都市機能を有した「里山再生」を目指す「あかいわ美土里の和」の活動について

平津 悦子

Ⅰ.目的
岡山県赤磐市で、ある市民ボランティア団体が試みている都市型里山再生活動は、従来の農業循環型に回帰することではなく、裏山を遊び場として活用しようとする独創的な考えのもとで行なわれている。このユニークな活動について評価し、報告する。

Ⅱ.「あかいわ美土里の和」とは
2011年、岡山県赤磐市で「里山再生」を掲げた市民活動グループ「あかいわ美土里の和」の会が設立された。(注1)
現在、里山はふるさと創生・地方再生の目的だけでなく、生物多様性とバイオマス資源を有する場所として全国的に見直され始めている。「あかいわ美土里の和」は、新興住宅地に残された裏山を、従来の農業循環型再生でなく、新しくできた町の移住者たちの遊び場と捉えて整備を行ない、新しい住環境に合った都市型の里山再生を目指した。会長の白石齊氏は『人々が自然をもっと、もっと、知り、学び、自然と仲良くなることで町と自然が親密になる様な環境づくり』を、ベースの里山である「磐山」を冠して「磐山スタイル」と提唱した。(注2)

Ⅲ.歴史的背景とベッドタウンとして存在する地方都市
赤磐市は、岡山県中南部に位置し、市域の大半は山林と丘陵であり、北東部を吉井川が流れている。南部にはダイワハウスが1970年代に造成したネオポリスと呼ばれる住宅団地がある。ネオポリスは、開発総面積509万㎡の分譲地で現在6,702世帯、17,997人が住み(2018年3月現在)、3つの小学校、1つの中学校を有し、岡山県のベッドタウンとして発展している。 (注3)
2011年2月から1か月間、赤磐市都市建設課は「まちづくりワークショップ」を開催し、それによって知り合った地域住民が、活動の輪を広め、新たなコミュニティを創ろうと「あかいわ美土里の和」を立ち上げた。

Ⅳ.「磐山スタイル」の里山再生を目指した遊びと活動
1. ホームグランドクリーン作戦
会では、年2回の一般公募による整備活動のほか、毎月第3日曜日に整備活動を行っている。なお、年1回は電動の草刈機とチェーンソーの安全作業講習会に参加して実技指導を受けている。
2.鑑賞会
○つつじ鑑賞会
毎年4月に弁当持参でヤマツツジや春の野花を鑑賞するハイキングが行なわれている。
○里山のスケッチの集い
画家の白石孝子氏が指導に当たり、山の画材で自然を描く会を開いている。
○自然観察会
2012年から、橋本智明先生の説明のもとに開かれており、2018年までに延べ220名(うち子ども85名)の参加があった。96種の樹木とキバネツノトンボ・ヘイケボタル・サワガニなどの希少種の生物が確認された。さらに、この活動が評価され「赤磐市野生動植物調査会」が設立された。
3.資源活用
○料理教室
里山から採れる野草やきのこや山菜を用いた料理教室が行なわれた。また、野草のお茶の講習会も開かれた。
○創作活動
工悦邑の木工作家榎本勝彦氏の指導のもと、里山整備の間伐材料を用いた木工制作が行なわれ、作品は文化祭やイベント会場に展示された。2017年には大型作品を制作するための木彫りワークショップが行なわれ、磐山頂上の広場は展示場として「芸術の森」となった。
2013年2月 紙漉き作家の明松政二氏を講師に迎えて、紙漉き体験教室が開かれた。染色家の加納容子氏を講師に迎えて染色教室が開催された。どちらも、山の素材が用いられた。
4.筆者体験レポート
2019年12月22日、頂上に座する陰陽石の隙間に差し込む冬至の朝日を見ようという「磐座に指す冬至の朝日を見る会」に参加した。午前6時30分登山口前の空き地に集合すると、まだ暗い中、懐中電灯を持って一列で登っていく。会長の白石氏と他の会員たちは、頂上で行う野点の道具やカセットコンロ、水などを持って通い慣れた道を登っていくのだが、慣れない者にはステッキを頼りに息が上がる道のりである。15分ほどで頂上に着くと、早速湯を沸かし、暖を取るため一斗缶の中で焚火を始める。5分ほど遅れてNPO法人岡山支援センターの人たちも合流し、その中の子供達がはしゃいだ声を出して磐座の周りを散策し始めたので、一気に場は賑やかになった。お湯が沸く間に会員の岸本寿男氏の尺八演奏が始まる。邦楽、ジャズ、そして動揺「ふるさと」をみんなで合唱する。赤磐市商店街の備前焼物の店主である丸山氏が点てたお茶をお菓子と一緒にいただく。あいにくの曇り空で冬至の朝日は見られなかったが、念入りに火の始末を確認して、帰りは夏にホタル観賞会が開かれる沢の道を下りながら、2年前にホタルの鑑賞会で飛んできた蛍を手で捕まえた夫が「人間の手の温度では、蛍が火傷してしまいます。」と会員の人に叱られたことが思い出された。参加人数30数名、約2時間半のイベントであったが、帰途につきながら来年の冬至は晴れるだろうかと思いを馳せた。
以上のように「磐山スタイル」は里山整備と遊びを融合させたことで、現代人の生活環境の身近に里山が存在できるようになったことが評価できる。

Ⅴ.「岡山・西粟倉村ものづくりから始まる、森林づくり、村づくり」との比較
岡山県西粟倉町は、2008年に山の活用を目的にした「百年の森林(もり)構想」を立ちあげた。従来の森林事業を個人レベルで行うのではなく、村が経営者となって、「木の里工房木薫」や「西粟倉・森の学校」という株式会社を設立し、この事業に興味や参加する意思のある人たちをネットで呼びかけ、多くの若い世代の移住者を受け入れた。西粟倉村が目指した事業理念は「森林(もり)」を生かし、100年続く森林にして子孫に残す」というものであった。(注4)
西粟倉町は、里山再生を本来の林業の姿に立ち返り、そこに新しい技術であるインターネットの活用や産業の仕組みを導入して、人が生活する経済の基盤として森林再生事業に取り組んだ。
一方「あかいわ美土里の和」では、民間主導でありながら多方面な活動に成功し、利潤追求とは真逆の目的を持った里山再生であることが特筆される。

Ⅵ.「あかいわ美土里の和」のこれからの展望と課題について
「あかいわ美土里の和」は、市民ボランティアが現代生活スタイルの中で、遊び場としての里山再生を目指している。やまつつじ鑑賞会・ホタル観賞を始めとする自然観察会、大人気のツリークライミングなどは恒例行事となっている。磐山で採れる山菜やキノコなどは、ホームグラウンドクリーン作戦作業の後や他のイベントでふるまわれる。岡山県外のNPO団体や教育機関との交流会や大学教授や研究者・学者などを招いて、里山の有り方や存在価値などのシンポジウムも多く開かれている。2019年6月23日には「あかいわ磐座(イワクラ)シンポジウム」が開催され、この里山で見つかった陰陽石に関する討論会だけでなく、磐山周辺の史跡の見学会も行われた。
活動資金は、おかやま森づくり県民基金、おかやま環境ネットワーク、および福武教育文化振興財団の助成金、並びに会員からの会費で運営されている。2014年には森づくりフォーラムを通じてプルデンシャル生命保険からの寄付金も受けることができ、財政面では安定した。
会長の白石氏は「地上に陽光がとどき、草花が咲き、自然の恵みを得る、そして何よりも子どもたちが駆け回って自然に親しめる場所が欲しい」という思いから、この「磐山スタイル」を推し進める。里山には保健保安林が含まれている場所があり、整備を進めると子供が容易に入り込み危険であると、行政が立ち入り禁止区域にする。しかし、会では里山遊びで危険な場所や行為を実体験で学ぶことにより、子どもの情操教育になると考えて行政を説得している。また赤磐市からの依頼で「赤磐市野生動植物調査会」を立ち上げたことで、活動が広がるとともに、岡山県の広範囲の学校や保育園・幼稚園などにも会を知ってもらうための広報が出来るようになった。
「あかいわ美土里の和」は活動から9年が経ったが、会の存続には若い世代の入会と世代交代が不可欠となるだろう。営利を目的としない市民ボランティアの活動であるため、その指針となる信念の揺るぎなさと、後継者の育成が難しいところである。
多種多様の虫や植物を探しに行ける裏山は雑木林でなければならないと、岡山理科大学教授の波田善夫氏は言う。(注5)そのような裏山が身近にあるというのは貴重であり「磐山スタイル」は、物理的な環境問題だけでなく、健全な青少年の育成を促し、少子化・いじめなどの社会問題などの解決に役立つのではないかと期待する。

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    ホームページ「あかいわ美土里の和」 https://midorinowa.weebly.com/2018年9月15日森づくりフォーラムだよりvol167より引用
  • 2_%e5%a4%a7%e4%ba%ba%e6%b0%97%e3%81%ae%e3%80%8c%e3%83%84%e3%83%aa%e3%83%bc%e3%82%af%e3%83%a9%e3%82%a4%e3%83%9f%e3%83%b3%e3%82%b0%e3%80%8d 写真2.《大人気の「ツリークライミング」》 2015年11月撮影
    ホームページ「あかいわ美土里の和」https://midorinowa.weebly.com/2018年9月15日森づくりフォーラムだよりvol167より引用
  • 3_%e3%80%8c%e7%a3%90%e5%ba%a7%e3%80%8d%e3%81%8b%e3%82%89%e5%86%ac%e8%87%b3%e3%81%ae%e6%9c%9d%e6%97%a5%e3%81%ae%e5%85%89%e3%82%8a%e3%82%92%e8%a6%97%e3%81%93%e3%81%86%e3%81%a8%e3%81%97%e3%81%a6%e3%81%84 写真3.《「磐座」から冬至の朝日の光りを覗こうとしている子どもたち》
    2019年12月22日 筆者撮影
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    2019年12月22日 筆者撮影
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    2019年12月22日 筆者撮影
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    2019年6月23日 白石齊氏撮影
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    ホームページ「あかいわ美土里の和」https://midorinowa.weebly.com/2018年9月15日森づくりフォーラムだよりvol167より引用

参考文献

【参考文献】
(注1)あかいわ美土里の和https://midorinowa.weebly.com/ 2019/11/01
(注2)あかいわ美土里の和(2018)『里山再生「磐山」スタイル』
(注3)岡山ネオポリスhttps://ja.wikipedia.org/ 2019/12/30
(注4) アネモメトリNo.16 (2014.04)とNo.17 (2014.05)「岡山・西粟倉村ものづくりから始まる、森林づくり、村づくり」
(注5) あかいわ美土里の和(2018)『里山再生「磐山」スタイル』P22~P23

NPO法人森づくりフォーラムhttps://www.moridukuri.jp/ 2019/11/03
赤磐市ホームページhttp://www.city.akaiwa.lg.jp/ 2019/12/15
工悦邑に行ってみてください https://ameblo.jp/shiwori114/2020/01/13
林野庁ホームページ  https://www.rinya.maff.go.jp/

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