「赤い屋根のふるさと交流館」-地域住民による閉校跡地利活用―
1.テーマ選定理由
長崎県南島原市では人口減少などの影響で、平成14~28年度の15年間に41校中24校の小学校が閉校している[註1]。しかし放置されている閉校跡地があるのは、公共資産活用・安全・美観などの面で望ましくないため、住民のための閉校跡地利活用が地域課題の一つになっている。
そんな中、旧山口小学校利活用事例「赤い屋根のふるさと交流館」[註2](以下「交流館」という)を知る機会があり、交流を軸とした地域活性化の取組に特徴があったので、これを取り上げて評価を行い、地域におけるコミュニティの在り方を考える。
2.旧山口小学校と交流館のデータ
2-1.旧山口小学校
所在地 :長崎県南島原市加津佐町戊1208番地
規 模 :敷地面積 5,304㎡+体育館敷地
建物面積 880㎡+体育館
生徒数 :最盛期 生徒数170名、教職員数不明(大正14年)
閉校時 生徒数11名、教職員8名(平成25年)
2-2.交流館
引受資産:旧山口小学校の土地・建物・設備の全てを市より無償借り受け
建設費用:8百万円(市負担)
事業内容:伝統行事「鬼火たき」、音楽&スポーツイベント、各種体験教室、
各種ワークショップ、映画上映、閉校前の生徒作品や写真展示、
卒業生との交流、企業誘致、誘致企業間及び地域住民との交流と協力
誘致企業:東京/(株)セラク[註3]、地元/(株)kawakiya[註4]
運 営 :地域住民によるボランティア(イベントはコミットした人に任せる)
維持費 :約40万円/年(現在は企業2社の賃借料と市の補助金で賄っている)
写 真 :[添付資料1]
2-3.旧山口小学校および交流館の歴史
1874年(明治7年) 設立
1923年(大正12年) 上下2段に分かれている校庭を現在の形に整備(労働奉仕)
1956年(昭和31年) 旧校舎腐敗のため、移転改築(労働奉仕)[註5]
1982年(昭和57年) 土俵完成(労働奉仕)
1997年(平成9年) 美しい故郷づくり花壇コンクール「優秀賞」受賞
2002年(平成14年) PTA活動「文部科学大臣賞」受賞
2014年(平成26年) 閉校、山口小学校閉校跡地利活用検討委員会が発足
2015年(平成27年) 地域おこし協力隊隊員(梅野大介氏)着任
山口小学校閉校跡地利活用プロジェクト開始[添付資料2]
2018年4月(平成30年)同プロジェクト終了に伴い、赤い屋根のふるさと交流館
が正式発足[添付資料3]
3.山口小学校閉校跡地利活用プロジェクトの特徴
閉校から利活用開始までの流れにおいて重要なことは、岸上光克は「第1に、何より地域の合意形成です(p.11)」と述べており(岸上、2015)、本プロジェクトの最大の特徴もそこにある。地域住民が労働奉仕で造り育ててきた小学校であり、1997年・2002年は全国大会で受賞した栄誉を持っている。その誇りの現れとして、山口小学校閉校跡地利活用検討委員会による住民アンケートにおいて「潰させない」という意見が多数だったのである。その結果、本プロジェクトを梅野大介氏と地域住民代表の計21名が推進することになり、地域の思いを余すことなく具現する交流館へと導いた原動力となったのである。
続けて岸上(2015)は「第2に、利活用の用途決定(施設の使い方)です(p.11)」と述べている。本プロジェクトにおいては、コンセプトを「①思い出を残す拠点づくり」「②生き甲斐を継承」とした。そのうえで第一段階「止まった歯車を動かす」、第二段階「収益を挙げる(独立採算)」、第三段階「複合的な、立ち寄れる場所づくり」を掲げ、それらを実現する多様なイベントを導入したのである。[添付資料4]
4.地域文化資産としての交流館の評価
4-1.評価の視点
文部科学省による「特色ある廃校活用事例調査(p.34)」[註6]によれば、特色に関する分類として、①検討プロセスに特色がある事例、②用途に特色がある事例、③活用方策に特色がある事例、④整備および運営・維持管理に特色がある事例、の4点を挙げている。
交流館は住民主導による事業、すなわち「①検討プロセスに特色がある事例」なので、検討プロセスの視点から「他の廃校活用事例との違い」「文化性」「地域人口安定化」を評価し、特質を鮮明にすることを試みたい。
4-2.他の閉校跡地利活用事例との違い
海外の代表的事例では、廃校を若手アーティストの作品展示用美術館にして、地域全体を活性化させたニューヨークの「MoMA PS1」[註7]がある。これは若手アーティストをターゲットにして成功した事例である。
国内の代表的事例では、文部科学省選定の「廃校リニューアル50選」[註8]がある。その多くは、研修・社会教育・自然体験・スポーツ・宿泊・福祉・貸しオフィスや店舗などの、一つまたは二つに該当するものが主である。
交流館はそれら事例とは異なり、地域の伝統文化・教育や体験・交流・娯楽・貸しオフィスなど多様なジャンルを対象にし、かつ誘致企業間及び地域住民との相互協力による発展の仕組み[添付資料5]も構築した。インタビューによれば参考事例はなかったとの事なので、交流館は自分達で考えた「多機能および相互発展型の事例」であり、その点が特筆されるべき特質である。
4-3.文化性についての評価
交流館がある山口地区[註10]は、島原半島先端に近い山間部に位置している。小学校を地域住民の労働奉仕と寄付募金で造ってきたのは、同地区を含む地域全体が豊かではなかった現れであり、力を合わせて困難を克服する「連帯」文化が育っていた証拠である。
交流館の目的は「存続のための独立採算」「住民のための事業=月4件前後のイベント[添付資料6]」「地域のための催し=伝統行事「鬼火たき」[註9]」の3点である。
山口地区には、体験教室や音楽・スポーツなど住民のためのイベントはなかった。そこに交流館を造って、Uターン層や若い人をターゲットに多様なイベントを実施し、伝統行事を担い、更に誘致企業と連携するようになったのである。
交流館は地域の「連帯」を示す象徴として、かつ文化的イベントの発信元として、今後発展して行くことが望まれている。また既にその傾向が生まれ支持されていることは、イベントなどへの参加者が多いことからも見て取れるのである。
4-4.地域人口安定化についての評価
南島原市は、テーマ選定理由に多数の小学校が閉校していると書いていることから覗える通り、直近5年間で7.6%も人口が減っている[註11]。反面インタビューに於いて、山口地区は「若い人が増えてきた」という回答があった。この回答は、交流館が地域人口安定化へ向けて正しいアプローチの一つであることを暗示している。
藤山浩は「毎年、地域人口の1%分を、新たに取り戻していけば、地域人口の安定化が見えてきます(p.126)」と述べ、それを支えるために「所得も毎年1%ずつ取り戻せば良い(p.132)」「域内循環の取り戻しが基本(p.133)」と述べている。(藤山、2015)
地域人口安定化が実現可能であることは、藤山が著書(藤山、2015)の中で証明している。そして「若い人が増えてきた」という回答と「藤山の主張」を前提にすると、交流館を核に過疎地域自立促進計画[註12]を組み合わせることが、地域人口安定化への道であることが判る。したがって核となる交流館は、意義ある事業だと言えるのである。
5.今後の展望
山口小学校閉校跡地利活用プロジェクトは、1年目は住民の間に懐疑的な意見もあったが、2年目は推進が当たり前になり、3年目に花開いたと聞いている。しかし残された問題も明らかになった。
交流館は永続的に活動することを前提としているので、イベントの企画実施をボランティアに頼り続けることは住民の負担となる可能性が高い。近い将来実施者に対して内容に応じた日当を出さなければならない日が来ると推察できるし、将来の施設・設備の更新費用発生は避けて通ることが出来ない。市によれば現時点では更新費用の扱いは未定とのことであるが、それらの取り扱いについては今後の課題だろう。
最後に提言を一つ申し上げたい。閉校跡地利活用は全国各地で行われており、交流をテーマに成功している例は少なくない。それらと定期交流や連携を図ることができれば、運営において相乗効果が生まれ、地域間交流を含め更なる発展に繋がるのではないだろうか。共に交流が目的だから、自ら率先して交流を申し入れすれば実現可能性は高いと筆者は考えている。
参考文献
【インタビュー対象者(所属はインタビュー時点、敬称略)】
南島原市 地域おこし協力隊事務局 梅野大介
インタビュー日:2018.3.7 及び 同年3.27
南島原市 企画振興部企画振興課地域づくり班 林田俊将
インタビュー日:2018.3.7
【註記】
[註1] 南島原市「廃校学校一覧」
http://www1.cncm.ne.jp/~kenkocho/haikou/haikou_minamishimabara.html(2018年6月3日)
南島原市教育委員会「小学校一覧(住所や電場番号)」
http://www.city.minamishimabara.lg.jp/kyouiku/page4638.html(2018年6月3日)
[註2] 赤い屋根パートナーシップ(2018年3月31日までは、山口小学校閉校跡地利活用検討委員会)「赤い屋根のふるさと交流館」
https://minamishimabara-yamaguchisyo.jimdo.com(2018年6月3日)
[註3] 社 名 :(株)セラク
本 社 :〒160-0023 東京都新宿区西新宿7-5-25 西新宿プライムスクエア 6F
資本金 :2億9,779万4,500円
従業員数:1,747名
事業内容:農業を軸とした様々なIT技術の開発・販売
URL:https://www.seraku.co.jp
[註4] 社 名 :(株)kawakiya
本 社 :郵便番号859-2602 長崎県南島原市加津佐町戊1208番地
資本金 :非公開
従業員数:非公開
事業内容:ヒートドライ製法によるドライフルーツの製造販売
[註5] 地域住民の手作業で、二千坪の茶畑を学校敷地に整地した。その際の備品購入資金(総額110万円)は住民が長崎市・大牟田市などで寄付を募った。更に6年後の特別教室増設時は、総工費150万円の内50万円は地元が負担した。
[註6] 文部科学省「特色ある廃校活用事例調査.pdf」
http://www.mext.go.jp/a_menu/shotou/zyosei/03062401/houkoku_pdf/3p3.pdf(2018年6月3日)
[註7] 東洋経済「なぜ日本は「廃校」や「公園」を使わないのか」
https://toyokeizai.net/articles/-/158989(2018年6月7日)
mikissh「NYモマの別館コンテンポラリーアートミュージアム MOMA PS1」
https://mikissh.com/diary/moma-ps1-long-island-city-queens-nyc/(2018年6月7日)
[註8] 文部科学省「廃校リニューアル50選」
http://www.mext.go.jp/a_menu/shotou/zyosei/03062401/frame-1.htm(2018年6月3日)
[註9] 山口地区に100年以上継承されてきた「無病息災を願う伝統行事」である。
南島原市「旧山口小学校で鬼火たき」
http://www.city.minamishimabara.lg.jp/page6181.html?type=top(2018年6月6日)
[註10] 南島原市企画振興部企画振興課 林田俊将氏によれば、山口地区の集落規模は
平成29年10月末時点で4自治会166世帯360名
[註11] 南島原市「平成27年度国勢調査確定値(平成28年10月26日公表)」
http://www.city.minamishimabara.lg.jp/page5666.html(2018年6月3日)
[註12] 南島原市「過疎地域自立促進計画(平成28年度~平成32年度)」
http://www.city.minamishimabara.lg.jp/page5609.html(2018年6月3日)
【引用文献】
岸上光克著(2015)『廃校利活用による農山村再生』(JC総研ブックレット№9)筑波書房
藤山浩著(2015)『田園回帰1%戦略: 地元に人と仕事を取り戻す』(シリーズ田園回帰)農山漁村文化協会