを馳せる体験など、海の中道という土地の持つ記憶を未来に紡いでいくような公園の利用スタイルをデザインすることで、公園が開園以来重ねてきた時間以上に深みのある「歴史性」を有することができると考える。

4-5.市民性についての評価
公園の市民性とは、単に公園利用者数という数値的評価だけでなく、人々の日々の営みや記憶の中にどれだけ公園が浸透しているかが重要であると考える。スタンレーパークでは、シーウォールでの朝の散歩風景などに代表されるように、自然な形でバンクーバー市民の日々の営みの風景の中に浸透している。 [添付資料6参照] 2006年にスタンレーパークを襲った嵐により41haもの森林が被害を受けた際に、多額の支援やボランティア活動といった形で森林復興の原動力として市民の力が発揮された事実からも、その市民性の高さをうかがい知ることができる。一方、福岡市民に海浜公園について尋ねてみると、「子どもが小さい頃に訪れた」や「夏のプールやコンサートで訪れる」という回答が多いことに驚かされる。年間約200万人の利用があるものの人生の1シーンや季節のイベント時にしか利用されない方が多く、日々の営みの中に浸透しているとは言い難い状況にある。海浜公園が有料公園であり、スタンレーパークが無料公園であるという条件の違いも大きいと考えるが、年間パスポート制度などを活用して毎日訪れたくなるような公園の利用スタイルをデザインすることで、人々の営みの風景の中に公園を浸透させる必要があると考える。

5.おわりに
今回、海浜公園を都市機能の一つという既存の公園観ではなく、文化資産という視点からの評価を試みることで、新たな公園の課題を浮き彫りにすることができた。歴史性や市民性に共通する課題は、「公園の営み」と「人々の営み」が乖離している点にあると考える。歴史性においては海の中道が有する「人々の営み」の記憶を現在の「公園の営み」に反映させていく必要があり、市民性においては現在の生活者としての「人々の営み」を「公園の営み」の中に取り込んでいく必要があると言えよう。そのような視点で「公園の営み」をデザインしていくことで、海浜公園が文化資産として未来へ受け継がれていくものと私は考える。

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  • 添付資料2 都市公園の種別と全国の国営公園位置図
    (出典:国土交通省都市局公園・緑地課ホームページ、2017/1/20、
    http://www.mlit.go.jp/crd/park/shisaku/p_kokuei/nihon/index.html)(非公開)
  • 添付資料3 海の中道海浜公園区域図
    (出典:国土交通省九州地方整備局『海の中道海浜公園整備・管理運営プログラム』、2013年)(非公開)
  • 添付資料4 『筑前名所図会』
    (出典:中村学園大学貝原益軒アーカイブ、2017/1/20、http://www.nakamura-u.ac.jp/library/kaibara/archive05/)(非公開)
  • 添付資料5 「Color Me Rad@FUKUOKA」開催状況
    (出典:Color Me Rad ホームページ、2017/1/25、http://colormerad.info/)(非公開)
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参考文献

〈引用文献〉
[註1]  白幡洋三郎「日本文化としてみた公園の歴史」、飯沼二郎・白幡洋三郎『日本文化としての公園』、八坂書房、1993年
[註2]  朝日新聞福岡本部編『福岡の古代を掘る-大宰府から海の中道へ』、葦書房、1992年
[註3]  廣渡正利編『筑前博多史料』、文献出版、1994年
[註4]  中村学園大学貝原益軒アーカイブ http://www.nakamura-u.ac.jp/library/kaibara/archive05/ 2017/1/20
[註5]  進士五十八『日比谷公園100年の矜持に学ぶ』、鹿島出版会、2011年
[註6]  スタンレーパークホームページ http://vancouver.ca/parks-recreation-culture/stanley-park.aspx 2017/1/22
[註7]  海の中道海浜公園工事事務所『国営海の中道海浜公園 開園20周年記念誌』、海の中道海浜公園工事事務所、2003年

〈その他の参考文献〉
朝日新聞福岡総局編『古代の都市・博多(はかた学2)』、葦書房、1992 年
鈴木哲・樋口忠彦他『公園づくりを考える』、技報堂出版、1993年
申龍徹『都市公園政策形成史 協働型社会における緑とオープンスペースの原点』、法政大学出版局、2004年
福岡市史編集委員会編『新修福岡市史-特別編 自然と遺跡 からみた福岡の歴史』、福岡市、2013 年
海の中道海浜公園ホームページ http://www.uminaka.go.jp/ 2017/1/20