千葉の小江戸「佐原」の町並み保存活動と、その継続について

飯塚 尭

1.はじめに
私の居住地の近隣に江戸時代の美しい町並みを再現したかのような地区「佐原」がある[資料1]。旧佐原市である「佐原」は、江戸時代から利根川水運により繁栄した商家など、多くの伝統的建造物の町並みが残っている地区で、1996年(平成8年)関東で初めて重要伝統的建造物群保存地区(以下「重伝建」)に選定された。「佐原」の「重伝建」は昔からの家業を引き継いで、今も営業を続けている商家が多く「生きている町並み」として評価されているが、その道のりは決して平坦なものではなかった。「佐原」の町並み保存活動の経緯を辿りながら、その課題と継続方法について考察する。

2.基本データ(註1)
「佐原」は千葉県の北東部に位置し、北部は茨城県と接している。東京から70km圏、千葉市から50km圏に位置する[資料2]。2006年に佐原市、小見川町、山田町、栗源町の1市3町が合併し、香取市となった。
1975年(昭和50年)の文化財保護法改正により伝統的建造物群保存地区制度(以下「伝建保存制度」)が施行され、令和3年8月2日現在、104市町村で126地区あり、約30,000件の伝統的建造物及び環境物件が特定され保護されている。

名称:香取市佐原伝統的建造物群保存地区(以下「伝建地区」)、香取市佐原景観形成地区(以下「景観形成地区」)[資料3]
地区決定日:平成8年3月22日
保存計画告示:平成8年3月29日
「重伝建」選定日:平成8年12月10日
地区面積:【伝建地区】7.1ヘクタール
【景観形成地区】18.6ヘクタール
指定建築物:【伝建地区】特定建築物 98棟
工作物 3件
環境物件 1件
【景観形成地区】景観形成指定建築物 49棟

「重伝建」に認定されるには、まず市町村は「伝建地区」を決定し、地区内の保存事業を計画的に進めるため、保存条例に基づき保存活用計画を定める。国は市町村からの申出を受けて、我が国にとって価値が高いと判断したものを「重伝建」に選定するとされている。

3.歴史的背景
江戸時代より利根川水運により繁栄した「佐原」だが、物流が鉄道輸送や自動車輸送に変わる1965年(昭和40年)頃を境に衰退への一途を辿り、商業的地位を失ってしまう。交通の便でも都心へのアクセスが悪く、周辺には鹿嶋市や成田市など、人口が多く観光地としても人気の高い都市が多いため、香取市は住民にも、外から来訪する観光客などにも魅力の無い町となっていた。1988年、内閣によって全国自治体で行われた「ふるさと創生事業」による資金の使い道アイデア募集に、町並み保存への要望が多く寄せられ、町並み保存活動が本格的にスタートし、魅力のある都市として再建を目指す「佐原」は、「町づくり」として伝統的建造物を保存することで、地域住民の住環境を向上させるとともに、観光地としての地位向上を目指すことになるのである。

4.町並み保存活動と地域住民の意識の変化
「重伝建」が国指定の重要文化財や史跡などの文化財と大きく異なる点は、市町村が都市計画や保存条例に基づいて自ら決めるため、保存活動が「町づくり」と直結していることである。「佐原」は1974年(昭和49年)文化庁によって行われた伝統的建造物群保存対策調査から、1994年(平成6年)の佐原市歴史的景観条例の制定まで20年という長い年月を費やしてしまった。保存地区の決定から制度の詳細が市町村に委ねられていることと、町並み保存は個人の土地や家屋などの資産に関わる問題であるため、地域住民からは「伝統的な建造物を守るということは現状を文化財として凍結してしまうものであり、地域住民が生活を営むうえでは犠牲が大きい(註2)」との誤解があった。この誤解が住民の町並み保存活動に対して消極的な態度をとらせる結果となったのである。その後の1982年(昭和57年)の観光資源保護財団による調査報告書では、現代生活を享受しつつも佐原の町並みを守り、復元していく手法が提案されたのである。この報告発表会には多くの住民が参加したと記録されている(註3)。
1991年(平成3年)に「小野川と佐原の町並みを考える会」が発足され、「伝建地区」を決めるための町中の伝統的建造物の調査と、保存制度を学ぶための勉強会が毎月行われた。実際「伝建保存制度」には具体的なマニュアルがなく、事例も地区それぞれの独自性が強く、模倣は難しかったようだ(註4)。「佐原」の町並み保存の実態に合わせた制度を新たに作成し、住民が理解・合意し易いよう実例を交え、住民の視点で詳細内容が記載された『佐原市佐原地区町並み形成基本計画(註5)』と『町並み保存Q&A(註6)』が作成された。その後、何度も説明会が開催され、住民の92%が合意するという大きな成果を出したことで、町並み保存は一気に前進し、関東圏で初めて「重伝建」に選定されるに至ったことは、評価されるべき点であろう。他の事例と比べても、先進的に歴史的建造物の保存を主軸に活動しているため、景観の基準が非常に厳格である点は評価される点でもあるが、新たに保存地区の景観に適合した建造物を建てる際には高いハードルとなってしまった。

5.埼玉県「川越」との比較から見える課題
江戸時代初期に近世城下町と整備され、以後、舟運や街道の整備を併せた商業都市して繁栄した「川越」は、1998年に「重伝建」に選定された[資料4]。「佐原」の選定から約2年遅れではあるが、大きく異なる点は選定より以前の1986年頃から「川越一番街商店街活性化モデル事業調査」や「町づくり規範」など、商店街活性化を前提とした歴史的町並みの保存活動が積極的に取り組まれた点にある(註7)。この活動の中心となった組織が1982年発足した「川越蔵の会」であり、同会のスローガンは「商売がうまくいくことこそが町並みの持続的な保存につながる」を謳っている。観光地である一番街を中心に、老舗を含めた新店舗が年々増えており、店舗の外観も、判り易くも適格なルールにより歴史的景観が保たれている。観光入り込み客数は1975年には250万人だったのが、2004年には450万人、2020年には770万人と倍々に増加している(註8)。

6.「佐原」の町並み保存活動の課題
『佐原市佐原地区町並み形成基本計画』には町並み保存と共に「佐原」の発展に欠かせない活動として、商業の活性化を訴えている。しかし、昔ながらの古い体質が残り、名ばかりの多くの商店街組織が幅をきかせて、新しい事業や活動をしようとする個人商店を妨害している点を指摘している。歴史的地区だけでなく、駅からのルートや近隣名所である『香取神宮』へのルートも歴史地区への導入路として捉え、「佐原」一体としての商業振興が望ましい。そのためには旧態依然とした商店街組織を変革し、横断的な制度と組織が新しい事業や店舗を取り入れていく必要がある。

7.課題に向けた今後の展望について
「佐原」にもようやく、2002年(平成14年)に町づくり推進として官民一体での「まちづくり会社」が設立され、商店街の業態の変化や新規店舗などが実例として増えてきた。歴史地区への観光客も年間357,000人(平成16年)から531,000人(平成21年)と、徐々に増加している[資料5]。多くの人が「佐原」を訪れ、活性化した町は経済的にも、社会的にも魅力のある都市へ好循環を続けている。町づくりにおける歴史的建造物の保存や整備の累積件数も100件を超えた[資料6]。
全国的な課題である少子高齢化は「佐原」も例外ではない。少子高齢化問題に加え、都心などへの人口の流出問題も深刻だ。半ば中途半端に都心に近いため、若年層を中心に流出する傾向にある。歴史地区も同様で、近年では「空き家住宅活用プロジェクト」などで居住者増加を推進しているが、思ったように増えていないのが現状である。

8.まとめ
「伝建保存制度」は非常に曖昧なルールであるため、各地区の制度次第で結果が変わってくる。地区で定める制度を柔軟なものにし、地域住民に理解し易く、商業活性化を最大化する制度作りと横断的な組織が必要なのである。徐々にだが魅力のある都市として再建した「佐原」だが、今後も商業を中心とした町並み保存活動が行われ、新しく住む人を惹きつける活動が「佐原」の住民自らの手によって引き継がれていくことが求められているのではないだろうか。

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  • 1 [資料5]「佐原 保存地区の活用と町づくり」 出典:文化庁ホームページより転載 https://www.bunka.go.jp/seisaku/bunkazai/shokai/hozonchiku/pdf/93738601_16.pdf (最終閲覧日2023年1月29日)
  • 2 [資料6]「佐原 保存地区の保存と整備」 出典:文化庁ホームページより転載 https://www.bunka.go.jp/seisaku/bunkazai/shokai/hozonchiku/pdf/93738601_16.pdf (最終閲覧日2023年1月29日)

参考文献

(註1)香取市ホームページより転載。(https://www.city.katori.lg.jp/smph/living/sumai/machinamihozon.html )最終閲覧日2023年1月15日
(註2)参考文献(1)p.9から引用
(註3)参考文献(1)p.10参照
(註4)参考文献(2)p.7参照
(註5)参考文献(1)
(註6)参考文献(3)
(註7)参考文献(4)p.6参照
(註8)文化庁ホームページ参照。(https://www.bunka.go.jp/seisaku/bunkazai/shokai/hozonchiku/pdf/93738601_15.pdf )最終閲覧日2023年1月29日

参考文献
(1)小野川と佐原の町並みを考える会『佐原市佐原地区町並み形成基本計画』,1993年3月
(2)小野川と佐原の町並みを考える会『町並み保存と再生~まちづくり20年の歩み~』,2010年10月
(3)小野川と佐原の町並みを考える会『町並み保存Q&A』,1993年3月
(4)川越市『川越市川越伝統的建造物群保存地区保存計画』,1991年4月策定

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