「記録から記憶へ」写真が紡ぐ家族史 ー 家族アルバムの役割と意義 ー
はじめに
瞬間を固定してビジュアル化出来る写真。
写真は19世紀に誕生したが、その記録性、精密な描写、時間を止める映像など、現代の私たちに残された最高の贈り物といえるのではないだろうか。
写真の本質的な役割は「記録」であるが、その記録する写真行為の一つに家族写真、家族のアルバムがある。それは、家族の構成員からなる小単位のものではあるが、その人が存在していたことを証明するものであり、かつ、永遠に残す事ができる「記憶」である。
ここでは、この家族アルバムの役割と意義について考察する。
1.歴史的背景
写真がなかった時代から、権力者やその家族は自分の生きた証、功績を肖像画にして残しており、その歴史は古代エジプトにまで遡る。肖像画は、4世紀初頭、ローマ帝国においてキリスト教が国教となると一時廃れたが、14世紀になると絵画による肖像画が描かれるようになり、生きた証、功績が残されるようになった。
やがて、19世紀中葉、フランスで最初期の写真技術であるダゲレオタイプのカメラが発明されると、写真が瞬く間に世界に広まり、肖像画は絵画から写真へと移り変わっていった。そして、写真館や地方を巡業する写真師により、個人写真のみならず、家族写真も写されるようになり、写真として記録が残されるようになる。日本においては、1848年(江戸時代)に写真が伝わり、幕末には写場(今でいう写真館)もできた。
写真技術は、その後も発明と改良が繰り返されたが、家族写真の歴史においてターニングポイントとなったのは、1889年にイーストマン・コダック社(アメリカ)から発売されたロールフィルムのカメラである。手持ち撮影が可能な簡便なカメラが一般家庭にも普及するようになると、家族による撮影が自然となり、家族の日常、記念日、残したい思い出など、プライベートなスナップ写真が撮られるようになり、写真館的な肖像写真にはないリアリティも表現されるようになった。そして記録として撮られた写真はカタチにする必要があり、写真という静止画像をアルバムに貼って保存するのが一般的となった。
2.積極的評価点
家族にとって、日常の中で行われた行事や大切な記念日を記録した写真。アルバムに残されている写真には、プロカメラマンが撮った写真、個人的なスナップ写真など様々な種類がある。被写体においても、家族のみならず、親戚、友人、同級生、仕事関係など、その時、関わりのあった人々の写真も貼られている。
このように、アルバムに貼られている写真は、家族及び関わりのあった人々が生きてきた、生きていたという足跡を示すものである。
写真により「記録」された「その時」をアルバムに編纂することで、家族の多種多様な時間が重なり合い、1枚1枚の分断された瞬間に時間軸が生まれ、記録が「記憶」となっていく。そしてこの記憶が連続することにより「家族史」が紡がれる。家族にとって唯一無二の家族史は、世代を超えて読み続けられる「物語」となっていく。
家族アルバムが意味を持つのは、家族である被写体とその周辺の関係者に限定されるため、一般的な商品的価値はないが、家族の存在を証明し永遠に残るものとして、人生において大切な財産であり、家族の文化資産といえよう。
3.写真と動画の違い、及び写真アルバムの種類
思い出を記憶し記憶する媒体として、写真の他に動画があるが、違いとして主に下記の点があげられる。
3−1 写真と動画の違い
①写真
連続する時間の中からターゲットイメージを明確にして、その瞬間を切り取り記録するのに適している。
撮られた1枚1枚の写真が取捨選択され、時系列的に並べられてアルバムという冊子体が出来上がり、そこに時間という奥行きが生み出され、「過去」が「今」に繋がり、ドキュメンタリー的な家族史が作り出される。
写真によるアルバムは、見たい時にすぐに見ること見せることができるが、動画に比べると、写真の選択、作成といった手間がかかる。
②動画
被写体の動きや周りの臨場感を残したい場合に適している。
動画は、連続撮影で時間をかけてみせていくものであるため、写真のように1枚で全てを表現する必要はない。そのため、「このシーンを残す」というターゲットイメージが写真ほど明確ではないが、動きや表情の変化などを押さえることができる。
しかし、編集を前提としていない記録動画の場合、流れている時間がそのまま映し出されるため、不要な背景やノイズなどが映り込む可能性が高く、リアリティはあるが時間という奥行きが生み出す物語性に欠ける側面を持つ。
見る時には、動画の長さと同じ分だけの時間を要する。
写真にはドキュメンタリー性があり、動画にはリアリティが表現できるメリットがあるが、
評論家の海野弘が、「古い写真の中の街や人々は、はるかに時をへだててはいるが、私たちの中にまだ生きているように思える。」註(1)というように、時代を超えても見る者に語りかける力、伝える力は写真の方が優れているといえる。
3−2 写真アルバムの種類
アルバムの種類としては、主に次の3点があるが、家族史となるアルバムの場合、現時点では、写真の方が味わい深く、バックアップの面も含めると①や②の方が適しているといえる。
①台紙アルバム
プリントした写真を台紙に貼る昔ながらのアルバム。
写真をセレクトし、台紙に貼っていく作業も含め思い出となる。
嵩張るため収納に場所をとるが、最強のバックアップになる。
②フォトブック
画像データを印刷、製本する写真集タイプ。
プリント写真をデジタルデータにして作成することもできる。
写真を台紙に貼る手間がなく、コンパクトにまとめることが可能。
③デジタルアルバム
デジタル写真やデジタル化した写真を保存し、自動整理された写真をスマートフォンやタブレット、モニタなどで表示できるもの。
保存する場所も取らず時代に融合しているが、バックアップを取っておかないと、思わぬアクシデントで(データの破損、紛失など)全てが消えるリスクがある。
4.今後の展望
デジタルカメラ、スマートフォンカメラでの撮影が日常的になった現代において、写真撮影は極めて個人的な行為となり、身近で気軽なものとして撮影をする機会はとても増えた。しかし、フィルム時代とは違い、ほとんどの写真はカタチにすることなく、未整理整のままメモリカード、ハードディスク、クラウドなどに蓄積される時代であり、家族写真も同様にカタチにする機会が減少していることが問題点といえる。
しかし、ページを捲ることで、人生の時間が巻き戻され、「その時」を記録したものが、記憶となって「今」に続いていくアルバムは、時代と共にカタチが変化することはあっても、「この瞬間を残したい」「伝えたい」という普遍的な人間の「想い」がある限り存続するだろう。
5.まとめ
最後に、家族写真、家族アルバムの存在と意義についてのまとめとして、富士フイルムの「写真救済プロジェクト」の活動報告(ウェブサイト)に掲載されている被災者の方のコメントを紹介する。このプロジェクトは、2011年3月11日に発生した東日本大震災の直後に立ち上げられた津波で流された写真を復元するプロジェクトである。
サイトには、この震災で、家や家族を失った人々が、最初に探し始めたのが「家族写真」であったと記されている。
被災者の方のコメント(避難所で陣頭指揮を取る市議会議員リーダー)は、以下のとおりであるが、この言葉に家族写真を撮ることの大切さと家族アルバムの役割、意義が凝縮されているといえよう。
「津波に遭った人は、一切合切が流されてしまった。
本当に何もないんです。あるのは記憶だけ。
でもその記憶も時間とともに薄れていってしまう。
たった一枚の写真があることが、今まで生きてきた証となって、
これから生きていく支えになるんです。」註(2)
デジタル化により分断化された現代社会と共に、家族の在り方も変化を遂げ、バラバラな傾向にある時代において、「家族史」は、家族の構成員一人一人をつなげるコミュニケーションツールとなるであろう。そして、家族の「記録」を「記憶」し、その存在を証明することができる家族アルバムは、家族のアイデンティティを示す事ができる何より貴重な財産である。
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図1
1930年頃(個人蔵)
写真館、写真師にる撮影時代。
後の時代に生まれる家族にとり、知り得ない時代を伺うことができる。 -
図3
1950年代(個人蔵)
フィルムカメラの普及により、家族によるプライベートな写真撮影が日常的になった。
写真に合わせて手書きの撮影日時やコメントなどが記されている。 -
図4
1960年代(個人蔵)
写真サイズに変化が見られる。 -
1990年代(個人蔵)
フィルム写真の終焉期。
2000年代に入りデジタル化、モバイル化が進み、台紙に貼るアルバムは減少していく。 -
図6
1952年〜2008年(個人蔵)
大量に残されたフィルム写真、アルバムからセレクトしたものだけをデジタル化し、写真集タイプのアルバム(フォトブック)にしたもの。嵩張るアルバムのコンパクト化が可能に。
参考文献
【参考文献】
註
(1)海野弘他 『レンズが撮らえた19世紀ヨーロッパ 貴重写真に見る激動と創造の時代 』、2010年、p.169。
(2)富士フイルム “ 写真救済プロジェクト”私たちがやってきたこと。そして、わかったこと。
③いよいよ被災地へ
https://photo-rescue.fujifilm.com/ja/03.html( 2022-06-20閲覧)
【参考文献】
ロラン・バルト『明るい部屋 ー写真についての覚書』花輪光訳、みすず書房、1997年。
スーザン・ソンタグ『写真論』近藤耕人訳、昌文社、1979年。
三井圭司/東京都写真美術館監修『写真の歴史入門 第1部「誕生」新たな視覚のはじまり』新潮社、2005年。
海野弘他 『レンズが撮らえた19世紀ヨーロッパ ー貴重写真に見る激動と創造の時代ー』山川出版社、2010年。
馬場伸彦 ”家族写真と家族アルバムの変容ーイメージのデジタル化をめぐる記憶と記録ー”
甲南女子大学、2022−03−03。
https://konan-wu.repo.nii.ac.jp/?action=pages_view_main&active_action=repository_view_main_item_detail&item_id=1712&item_no=1&page_id=13&block_id=1 (2022-0615閲覧)
澤本徳美 日本写真学会誌 特集講座 『写真術の発達と表現の変遷』、1989年。 https://www.jstage.jst.go.jp/article/photogrst1964/52/6/52_6_572/_pdf/-char/ja(2022-06-18閲覧)
日本カメラ博物館 ”カメラの歴史”
https://www.jcii-cameramuseum.jp/kids/2005/01/01/7671/(2022−06−15閲覧)
FUJICOLOR フォトブック “カメラのない時代はどうしてた?思い出を残す方法の移り変わりの歴史”
https://f-photobook.jp/column/13photobook-utsurikawari.html(2022-06-15閲覧)
Family Dr. 医療・健康コラム”写真で紡ぐ家族の歴史 〜家族写真〜”
写真館フォセット 2021-12-17。
https://www.family-dr.jp/?column=18468(2022-07-10閲覧)