「地域風景資産を伝えるには」

水上 佳子

1. 地域風景資産とは
「地域風景資産」とは、平成11年制定の「世田谷区風景づくり条例」に基づき選定された風景である。現在区内に86箇所あり、各地域にある自然や建造物、街並み、情景など、それぞれの風景に込められた人の想いを、地域の活動につなげ、大切にしたい風景を「守り、育て、つくる」ことを目的としている。
「地域風景資産」では、まち全体に点在する緑や公園、建物や寺社、道や川、広範囲なものなどを推薦し、風景資産として選定している。この選定は、風景づくり活動を創出するための仕組みで、風景に対する人の想いが、人の繋がりを生み出し、ひいては地域を繋ぐものでもある。この「地域風景資産」の前身的なものとしては、昭和59年選定の「せたがや百景」がある。区民によって選ばれた風景を推薦投票し、選定委員会で絞り込み、さらに投票により選ばれた100の景色のことある。
「せたがや百景」と「地域風景資産」を統合させ進化させたものとして、一つのマップが作られている。それは「せたがや風景マップ」だが、こちらのパンフレットを片手に歩けば、まち全体がフィールドワークの場、様々な学びの地点となり得る。また、「地域風景資産」の視点で臨めば、まちが会場、まち全体に点在する風景そのものがコレクションとなるため、美的鑑賞を楽しむことや地理・歴史・文化などを掘り下げることも可能である。
2.せたがや風景マップの情報構造
「せたがや風景マップ」にあるアイコンには、緑・公園、建物・寺社、道・川、広範囲なものに分類した4つの区分がある。全部で86箇所のせたがや風景を一つのマップにプロットしただけの図のため、ここではさらに細分化して各地域ごとに分けることとする。せたがやは、世田谷、北沢、玉川、砧、烏山の5つの地域に分かれている。まち歩きをする際、地理・歴史・文化的に風景を見ることも楽しみの一つだが、人の営みまで追った「せたがや風景マップ」は、少しだけ踏み込んだ現在進行形のマップになっている。だが、そのことが、このマップの問題点でもある。平成11年に選定が始まってから、活動が消えてしまった風景もある。例えば、烏山地域の松葉公園は、この大団地の建て替え工事予定により、団地のコミュニティが消えつつあり、活動団体と連絡がとれない状況にあると聞いた。
このように、各地域のせたがや風景には、人の営みがあり、人の活動があり、コミュニティがある。「せたがや風景マップ」は、単に美的な景色を指すマップではなく、各地域に住む人の想いが共有されていることが重要で、美しさを追求した景色のみではないことが特徴の一つである。景色だけを求めれば、極端な話、人がいなくても景色は成り立つが、せたがや風景となるとそこに人が絡んでくる。その区分された場所で、人によってどのような活動がなされているのかを知ることが、「せたがや風景マップ」の各風景に対する一番の理解ではないかと考える。
「地域風景資産」の特色は、せたがやの地理・歴史・文化を抜きにして語れないが、簡単に説明すると、世田谷は関東ローム層の上にやや斜度のついた武蔵野台地が広がり、崖線、多摩川という高低差のある地である。玉川地域を突き抜けて砧地域へと立川まで伸びる国分寺崖線という地理的特徴があり、古墳時代から、人々は多摩川のあたりに住み遺跡が数多く残されている。中世から江戸時代にかけては、江戸氏、吉良氏という支配者層の歴史も大きく景色に関係している。もともと江戸時代には野菜を供給する土地柄、農と結びついた祭祀祭礼が行われていた。大正時代の震災では浅草・麻布にあった寺院の引っ越しで烏山寺町が生まれたいきさつや、昭和初頃から始まった宅地・鉄道開発、財閥系の別荘などが、眺望の良い崖線近辺に建てられたことなど、枚挙にいとまがない。
このように大きくせたがやの地理・歴史・文化を把握した上で、現代の「地域風景資産」を眺めると、また違った視点を得られるのではないだろうか。私たちは今ここで、この時代にどのように暮らしているのか。それでは、「地域風景資産」の見せ方であるが、ホームページ上では、始めに風景づくりについての概略説明がなされている。その中でも「世田谷区ストーリーマップ&オープンデータ」は電子地図上に各風景が落とし込まれており、マップをもたなくてもスマートフォンで現地に赴くことができる。簡単な解説文も掲載されており理解が進む。また、参加型のクイズラリーコンテストの取り組みもなされている。刊行物は、「せたがや風景マップ」の他、広報誌としての「風景PRESS」などがあり、催しとしては、その時々に応じた特定の地域での街歩きを開催している。
3.せたがや風景マップの課題
問題点としては、各地域にあるせたがや風景に関しての情報がバラバラで、集めにくいことである。活動自体が立ち消えのものあり、聞くに聞けない状況を生んでいる。「せたがや風景マップ」はあるものの、個々の風景資産に関する情報がいまひとつで、整理されている状況とは言い難い。その場所に行くことはできるが、本当の意味でその場所がなぜ選定されたのかを知ることは難しいのである。
せたがやは、江戸時代から明治末期にかけて農村地域であった。また、多摩川のそばにある国分寺崖線といった地理的にも変化に富むこの地域は、水や緑といった自然の風景が豊かな表情を見せる。まちには商業地域もあれば、古墳や寺社仏閣といった史跡もある。また文化・風土的な民家園も保存されている。
そこで、この優れた地域風景資産の特色をどのような方法で伝えていけばよいのか、情報編集の観点から考察したい。
4.比較対象事例
優れた特徴を伸長するためには、最新の情報更新だけではなく、多角的なまなざしの視点も必要であると考える。そこで、まちなか観光として風景づくりを自然・風景からも考察したい。比較対照の事例として、エンジョイ!SETAGAYAの取り組みを取り上げる。エンジョイ!SETAGAYAとは、平成30年2月28日から新たに始まった、せたがやの魅力を伝える情報統合型のまちなか観光ホームページである。このコンテンツの一つに観光スポットがあるが、各項目の一つに自然・風景の区分けがある。そこを開けば、「地域風景資産」のすべてのせたがや風景が、写真とシンプルな説明とともに閲覧することが可能である。それぞれの場所の文化・歴史についても書かれており、選定のポイントを理解する一助となっている。こちらのホームページでは観光に関する情報更新がなされ、SNSとの連携により、閲覧者も投稿できる参加型の身近な情報発信ホームページとなっている。
5.今後の展望
では、「地域風景資産」の優れた特徴を今後どのように伸長していくことが出来るのか。比較事例のように、最新の情報収集と更新が不可欠で、利用者が常に情報を得ることが出来ることである。コミュニティどうしの情報の共有があると、さらに発信力が増す。この点において、都市デザイン課に質問をしてみたところ、年に2回ほど交流会を開催しているとのことであった。コミュニティからの情報発信はしたいところだが、高齢化が進み難しいとご回答頂いた。せたがやの「地域風景資産」とは、そこに暮らす人々そのもので、地域のコミュニティの存続こそがカギである。紙面に書かれた情報だけではなく、その活動自体が意味のあるものだからだ。活動の機関紙であるとか、各地域の風景資産にちなんだ「烏山寺町散策マップ」のような各地域のパンフレットがあると有効である。各5地域の支所に、地域のガイドブックがあるかを問い合わせたところ、まちまちな答えで横のつながりのなさを実感した。要はないに等しいのだが、強いていえば「地域風景資産」がある意味、全体のガイドブックに近しい。比較事例のように、多角的な視点に立ちつつも、ぶれずに「地域風景資産」の活きた情報を、明確に伝えることが肝要だ。情報の整理整頓がなされ、人の活動が織物のように編みこまれていくと「地域風景資産」が、終わりなく続く地域の物語となりえるのではないかと私は考える。

  • 1-1 筆者撮影:目黒川の水源がある湧き水の鴨池を望む。(平成30年3月31日現在)
  • 2 筆者撮影:烏山寺町の落ち着いた建造物。(平成30年3月31日現在)

参考文献

参考マップ:
世田谷区 都市整備政策部 都市デザイン課「せたがや風景MAP」平成28年
世田谷区 烏山総合支所 地域振興課「烏山寺町散策マップ」2016年
https://setagaya.maps.arcgis.com/apps/MapTour/index.html?appid=6392f0797a4e46b9a7ad2609462323ff 世田谷区 政策経営部 情報政策課「世田谷区ストーリーマップ&オープンデータ」(電子地図アプリケーション)トップページ/せたがや風景MAP 平成30年8月15日

参考文献:
世田谷区 都市整備部 地域整備課発行『世田谷区風景づくり計画』平成19年
世田谷区立郷土資料館編集・発行『世田谷の歴史と文化』平成26年 
世田谷区政策経営部政策企画課区史編さん編集・発行 『世田谷 往古来今』平成29年

参考資料:
http://www.city.setagaya.lg.jp/kurashi/102/121/359/d00018466.html世田谷区 都市整備政策部 都市デザイン課「地域風景資産」平成30年8月15日、
http://www.city.setagaya.lg.jp/kurashi/102/121/360/d00018435.html世田谷区 都市整備政策部 都市デザイン課「せたがや風景MAP」平成30年8月15日、
http://www.city.setagaya.lg.jp/kurashi/102/121/359/d00160720.html世田谷区 都市整備政策部 都市デザイン課「せたがや地域風景資産クイズラリー」平成30年8月15日、
http://www.city.setagaya.lg.jp/kurashi/102/121/360/d00158931.html世田谷区 都市整備政策部 都市デザイン課「せたがや百景」平成30年8月15日、
http://www.city.setagaya.lg.jp/kurashi/102/121/360/d00014659.html世田谷区 都市整備政策部 都市デザイン課「風景PRESS 03」平成30年8月15日
世田谷区 生活文化部文化・芸術振興課/世田谷区 教育委員会事務局生涯学習・地域学校連携課「せたがや文化マップ」平成29年、
世田谷区 みどり33推進担当部みどり政策課「せたがや花マップ」平成30年、「世田谷・みどりのフィールドミュージアム 喜多見4・5丁目農の風景育成地区 案内マップ」平成29年、「世田谷・みどりのフィールドミュージアム 成城学園前駅周辺地区」平成28年、
「世田谷・みどりのフィールドミュージアム 二子玉川公園周辺地区 案内マップ」平成30年、http://www.city.setagaya.lg.jp/kurashi/102/126/418/409/d00029491.html世田谷区 みどり33推進担当部みどり政策課「世田谷名木百選」平成30年8月15日、
http://www.city.setagaya.lg.jp/kurashi/102/126/402/403/d00017948.html世田谷区 みどり33推進担当部みどり政策課「世田谷みどり33」平成30年8月15日、
世田谷区 経済産業部都市農業課「ふれあい農園map」平成30年、「せたがや農業通信」平成30年、「世田谷農業インフォメーション」平成30年、「せたがやそだちの東京都エコ農産物」平成30年
公益財団法人 世田谷区産業振興公社「歩いて出会う世田谷24の物語」平成26年、「世田谷みやげ2018」平成29年、「Setagaya Guide Book」(英語)2018年
世田谷まちなか観光交流協会 公益財団法人世田谷区産業振興公社「世田谷ぷらっと」2017年
一般財団法人 世田谷トラストまちづくり「トラまちPressNO.7」2018年

発行:世田谷区 協力:世田谷トラストまちづくり国分寺崖線魅力発見・向上プロジェクトメンバー「国分寺崖線発見マップ」平成28年

比較対照事例:
http://www.kanko-setagaya.jp/?p=we-page-spotsearch&category=16148&select=16175&type=spot 世田谷まちなか観光交流協会「エンジョイ!SETAGAYA」観光スポット/自然・風景 平成30年8月15日