関西学院上ヶ原キャンパス-息づくヴォーリズの意思とその継承-

湯谷 耕治

1.はじめに
関西学院(以下、関学)の西宮上ヶ原キャンパスは、阪急電鉄宝塚線 甲東園駅山手側の上ヶ原台地にある。
この場所は、東に遠く生駒山地と大阪市街や南には大阪湾のきらめきが見え、西には六甲連山が並ぶ教育の場として良好な環境である。まわりにも多くの学校があり、1958年に国の文教地区に指定されている。1963年に西宮市は文教住宅都市宣言をするが、関学の上ケ原キャンパスはその中心的存在である。
2.基本データ
関西(かんせい)学院大学 略称:「関学」(商標登録番号3033847)
所在地:兵庫県西宮市上ケ原一番町1−155
校地面積:41万7千m2
創設者:ウォルター・ラッセル・ランバス(Walter Russell Lambuth 米国1854-1921)
設計者:ウィリアム・メレル・ヴォーリズ(William Merrell Vories 米国1880-1964)
(建屋の配置や空間構成を含むキャンパス全体)
1929年 神戸市の原田の森から西宮市上ヶ原にキャンパスを移転
2008年 経済通産省の「近代化産業遺産群 続33」の関連遺産として選ばれる。
2009年 時計台(旧図書館)が国の登録有形文化財に指定
2017年 日本建築学会賞(業績)受賞 関学と(株)日本設計
2019年 時計台とランバス記念礼拝堂が西宮市の都市景観重要建造物に指定される。

3.歴史的背景
昭和になり、原田の森キャンパス(神戸市灘区、現在の県立美術館王子分室付近)の環境が工場進出などで悪化し、敷地が狭隘なこともあり移転先を探していた。当時、阪急電鉄(当時阪神急行電鉄)も宝塚線活性化を図り大学を誘致していた。そこで、関学の原田の土地を阪急電鉄が320万円(当時)で買い取り、関学は上ヶ原の地主 芝川又三郎(註1)他から用地を55万円で手当てするなど有利な契約と潤沢な建設資金ができた。(註2)(図1)
阪急電鉄は創業者の小林一三(註3)の経営理念で沿線に住宅地開発を行い、学校を誘致して沿線の発展を促していた。経産省の「近代化産業遺産群 続33」(註4)では、この「私鉄沿線生活文化圏」発展を物語るものとして関学の建築群や宝塚歌劇団の音楽学校などが構成遺産群として選ばれている。
現在では、阪急沿線に多くの有名私学が立地し「阪急文化圏」を形成している。

4.地形的特徴
標高を色付けすると地形が判り易い。(図2)この地域は仁川による扇状地が隆起した土地で甲東園駅付近とは40m程度の高低差がある段丘である。台地上は扇状地特有の緩やかな傾斜がある。キャンパスの後背にある甲山(309m)のおむすび型の独立峰は市街地からもよく見え西宮市のシンボルと言える。市内の小学校のうち校歌に「甲山」の歌詞が出てくる学校が9校もあるほどだ。(註5)
シンボリックな甲山が背景にあることと緩やかな斜面がこのキャンパスの立地を特徴付ける。

5.ヴォーリズの意思と継承についての評価
5.1 ヴォーリズ空間
建築や全体配置設計は著名な建築家のヴォーリズ(註6)である。キャンパス空間の中核をなすのが時計台を正面にする中央の芝生広場である。「学院キャンパスのシンボルとなる景観重要建造物の時計台とその前面に広がる中央広場を囲んで、そのファサード、ボリュームがシンメトリになるよう構成されており、甲山への眺望景観の軸線を強調するとともに、秩序と美しさを備える広場空間を形成している」(都市景観形成重要建築物指定の理由書より)
この芝生広場は、市民に開放されたキャンパスのシンボルエリアでもあり、周囲の樹木とともに、環境と一体となった緑豊かで開放的な空間を形成している。
しかも全体的にゆるい傾斜地になっているので、どこから見ても時計台が強調され、目線が上目遣いとなり、土木景観的に「信仰型の視線」と分類でき(註7)ミッションスクールに相応しい。
上記理由書の通り、秩序を保っていることや軸線上に象徴となる時計台を配置し調和を実現したこの空間は「ヴォーリズ空間」と称され評価できる。(写真1)
5.2 建築
建築の様式は「スパニッシュ ミッション スタイル」で統一されている。
ヴォーリズは学校建築について、校舎建築が生徒の人格形成に大きく及ぼすということを主張しており、赤屋根瓦、クリーム色のスコッタ壁が地中海に面する温暖な南欧の自由で明るい空気を感じさせる様式を採用した。もっとも、ヴォーリズが育った西海岸カリフォルニア州はかつてスペイン領で建築はアメリカナイズされたスペイン風様式が多く、キリスト教の学舎は「スパニッシュ・ミッション・スタイル」だ。コロラド大学YMCAから平信徒伝道者として来日したヴォーリズも当然のように学校建築としてこの様式を採用した。
5.3 変化する動的景観
キャンパス外から、主軸と重なる市道に立つと大きく甲山が見え、時計台は小さく見える。歩いて近づくにつれ甲山は小さく逆に時計台が大きくなり、芝生広場に立つとついには時計台だけが視界にそびえ立つ。時計台が上ヶ原キャンパスのシンボルとしてイメージに強く残るしかけといえる。(写真2)ヴォーリズの設計図面にもキャンパスの中心軸を甲山に向けるよう指示が書かれている。(写真3)シンメトリを保つ以外にもこの動的景観の変化の演出性も併せ持つものである。
5.4 ヴォーリズ空間の維持・監理
ヴォーリズの理念で作られたキャンパスであるが、建屋の増設等でシンメトリ性が失われた時期がある。しかし、以降の増築時には(株)日本設計との協働で「ヴォーリズ空間」を再評価し、大学の機能を向上させながらの整備に取り組んだ。例えば、時計台背後の図書館を建てる際も建築が背景に飛び出してシンメトリ性が崩れていたのを解消して修景した。中央講堂背後の建屋がはみ出ていたのも圧迫感が出ないように傾斜屋根にした。施設の機能を強化しながらもヴォーリズの理念を復活し継承した。(写真4)この取り組みに対して日本建築学会賞が贈られた。空間の維持と修復が重要であることの査証である。

6.他キャンパスとの比較
神戸女学院を対象とする。こちらもヴォーリズの設計で建物は「スパニッシュ・ミッション・スタイル」だ。建築物を含め校内全体が重要文化財である。
半島のように突き出た岡田山にキャンパスは展開されたが、地形の持つ高低差を巧みに利用して歩き進むにつれ景観が変容するよう動線計画がされている。また、関学を象徴する時計台のように明確な「顔」になる建築物がない。代わりにクワドラングル(註8)(写真5)があり、口形に中庭を囲む4つの建築を渡り廊下でつなぎ回廊としている。ファサードは3層構成で、基礎は御影石、2階の腰壁まではスクラッチタイル、より上部はリシン掻き落とし仕上げ、屋根は勾配屋根でカラフルなスパニッシュ瓦で装飾は関学の建築よりきめ細やかである。閉じられた中庭を囲む建物の高さが規定されているため閉塞感はないが(図3)関学の持つ開放感とは異なる。女子大学を考慮すると相応しい。
また、ここでは建屋や中庭などをすべて同時期に完成させているためヴォーリズが目指したキャンパスの形が表現されている。関学では空地を残して順次増築を加えるような計画であり、何をどう建てるかが問われている。

7.今後の課題
関学上ヶ原キャンパスの芝生広場では家族連れが子供と遊ぶ。この広場は90年間変わらぬ景観とともに地域に開放されているのだ。当時のベーツ院長(註9)が言った「We have no fence」が未だに守り継がれている。
建築や空間造形において、空間を造るということが人間の意思を顕在化することであるならば、このキャンパス空間はヴォーリズの意思の表れである。この環境を維持・監理する精神を持ち続けることが関西学院と協働の(株)日本設計に求められている。取材の限りにおいては期待が持てるので信じたい。

8.おわりに
ヴォーリズの学校建築で建設当時の空間環境が維持されているのは神戸女学院と関学が双璧である。中でも崩れたヴォーリズ空間を再評価して修復を行い続ける関学の態度には敬意を表したい。
現在、原田キャンパスがあった王子公園の再開発で神戸市が大学誘致を表明しており、関学が進出を検討中とのニュースが伝わる。100年前の発祥の地に新しいキャンパスができ、どのような建築様式を採用するか楽しみである。

参考文献

【註釈】
註1:芝川又三郎(1876-1904) 大阪北加賀屋の大地主で淀屋橋で著名なレトロビル柴川ビルを建てた。また、甲東園の武田吾一設計のスパニッシュ風住居が犬山市の明治村に移設され保存展示されている。
関学の土地も元芝川氏の果樹園(甲東園の名前の由来)であった。
註2:関西学院五十年史 関西学院五十年史編纂委員 著作出版 昭和15年 国立国会図書館より
註3:小林一三(1873-1957) 阪急電鉄(現阪急阪神グループ)の創始者。実業家で阪急電鉄をはじめとする阪急東宝グループの創業者。 鉄道を中心とした都市開発、流通事業、観光事業などを一体的に進め相乗効果を上げる私鉄経営モデルの原型を独自に作り上げた。
註4:『近代化産業遺産群 続33』平成20年 経済通産省より
註5:「西宮市立小学校校歌の中の山と川をめぐる環境教育の可能性-環境学習材の視点から-」
武庫川女子大学 学校教育センター年報 第2号 2017年 古岡俊之
註6:ヴォーリズ(William Merrell Vories 米国1880-1964)著名な建築家で、阪神間の学校建築では神戸女学院(1933年)や大阪女学院ヘールチャペル(1951年)、同志社大学アーモスト館(1932年)、豊郷小学校(1937年)など多くの名建築が現存する。
註7:新体系土木工学59土木景観計画 第2章景観の工学的把握 視点と主対象の分類より
註8:クワドラングル:「四角い広場」「学校の中庭」の意味で、建物で囲まれた中庭。
欧米ではクワドラングルが大学の中心とされ、図書館がそれに面して建てられることが多い。
関学はコの字でオープン過ぎるがクワドラングルに分類される、神戸女学院は回廊を持っており、正統なクワドラングルである。
註9:ベーツ院長(コーネリアス・ジョン・ライトホール・ベーツ (Cornelius John Lighthall Bates、加1877年-1963年)は、関西学院第4代院長(1920年-1940年)。 関西学院大学初代学長である。


【参考文献】
・『ウィリアム・メレル・ヴォーリズの建築』創元社 山形 政昭 2018年
・『ヴォーリズ建築の100年』創元社 山形 政昭 (監修) 2008年
・『新体系土木工学 59土木景観計画』 篠原修 技報堂出版 2016年版
・『景観用語辞典』 篠原修 彰国社 2021年版
・『関西学院五十年史』 関西学院五十年史編纂委員 著作出版 昭和15年 
・『近代建築』 近代建築社 1998年2月号
・『関西学院の時計台』冊子 関西学院大学 学院史編纂室 2017年5月
・『原田の森の関西学院』冊子 関西学院大学 学院史編纂室 2018年5月
・神戸女学院学舎の建築史学(Ⅰ)(神戸女学院大学論集 第51巻1号 川島智生(2004年)
・神戸女学院学舎の建築史学(Ⅲ)(神戸女学院大学論集 第54巻1号 川島智生(2007年)
・関西学院ホームページ https://www.kwansei.ac.jp/index.html
・神戸女学院ホームページ https://www.kobe-c.ac.jp/
・県立西宮高等学校ホームページ 
 https://www.hyogo-c.ed.jp/~kennishi-hs/index.html
・にしのみやデジタルアーカイブ https://archives.nishi.or.jp/index.php
・にしのみやデジタルアーカイブ https://archives.nishi.or.jp/index.php
・環境学習都市・にしのみや エココミュニティ情報掲示板
 http://info.leaf.or.jp/information/history_culture/item9.html
・にしのみやデジタルアーカイブ
 https://archives.nishi.or.jp/index.php

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