風致協会が守り、演出する〜都内の名勝「洗足池」の四季

小泉 登志代

東京都大田区、東急池上線洗足池駅前に広がる緑と水辺。「洗足池」は日蓮聖人(1222~1282)や勝海舟(1823~1899)といった歴史上の人物とも繋がりが深く、歌川広重(1797~1858)や川瀬巴水(1883~1957)も描き留めた景勝地である。住宅地に隣接する洗足池の環境保全には、長年この地域を守ってきた地元の地主等による「洗足風致協会」の存在が大きい。「自分たちの環境は自分たちで守り、育てる」を理念に、住民目線で大田区と共に洗足池の管理を継承し、水辺を生かした四季の行事の運営にも携わっている。代々近隣に暮らす住民として、都指定名勝「洗足池」の価値を再確認し、今後の池空間の課題についても考察する。

1-1. 基本データ
(洗足池)東京都大田区南千束二丁目の洗足池公園内にある淡水池
成因は武蔵野台地の湧水
池面積:約41,000平方メートル
最大水深:2メートル
周囲:1.2キロメートル(徒歩約20分)
1964年 都立「洗足公園」開園
1990年 大田区へ移管し「大田区立洗足池公園」となる
2019年 東京都指定名勝となる
東急池上線洗足池駅から徒歩2分

1-2. 歴史的背景
(地名)
「せんぞく」には「洗足」と「千束」の表記が隣接する。元来今の洗足池を水源地とした灌漑用水が地域の農作物を潤し、千僧供料の寺領で千束の稲の税が免除された「千束」という地域であった。

(日蓮聖人)
1282年日蓮は身延山延暦寺から常陸(茨城県)に向かう途中、体調を崩し池上を目指した。その道すがら「千束郷の大池」で休息し手足を洗ったという言い伝えから「洗足池」と改められた。日蓮が足を洗う際袈裟をかけた「袈裟掛けの松」(三代目)は、御松庵妙福寺の境内に祀られている。1856年歌川広重は「廣重名所江戸百景」に「千束の池 袈裟縣松」として描いている。日蓮はこの後病気悪化により池上で入滅。

(勝海舟)
海舟は1868年西郷隆盛(1828~1877)との江戸無血開城の直前、新政府軍参謀との会談のため池上本門寺に向かう途中に洗足池付近で休息をとった。その景観を好み、1891年妙福寺向かいに別荘「洗足軒」を構え旧幕臣らとの交流の場とした。今も洗足池公園内の「勝海舟夫妻墓地」に眠る。盟友を偲んで建てた「西郷隆盛残魂詩碑」も並存。2019年大田区は洗足軒と墓地の間にある国登録有形文化財「旧清明文庫」を改修して「勝海舟記念館」を開館し、海舟の思いと地域の歴史を伝承している。

(源頼朝と名馬・池月)
1180年石橋山の戦いに敗れた頼朝(1147~1199)は安房から鎌倉に向かう途中、洗足池畔に宿営し味方の諸将の到着を待った。或る夜池に映る月影のように美しい駿馬が飛来し、「池月」と名付けられ頼朝の料馬となった。1184年の「宇治川の先陣争い」で佐々木高綱(1160~1214)が騎乗し一番乗りを果たした「池月伝説」の発祥地でもある。

1-3. 風致地区と風致協会の歴史
風致とは「自然の景色などのおもむき、あじわい」という意味で、風致地区は都市に残された水や緑などの貴重な自然環境を守り、都市における風致を維持するために指定された地区である。1930年旧都市計画法で洗足地区が風致地区に指定された。それに伴い池近隣の地主10名が土地18000坪を寄付する形で、1933年社団法人洗足風致協会が発足した。現在池や土地は大田区へ寄贈し、一部は公園用地として無償提供している。設立以来補助金を受けず、現在50名の世襲による会員が、地元目線で行政と協働し名勝の保存活動に参画している。都内では唯一現存する風致協会である。

2. 積極的に評価する点
2-1. 風致協会の活動
風致協会は周辺住民の代表として環境保全のために土地計画的なルールを行政に提案するだけでなく、池空間を活かした四季折々のイベントにも尽力している。各行事が長年承継していることから、地域団体との連携や協力関係の良好さが伺える。またボートハウスを所有し、洗足池の風物詩でもある貸しボートの運営をしている。
協会は1934年弁天島を埋立て弁天島厳島神社を建立し、1954年千束八幡神社へ寄付している。1995年には三連太鼓橋「池月橋」を架け、橋を活かした「春宵の響」のイベントを継続している。この橋も2016年架け替えで二代目となっている。1997年協会創立65周年では名馬「池月」の銅像を造り伝承活動にも貢献するなど、経済力でも地域を支えている。
また洗足池駅前の中原街道にかかる歩道橋撤去運動の中心となり、2017年に圧迫感のない眺望の実現が叶った。

2-2. 水辺のイベント
(桜祭)3月下旬〜4月上旬
洗足池公園や桜山は桜の名所であり、池越しに眺める桜の景色も格別である。花見客と露天商、近隣住民の生活のバランスを取り、行政と共に時代に即した運営をしている。

(春宵の響)5月
1995年池月橋の完成を契機に協会が主催している、夕刻に池月橋で行う邦楽演奏会。ライトアップされた池の景色と、和の舞や音楽の共演が都会の雅を醸し出す。地元ケーブルテレビでも中継される。

(灯籠流し)7月16日
ご先祖供養の送り火の意味を持つ妙福寺のお盆の催しで、ボートから池に灯籠を浮かべる。夜の静粛なイベントで、暗い池に漂う灯籠の光景は幻想的であり、協会のボートが活躍する場面でもある。

(ほたるの夕べ)7月下旬
旧釣堀を「水生植物園八つ橋」として整備し、約3000匹の蛍を放つ鑑賞会。大森第六中学校の生徒と共に蛍の育成と自生化にも取り組んだ「ホタル復活プロジェクト」は、協会を第1回大田区景観まちづくり賞受賞へと導いた。

(千束八幡神社祭礼)9月第一土・日
源頼朝所縁の「旗揚げ八幡」のお祭り。境内から池周辺まで縁日の露店が立ち並ぶ。重要無形民俗文化財指定の神楽が奉納される。

(御松庵妙福寺御会式)10月17日
日蓮聖人の命日の法要で、入滅時に季節外れに咲いた桜を表す万灯という燈明を焚いた宝塔が練り供養する。万灯と纏、団扇太鼓、鉦、笛で構成した講中が、夕刻洗足池商店街から出発し妙福寺を目指し奉納する、秋の訪れを告げる風物詩である。

3. 同様の事例との比較
同時期に風致地区となった杉並区の「善福寺池」は、住宅地にある湧水池として都内で最も洗足池と類似する。東急電鉄の3駅を利用できる利便性や、歴史的な背景を保存する場としては洗足池が特筆している。善福寺風致協会が解散し、洗足池風致協会が都内唯一となった。現在善福寺池は東京都建設局の管轄下にあるが、管理を全面的に大田区に移行した洗足池は、より住民に寄り添う環境にある。
池として特に比較されるのが井の頭恩寵公園の「井の頭池」である。東京都建設局が管理する多くの施設を併設する知名度の高い池であり、吉祥寺駅から池周辺まで商業施設が並び、住民だけでなく観光客も多い。街の活性化としての選択の良否はあるが、洗足池は公園内に売店すら置かず、商業化を極端に抑え住民優先の静かな環境を維持している。多くの池中心の公園空間は、行政の管理下で画一化している。歴史的背景を尊重し個性を残した点では、風致協会の存在感のある洗足池は特化している。

4. 今後の展望
2021年6月大田区の都市基盤整備部と教育委員会が「名勝洗足池公園保存活用計画」を策定した。江戸時代から中原街道の景勝地として親しまれてきた洗足池の自然環境と文化遺産を、将来へ継承する意義を再確認したものである。その中にも風致協会との連携が明記され、土地柄が行政を動かす推進力となっている。
池や緑地の温暖化への緩和効果は、サステナブルな視点からも近年注目されている。持続的な生命の充実感や幸福感を生む池空間は、遺すべきウェルビーイングな場である。
芸術を学んだ想いから、定期的な水辺のアートイベント等を加え、文化芸術に連携した空間となることを期待する。水辺の創造的風致という新しいまなざしも注目すべきである。
懸念されるのは、池近くの地下にリニア新幹線が通り非常口が設置されることである。池環境には問題ないとされるが、水資源や電磁波の影響など住民目線で監視する必要がある。

5. まとめ
コロナ禍で人は水辺の魅力に触れ充足感を得た。池空間に癒されたのは歴史上の人物等も同様であった。今後も人間は自然に対して畏敬を持ち、謙虚な姿勢での環境維持が望まれる。地域住民として先人の足跡を探求し、協会の景観保全への拘りや四季の催しの継続力を再評価できた。野鳥が集う自然と文化資産に値する池空間、それを守る風致協会の恩恵に感謝したい。

  • 81191_011_32183035_1_1_歌川広重 歌川広重「千束の池袈裟懸松」1856年制作、廣重名所江戸百景 新印刷による(暮しの手帖社、1991年)
    「600 dpi パブリックドメイン美術館」よりダウンロード
    描かれている白い鳥はコサギ。今でも野鳥が集う自然豊かで長閑な池空間である。
  • 81191_011_32183035_1_2_川瀬巴水洗足池の残雪 川瀬巴水「洗足池の残雪」渡邊木版美術画舗版、1951年作成、江戸東京博物館所蔵
    「Tokyo Museum Collection(ToMuCo)-:東京都立博物館・美術館収蔵品検索」より
    池北側の弁天島から中原街道方向を描いている。現在もほぼ変わらない景色が残る。
    巴水は大田区で27年間暮らした、地元所縁の画家である。
  • 81191_011_32183035_1_3_ポスター 令和5年度「洗足池 春宵の響」ポスター、実行委員会ホームページより
    風致協会が建設した8径間連続3連太鼓橋「池月橋」が舞台となるイベント。
    この橋からは眺めも良く、渡るのが楽しいデザインになっている。
    絶好の撮影スポットとして多くの映像作品のロケ地として使われている。
  • 81191_011_32183035_1_4_洗足池桜祭 「洗足池 桜祭」ボートが浮かぶ桜の風景
    お花見シーズンが、洗足池の一番賑やぐ季節である。
    2022年3月30日筆者撮影
  • 81191_011_32183035_1_5_風致協会 洗足池地図 「洗足池公園MAP」 洗足風致協会ホームページより
    池の周囲には図書館、中学校、保育園、児童館が在り、北西方向には東京工業大学のキャンパスもほど近い文教地区である。
  • 81191_011_32183035_1_6_IMG_2621 日蓮聖人が袈裟を掛けて足を洗われたという、「洗足池」の地名の由来となった「御松庵 袈裟掛けの松」(現在三代目)。
    日蓮の前に守護してきた七面天女が水中から出現したという伝説もあり、護(御)松堂を建立し今の御松庵妙福寺となった。
    2023年12月7日筆者撮影
  • 81191_011_32183035_1_7_IMG_3178 「勝海舟夫妻の墓」大田区指定文化財
    海舟が自ら設計し、今も池畔に眠る。
    2023年12月7日筆者撮影
  • 81191_011_32183035_1_8_IMG_3159 頼朝の料馬「池月」の銅像
    1997年「洗足風致協会」が創立65周年の記念として建設。
    眺めの良い高台にあり、周辺にはベンチが置かれ憩いの場となっている。
    2023年12月7日筆者撮影

参考文献

〈参考文献〉
浅井潤子監修『洗足池 洗足池風致協會創立60周年記念誌』、芸艸社、1995年
白戸昇編『わが町あれこれ 第14号・夏季』、わが町あれこれ社、1997年
大田区史編纂委員会編『史誌 第6号』、大田区史編纂室、1976年
講座資料『洗足池いまむかし』石川台文化センター 講師:長島保、1997年
パンフレット『洗足池公園』、大田区土木部公園課、
大田区民とつくる芸術情報紙「ART BEE HIVE」11号『洗足池 名勝地はアートの地』、2022年7月1日発行
石山恒貴編著『地域とゆるくつながろう』静岡新聞社、2019年
川添善行著『私たちのデザイン3 空間にこめられた意思をたどる』、藝術学舎、2014年
野村朋弘編『伝統を読みなおす1 風月、庭園、香りとはなにか』、藝術学舎、2014年

〈ウェブサイト閲覧資料〉
『千束の池袈裟懸松』:浮世写真家 喜千也の「名所江戸百景」第93回
https://www.nippon.com/ja/guide-to-japan/gu004093/ (2023年11月5日閲覧)

東京都建設局、風致地区制度、都庁総合ホームページ
https://www.kensetsu.metro.tokyo.lg.jp/jigyo/park/tokyo_kouen/fuuti/index.html(2023年11月14日閲覧)

公益社団法人洗足池風致協会ー洗足池公園
https://senzoku-fuuchi.com/about/(2023年12月19日閲覧)

大田区、名勝洗足池公園保存計画について、大田区ホームページ
https://www.city.ota.tokyo.jp/seikatsu/sumaimachinami/douro_kouen_kasen/kouen/hozonkeikaku/shozonkatsuyo.html(2023年11月21日閲覧)

「名勝洗足池公園保存活用計画」令和3年6月、大田区都市整備基盤部、大田区教育委員会
https://www.city.ota.tokyo.jp/seikatsu/sumaimachinami/douro_kouen_kasen/kouen/hozonkeikaku/shozonkatsuyo.html(f2023年12月19日閲覧)

日蓮宗東京都南部宗務所 星頂山 妙福寺
http://www.tokyonanbushumusho.com/m/mobile_jiin.php?targ_jiin=s_myofukuji(2023年11月30日閲覧)

井の頭恩寵公園 東京都建設局
https://www.kensetsu.metro.tokyo.lg.jp/jimusho/seibuk/inokashira/index.html(2023年12月12日閲覧)

善福寺公園、東京都公園協会 公園に行こう!
https://www.tokyo-park.or.jp/park/format/index010.html(2023年12月20日閲覧)

善福寺公園マネージメントプラン
https://www.kensetsu.metro.tokyo.lg.jp/content/000021368.pdf(2023年12月18日閲覧)

第1回大田区景観まちづくり賞 景観づくり活動部門受賞者、洗足風致協会「洗足池及び周辺地区における環境保護・育成活動」https://www.city.ota.tokyo.jp/seikatsu/sumaimachinami/machizukuri/keikan/forkumin/keikan_machidukuri/1_keikan/index.html(2023年12月19日閲覧)

目黒の地名 洗足(せんぞく)、目黒区ホームページ
https://www.city.meguro.tokyo.jp/kuminnokoe/bunkasports/areanavi/senzoku.html(2023年12月23日閲覧)

〈参照論文〉
「東京における郊外型風致地区のマネジメントと建築動向ー善福寺、洗足を事例としてー」
    日本建築学会技術報告集 第23号、2006年6月、島村泰彰・越澤明著

「用語『風致協会』の生成とその伝播に関する研究」
    都市計画論文集 No.38−3 2003年10月 社団法人日本都市計画学会、中島直人著

「市街地における池空間の成立過程と利用形態の多様性に関する研究」
    東京大学工学部工学科都市デザイン研究室修士論文、2011年、西村裕美著

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