神戸・塩屋の洋館「旧グッゲンハイム邸」-地域住民主体の保存と活用―

池本 新子

神戸・塩屋の洋館「旧グッゲンハイム邸」-地域住民主体の保存と活用―

はじめに
神戸市西部に位置する海沿いのまち、塩屋は、明治から昭和初期にかけて、来日した外国人や日本人実業家たちの邸宅や別荘として洋館が多く建てられ、異国情緒あふれる独特な景観と文化が育まれた。100年を経た旧グッゲンハイム邸もそんな洋館の一つである。2007年、地元の一家族が購入し現地保存が継続され、多目的スペースとして運営されている。
本稿では、旧グッゲンハイム邸を文化資産として取り上げ、その価値について保存と活用に注目しながら報告するとともに、今後の展開について考察する。

1:旧グッゲンハイム邸 基本データ(写真1-1、2、3)(施設見取り図)
所在地:神戸市垂水区塩屋町3丁目5-17
竣工:1909年
改修:2007年4~9月、2016年12月17日~2017年3月18日
運用:2007年10月~
敷地面積:1537㎡
建築面積:249.1㎡
延床面積:345㎡(1階164㎡、2階181㎡)
構造:木造2階建て。開放的なベランダや列柱、張り出し窓など典型的なコロニアルスタイルの建築様式とされる。設計者は、北野・山本地区のシュウエケ邸との類似点が多く見られることなどから英国人建築家、A.N.ハンセルとされるが、明確な資料は残されていない(註1)。

2:塩屋のまちと旧グッゲンハイム邸の成り立ち
1868年の神戸港開港後、来日した外国人たちは港近くの居留地や、北側の六甲山麓に広がる北野・山本地区に洋館を建てて居住していたが(地図1)、1888年以降の山陽鉄道(現在のJR山陽本線)の開通をはじめ、鉄道が神戸の中心地から西へ延びると、海沿いの須磨、塩屋、舞子周辺にも邸宅や別荘として洋館が建てられるようになった(註2)。
塩屋は六甲山系の鉢伏山が海に迫っており、縫うような路地と急峻な坂道が多く、少し上れば大阪湾、淡路島が見晴らせる風光明媚な地である。昭和初期にはこの山麓の一角を英国人ジェームスが外国人専用住宅地として開発、自邸も建設した(註3)。こうして塩屋は海へと向かう南斜面に洋館や日本家屋が建ち並ぶ独自の景観を形成していった。
その中で旧グッゲンハイム邸は鉄道沿いの山側すぐに位置し (地図2)、1909年、ドイツ人貿易商グッゲンハイムの住居として建てられた、いわゆる“異人館” (註4)である。1915頃までとごく短い期間の使用だったとされる。その後、長く日本人の住居となり、近年は一企業の社員寮として使われていた。

3:洋館が消えゆく中での旧グッゲンハイム邸保存への経緯
塩屋は戦災や阪神淡路大震災の被害が少なかったため、再開発が行われずまちの構造は基本的に変化していない。それがまちの大きな特徴であるが、一方で相続問題や老朽化により洋館が少しずつ姿を消し、洋館が点在する景観はしだいに様変わりしていった。そんな中でも旧グッゲンハイム邸は塩屋駅から徒歩5分ほどというまちの入口のような場に建ち続けていた。しかし、2000年代に入り、台風被害を何度か受けるなどして活用や修繕維持費の問題から所有者が売却方針を立てたことで、現地保存されるのかどうか、地域住民の間でも関心が集まっていた。その頃、隣町の須磨において建築家ヴォーリズ設計の国登録有形文化財だった個人住宅「旧室谷邸」が解体されるというニュースがあり(註5)、危機感を抱いた所有者と地元住民の森本氏一家との間で現地保存の思いが一致し、2007年2月に森本氏一家が購入、保存されることとなったのである。
歴史的建造物である旧グッゲンハイム邸が、地域住民が主体となって現地保存されたことをまず評価したい。

4:活用について
保存と同時に維持し継承していくためにはどのように活用するのかも重要である。旧グッゲンハイム邸の活用の仕方に注目する。
4-1:門戸を広く開けた活用
4-1-1:多目的スペースとして
2007年10月から多目的スペースとして運営されているが、管理人を務める音楽家の森本家長男、アリ氏(以下、アリ氏と表記)が「“白い空間”として置いておきたいのです。地域内外のさまざまな人に使い倒してもらえたらいいと考えています」と述べるように、使い手の自由度が高い。当初は、ウエディングパーティーやチャリティコンサート、コスプレイヤーの撮影会など月に2、3回程度の使用状況だったが、現在ではジャズ、シャンソン、クラシック、民族音楽など年間100本以上のコンサートをはじめ、ダンス、映画会、ドラマや映画の撮影、文化教室が行われ、毎月、地域内外から幅広い年齢層の人々が集う場となっている(表1)(写真4-1-1、2)。

4-1-2:定期的な無料見学会の開催
月1回、無料見学会が開催されている。無料で、時間内なら出入り自由という気軽さで訪れやすい。また2008年2月以来、基本的に第3木曜と決め継続して行っていることも効果的な発信である。

4-2:地域とつながる活用
アリ氏は塩屋まちづくり推進会、塩屋商店会に参加して活動していることから、地域とゆるやかにつながるイベントも行っている。2008年には塩屋まちづくり推進会主催で出版した写真集「塩屋百人百景」の展覧会を開催(写真4-2-1)。2010年には「塩屋百年百景」の展覧会と写真集を発行(註6)。2009年2月にアリ氏が企画した「塩屋のみんなと文化祭 しおさい」は、2014年11月から塩屋商店会主催の塩屋のまち全体で1カ月間行うイベントへと発展した(註7)。旧グッゲンハイム邸のみで完結するのではなく、地域と双方向でつながっている。

5:現地保存され、活用されて生み出される「発見」と「再発見」
「門戸を広く開ける」ことで、多様なジャンルのイベントが行われ、地域内外から幅広い年齢層の人々が訪れる。イベントが目的で訪れ、塩屋の洋館の存在を初めて知り、空間を体感することで新たな「発見」をする人もいるだろう。また塩屋のまちを歩いたり、館内に置かれた「ゆるやかに地域とつながる」活用に関わるイベント案内のチラシや本などの資料(写真5-1、2)から、塩屋のまちを「発見」する人もいるだろう。一方では、こうした多彩な人々が集う場となっていることで、地域住民が旧グッゲンハイム邸や塩屋の魅力を「再発見」する場合もあるだろう。こうした活用が地域の成り立ちや暮らしに親しむきっかけの場づくりとなり、現地保存されたこととともに歴史的建造物の“異人館”である旧グッゲンハイム邸に新たな価値を加えていると考える。
神戸の“異人館”と言えば北野異人館街が真っ先にあがるだろう。この北野・山本地区では早くから異人館の現地保存が進められ、1980年には重要伝統的建造物群保存地区の選定を受けている(註8)。景観を守りながらも観光という新しい価値が大きく付与され、活用に関しては現在、公開保存されている異人館(公営3館、民営14館)(註9)はすべて有料で行政や企業が主体である。イベントを行っている館もあるが頻度は限られている。旧グッゲンハイム邸は地域住民が主体となって現地保存と地域につながる活用がなされ、観光ではない新しい価値が加えられたことが特筆すべきと考える。

6:課題と今後の展望
旧グッゲンハイム邸は2016年12月半ばから約3カ月間、改修工事を行っているが、費用は収益でまかなえており、その点でも運営は成功していると言える。ただし今後さらに未来へ50年、100年と保存継承していくためには、歴史的建造物ゆえのハード面での継続的なメンテナンスと、アリ氏を中心とした数人のスタッフと家族による運営に関わる後継者としての人材確保が課題としてあげられるだろう。
塩屋では先に述べた塩屋まちづくり推進会の活動が活発であり、2008年に「塩屋まちづくり構想」をまとめ、現在、「しおや景観基準」作成の勉強会を進めている。同会副会長の松本徹氏が「まちの象徴となった」と評する旧グッゲンハイム邸の保存継承も多くの地域住民によって守られていくことを期待したい。そこには旧グッゲンハイム邸によって「発見」「再発見」を得た人たちが加わっていくことも十分考えられる。

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  • 写真4-1-1 非公開
  • 写真4-1-2 非公開
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  • 5%e5%b7%ae%e6%9b%bf_31383206_%e6%b1%a0%e6%9c%ac%e6%96%b0%e5%ad%90_%e6%b7%bb%e4%bb%98%e8%b3%87%e6%96%99%ef%bc%9a%e6%97%a7%e3%82%b0%e3%83%83%e3%82%b2%e3%83%b3%e3%83%8f%e3%82%a4%e3%83%a0%e9%82%b8 写真5-1 館内に地域のイベント資料などが置かれている(2016年9月18日筆者撮影)
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  • %e5%9c%b0%e5%9b%b31-%e7%a5%9e%e6%88%b8%e5%b8%82%e5%86%85 地図1 神戸市内(地理院地図 電子国土Web」より)
  • %e5%9c%b0%e5%9b%b32%e3%80%80%e5%a1%a9%e5%b1%8b 地図2  塩屋(地理院地図 電子国土Web」より)
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  • 表1 旧グッゲンハイム邸貸出状況(非公開)

参考文献

註釈
(註1) 田中栄治著「神戸西エリアの異人館 旧グッゲンハイム邸について」『住宅建築№405 2009年1月号』建築資料研究社、2009年、p125
(註2) 兵庫県教育委員会事務局文化財室編集/発行『兵庫県の近代化遺産―兵庫県近代化遺産(建造物等)総合調査報告書』2006年、p22-23
(註3) 兵庫県教育委員会事務局文化財室編集/発行『兵庫県の近代化遺産―兵庫県近代化遺産(建造物等)総合調査報告書』2006年、p22-23、p176。現在では当時の住宅は残っていないが、塀や入口のライオン像など一部は残り、一帯はジェームス山と呼ばれる。自邸の旧ジェームス邸は保存されており、ウエディングハウス・レストランとして活用されている。
(註4)「洋館」の定義は明確ではなく、おおよそ外国人が設計したものを「異人館」、日本人が洋風に設計したものを「洋風住宅」とも言うが、併せて「洋館」と呼ばれている。本稿では旧グッゲンハイム邸については、同館パンフレットの表記に従い「洋館」とする。
(註5) 「旧室谷邸」(神戸市須磨区離宮前町)は2005年夏に「建物の現状保存」を条件として、ある不動産会社に売却されたが、その後の調査により倒壊の危険性があると部材を保存しての解体となった。神戸市による購入、保存も困難だった。※「須磨区 「旧室谷邸」解体へ 国登録有形文化財 神戸の第1号 関学大など設計 ヴォーリズの作 1月中旬 部材は保存し売却」『神戸新聞』朝刊、2006年12月22日、「旧室谷家住宅:国登録有形文化財、解体進む 住民ら惜しむ声-須磨」『毎日新聞』朝刊、地方版/兵庫、2007年1月28日
(註6) 「塩屋百人百景」は、2007年12月16日に、参加者120人に塩屋のまちをレンズ付きフィルム(「写ルンです」)で自由に撮影してもらい、2008年にそのフィルムをロールプリントで展示、写真集発行。「塩屋百年百景」は、2008年秋から塩屋の昔の写真を募集、収集して2009年3月から塩屋、神戸、大阪などでプレ展示、2010年3月に展覧会、写真集発行。
(註7)塩屋のまち全体を使い、「しおや歩き回り音楽会」をはじめコンサート、展覧会、トークショーなどさまざまなイベントが行われる。「しおさい2016
http://www.nice-shioya.jp/event/shiosai2016 (2017年1月30日アクセス)
(註8) 北野・山本地区をまもり、そだてる会ホームページ まちなみ保全と市民活動
http://www.kitano-yamamoto.com/contents/machinami/machinami.html(2017年1月30日アクセス)
(註9) 神戸北野異人館街ホームページ http://www.kobeijinkan.com/ (2017年1月30日アクセス)

インタビュー
旧グッゲンハイム邸管理人 森本アリ氏 2016年11月17日
塩屋まちづくり推進会副会長 松本徹氏 2016年12月7日

塩屋まちづくり推進会定例勉強会 傍聴 2016年11月16日、12月1日

旧グッゲンハイム邸見学会 2016年9月18日
「しおやおとVol.14 塩屋と伝統」コンサート 2016年11月25日
「しおや歩き回り音楽会」下見に同行 2016年11月17日
同 当日参加 2016年11月27日

電話での聞き取り
神戸市教育委員会文化財課文化財保護係 2017年1月10日
兵庫県教育委員会文化財課 2017年1月17日
神戸市住宅都市局計画部まちのデザイン課 2017年1月18日、27日

参考文献
水島あかね、浅見雅之、玉田浩之著「地域資産としての近代住宅の保存継承に関する研究―神戸市塩屋を対象として―」『住総研研究論文集』(42)、157-168、2015年
http://www.jusoken.or.jp/pdf_paper/2015/1415-0.pdf
金田章裕著『文化的景観 : 生活となりわいの物語』日本経済新聞出版社、2012年
田中栄治、森本アリ他著「神戸・塩屋 旧グッゲンハイム邸の保存と活用」『住宅建築№405 2009年1月号』建築資料研究社、2009年1月、p122~127、記事p128、129
兵庫県教育委員会事務局文化財室編集/発行『兵庫県の近代化遺産―兵庫県近代化遺産(建造物等)総合調査報告書』2006年3月
清水真一、蓑田ひろ子、三船康道、大和智編『歴史ある建物の活かし方 全国各地の119の活用事例ガイド』学芸出版社、1999年
神戸市教育委員会編『異人館復興 : 神戸市伝統的建造物修復記録』住まいの図書館出版局、 1998年
大河直躬編『歴史的遺産の保存・活用とまちづくり』学芸出版社、1997年6月

旧グッゲンハイム邸ホームページ http://www.nedogu.com/(2017年1月31日アクセス)
塩屋百景ホームページ http://shioya100.exblog.jp/ (2017年1月31日アクセス)
塩屋まちづくり推進会ホームページ http://shioyamachisui.web.fc2.com/(2017年1月31日アクセス)
シオヤプロジェクト http://www.shiopro.net/ (2017年1月31日アクセス)
塩屋商店会 http://www.nice-shioya.jp/ (2017年1月31日アクセス)