ひとを育て、まちを育てる「杜の宮市」— 次世代の文化とコミュニティを担う381artist —

亀山 直人

はじめに
愛知県一宮市は、かつて「繊維のまち」として全国的に有名であった(1)。しかし時代とともに主力産業である繊維産業は縮小し[資1]、一宮市の中心市街地は活気が失われ、市民性・自主性の乏しい、いわゆる「お客さん化」していった(2)。
市民グループのNPO法人志民連いちのみや(以下、志民連)は(3)、再びまちに活気を取り戻そうと2001年より「杜の宮市」をスタートさせた(4)。代表の星野博は「ただ人を集めるだけでなく、日常を活気あるものにすることが重要だ」と語っている。本稿では杜の宮市について、類似する東別院 暮らしの朝市(以下、暮らしの朝市)と比較し(5)、課題や今後の展望についてコミュニティデザインの観点から考察する(6)。

1.基本データ
一宮市は愛知県の北西端にあり、名古屋市と岐阜市のほぼ中間に位置する人口が約37万人の中核市である(7)。尾張の国一之宮が真清田神社であったことから「いちのみや」と呼ばれた(8)。近年、中心産業であった繊維工場の閉鎖により、マンションやショッピングセンターに大きく変貌し、名古屋市のベッドタウンとなった。
杜の宮市は、真清田神社境内北東から門前の本町商店街で、毎年ゴールデンウィークのうち、1日だけ午前10時から午後4時の間で開催され、5エリア9部門約400ブース、来場者約4万人が訪れる人気のクラフトマーケットである[資2]。

2.歴史的背景
一宮市で市(いち)が開かれた歴史は古く、1727(享保12)年、尾張藩の許可により「三八市」(さんぱちいち)が開かれた。当時は人々が生活するうえで必要な日用品の交換や綿織物の売買が主流で、全国的にも有名であった(9)、[資3]。しかし、太平洋戦争の影響により、三八市は開かれなくなった。
2000年に真清田神社の宮司から「神社境内を文化的な活動として利用し、一宮市をふたたび盛り上げよう」と発案され、真清田神社の地域への想いと志民連のまちづくりへの願いが重なり、「杜の宮市準備委員会」(以下、準備委員会)が発足した(10)。杜の宮市は、生活市としての三八市ではなく、今日の生活スタイルを考慮して、クラフトマーケットとして始まった(11)。
2001年第1回杜の宮市は、準備委員会が自分たちで準備するなどすべてが手さぐり状態であったが、出展数100ブース、来場者8000人と成功をおさめた(※)。杜の宮市は、真清田神社の境内で昔の三八市のような賑わいを文化的に再興しようと、「手づくりの文化とコミュニケーションのまつり」としてコンセプトを明確にし、「参加者で杜の宮市をつくる」という主旨で開催されている。

3.評価できる点
杜の宮市の出展は、洋服、アクセサリー、工芸品、絵画・書、雑貨などの手作りクラフト展示販売が中心で、その他コーヒー、お茶、パン、弁当など飲食部門、またクラフト体験教室、市民活動団体の広報、素材販売などさまざまだ。会場内に5か所ある休憩所の横ではライブステージや大道芸などライブ演奏が行われる[資4]。
杜の宮市は「パフォーマンスを落とさない」「次世代へのバトンタッチ」を基本理念に、特にクオリティにこだわっている。年に一度1月ごろ翌年度の出展希望者を募集し、さまざまな経歴を持つ外部の専門審査員が審査する。外部の専門審査員は非公開であるが、同種のイベントの企画をしている方、対象のジャンルに精通している方、対象の部門の研究者や教職者、著名なアーティストなどで部門ごとに複数名で構成され、数年で交代する(12)。
審査基準も非公開としているが、杜の宮市を熟知する専門審査員は「手づくり」「オリジナリティ」「クオリティ」を重要ポイントとして採点し、準備委員会が総合的に判断する。また選定条件には地域、過去の出展歴、スタッフの個人的人間関係などはいっさい考慮されない。杜の宮市への出展は、毎年新規に、優れた人、輝く人、先進的な人を選抜し、新規参入者にも平等である。
1000以上の応募者の中から厳しい審査によって選ばれた約400の出展者は、「381artist」(ミヤイチ・アーチスト)と呼ばれ、杜の宮市以外にも志民連が主宰するイベントへの参加権が与えられ、381artistに選ばれる価値はとても高い(13)。
また毎年杜の宮市でカメラマンをしているH氏は「ここの出展者はみんな自分の作品に自信をもって出品している」と語り(14)、381artistのひとりは「出展応募してもなかなか選ばれないが、今年は選ばれてよかった」、また暮らしの朝市の出店者のひとりは「杜の宮市の審査が通らないのでなかなか出展できない」と語っている。これらのことからも、381artistに選ばれることはステータスが高く、またクオリティの高さがうかがえる。
杜の宮市のクオリティは、381artistによって支えられている。381artistの選定が杜の宮市の最も評価できる点である。

4.特筆すべき点
杜の宮市を愛知県名古屋市の中心街にある東別院で開催される暮らしの朝市と比較する。
暮らしの朝市を主宰する「暮らしの朝市実行委員会」は、自分たちで作った野菜を販売し「子どもからお年寄りまでたくさんの人が集まる場所にしたい」と2011年に愛知県あま市で「甚目寺観音てづくり朝市」を始めた(15)。その後「東別院を盛り上げてほしい」との依頼をうけ、2013年にオーガニックマーケットとして「東別院 暮らしの朝市」を始めた(16)。暮らしの朝市は、親鸞聖人の命日である毎月28日に行なっていたが、コロナ禍の影響で開催日を8日・18日・28日の3回に分散した。各回で出店者が入れ替わることが特色で(17)、ひと開催の出店数約140ブース、来場者約1万人規模である[資5]、[資6]。
暮らしの朝市は生産者の顔がわかる無農薬の野菜や弁当・惣菜、パンや焼き菓子、スイーツなどが中心で、その他、アクセサリーや洋服などの布小物から陶器などの生活雑貨も取り揃え、各種キッチンカーも出店しマーケットを盛り上げている。
毎年1月ごろ翌年度の出店希望者の募集をする。選定基準は基本的に既出店者が優先され、出店枠に空きができた際に追加募集がある。暮らしの朝市実行委員会は出店品目に偏りがない様に考慮、選定する。出店の募集枠が少なく、新規の出店希望者には狭き門だが、来場者にとってはなじみの店舗が出店することで利用しやすく、マーケットの雰囲気や質が安定している。
杜の宮市と比較すると、暮らしの朝市は、既存の出店者、来場者にとって安心できる場が作られているが、新規の出店が難しく、閉じられたコミュニティである。杜の宮市は毎年381artistの選抜があるため、出展者はクオリティを高い状態に保ち進化させていく必要がある。381artistの選抜によって、出展者同士の競争により、来場者は常に高いクオリティの出展者や、将来有望な出展者と巡り会うことができる。

5.今後の展望について
杜の宮市が始まった当初、本町商店街はテリトリーが侵されるのではないかと杜の宮市の参入に難色を示していた。しかし、開催してみると人の賑わいや活気を目の当たりにし、次第に協力的になった。その後、商店街のイベントを相談されるなど、商店街と実行委員会の間でコミュニケーションが生まれた。
杜の宮市にとって381artistの成長は重要だ。なかでも「はんじょうアート部門」は、まだ始めて間もない作家たちの魅力ある作品に、活躍の場、出展の機会を与え成長させる育成部門である。今までに十数人がクオリティの高い「138のモノづくり部門」へ挑戦している。星野は「実力はまだまだトップレベルに達していないが、確実に成長している」と話す。
今後は、一宮市民を杜の宮市という「まつり」に巻き込み、出展者や出展品に興味を持ってもらうことが必要である。興味を持った市民は、次世代の381artistを目指し、力をつけレベルの高い138のモノづくり部門を目指す道がある。またマーケットの運営に携わる道もある。他人事から自分事にすることが、星野のいう「日常を活気あるものにする」ことだと考える。

まとめ
杜の宮市は、マーケットを通じて「まち」と「ひと」をつなげ、一宮市に再び活気を取り戻すカンフル剤である。ただ来場者を集めるだけでなく、次世代につながる「ひと」を発掘し、自発的な行動が起こせるよう育成すると同時に「まち」を育てる仕組みを作っている。
杜の宮市は、一宮市が名古屋市のベッドタウンに成り下がるのではなく、市民の自主性で「ひと」が集まる「まち」にしていくコミュニティ創造活動である。

  • [表紙写真]第21回杜の宮市の風景 [写真] 第21回 杜の宮市の風景 本町二丁目エリア周辺
    2023年5月6日 筆者撮影。
  • 81191_011_31981055_1_2_[資1]一宮市の工業の推移_page-0001 [資1] 一宮市の工業の推移、平成26年および令和2年『一宮市の工業 工業統計調査結果報告書』を参照して筆者作成。
  • 81191_011_31981055_1_3_[資2]杜の宮市マッフ? [資2] 「杜の宮市出展エリア・出展部門」(部門名の右部の数字は出展数)
    2023年5月6日の開催案内を参照して筆者作成。
  • [資3]記憶にのこる三八市 [資3] 記憶にのこる三八市
    一宮市博物館図録『一宮三八市のにぎわい』より抜粋。
  • [資4]第21回杜の宮市開催風景 [資4] 杜の宮市の開催風景
    2023年5月6日 すべて筆者撮影。
  • 81191_011_31981055_1_6_[資5]東別院暮らしの朝市マッフ? [資5] 「東別院 暮らしの朝市MAP」(エリア名の下部の数字は出店数)
    2023年4月28日の開催MAPを参照して筆者作成。
  • [資6]東別院暮らしの朝市の開催風景 [資6] 東別院暮らしの朝市の開催風景
    2023年4月28日 すべて筆者撮影。

参考文献

【注釈一覧】
(※) 杜の宮市のHPでは「出展」、暮らしの朝市のHPでは「出店」を使用しているため、原文に従った。
(1) 一宮市HP、『「一宮市」の誕生』
https://www.city.ichinomiya.aichi.jp/sougouseisaku/koho/1044318/1044319/1002713.html、(2024年1月26日最終閲覧)
(2) 山崎 亮『コミュニティデザインの時代-自分たちで「まち」をつくる』中央公論新社、2012年、p.8。
(3) 特定非営利活動法人「志民連いちのみや」HP、
https://www.shimin.org/、(2024年1月26日最終閲覧)
(4) 杜の宮市HP、
https://www.miyaichi.net/morinomiyaichi、(2024年1月26日最終閲覧)
(5) 東別院暮らしの朝市HP、
https://higashi-asaichi.jp/、(2024年1月26日最終閲覧)
(6) 早川克美著『デザインへのまなざしー豊かに生きるための思考術(芸術教養シリーズ17私たちのデザイン1)』京都造形芸術大学 東北芸術工科大学 出版局 藝術学舎、2014年、p.86。
(7) 一宮市HP、『『最新の人口』(令和6年1月1日現在)
https://www.city.ichinomiya.aichi.jp/shiminkenkou/shimin/1044325/jinkou/1010427.html、(2024年1月26日最終閲覧)
(8) 真清田神社HP、
http://www.masumida.or.jp/、(2024年1月26日最終閲覧)
(9) 一宮市博物館『一宮三八市のにぎわい』一宮市博物館、2008年、p.13。
(10) いちのみや市民活動情報サイトHP、杜の宮市準備委員会
https://www.138npo.org/info/group/kihon.php?group_id=7、(2024年1月26日最終閲覧)
(11) 旧杜の宮市HP、『杜の宮市はどうやって始まったのか』http://morino381.sblo.jp/archives/20200108-1.html、(2024年1月26日最終閲覧)
(12) 出展者の公平な審査および不正防止のため専門審査員情報は非公開となっている。
(13) 杜の宮市HP、『ブース出展者、出展エリア、ブース番号のご案内 (第21回 杜の宮市)』https://www.miyaichi.net/archives/20962、(2024年1月26日最終閲覧)
(14) 毎年杜の宮市でボランティアカメラマンをしているH氏。親しげに381artistと会話していたので、彼らについて聞き取りをした。
(15) 株式会社みんパタProject(https://www.minpata.com/)の事業の中の、暮らしの朝市を管理・運営する部門。
(16) 東別院『お東ネット』HP、
https://www.ohigashi.net/、(2024年1月26日最終閲覧)
(17) 8日はオーガニック系の店、ナチュラル系な雑貨が多い日。18日は若手や個性派の出店者が多い日。28日は朝市が始まった当初から出店している安定の馴染みの店が多い日(東別院暮らしの朝市HPより)。

【参考文献】
・延藤 安弘、まちづくり大楽『私からはじまるまち育て―“つながり”のデザイン10の極意』風媒社、2006年、第8章。
・延藤 安弘『「まち育て」を育む―対話と協働のデザイン』東京大学出版会、2001年。
・山崎 亮『コミュニティデザイン―人がつながるしくみをつくる』学芸出版社、2011年。
・山崎 亮『コミュニティデザインの時代-自分たちで「まち」をつくる』中央公論新社、2012年
・一宮市博物館『一宮三八市のにぎわい』一宮市博物館、2008年。
・MS企画(編)『甦る二百八十年の商業集積 三八市』尾州地域新世紀産業振興事業委員会、2008年。
・早川克美著『デザインへのまなざしー豊かに生きるための思考術(芸術教養シリーズ17私たちのデザイン1)』京都造形芸術大学 東北芸術工科大学 出版局 藝術学舎、2014年。
・中西紹一、早川克美編『時間のデザインー経験に埋め込まれた構造を読み解く(芸術教養シリーズ18 私たちのデザイン2)』京都造形芸術大学 東北芸術工科大学 出版局 藝術学舎、2014年。

【聞き取り取材】
NPO法人志民連いちのみや理事 杜の宮市準備委員会 星野博氏
 日時:2022年10月20日(木)14時〜 場所:iビル3階一宮市市民活動支援センター
 日時:2023年4月1日(土)14時〜 場所:星野会計事務所内
 日時:2023年10月8日(日)15時〜 場所:「まちの宮市」本部案内所
株式会社みんパタProject 暮らしの朝市実行委員会 宮田結希氏
 日時:2023年4月28日(金)12時30分〜 場所:「東別院 暮らしの朝市」会場内本部
ボランティアカメラマン(地元の高校教師で写真部顧問)H氏
 日時:2023年5月6日(土) 場所:杜の宮市 真清田神社境内エリア
「たねとり農家 青ノ木農縁」出展の381artist
 日時:2023年5月6日(土) 場所:杜の宮市 真清田神社境内エリア
東別院 暮らしの朝市の出店者
 日時:2023年4月28日(金) 場所:暮らしの朝市 中央エリア

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