劇場「シアターXカイ」四半世紀の歩み

川合 純

1 「シアターX」の概要【写真1】
(1) 開設 1992年
(2) 立地 東京都墨田区両国2-10-14両国シティコア内【写真2】
(3) 規模 通常200席、最大300席
(4) 組織 運営事務局:(有)エディタープロダクツ代表取締役社長上田美佐子
(5) 活動 自主・提携公演、ワークショップ、研究会、月刊批評通信、メールレター
2 研究の視点
(1) 動機
2015年に35年間勤めた東京都庁を退職してビル管理会社に再就職し2年間在籍した。管轄するビル「両国シティコア」内に劇場「シアターX」があり、劇場の活動を、鑑賞者としてだけでなく、運営側からも俯瞰する機会を得たことが研究の動機である。
(2) シアターXの特異性
シアターXは、在京の多くの中・小劇場と比べ、いくつかの点で際立った特異性を有している。第一に、1992年の開館以来途切れることなく一人の芸術監督(演劇プロデューサー)が運営している。第二に、公演形態は自主公演と提携公演に二分され、うち自主公演は入場料金が一律の千円である。第三に、長年にわたり上演される演目に一貫した傾向が見られる。第四に、在京の中・小劇場の多くが経営難から閉館を余儀なくされている中、安定した経営が確保されている。
(3) 評価の対象と方法
シアターXの特異性のうち、第四の安定経営については、当該建物が東京都の信託事業として、東京都と受託者である信託銀行により管理経営されており、賃料や運営費について他の民間劇場より恵まれているため、評価の対象から外した。第一、第二、第三の特異性については、芸術監督(演劇プロデューサ-)の存在や思想に起因しているところが多い。このため、氏の著作やインタビュー☆、劇場の刊行物やHP(http://www.theaterx.jp/)での発言などを分析した上で、過去の上演演目を照らし合わせ、それらの軌跡から劇場運営のあり方と表現芸術としての演劇について考察する。
3 芸術監督(演劇プロデューサー)の存在
(1) 上田美佐子氏プロフィール【写真3】
・1935年ハルピン生まれ
・舞台芸術学院本科(文芸・演出)卒業
・新聞記者、「音楽之友社」編集者等を経つつ「劇団つかこうへい事務所」社長
・1989年 ドストエフスキー原作『ナスターシャ』(アンジェイ・ワイダ演出、坂東玉三郎主演)をプロデュース
・1992年 劇場シアターX芸術監督・演劇プロデューサー就任
・2013年 ポーランド文化功労章グロリア・アルティス(金メダル)受章
・シアターX開設以来一貫して劇場支配人兼演劇プロデューサーを務めている。
(2) 著作・刊行物・インタビューにおける発言
上田美佐子氏は、自身の著作などにおいて、以下のとおり多くの発言をしている。
・劇場運営のあり方
劇場自身がまずは豊かな芸術家精神をもちたい。【注1】演じる(創る)側の立場に立てる劇場でありたい。【注2】劇場の責任とは、創る側の“芸術上の贅沢さ”に寛大であり、その創造欲に対して限りなく許容するだけの覚悟をする。【注3】“演劇転がし”で延命しない。【注4】
・表現芸術としての演劇
演劇とは演技を主犯とする総合芸術である。【注5】創造と批評とは対の芸術活動。【注6】生きるということを考える<とっかかり>を提供したい。【注7】“演劇ごみ”は排除したい。【注8】
・2011年東日本大震災に際し、以来自主公演の入場料を一律千円に
今こそ、演劇を多数の人に開くため、劇場が身を切る【注9】
(3) 芸術監督(演劇プロデューサー)の主張の分析
第一に、劇場のあり方については、物理的あるいは経営的な単なる劇場支配人ではなく、自らも芸術の発信者としてのスタンスを明確にしている。そのことから、上演する演目の選定については、事務局スタッフとの選考過程を経ているとはいえ、決定には中心的役割を果たしている。
第二に、表現芸術としての演劇については、生きることの意味という根源的なテーマを根底に置く総合芸術としてとらえている。また、演者と鑑賞者だけでなく、演劇プロデューサーが演劇の場を提供すること自体も演劇の一部であるとし、劇場は三者が一体となって演劇を創り上げるいわば<修業の場>と考えている。
第三に、上演する演目は表現芸術としての演劇に限っており、スター俳優をそろえシリーズ化するようないわゆる商業演劇とは明確に一線を画している。このため、採算性を追求すると到底上演できない東欧等の実験的演劇を長年にわたって上演し続けてきた。
4 上演演目
過去27年間に上演された演目は、およそ2600作品であり、年間平均上演数は100作品近い。
(1) 草創期
劇場開設の皮切りは、1992年9~12月にポーランドの前衛的作家の《ヴィトカッツイのびっくり箱》というフェスティバルである。この時点で、将来につながる一定の上演傾向と方向性が現れている。一方で1993年には、つかこうへいの『熱海殺人事件』を8か月にわたって上演(阿部寛氏は本作で演劇デビュー)したほか、国内の作品を<名作劇場>として上演する取り組みを現在も続けている。
(2) 演目の分類
上演される演目は、自主公演(約6割)と提携公演(約4割)に大別される。このうち自主公演は、自主企画により海外から招聘したアーチストの公演のほか、演劇塾、ワークショップ、研究会などの活動も含まれる。そのほか隔年で、ビエンナーレ<国際舞台芸術祭>にも取り組んでいる。提携公演は、主に国内の小規模団体の実験的作品を継続的に取り上げており、シアターXから世に出る作品・劇団も多い。また、簡素で広々とした舞台を生かし、ダンス演劇も多く上演されている。
(3) 上演傾向と方向性
傾向として、シェイクスピアなどの伝統的正統派演劇がめったに上演されない。ヴィトカッツィ、ブルーノ・シュルツ、アンジェイ・ワイダ、サミュエル・ベケット、ベルトルト・ブレヒト、ヤン・ペシェクなどポーランドをはじめとする東欧演劇が在京の他の劇場と比べ際立って多く上演されている。また、近年では、イスラエルやアイルランド、ノルウェイなどの難解な不条理演劇や実験演劇も積極的に取り上げている。国内では、郡司正勝や花田清輝、渡邊守章、櫻井修、井田邦明などの影響を色濃く受けた作品を上演している。
5 シアターXの活動の軌跡が指し示すもの
(1) 劇場運営のあり方
1990年代におよそ300あった東京の劇場は、バブル崩壊を経てほぼ半数に減った。また、グローブ座やアート・スフィアなど芸能プロダクションに経営主体が変わった劇場もある。他の民間劇場に比べ比較的財源に恵まれているとはいえ、シアターXも大規模な設備更新を行えず、関係者の高齢化もあり、継続が危ぶまれる。こうした中、この四半世紀に及ぶシアターXの活動は、劇場自身が芸術の創造者として評価され、国内外に多くの熱烈な賛同者を生んでいる。彼らから寄付を募り劇場運営の基金とすることが最善だと考える。
(2) 表現芸術としての演劇の未来
世にある諸々の演劇を、商業演劇と非商業演劇に、また、芸術的と非芸術的と一律に区別することは、あまりにも乱暴である。しかしながらシアターXの軌跡は確実にその区別を明示している。舞台と観客席、照明と音響設備のみの極めて簡素な劇場であるシアターXには、演者と観客、提供者が三位一体となって、今そこで生まれ、永遠の生命を得る舞台芸術の神髄が存在する。そこでは、過去・現在・未来に共通する、われわれはどこから来たのか、われわれは何者か、われわれはどこへ行くのかという根源的なテーマが問い続けられている。

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参考文献

【注】
1.上田美佐子著『曠野と演劇』港の人社発行2010年、P9
2. 同、P15、P27
3. 同、P11
4. 同、P14
5. 同、P31、P32
6.上田美佐子氏インタビュー《日時:2019年3月24日、場所:両国シティコア内シアターX事務局、聴き手:川合純(筆者)》
7. 同
8. 同
9. 同

【写真】
1.シアターX(両国シティコアHPより転載https://www.ryogoku-city.co.jp/)
2.両国シティコア(両国シティコアHPより転載https://www.ryogoku-city.co.jp/)
3.上田美佐子氏(著者による撮影)

【参考文献】
◎月刊誌『シアターX批評通信』2002年~2004年
◎月刊『シアターX批評通信』2011年11月~現在刊行中
◎年次報告『シアターXファイル』1993年号~2003年号
◎衛紀生・本杉省三共著『地域に生きる劇場』、丸善㈱出版事業部、2000年
◎㈳日本芸能実演家団体協議会『実演芸術組織・劇場のあり方に関する調査研究』平成19年度文化庁芸術団体人材育成支援事業、2008年

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